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最後の日常だった


「はい、今日のお弁当よ。どう? 自分では上手く出来たと思うのだけど」


 蓮実はすみアヤノは、差し出されたお弁当を受け取って蓋を開けた。上段は、色とりどりのおかずで彩られていて、下段のご飯には、海苔を使って可愛らしいクマが描かれていた。細部にもこだわって作れられたことが、少し見ただけで伝わって来る。これほど凝ったお弁当を作るには、いったいどれくらいの時間を、忙しい朝から捻出しなければならないのか、そう考えただけでも頭が下がる。差し出された時に見た、自信満々の表情に恥じない出来のお弁当だった。


「大変すばらしい出来栄えです。流石スミレちゃん、お料理上手」

「でしょう? 尊敬してもいいのよ」


 賑やかな教室の中の静かな一角。くっつけた机の向かい側。えっへんと誇らしげに大きな胸を張るのは、お弁当を作ってきた本人にして、アヤノの唯一無二の友達、桑野くわのスミレだ。

 鼻高々に笑っているスミレを見る。女子にしては高目の身長と、肩まで伸ばした艶のあるまっすぐな黒髪は素直に羨ましい。顔のパーツ一つ一つが整っていて、その中でも少しつり上がった目元が、心に秘めた意思の強さを感じさせる。全体を見ると一種の芸術品のようで、つまるところ、桑野スミレは可愛かった。その上、手元のお弁当を見ても分かる通りの料理上手。性格も明るくて、周りを笑顔にする力がある。女子として一部の隙もない完璧超人。

 それに対して、と、アヤノは自分に少し落胆する。短めの髪を後ろで無理やり一つに縛った飾り気のない髪型。必要以上にガリガリで、枝のように細い腕と脚は自分で見ても、少し気持ち悪い。色白の肌は羨ましという人もいるけれど、少しの日差しで焼けて痛くなるため、いつもお気に入りの黄色いパーカーを着て隠していた。性格も、幼い頃の経験から人付き合いが苦手で不愛想。唯一、童顔と、低い身長は可愛らしい、と言えるのかもしれないけれど、女性特有の大人らしさは皆無と言えるだろう。目の前にドンと張られた大きな胸が絶望的なまでに対照的だった。まさに正反対。その対比に思わずアヤノの口からため息がついて出る。


「ん? どうしたの?」

「いや、なんでもないよ」

「ため息ついたじゃない、あ! まさか恋の悩みなんて言わないでしょうね! アヤノにはまだ早いわよ! 考え直しなさい!」

「いえ、違います。スミレちゃんのお弁当が美味しそうで、思わずため息が出ただけです」

「え? な、な~んだ。そんなに私のお弁当が美味しそうだったの? まったくアヤノったらぁ」


 普段のキリっとして知的な表情を、今はデレデレとした見る影もない形状へ変化させたスミレは、だらしない顔で笑っている。アヤノは追及が止まったことにホッとすると同時に、幸せそうに笑っているスミレの顔を見て幸福感を感じていた。いつまでも見ていたい笑顔だと思った。


「じゃあさっそく食べましょう! 自信作、とくと味わってちょうだい!」

「ん。いただきます」


 手を合わせてから箸をとる。こうして二人で昼食を食べるのが、今では毎日の日課だった。

 アヤノがスミレと出会ったのは、小学生の時。その頃のアヤノは、とある事情により、常に一人ぼっちだった。周り全てが敵に見え、この世界に自分の味方なんていないと思っていた。そうして一人で生きていたアヤノに、転校してきたばかりのスミレは、周りの反応を意に介さず、普通に接してくれた。スミレが友達になってくれたおかげで、アヤノは救われたのだ。それ以来、アヤノはスミレと常に一緒にいた。小学校から中学に上がっても、もちろん高校も、二人で同じ学校を受験して入学した。

 高校生活も二年目になって数か月。初夏の日差しが差し込む教室で今日も今日とて、二人は一緒。スミレと共にいることがアヤノにとっての日常だった。


「どう? 美味しい?」

「うん。この卵焼きなんて最高」

「アヤノ好みの甘い味付けだからね。気に入ってもらえてよかったわ」

「でも、ホントいつもありがとう。大変だと思うし、無理に作ってこなくてもいいからね」

「あのね、私が作らないと栄養補給のゼリーとか、よくてコンビニのパンしか食べないガリガリさんはどこのどなたかしら?」

「うっ……すみません」


 生まれた時から親がいなかったアヤノは、現在は安アパートで独り暮らしをしている。食事は当然自分で用意しなければならないが、面倒くささに加え、元々小食だったアヤノの、食べなくてもいいや、という精神が多分に発揮された結果、一日一食。よくてパンかおにぎり一つ、食欲がない日は十秒くらいで飲めるゼリーだけという有様になってしまっていた。

 それを見かねたのが大恩人。スミレ様である。ガリガリで血色の悪いアヤノの姿を見ていられなくなったらしく、いつの頃からか二つ分のお弁当を作って来るようになった。

 初めこそ失敗や、おかずの偏りが目立つこともあったが、スミレは料理の腕をメキメキと成長させ、今では学校の料理部から指導を頼まれるほどの腕前になっていた。


「私が作ってこないとアヤノはマシなもの食べないじゃない。栄養不足で倒れたらどうするのよ」

「おっしゃる通り。感謝、感謝」


 スミレがお説教モードに入りかけていることに気が付いたアヤノは、なんとかなだめようと平身低頭。幸い願いが通じたようで、スミレは笑ってくれた。


「分かれば宜しい! アヤノには私と、私のお弁当が必要なんだから」

「その通りでございます。いつもありがとうございますスミレ様」

「ふふふ、もっと褒めて」

「スミレちゃんさいこー」


 ノッテきたスミレを適当によいしょしながら、アヤノはそれでも少々の申し訳なさを感じていた。あの手の込んだお弁当を一つならまだしも、二つ作るには、いったいどれだけ早起きしなければならないのだろう。その労力を考えると、自分自身の健康よりも、スミレの体調の方が大事なのではと考えてしまうのは、スミレが大好きなアヤノなら仕方ないことだ。

 でも、遠慮してしまうとスミレは怒ってしまう。ならばどうするべきか、お弁当を食べながら考えを巡らせていたアヤノに、名案が降りてきた。


「じゃあ、毎日美味しいお弁当をくれるスミレちゃんに何かお礼をしたいです」

「え、お礼?」

「うん。遠慮はしないから、感謝を伝えたい」


 キョトンとしたスミレの目をまっすぐに見て真摯に伝えるアヤノ。いつも貰ってばかりではいられない。こちらからも何か返したい。その気持ちを視線に込めて見つめれば、スミレも真剣さを感じ取ってくれたのか、にやけていた表情をもとに戻した。


「お礼、お礼か……それなら一つ」

「なにかな?」

「これから、なにがあっても元気で生きていくこと」

「それだけ?」


 少し拍子抜けするアヤノ。なにがあっても元気で生きていくこと。それだけでは抽象的すぎるし、現状と何も変わりがないように感じる。適当にはぐらかされたかと思いスミレを見ると、思いもしないほど真剣な眼差しに射抜かれて、アヤノは一瞬怯んだ。


「大事なことでしょ? アヤノはただでさえ貧弱キャラなのだから」

「まぁ、そうだけど」

「なら、約束よ。いい?」

「……わかった。約束する」

「宜しい!」


 返答に満足したスミレは笑顔をみせた後、思い出したように一言付け加えた。


「そうだ。こんな話をした後になんだけど、明日はお弁当作れなそうだから、何か用意してきてね」


 毎日作って来てくれるのはスミレの好意だ。明日できないからと言って、それはまったく構わない。特に理由を聞くまでもないし、いつも頼りっぱなしの日常から脱出できるとアヤノは頷いて返し、その話は他の話題で流れていった。その後は、帰りにコンビニで賞味期限のもつパンを買ったアヤノ。その時以外に、あの会話を気にすることはなかった。

 翌日の学校で、スミレの転校を知らされるまでは……。

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