異様な場所だった②
「この村は何か変だよ。すぐに出た方がいいと思う」
緊迫感に耐えられなくなったように、少し早口で喋る加村がアヤノの腕を掴んだ。
そのまま元来た道を戻ろうとして、すぐに止まる。
アヤノが動かなかったからだ。
「蓮実さん?」
「加村君は帰っていいよ。私はスミレちゃんがいないか確認する」
「なっ⁉ もういいんじゃない? こんなところにはいないよ。桑野どころか、人っ子一人いないし、桑野が引っ越したのはきっと別の場所なんだよ、ね?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。どっちにしろ、ここしか探す当てがないし」
「でも、蓮実さんも不気味だと思ったでしょ? へんな御札に、静かすぎるこの場所。もし、ここの住民が変な人たちだったら、すぐに離れないと危ないかもよ」
「だから加村君は先に帰っていいよ。私は平気だから」
「いやいや、平気って、そんなわけないじゃん! チャイム押すのも怖がって、俺がいなきゃ出来なかったじゃないか、一人じゃ無理だよ」
腕を握る手に力を込めてくる加村。少し語気も荒っぽくなっていて、あまり余裕が無さそうだった。
アヤノがせっかく気を遣って、帰っていいと言っているのに、どうしても一人では帰ろうとしない。
アヤノとしては、自分がどうなろうと、スミレを探すつもりだったのだが、少し面倒なことになってしまったと、加村と一緒に来た事に後悔する。どうすれば納得して、一人だけ帰ってくれるかアヤノが思案していると、静寂の中で、何かが聞こえた気がした。
「待って、何か聞こえた」
「え?」
加村には聞こえなかったようだが、アヤノには確かに聞こえた。
話声のような、かすかな空気の振動。
掴まれていた手を振り払って、音のした方向に歩き出す。
加村もブツブツと何かを言いながら、それでも後ろをついてきているようだった。
本当に帰ってもいいのにと思いながらも、これ以上加村に時間を取られたくなかったアヤノは、何も声をかけないことにした。
元々そこまで広くない集落だ。少し歩くだけでそこにはすぐたどり着いた。
民家の並びから、少し離れて、大きな鳥居のすぐ近くに一軒だけ民家があった。
他の一般的な家とは少し違い、
全面が全てガラス戸で、中が見える。
中には、商品棚が並んでいて、食料品や、文房具、古めかしいおもちゃのようなものまで、多種多様な物が雑多に並んでいる。
どうやら商店らしいその建物に近づいて、アヤノはガラス戸に手をかける。
どこにも御札が貼られていないその扉は、ガラガラと大きい音を響かせて、何事もないように開いた。
一歩足を踏み入れる。
中は冷房が効いているようで、少し涼しかった。
人はいない。が、奥に続く扉が見えた。
「すいません! 誰かいますか?」
声を張って奥に呼びかける
「は~い!」
すぐに返事が返ってきた。間延びした返事と共に奥から足音が近づいてくる。
後ろで加村が少し後ずさるような音がした。
「はいはい、お待たせしてごめんね、あら? どちら様?」
奥から出てきたのは、怪しげな衣類に身を包んだ謎の人物でも、宗教的な装いをした宮司でもなく、ごくごく普通のおばさんだった。
おおよそ五十か六十代くらい、少しふくよかな体型に、皺のある人の好さそうな顔。
何もおかしな所はない、普通のおばさん。
強いておかしいと言えば、髪が少しボサボサなことだろうが、それくらいは、普通の範疇だろう。
喋り方は、よく分からない方言もなし、ほんの少しだけイントネーションが違うのは、地方独特のなまりだろうか。
とにかくアヤノの前に現れたのは、どこにでもいそうなおばさんだった。
「すみません。私、友達を探しに来たんですけど、少しだけお話させてもらえないでしょうか」
おそらくは村の顔見知りだと思ったのだろう、店にいる見知らぬ若者二人に困惑気味のおばさんに、けして怪しいものではありませんと、アヤノは丁寧な言葉使いを意識して話しかける。
「はぁ、お友達をかい? なんでまたこんな場所に」
「私の友達は急に転校してしまったんですけど、その友達の地元がここかもしれなくて、確証はなかったんですけど探しに来たんです。この子なんですけど、見覚えありませんか」
アヤノはスマホを操作して、沢山あるスミレの写真の中から、一緒に撮った一番最近の写真を見せる。
二人で映っている写真の方が、本当の友達と信じてくれて、情報を持っていれば隠すこともないと考えたからだ。
戸惑いながらも目を細めてアヤノが差し出したスマホの画面を覗き込んだおばさんは、数秒じっと眺めたあとで、首を横に振った。
「悪いけど見たことないよ。見れば分かると思うけど、この辺りじゃみんな顔見知りだからね」
「そうですか……一応、この村に最近誰か引っ越して来たりとかは?」
「アッハッハッハ、あるわけないだろ、嫌だねぇ。だいたい、それこそ村中お祭り騒ぎみたいになりそうだよ」
「そう、ですか……」
アヤノは自分の身体から力が抜けていくのが分かった。
スマホを見せていた手をだらりとたらし、前を見据えていた顔は俯いて地面しか見えなくなった。
スミレの手がかりが消えた瞬間だった。
その事実がアヤノの活力を根こそぎ奪っていく。
誰かが肩に手を置いた。
誰かは加村だった。目が合うと、残念だとでも言うように、視線をそらされた。
場を重苦しい空気が支配している。
少し無言でいると、見かねたのかおばさんが無理に笑って話し始めた。
「元気だしなよ。そうだ、主人にも聞いてみようか、私はここからほとんど出ないけど、主人は少し離れた町に仕入れとかで出かけるからね。その子がこの辺に引っ越してきてるなら、運が良ければ見てるかも」
「本当ですか⁉」
「まぁ雲をつかむような話しだけどねぇ、聞いてみるだけならタダだろ」
おばさんはそう言って微笑むと、店の奥に入っていった。
一時的に加村と二人きりになったアヤノは、いつまでも肩に置かれている手をそっと外した。
「ご、ごめん!」
「いい、それより、スミレちゃんの情報が大事」
「うん。なんていうか、案外普通の人だったね。あんなに警戒したのがちょっと馬鹿みたいに思えてきたよ」
それにはアヤノも頷いた。
ある種異様な空気が漂っていたように感じた村も、全ては知らないことへの恐怖心が見せただけで、普段なら取るに足らないことだったのかもしれない。
会うまでに怖がっていた村人は、怪しげな宗教をしている怖い人物ではなく、人の良い商店のおばさんだった。
すっかりと安心して、店の商品棚を眺めている加村と、そのまま待つこと数分。
部屋の奥から先ほどのおばさんと、坊主頭の大男がやってきた。
大男は、アヤノたちを見るなり、その威圧感のある風貌とは正反対に、暖かな笑顔になった。
「こんにちは、友達を探して来たんだって? 大変だったでしょこんな所まで」




