とある掲示板への書き込み
これは、だいぶ昔の話だ。あれから今年でちょうど十年になる。
これだけの時間が経てばもう大丈夫かと思って、自分への備忘録もかねて書き込むことにした。
ちょっと長くなるかもなんだが、よかったら聞いてくれ。
あれは大学四年生の夏だった。単位も取り終わって、早めに就職先も決まってたオレは、大学でいつもつるんでた友達、(ここでは仮にAとする)と一緒になって遊びまくってた。
大学のある場所は関東で、それなりに都会だったから遊ぶ場所にはあまり困らなかったけれど、それでも毎日遊んでるうちにさ、今日は何するかぁって、やることも少なくなってきたんだ。
そんなちょっとマンネリになってたある日の早朝、Aが小さな車でやってきた。レンタルしたらしい。
「ちょっとした旅にでも出ようぜ!」
窓開けてサムズアップしてくるAはうざかったけど、そこは馬鹿な大学生だから、オレもノリノリで助手席に飛び乗ったさ。
財布だけ持って、宿も予定も決めない当てもない旅に出た。
オレもAも都会の景色に飽き飽きしてたところだったし、折角遠出するなら大自然の中に行こうってなった。
大自然っていったら沖縄とか北海道のイメージだったオレ達は、とりあえず北か南に進んでいくことにした。
バカみたいに単純な考えだけど、関東圏から離れて行けば大自然に出会えるだろってね。
そんでオレは南に、Aが北にって意見が分かれた。
こうなったら必然的にジャンケンになるわけだけど、結果はAの勝利。オレたちは北に向かうことなった。
今でも思うよ。あの時オレが勝ってればってさ。
まぁ、あの頃はオレがちょっと悔しがっただけで、すぐに出発した。
コンビニで地図買ってさ、Aが運転、オレがナビって具合で、二人とも異常なくらいウキウキしてた。
オレは大自然と言ったら真っ先に海をイメージしててさ、どうせならってことで、海沿いの道を選んで進んだんだ。
都会住で、田舎に旅行とか行ったことある奴らな分かってくれると思うけど、田舎の夏景色ってホント綺麗なんだよな。
普段ビルとか建物ばっかで、空もあんまり見えない閉塞感がある所にいるからかな、あんなに遠くまで見通せる綺麗な海とか空って開放感がヤバイんだ。
ちょっとでも海が見える度にAもオレもテンション爆上がり。
快適に進む車の中で、大音量で音楽かけて、二人で歌ってノリノリだった。
途中の道の駅で休憩してさ、食料とか買い込んで作戦会議。目的地を決めるか話し合った。
元々テンションが高かったオレたちだったけど、その頃は一番元気な時でさ、今日は勢いに任せて行けるとこまで行こうってなった。
最悪宿がなくても車で寝ればいいよって、Aもオレもその辺はあまり気にしない性格だったんだ。
それからは運転とナビを交代して出発したよ。
別に観光地に行くわけでもない、当てもなくバカ話して、ただ海を見ながら車を走らせた。
それだけでもオレたちは楽しかったんだ。
どれだけ走ったか、東北に入ってもしばらく北上した。
その頃にはもう日も傾いてきて、流石のオレたちも疲れてきてた。
宿を探すか、行けるこまで行って車中泊かってなった時に、Aが当時の地図で小さな村っていうか集落みたいな場所を見つけたのね。
ちょうど海沿いにポツンとあってさ、宿はなくても食い物くらいは買えるかってことになって、オレたちは脇道みたいな細い道に入ってその村に向かったんだ。
それで無事に到着はしたんだけど、ホントに数軒の民家が並んでるだけのちょっとした集落だった。
よくニュースとかで取り上げられるような限界集落っぽい感じ。
これは、宿なんてあるわけないし、買い物すら出来ないかもなんて思ったね。
それでも一応と、堤防の近くに車を止めて、お店でもないか探してみることにした。
車を出て、まず思ったのが、臭いってこと。
生魚を腐らせたっていうのか、まぁとにかく生臭い感じだ。
思わず顔をしかめたくなるような臭いだったよ。
それでも海沿いだとこんなものなのかもと思うことにした。
そのまま民家に近づいてオレはゾッとしたね。
閉め切られた民家の戸にさ、変な星型のマークが書いてあったんだ。
五芒星ってあるだろ、それの真ん中の空間に目みたいな模様が描いてあんの。
しかも、その変なマークが全部の民家の戸に書かれてる。夕焼けで血みたいに真っ赤な空も相まって異様な雰囲気だった。
そのマークが何なのかは分からなかったけど、変な宗教とかをやってる地域なのかとか、オレはちょっと怖くなった。
それでAに、もう行こうって感じのことを言ったんだけど、けっこう度胸のあったAは特に気にしていないみたいで、大丈夫だろってドンドン進んで行った。
仕方なくオレも付いて行ったんだけど、Aが小さな商店を見つけてさ、開いてるみたいだったし二人で入ったんだ。
昔の駄菓子屋って分かるかなぁ。あんな感じのこじんまりした店だった。
内心ビビってたオレだけど、出迎えてくれた店のおばちゃんは普通にいい人そうだったよ。
「あら~若者なんて珍しい、どこから来たの?」
「関東からです! オレら当てもない旅の途中で」
とかコミュ力の高いAもナチュラルに会話をはじめてた。
買い物なんてそっちのけで、Aとおばちゃんの会話が盛り上がってさ、その声につられてか、店の奥から、おばちゃんの家族っぽいおじさんも出てきたんだ。
「おお~なんだ客か珍しい。どっから来た?」
ってちょっとしたお祭り状態。飲み物とか食い物まで渡されたよ。
なんかすごい歓迎ムードにAも気分がよくなったのか、饒舌にお喋りしてる。
オレはそれを少し外れたところから見てた。
「今日は神社で祭りがあるんだ。めでたい祭りだぞ」
「そうなんすか? 出店とか行ってみるか」
Aは気にしてなかったけど、オレはやっぱりちょっと怖かったんだ。よく分からん宗教っぽいマークもだし、田舎だと普通なのかもしれないけど、初対面への異様な歓迎に裏があるように思えて仕方なかった。
けっこうな間Aとおばちゃんたちは話してたな。オレは出来れば早く買い物して出たかったけど、少し会話しては、店の商品とか見てるふりして時間を潰してた。
そんでふと外を見たらさ、もう真っ暗になってんの。すっかり夜中さ。
これは流石に長居しすぎだと思ってAに声をかけようとしたらさ、あの臭いがしてきた。
外で感じた生臭い臭い、しかも店の中なのにさっきよりはっきりと感じた。
そしたら、おばちゃんが急に動き出してさ、店を閉めようとすんの。
「店じまいだから急いで出な、神社はすぐ近くだから必ず行くんだよ」
そう言ってオレとAは背中を押されるようにして店を追い出された。それで、俺たちのすぐ後ろで店のシャッターが勢いよく閉められたんだ。シャッターには他の民家と同じマークが描いてあった。
Aは歓迎ムードから一転して追い出されて、ちょっと怒ってたけど、あまり気にしてなくて、普通に祭りに行こうとしてた。もうここから離れたくて仕方なかったオレは必死でAを説得したよ。
「なんだよいきなり、まぁ祭りに行って気分転換でもしようぜ」
「いや、車に戻ろう。やっぱりなんか変だ」
「え~なんでだよ。せっかくの祭りだぜ」
「おかしくないか、めでたい祭りなら、なんであの人達は行かないんだ?」
「え?」
「他の民家も閉め切ってるし、神社は見えるけど、灯りも付いてないし、祭りの音もしない。静かすぎるだろ。なんか変だよ」
「こんな小さな村の祭りだし、こじんまりした感じなんだろ」
結局Aは気にしないで歩いていくもんだから、オレも説得しながら後を追ったんだけど、そのまま鳥居のある所まで来ちまった。
鳥居の向こうは、少し段数のある階段になってて、神社がどうなってるかは、下からは見えなかった。
けど、そこで聞こえた。
聞こえたっていうのは、祭りの楽しそうな音じゃなくて、シーンと静まり返る空間で、泣いてる誰かの声だった。たぶん女の声。
よく聞くと、静かに泣きながら、いやだ、いやだ、いやだって何回も言ってる。
オレは心臓が止まるかと思った。
こんな夜中、得体の知れない村の神社からすすり泣く声がするんだぜ、幽霊だとしか考えられなかった。
これにはAも顔色が変わってた。
「車に戻ろう」
Aが声を潜めて言った。本能的にヤバイと感じたからだと思う。
なるべく静かに、急いで車に戻ったオレは運転席に乗り込んで、シートベルトをしながらAにどうするか相談した。
けど、助手席にいるAからは何も返事が返ってこない。
「おい、A?」
「……なんかいる」
そう言ってAは海を指さした。
Aがさしたところを見ると、たしかに何かいる。
暗くてよく見えないけど、人みたいな何かが海の中から歩いて出てくるんだ。
オレは目を疑ったよ。しかも、一人二人じゃないんだ。大勢いた。見てる間にどんどん海から出てきて、堤防に向かって歩いてくる。
「なんだよあれ⁉ 人か⁉」
「分からん。けど、人だとしても普通じゃねぇだろ! 車だせ!」
オレはすぐにエンジンかけて車を飛ばした。
「あいつら気付いた! 追って来るぞ! もっと飛ばせ!」
後ろを監視しているAが叫ぶ。三年以上一緒にいて、初めて聞くような声だった。
オレはもう泣きそうになりながら、必死に前だけ見てアクセルを踏んだ。
その間もAは後ろを警戒してくれてた。
それがよくなかった。
「いいぞ! 距離が開いた! 流石に車にはついて来れないみたい……ん? なんだあれ?」
Aがまた何か見つけた見たいだったけど、オレには暗い田舎道での運転で、振り向いてる余裕もなかった。
気になるのにAは何でかそれ以降、一言も喋らない。
あの人型も引き離してるのか知りたいのに、何も言ってくれない。Aにオレは叫んだよ。
「A! なにがあった⁉ 逃げきれそうなのか?」
「……」
「おいA! なにが見えた⁉」
「ワカラナイホウガイイ」
「え?」
Aの声だったけど、Aじゃないみたいだった。
運転してることも忘れて隣を見たよ。そしたら……
Aがおかしくなってた。
眼球がすごい速さで動き回ってる。
上にいったり、下にいったり、白目になったり、左右の目がバラバラに動いてる。身体もビクッビクッって痙攣し始めた。
「おいA! A!」
「来たぞ! 追ってきたぞ! あぁ窓だ! 窓に張り付いてる! 後部座席に乗ってる! 俺とお前の間にも! たくさんいる! どこにでもいる!」
叫び出したAに、オレはパニックになった。
Aを止めたかったけど、車を止めてあいつらに追いつかれるも嫌だった。
もうボロボロ泣いてた。発狂しそうだったよ。いや、オレも少しおかしくなったのかもしれない。
泣き叫びながらがむしゃらに運転してた。
無我夢中だった。
それで、気が付いた時には朝になってて、だいぶ離れた場所で車を停めてた。
結果、一応オレは助かったよ。
けどAはダメだった。
あれから一時は落ち着いたAは、またおかしくなって、今は入院してる。
それからはもう会ってない。
オレが体験した話しはこれで終わりだ。
つりだと思ってくれても構わないけど、あれはオレにとっては紛れもない事実なんだ。
あの神社の泣き声と、海からやってきた奴ら。
分からないことは沢山ある。知りたいと思う気持ちもないわけじゃない。
けれど、Aが最後に見た奴。それだけは、分からない方がいいのかもしれない。
連載投稿開始します。
全38話。最後までお付き合い頂けると嬉しいです。