プロローグ
一人の少女の話をしよう。
ありがちなマイノリティじゃなく、本当に無二な少女の話。
まだ人生を自棄にしか生きれなかった頃の、そのくせ臆病な生き方をしていた頃の少女の話を……。
少女は河川敷を歩いていた。
風が吹くと、芝生が白波のように光を照り返しながら揺れる。
よく晴れた春の朝、目深に被ったキャスケットで目を突き刺すような朝日を遮り、少女はつまらないことを考える。
いつだって彼女は自分の考えることをつまらないと思っている。
理由は単純だ。
自分の話が誰も笑顔にしていないから――自分さえも笑顔にしていないから。
それでも、どうすれば面白いことを考えることができるのかはわからない。だから今日も「つまらないことだけど」と自分の中で前置きして考える。
時々、人はこんなことについて話をする。
「もしも人生をやり直せるとしたら、いつに戻りたい?」
それは、ただの空想の話で、ただの個人の願望の話で、大抵の場合、それほど真剣に考えて答える必要のない話だ。わかりやすく、楽しい思い出が多かった時期や、大きな失敗の前に戻ってやり直したいと答えればいい。後悔を公開し合って遊んでいるだけなのだ。
少女は、直接誰かとそういう話をしたことがあったわけではないが、どこかで耳にしたそんな話題について、自分ならどうだろうと考えた。そしてひとり、結論を出した。
考えることもつまらなければ、考えつくこともつまらないなと自戒しながら思う。
−−こんな人生、二度と繰り返したくなんかない。
河川敷の芝生の中にぽつんと生えた、芝より少し背の高い雑草が孤独に揺れた。
春先の朝の風は、まだ身震いをするほどには冷たい。
風の冷たさを他人事みたいに感じながら我慢して、歩き出す。
どういうわけか、後悔という感情は少女の中になかった。
ただ淡々と、つまらないことが続いていく。何も求めていないから、傷ついたり、心が折れたりすることもない。
起伏なく。
戻りたいとも進みたいとも思わない。どう思えばいいのかもわからない。そして、わからないことが、問題というわけでもない。
人生に起伏があろうと、生き方が平坦だろうと、誰だって一様に、最後には死んでしまうのだから、素晴らしい人生を目指すことに価値なんてない。
そんな風に思っているというわけでもなかった。
少女はただ、わからなかった。心が動かされるという感覚を。
わかりたいとも、感じていなかった。