コバルトブルーの春にしよう
どこにでもいる女性の、ありふれた愛のお話。
※試作品及び初投稿のため、誤字脱字誤表現等の報告は遠慮なくお願いします。
彼は、青が好きだと言った。
それだけ言って、今日は足早に家を出ていった。玄関には微かに菜の花の香りが漂っている。
私は、飾り気のない左手でスリッパをつまむように拾い上げ、スリッパたての二段目へと落ち着かせる。
青。菜の花や桜の花なんかが咲き誇るこの季節とは、なんとも調和のきかない色だ。青空の色なら、まだこの季節の花々と合うかもしれないが、彼が求めたのは……澄み渡る海の青。
そんなの夏でいいではないか、と台所に向かいながら思う。ただでさえ青が似合わないと言われる私が、青?どんなに攻めたって信号の青が限界だ。彼は何を考えているんだろう。
ほうれん草を一口大に切り終えた私は、ふとカレンダーへと目を移す。
そういえば、同棲して初めて気づいたことがある。
家のカレンダーは彼の手作りで、私と付き合う前からカレンダーは自分で作っていたという。だが私は一度も作っているところを見たことがない。同棲前に彼の家に遊びに行ったときだって、カレンダーを作っている様子なんてなかった。それどころか、カレンダーが手作りだなんて気づきもしなかったんだ。
私はハッとして、急いで食事の下ごしらえを終えた。勢い任せに洗濯物や掃除も済ませた。
カレンダーに駆け寄る。
思ったとおりだった。
私達の記念日には、必ず海の絵が描かれているのだ。小洒落たOLが手帳にするように、可愛らしくサンゴや貝を添えて波打ち際が描かれている。
それが何故かなんて、考えるまでもない。
私はごく普通の女だ。
何らかの災難に襲われたことはないし、特別才能があるわけでもなく、ただ人と関わりながら、地元を愛しながら生きてきた。
そんな中、彼は、桜が舞う季節に、海辺で私に愛を囁いたんだ。
忘れるはずもない。
彼はただ、青色が好きなわけでも海が好きなわけでもないんだ。
海は、私達の出会った場所だから。彼にとっても特別だったのかもしれない。
そっとカレンダーの海のマークに触れて目を伏せる。
打ち寄せる波の音と、湿った冷たい風にまぎれて、彼の声が私の名を呼ぶ。
青だ。そこには青が見える。
愛おしいと思う気持ちが赤であると、いつから思い込んでいたのだろうか。私が彼との大切な日を思い出すときに私の心を包むのは、美しいコバルトブルーではないか。
ああ、こうして考えると、この青はなんて愛おしいんだろう。
早く青色のワンピースを買いに行かなきゃ。できるだけ故郷の海に近いコバルトブルーのワンピースを。海のないこの街に海をもたらせるような。
今年は、コバルトブルーの春にしよう。
初めまして。
趣味で書き溜めていたお話を公開してみたくて、初めて投稿させていただきました。
またいつからお会いしましょう。