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5話 介護士は新たな魔法に目覚める。

 慈善とラウラが亡命を決意して、一週間が経過していた。

 亡命決行日は、明後日を予定している。かなり急な日程だが、ラウラの事を考えると急ぐ必要があるのだ。

 ラウラはエリュシオン公国を滅ぼした、レンハイム家の娘だ。そして彼女自身のミスで、帝国内に潜伏していると気付かれている。彼女がラウルーア・レンハイムと特定されるのは、時間の問題だ。

 それに病院での仕事に休みはない。時間が経てば経つほど、彼女の体力はどんどん削られてしまう。


「なので、体力のある今のうちに亡命します。覚悟を、決めておいてくださいね」

「は、はい!」


 慈善とラウラは毎朝同じ時間に、井戸を使う名目で独房から出て、計画を練っていた。

 監視の兵も居るので、計画を練れるのはほんの数分がやっとだ。出来る限り慈善は効率よく、かつ確実に亡命できるよう、入念に準備を行っていた。


「でも、肝心の逃走ルートはどうするつもりなのですか? 地図とかは、持っていませんし……」

「大丈夫、実は患者様と交渉して、地図を貰っているんです」


 慈善は懐に隠してある地図をちらりと見せた。

 彼は丁寧な介護を行っており、兵士とその家族から信用される介護士となっていた。そのため、地図や軽いお菓子等の小物なら、彼ら経由で多少の融通が利くのだ。


 ラウラと会う事を許されているのも、慈善の人柄から「こいつなら脱走を企てないだろう」と、兵士から信じられているからである。


(利用者様から信用を得るのが、介護の基本にして極意なんでね。……まぁ、その極意が弊害になる時もあるんだけど……)


 介護の仕事で利用者や家族と仲良くなると、個人宛にそうした物を渡される事がある。かくいう慈善も、クオカードやら菓子折りやらを貰った経験があった。

 無論それは業務規則でもらう事が許されないし、慈善も介護士としてのプライドから丁重に断っていた。


(今は状況が状況だし……我慢だ慈善大地……)


 患者と家族経由でクッキー等の食料を集め、とりあえず三日分は確保してある。飲み水に関しても、同じ経路でもらった木材を【性質変化】で加工し、水筒を作ってある。井戸水を入れておけば、当面はどうにかなるだろう。


 他にも包帯や薬を掠め取ったり、【性質変化】でベッドシーツから軍手を作ってある。それらは紙で作ったナップザックに入れ、隠してあった。


(非常持ち出し袋の中身、頭の中にあってよかったよ……介護施設って大抵、目に見える所に置いてあるからなぁ……)


 それにしても、介護職員として身に着けたコミュニケーション能力や工作技能が役に立つとは。人生何があるのか分からない物だ。


「そして脱出経路ですが、どうにか目星がつきそうです」


 慈善は一時期、夜勤が負担になってデイサービス勤務をした事があり、車送迎の担当をしていた経験がある。

 高齢者の送迎を効率よく行うためには、ルート作成が重要だ。何しろ送迎がちょっとでも遅れればクレームが入るし、運転が荒ければそれもクレームになる。


 なので慈善は出来るだけ最短距離で、尚且つ走りやすい道を見つけるよう、注意して地図を見るようにしていた。その結果、今では一目見ただけでどの道が通りやすいか否かまで分かるようになっているのだ。


「最短距離で、坂道も少なく、さらには物陰を通るルートを見つけてあります。この経路なら体力の消耗も少ないはず。城壁を抜けるのも、私の【性質変化】を使えば問題ないでしょう。後はいかに兵士に見つからないようにするかですが……ってどうされました?」


 慈善はラウラが、きょとんとしている事に気づいた。

 我に返ったラウラは心底感心した様子で、


「その……凄いなと、思いまして。まさかそこまで細かく、亡命の計画を立てる事が出来るなんて……」

「ええ、まぁ。カンファレンスに関しては、慣れているものでして」


 施設では介護計画を見直すための、カンファレンスを行う事がある。

 介護計画の見直しは非常に細かく、綿密な物だ。利用者一人一人の日常生活を観察し、具体的に伝えなければならない。

 それを日々の業務として行っていれば、当然プレゼン力もつくという物だ。


(にしても、こうして振り返ると……介護職ってかなりの総合業務をこなすもんだな……)


 高いコミュニケーション能力に各種技能、そして知識……高齢者を相手にするというのは、それだけ多くの能力を必要とするのだ。


(そんな人間が働いているなら、もう少し給料上げてもよくない、日本政府さん……)

「……私は、自分が情けないです。全部、ジゼンさん任せで、何も出来なくて……」

「いいや、ちゃんと力になっていますよ」


 ラウラは自信を無くしている。高齢者にも、自分が何も出来ない事に引け目を感じ、自信喪失してしまう人が多く居るものだ。


「貴方の存在が、私の原動力になっているのです。貴方を守り、亜人の里へ送り届ける。この決意があるから私は、ここまで頑張れるのですよ。もしラウラさんが居なければ、こんなに頑張ろうとは思えません」


 そんな人に対しては、「傍にいるだけでいい」。そうした旨を伝えるだけで、大きく違う。


「よかった……少しだけ、気が楽になりました」


 ラウラはほっとした様子で、そう答えた。

 でも、本当に彼女が安心したかどうかは分からない。あくまで、空元気を出しているだけかもしれないし。


(せめて、心を覗ければな……)


 何となく、慈善は思った。時である。

 ラウラの頭上に、心電図が浮かび上がった。


「……え?」

「どうしましたか?」

「いやその、ラウラさんの頭の上に変な物が」

「え? 何もありませんけど」


 ラウラには心電図が見えていないようだ。もしかしてと思い、慈善は怪しまれないよう、見張りの兵を見てみた。

 すると、兵達の頭上にも心電図が浮かんでいるではないか。それに色が、人によって違う。黄色だったり、緑だったり。心電図の触れ方が激しい程、表示される色は黄色に近くなっていた。


(これは、まさか……新しい魔法か?)


 慈善が自覚するなり、心電図が、壁越しにも浮かび上がってきた。

 色鮮やかな心電図が浮遊する。黄、緑、青、赤、桃……様々な色の心電図が視界の中に飛び込んできた。


(と、透視能力付きとは、また……それにこの色、もしかして心理状態を表しているのか?)


 心電図から想像するに、緑はリラックス状態、黄色は緊張・警戒状態を表しているらしい。怒っていると赤、恐慌状態だと青に近づいているようだ。

 慈善は何度か新たな魔法を使ってみて、何となく感覚を掴んできた。


 「心が見たい」と念じる事で発動し、念じる強さに応じて効果の範囲が広がるようだ。見れる範囲は最大で直径百メートル、かなりの広範囲をカバーできそうである。

 ただ、発動中は常に体力を使うのか、使用後の疲労感が強かった。自分の体調と相談する必要はあるが、使い勝手の良い魔法だ。


(施設で働いていた頃、持っていたかったよ)


 利用者や家族は言いたい事があっても言わない事が多い。この魔法があれば、そうした言い辛い心内を探る事が出来ただろうに。


(そうだ、これならラウラの状態を見れるんじゃ)


 慈善は、ラウラの心電図を見てみた。

 彼女の色は、青い。心電図の波長も大きく乱れている。

 極度の緊張及び、恐怖の状態にあるようだ。

 いくら慈善が傍に居ても、恐いに決まっている、亡命を失敗すれば、待つのは死だ。


(こんな時は……恐がる女の子を、慰める時は……!)


 意を決し、慈善はラウラの肩を抱いた。

 ラウラは驚くも、構わず胸に抱き留める。女性をこうして抱きしめるなんて初めての事で、慈善はどぎまぎした。


「その、このくらいしか出来ませんが……どうか、安心してください。俺が傍に居ますから」

「は、はい……」


 ラウラの波長は、相変わらず乱れたままだ。だが心電図の色が、青から桃色に変化していく。


(……桃色? 桃色って、なんだ? え、どういう、事?)


 なんだか見れなくなって、慈善は「消えろ」と念じた。

 そしたら心電図は消えたものの、ラウラから伝わる心音は、聞こえ続けていた。


(なんでだろう……ジゼンさんに抱きしめられていると、その……恐くない)


 慈善に抱きしめられている間、ラウラは不思議と安心を覚えていた。

 父や母に抱きしめられるのとは違う。傍に居てくれるだけで、心がふんわりと軽くなってくるのだ。

 それに……胸が熱い。

 思ったよりも引き締まった体に抱かれていると、心臓が激しく鼓動する。もっと彼に寄り添っていたい。


「もう少し強く、抱きしめていただけませんか?」

「は、はい……!」


 慈善から、ぎゅっと抱きしめられる。とても優しくて、その思いやりが嬉しくて、ラウラは無意識に涙を流していた。


「あの、ラウラさん? どうして泣いて?」

「違うんです、悲しいのではなくて、嬉しいんです……!」


 誰からも命を狙われる、絶望的な状況。その中で自身を照らしてくれる、慈善という小さくも、力強い希望の光。

 その光にラウラは救われていた。この世界でたった一人味方で居てくれる彼が頼もしくて、愛しくてたまらない。


「私も、頑張ります……必ず一緒に、亜人の里へ行きましょう、ジゼンさん……!」

「……ええ」


 不意に、二人の間に剣が割り込んできた。

 慈善とラウラは弾けるように体を離した。見上げると、訝し気な目を向ける兵士が。


「何をこそこそ話している? まさか脱走の算段でも立てていたのではないだろうな?」

「……男として、震える女性を慰めていただけですよ。そもそもこんな足枷を付けられて、ここから逃げられるはずがないでしょう?」


 威圧に負けず、慈善は言い返した。兵士は鼻を鳴らし、


「ふん、確かにな。……ジゼン、貴様は奴隷の中でも優秀だ。このまま働いていれば、帝国市民権を得られるだろう。余計な事を考えれば、全てが水泡に帰す事になる。賢い奴隷であるならば、俺の言っている事が理解できるだろう」


 ようは反抗するな、という事だ。

 奴隷達の労働意欲を促すため、きちんとした働きが認められれば、市民権を与えられる事になっている。それを得る事が出来れば、今の最底辺の生活から脱出でき、人並みの生活が得られるという。


(それも、奴隷を働かせるための飴に過ぎないんだろうな……)


 実際に市民権を得た奴隷の話を聞くが、後で確認した所、サクラだそうだ。

 たとえ嘘でも、奴隷に希望を与える口実にはなる。だが居残って働き続けても、市民権を得る事など不可能だ。


(ここに居たところで、俺にもラウラさんにも、何の得はない。必ず脱出して、彼女を助け出してみせる。この真っ暗な地の底から、絶対に!)

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