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31話 介護士と悪役令嬢は、大切な人を喪う。

 リッカにガーゼットを乗せ、二人はキュリーの診療所へ急いでいた。

 彼女はどんどん冷たくなっている。鼓動も弱くなっていて、命の灯が消えつつあった。

 慈善を始め、多くのモンスターが彼女に呼び掛けている。ガーゼットは里の仲間、仲間を見捨てないのが、この里の者達だ。


(生きろ、生きろよ、ガーゼット……! なんで、そんな……!)


 【心電図】で彼女のバイタルを見ている慈善は、涙した。

 ガーゼットの心電図は、緑色。命の危機に瀕しているのに、リラックスして落ち着いている。

 まるで、自身の運命を受け入れているかのように。


「ガーゼット! 諦めるな……諦めるなよっ!」


 慈善は必死に叫んだ。

 診療所に着くなり、キュリーは急いで薬を用意した。

 強心剤に気付け薬を注射し、出来る限りの手を打っていく。

 だけど、いくら施しても、手の打ちようがなかった。


(発動したのはほんの一瞬なのに……体が、壊死してる……!)


 【リヴェンジャー】の反動に、弱った体が耐えきれなかった。彼女の体は、魔法によって蝕まれて……手遅れだ。

 ラウラはガーゼットの手を握りしめ、必死に祈った。


(お願い、母様……! ガーゼットを、助けて……)


 何度も大切な人を失って、故郷さえも失った。もうこれ以上、目の前で大切な物が居なくなるなんて、耐えられない。


「ガーゼット、生きて……お願い、死なないで!」

「……なんで、なんでそんな、満足そうな顔を、しているんだよ!」


 慈善も彼女の手を握りしめた。


「まだ、これからなのに……生きていれば、もっと沢山、楽しい事が出来るのに! 俺達なんかのために死ぬなよ! 俺達のために、生きていてくれよ! なぁ、おい!」

「……ふっ……何を言っている。貴様らこそ、我のために生きるがいい」


 ガーゼットは穏やかな表情で、二人を見やった。


「自分の体の事だ、よく分かっている。いかに薬で生き永らえようと、いかに気力で寿命を伸ばそうと……もとより短い寿命だ。どの道このままでも……半年以内には、死んでいただろう。そうじゃないのか、キュリー」

「…………」


 キュリーは何も答えない。二人はわななき、


「……そんな、悲しい事を言うんじゃないよ……!」

「介護士とは随分弱い者だな、貴様は幾度も、こうした場に直面しているのではないのか?」

「だからって、慣れるわけないだろう! 人が死ぬんだぞ、そんな事に、慣れるわけないだろ! なぁキュリー! 何とかしてくれよ! 俺じゃ、命は救えない! あんただけが頼りなんだよ!」

「そんな事、言われても……」


 キュリーも泣き出した。どれだけ手を尽くしても、ガーゼットを助けるのは、もう……。


『ガーゼット!』


 診療所に子供達がなだれ込んできた。

 皆、彼女にしがみ付いて、ぐすぐすと泣き始める。


「ごめんなさい……! 俺達が、火を使ったから、あんな……」

「元気になるよね、大丈夫だよね、ガーゼットぉ……!」

「……子供が心配をするな。我を、誰だと思っている?」


 ガーゼットは無理やり体を起こし、腕を突き上げた。


「また、共にバスケでもやってやろう。なんなら、歌でも歌ってやろうか? 必ず、戻ってくるとも。だから、泣くな。馬鹿者が」

「……うん……」


 ガーゼットはリッカに目配せした。


(リッカ、頼みがある。あの二人以外を、外に出してくれ)

(……ガーゼット……!)

(お前の背中、最高の乗り心地だったよ。願わくばまた、乗せてくれ)

(……ああ、必ずな)


 リッカはカーテンを閉めると、キュリーと子供達を連れ、外に出た。

 彼らを見届けるなり、ガーゼットは力尽きたように倒れ込む。


「おい……何、してんだよ……子供達との約束を破るつもりじゃないだろうな!」

「全く……最初から最後まで、騒々しい男だ。ジゼンダイチ」


 ガーゼットは異形の左手で、彼の頬に触れた。

 以前は人を殺すしか出来なかった凶器の腕。だけど今は、こんなにも優しく人に触れる手になっていた。


「そう叫んでくれるだけでも、充分だ。ほんの短い時間だったが、二人からは……沢山の宝物を、貰えたよ。ずっと憎しみばかりを植え付けられ、野垂れ死ぬはずだった我に、愛情を教えてくれた。優しさを教えてくれた。それが、どれだけ救いになってくれたことか」

「だって、私達……介護士だもの……心を救うのが、お仕事なんだよ。まだ、貴方には、やってあげたい事、沢山あるんだよ……」


 ガーゼットの鼓動が弱くなっている。ラウラは彼女を抱きしめ、何度も首を振った。


「だから逝かないで! 勝手に居なくなるなんて許せない! 居なくなったら、一生……一生許してあげないんだから!」

「居なくなるわけではないさ。二人と共に居た時間が、なくなるわけではない。我は二人の中でずっと、生き続けるんだ」


 ガーゼットは懐に手を入れると、二人にある物を渡した。

 それは、籐で作ったコースターである。

 花を模しているのだろう。歪だが六枚の花びらがあしらわれ、赤い塗料で色を付けている、とても可愛らしい物だった。


「こっそり、作っていた。二人から、「ありがとう」を引き出せないかと、ずっと考えていてな……受け取って、もらえるか?」

「……うん、うん……! 大切にする、だから……!」

「……ありがとう、ガーゼット……」


 ずっと聞きたかった言葉が、出てきてくれた。

 これでもう、心残りはない……


(いや、あるな……子供達と交わした、バスケをするって約束……リッカの背中にも、もう一度乗りたかったし、レコード体操にも、もっと出たいし……もっと二人と、一緒に過ごしたかった……)

「……生きるって……楽しい事だったのだな……!」


 最後の力で、ガーゼットは二人を抱きしめた。


「ジゼン、ラウラ……こんな、憎しみと死に溢れた我に……愛情を教えてくれて……本当にありがとう……!」


 そして、彼女の体が崩れ落ちたかと思うと、光の粒子となって、散っていく。

 慈善とラウラは呆然と光を見つめ、滝のように涙を流し、


「……いや……いや……! いやぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「ガーゼットぉぉぉぉぉぉぉぉっ! っぁぁぁぁぁあああああああああっ!」


 喉が張り裂けんばかりに、叫び続けた。

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