30話 介護士は竦み上がる。
お湯の支度を整え、慈善はテーブルに道具を並べた。
今日は自宅にて行う、籐細工の開催日だ。ラウラに頼んで、子供達への呼びかけは終わっている。
籐の枝に塗料にニス、忘れ物はない。後は子供達が喜んでくれるかどうかだ。
「心の準備はどうだい、ガーゼット」
「とうに出来ている。とはいえ、不安で身震いしてしまうがな。果たして連中が喜んでくれるかどうか、内心ドキドキしている」
つい最近まで兵器だったとは思えないくらい、可愛い発言だ。
夢の事は気になるが、今は隅に置いておくしかない。慈善は胸を叩き、息を吐いた。
しかし今日は冷え込む。空気も乾燥しているし、まるで冬の様だ。
この辺りでは、時折ある気候だという。山の中に作った隠れ里故、気候の変化を強く受けてしまうそうなのだ。
(念のため、暖炉の用意もしておいた方がいいかな。これから冷え込んでくるかもしれないし)
薪をくべて、松ぼっくりを入れておく。松ぼっくりは油を含むので、優秀な着火剤になるのだ。
「ジゼンさん、ガーゼット! お待たせ!」
暖炉に火をつけると同時に、扉が開いた。
ラウラが子供達を連れて戻ってきたのだ。子供達はガーゼットを見るなり歓声を上げ、彼女に飛びついた。
「ガーゼットだ! 今日は何してくれるのー?」
「またバスケしてあそぼーよ! またダンク見せて!」
「こ、こら! 纏わりつくな! うっとうしいだろうが!」
子供達に懐かれて、ガーゼットはもみくちゃにされていた。
彼女はすっかり人気者になっており、姿を見かけるなりこうして纏わりつかれている。口では文句をいうものの、ガーゼット自身満更でもないのか、強く跳ね除けたりはしない。
「おいジゼン! 微笑ましく見ていないでこいつらをどうにかしろ!」
「とは言ってもなぁ、別に虐めているわけでもないし」
「諦めた方がいいよ、ガーゼット。いいじゃない、悪い事をしているわけじゃないんだから」
「貴様ら、あとで覚えておけよ……! だからいい加減離れんか!」
子供達を下ろし、ガーゼットはふんとそっぽを向いてしまった。
(そんな反応をするから、子供達にからかわれるんじゃないかな?)
慈善が思った通り、子供達はガーゼットの反応が面白くて、よりちょっかいをかけている。彼女は諦めたように子供達を受け入れ、彼らの頭を撫でたりしていた。
「ガーゼット、可愛い」
「可愛いとか言うな、うつけ者……おい、いい加減籐細工を始めるぞ」
「分かった分かった。それじゃ皆! テーブルに集まってくれるかな」
慈善は子供達に、籐細工のやり方を説明し始めた。
うまく出来ればどんな物が出来るのか、実物を見せる。籐で出来た籠を見て、子供達は歓声を上げた。
「ちゃんと教える通りにすれば、君達にも出来るはずさ」
『本当!?』
「勿論。それで教えてくれるのは、ガーゼットだよ」
慈善はガーゼットにバトンパスした。
そもそもこの企画自体、彼女が立案した物。ここから先は彼女の仕事だ。
(頑張って、ガーゼット。私達も手伝うから)
(……ああ、分かっている。そもそもの言い出しっぺだ、ここで引っ込むわけにはいかん)
ガーゼットは意を決し、籐の枝を握った。
「我がやる通りに、よく見ていろ。言っておくが、これは根気のいる作業だ。我から言える事は唯一つ……とにかく頑張れ」
『はーい!』
◇◇◇
ガーゼットを中心に籐細工が始まった。
子供達は悪戦苦闘しながらも、思い思いに作っている。力加減を少し間違えるだけで籐は簡単に折れてしまい、かといって弱くし過ぎると曲がらない。
伸縮自在の右手を駆使し、ガーゼットは子供達にコツを教授している。自分もちょっとずつ籐細工を仕上げ、籠を編み上げていた。
(順調、か。……できれば、折を見てこれを渡したい所だが)
懐に隠してある物を見やり、ガーゼットは目を閉じた。
二人に感謝を伝えたくても、捻くれた性格が災いして言い出せない。だから形に残る物で伝えようと、二人に隠れて用意した物だ。
(僅か数日の命だった我が、ここまで生き延びる事が出来た……それは間違いなく、こやつらのお陰だ)
生きたい。慈善とラウラは、そう思うきっかけを作ってくれた。
帝国から与えられた憎しみの感情よりも、沢山の愛情を貰った。これからも、もっと、生きていたい。
(……それが例え、叶わぬ事であってもな)
「どうかしたの、ガーゼット」
「なんでもない。ラウラ、貴様も籐細工に集中しろ」
「分かったってば、そんなに怒らないでよ」
「怒ってなどいない」
またやってしまった。自己嫌悪し、ガーゼットは落ち込んだ。
どうしてこんなに素直になれないのやら。憎まれ口をたたいてしまう自分が嫌になる。
(ちゃんと伝わってるよ、ガーゼット)
でも彼女の事を、ラウラは理解していた。
一ヵ月一緒に居れば、ガーゼットの事も理解できる。この魔獣は素直になれないだけで、とてもいい子なのだ。
私の所へ来てくれて、ありがとう。そう言ってあげたいのだけど、照れが先行して中々言い出せない。
(この企画が終わったら、言ってあげよう。絶対に、絶対だよ)
騒がしくも、楽しく時間が過ぎていく。やがて籐の籠が出来上がり、室内が沸き立った。
「お疲れ皆! それじゃあ色を付けていこうか。見栄えがよくなるし、籐が痛みにくくなるからね」
無着色の籐は真っ白だが、色を付ければ焦げ目がついたようになる。
ムラが出ないよう気を付けて塗り、暖炉の前において乾かす。乾燥が終わったらニスを上塗りして、艶出しすれば完成だ。
「ニスを塗るまでは時間がかかるし、一旦休憩にしよう。お菓子も沢山用意してるからさ」
「お茶もすぐ用意しますね」
というわけで、暫しの休憩である。お茶菓子とハーブティーに舌鼓を打っていると、ノックの音が聞こえた。
「あ、あのー……キュリーです、お薬届けに来ましたー」
「丁度いい所に。どうぞ!」
扉を開ければ、紙袋を持ったキュリーが立っていた。彼女には週一で、薬を届けに来てもらっている。ガーゼットの延命治療に必要な薬だ。
細胞分裂の速度を遅め、寿命を延ばす薬である。ただし相当な劇物でもあるため、ガーゼット以外が飲めば寿命を逆に縮める。実質彼女専用だ。
(現代日本で考えると不老不死の薬だよな、これ……)
改めてキュリーの驚異的な頭脳に感服する。この中世レベルの異世界に置いておくには勿体ない人材だ。
「キュリーさんもどうですか? 丁度お茶会をしていたものでして」
「いいんですか?」
「ええ、ガーゼットの体調に関しても聞きたかったので」
「わかりました。それじゃ、ちょっと場所借りますね」
非常に強い薬を使っている以上、副作用のリスクも当然ある。
常に彼女の体調を把握するため、薬を届けてもらうのと同時に診察もしてもらっているのだ。
部屋の隅に向かい、ガーゼットのバイタルを計る。聴診器や触診で体内の状態も探り、キュリーはカルテに書き込んだ。
「……うん、大丈夫です。特に問題なし、健康そのものですよ」
「そうですか、よかったぁ……」
夢の事もあり、慈善はずっと不安だった。でもこの分なら、杞憂で済みそうな気がしてきた。
「私も驚きです、まさか、心の強さだけでこんなに生き延びるなんて……」
「命の不思議な所です。どんなに寿命が短くても、諦めなければ必ず奇跡は起こる。俺は何度もそれを、見てきました」
もう彼女で心配する事は何もない。そう確信し、慈善はガーゼットの手を握った。
「ずっと生きていてくれよ、ガーゼット。君さえ良ければ、ずっとここに居ていいんだ。だから、絶対……」
死なないでくれ。ついこの言葉が出そうになった。
一瞬だが、彼女に空のイメージが重なった。火事の後、煙を吸った後遺症で亡くなった、彼の妹だ。
なぜ妹のイメージが浮かんだのか、それは分からない。
ただ、心のどこかで不安を感じている自分が居る。それだけは確かだった。
「ねぇジゼンにーちゃん、暖炉の火を足してもいい?」
子供達にそう言われ、慈善はふと、肌寒くなった事に気づいた。
今日の気候は移り気なようで、不意に気温が下がってしまう。慈善はラウラに目配せした。
「毛布を取ってくるから、子供達と火の番をしてくれるかな?」
「わかりました」
ラウラは早速薪を取り、暖炉にくべ始める。少しずつ室内が暖まり、子供達もほっとした様子だ。
……もしかしたら、その表情に油断したのだろう。
ぱちりと火花が飛び、塗装した籐細工に当たった。普通ならば、なんの事のない日常の一コマ。
だけど、慈善は失念していた。
現代日本の塗料であれば、引火しないよう揮発性の低い物が使われている。だがここは、遥かに技術が劣る中世異世界。
籐細工に使っていたのは、非常に燃えやすい、揮発性の高い塗料だったのだ。
ボォウッ!
真冬並みに空気が乾燥していたのも原因だろう。小さな火花が、籐細工を激しく燃やし始めた。
火の手はとても早く、瞬く間に台に燃え移ってしまう。床から壁、壁から屋根へと走って、木造の家が炎を纏った。
「なっ……んだって!?」
足が竦み、慈善は動けなくなる。途端に蘇る過去の記憶……背筋が凍り付き、思考が止まった。
彼の屋根が崩れ、落ちてきた。
「ジゼンさん!? 危ない!」
ラウラが間一髪で飛びつき、彼を救出するも、炎の中に閉じ込められてしまう。
「キュリーさん、子供達をお願いします! 今なら、脱出が!」
「でもお二人が……ひゃあっ!?」
またしても落ちてきた屋根に悲鳴を上げた。ラウラは首を振り、
「私達は大丈夫! 早く、逃げてください!」
「うっ……す、すぐに助けを呼びます! だから……待っていてください! ガーゼット、手伝いを!」
「……ああ!」
ガーゼットとキュリーは子供達を連れて脱出する。直後、扉が焼け崩れて逃げ道がふさがってしまった。
(でも、ジゼンさんには【性質変化】がある。それを使えば、逃げ道なんて)
「……だ、めだ……! 父さん……母……さん……!」
慈善が震えている事に気づき、ラウラはびくりとした。
頭を抱え、酷く怯えている。今まで、見た事のない姿だ。
「ジゼンさん、どうしたんですか、ジゼンさん!?」
ラウラの呼びかけにも答えられない。酷く怯えるばかりで、身動きが取れずにいた。
過去、両親を喪ったせいだった。慈善は火事に直面すると、体が動かなくなってしまう。彼の大きな弱点だ。
「ジゼン、さん……! どうしよう、このまま、じゃ……!」
◇◇◇
火の手はより強くなっていた。
キュリーは炎を見上げ、おろおろしている。子供達も呆然とし、炎を見上げていた。
「これは、どうしてこうなった!?」
蹄の音が聞こえた。振り向くと、リッカが走ってきている。火の手を見て駆け付けたようだ。
「それが、それが……! リッカさぁぁぁん……!」
「詳しく事情を聞く時間はなさそうだな、ジゼンとラウラは」
「まだ、取り残されている」
リッカは険しい顔になった。
「【熱操作】でも、鎮火は出来ない……今ルリを呼んでくる! 彼女なら水を転送できるからな! クロム達にも声をかける、お前達はそこに居ろ!」
リッカは迅速に動き始めた。だけど、彼の健脚を持ってしても、間に合うかどうか。
「このままじゃ、二人が、二人が……!」
「焦るな」
ガーゼットは燃え盛る家を前にし、目を閉じた。
助けを待っていたら、慈善とラウラは死ぬだろう。なら、自分がすべき事はなんだ?
(我は二人から、沢山の物を貰った……その恩を返さずして、なるものか)
「ガーゼット、まさか貴方……火の中に飛び込むつもりじゃ」
「でなければ助けられまい。心配する必要はない、我は殺りく兵器だった魔物。その力を人助けに転用するだけだ」
「な、何を言っているの!?」
キュリーはガーゼットの腕を引いた。
「貴方の力は……前よりずっと弱っているんだよ! そんな、そんな状態で飛び込みでもしたら、貴方は……!」
「だとしても、行かねばならん」
慈善は介護士として、毎日多くの人を助けている。
ラウラも同じく、自分にできる事を最大限に発揮して、人助けを行っている。
その二人の姿を見続けた己が、何もできないとはどういう事だ。
「必ず戻る。だから、貴様は待っていろ。キュリー」
キュリーを押しのけ、ガーゼットは左腕を振り上げた。
剛腕で炎の壁を粉砕し、強引に入り口を作り上げる。いくら弱体化しても、その怪力は健在だ。
だが、ガーゼットは膝をついてしまう。
(反動に耐え切れなかった、か……! 想った以上に体力が落ちている……が、想定内だ)
立ち上がり、炎の中へ身をねじ込む。彼女の行動には、迷いが無かった。
「ジゼン、ラウラ……今、助けに行く!」
◇◇◇
焼けた木材や炎が降り注ぐ中、ラウラは懸命に慈善を守っていた。
彼に覆いかぶさり、落ちてくる物を身を挺して防いでいる。顔はすすけて、体には火傷や痣が出来ていた。
小さな体を精一杯使い、震える慈善を抱きしめる。彼は未だに蹲り、動けないままだ。
「大丈夫……必ず、助けは来る……持ちこたえないと……!」
呟いた瞬間、煙突が崩れ始めた。
大量のレンガが降り注いでくる。ラウラは目を閉じ、死を覚悟した。
「はっ!」
そのレンガを、ガーゼットの右腕が弾き飛ばした。
鞭のような腕をしならせ、次々にレンガを砕いていく。左腕を傘のように掲げ、二人を破片から守った。
「助けに来たぞ、ジゼン、ラウラ!」
「ガーゼット!?」
ラウラは思わず涙した。ガーゼットは力強く笑い、
「おい、ジゼン。何を腑抜けている、立て!」
「それが……ジゼンさんが、おかしいの……火事が起こった途端、竦み上がって……」
慈善とは思えぬ姿だった。ただ、彼の姿を見てガーゼットは察した。
(……こいつ、火事で誰か……大切な人を失ったのか)
そうでなければ、慈善は腑抜けたりしない。
激しくなる炎を見やり、ガーゼットは舌打ちする。
(ジゼンが動ければ、どうにでもなるのだが……二人か、二人……)
今の自分では、体力が足りない。二人を担いで逃げるのは無理だ。
かといって助けが来るまで持ちこたえるのも……煙に包まれて仲良く死ぬだけ。
「……仕方がないか」
もう取れる手段は、一つしかない。
「ラウラ、ジゼンをしっかり抱きしめて、目を閉じていろ。ここから脱出する」
「ガーゼット……? 何を、するつもり……?」
「目を閉じろ、いいから、早く」
ラウラは恐る恐る目を閉じる。ガーゼットは左腕に巻いてある、魔封じの網を見やった。
これを外せばどうなるのか。自分の体の事だ、よく分かっている。
忌み嫌っていた呪いの魔法だけども、最後に人のために使えるのであれば、本望だ。
(……解放しよう。我が大切な人を、救うために!)
ガーゼットは網を引きちぎり、自分を憎み始めた。……大切な人を守れない自分を。
するとその憎しみをトリガーに、魔法が発動する。【リヴェンジャー】により体のリミッターが外れ、限界以上の力が引き出された。
(理性は、飛んでいない……これならば行ける!)
「ぬぅおおおおおおお!」
二人を抱え上げ、ガーゼットは思いっきり跳躍した。
炎を突き抜け、空高々く飛び上がる。眼下を見ると、クロムを始めとした救援達が集まりつつあった。
(リッカ、この短時間でよく、集めてくれたな……)
あれだけの人数が居れば二人は助かる。ガーゼットはほっとし、着地した。
「ジゼンさん、ラウラさん!?」
「だ、大丈夫かいガーゼット!」
キュリーとクロムが駆け寄ってくる。ガーゼットは口の端を持ち上げ、
「心配はいらん、二人は無事だ」
そっと、二人を下ろした。
リッカは目を瞬き、彼女を見やる。
「まさか、ガーゼット……助けたのか?」
「ああ、我でなければ、不可能だったからな」
どこか、ガーゼットが弱弱しい。リッカは嫌な予感がした。
ラウラは目を開け、周囲を見渡す。炎の中から逃れたのを理解するなり彼女は、慈善を揺らした。
「助かった……助かりましたよジゼンさん!」
「……え、あ……ここ……外……?」
慈善は呆けたように顔を上げた。そして先ほどまでの体たらくを思い出し、自身を恥じた。
(俺、また……過去に囚われて……!)
両親を喪ったショックのせいで、火事になると足が竦み、頭の中が真っ白になってしまう。未だ克服できていない、彼のトラウマだ。
そのせいで、ラウラとガーゼットを危険な目に……。
「ごめん、二人とも……俺が、不甲斐ないばかりに……」
「気にする事はない。以前貴様は言っていただろう、人とは、助け合うものだとな」
ガーゼットは笑っていた。
「我はそれを実践しただけにすぎん。それに今、とてもいい気分なのだ。忌まわしいとばかり思っていた我が力で、人を救う事が出来た。……それがとても、嬉しくてな」
「……ガーゼット? 君は、何を言っているんだい……!?」
慈善は気づいた。彼女の左腕に巻かれていたはずの網が、無くなっている事に。
「……まさか、まさか……!」
「皆まで語るな。言っただろう? 我は……満足したのだ」
その一言を最後に、ガーゼットは。
笑顔のまま、倒れ込んだ。




