29話 介護士は悪夢を見る。
共和国領内に無数の怪物が放たれた。
獰猛な叫び声を上げる、奇怪な体をした魔物である。
そいつらは戦場を縦横無尽に駆け回り、共和国兵を蹂躙していく。
異常な姿を持つ怪物を前に共和国兵は恐れおののき、武器を捨てて逃げてしまう。すると魔物はより激しく敵を叩き潰し、骨身を噛み砕いた。
この魔物は、量産型ガーゼット。
最初期に開発したガーゼットから一ヶ月後に完成させた、戦術兵器だ。
「ニクイ……ニクイ……ニクイ!!!」
「コロス……コロス! ニンゲン……コロス!」
戦場に解き放たれるまで、ガーゼット達は徹底的に虐待し、憎しみを増幅させている。人工魔法【リヴェンジャー】で強制的に力を解放され、限界以上のパワーを出力していた。
やがて戦場が屍で埋まる頃、量産型ガーゼットは死に絶え、灰となって消えていく。
誰も居なくなった戦場を見渡し、レベッカは楽しそうに高笑いした。
「これはまた、愉快だなぁ! 敵も味方も綺麗に居なくなるか、これほどまでに壮観な光景は中々ない!」
「ふひひ、お喜び頂けたのなら幸いでございます。先に作った試作品よりも寿命を削り、生きれる時間はほんの一時間。【リヴェンジャー】の効力も更に引き上げ、身体への負担も倍加させています。戦術兵器としてこれ程優れた物はありませんぞ」
レベッカはガルバを撫で、褒め称えた。
「くくっ、変態だがやはり優秀だなガルバよ。あの試作品からより改良を加えた魔物を生み出すとは」
「クライアントの要求に応えるのが仕事人ですからなぁ。これでまた、戦況は帝国有利に傾くでしょうぞ」
「そうでなくては困るな。我々帝国に歯向かう者達は徹底的に叩き潰さねばならない、何人たりとも、我らが隆盛に傷をつける事は許さん」
レベッカは踵を返すと、ふと思い出したように呟いた。
「ところで、あの試作品はどこでどう死んだかな」
「さぁ……方角的に緩衝地帯へ逃げたのは分かりますがな」
「緩衝地帯か。ま、今となってはもう、どうでもいい事だがな」
レベッカはくつくつと笑った。
◇◇◇
『レコード体操第一ー!』
モンスターの里恒例、レコード体操が開催された。
モンスター達は皆思い思いに体を動かし、一日の活力を蓄えている。やがてレコードが終了すると、モンスター達は慈善とラウラの前に群がった。
レコード体操に出席するのは何も体を動かすためだけじゃない。体操カードのスタンプを集めるのも目的の一つだ。
スタンプを十回分集めると、ちょっとした物がもらえるからである。
「おっ、スタンプ十個集まりましたね」
「ではこちら、参加賞です!」
ラウラは参加者に小物を渡していく。それはタオルだった。
たかがタオルか。そう思うだろうが、このタオルは慈善お手製の冷感タオルだ。
一度は利用した事がないだろうか、濡らすと冷たくなるタオルを。あれは蒸発する際の気化熱でタオルの温度を下げているのだ。
慈善ならば【性質変化】でそのタオルを作れる。モンスター達は早速タオルを試してみて、その冷たさに驚いていた。
「これは、助かるなぁ。土木仕事をしていると暑くて堪らないんだ」
「お風呂上りとかに使うと気持ちよさそうね、早速試してみましょうか」
喜ぶ姿を見ていると、作ったかいがあるという物。慈善は満足げに目を細めた。
「昨日頑張って作りましたもんね。ちょっと徹夜しちゃいましたけど……」
「まぁ、五百枚作るって結構大変だからねぇ……でも、二人のお陰ですぐに作れたよ」
慈善はラウラと、もう一人の彼女を見やった。
「お疲れ様、ラウラ、ガーゼット」
「ふん、戯れ程度には、なったかな」
そう答えるのは、一ヵ月前から里に居るガーゼット。ターミナルケアをしていたはずの、余命三日の人造魔獣だった。
確かに彼女は、たった三日で終わる命だったはずだ。だけど、慈善とラウラの懸命の介護により、ある変化が起こったのだ。
生きたい。そうガーゼットが願ったからか、四日目もなぜか彼女は生き延びた。
その後も一日、また一日と生き続け、彼女は今もなお、命の火を繋げている。むしろ里に来る前よりも元気になっていた。
確かに不思議であるが、不自然ではない。
余命半年を宣告された者が、一年以上たっても元気に過ごしている例は幾度もある。ガーゼットもまさにその一つ。彼女の生きようとする気力が、ガルバの設定したテロメアを上回ったのだ。
その結果、キュリーの薬も開発が間に合い、彼女は延命治療によって寿命を延ばしている。今ではもう、命の心配をする必要がなくなっていた。
「気分はどうだ、ガーゼット」
「リッカ……か」
ガーゼットはケンタウロスを見上げた。
彼女の暴走の心配が無くなってから、彼は元の職務へ戻っている。
だけど時々様子を見に来ては、ガーゼットを背に乗せて里を走ってくれているのだ。
「また何かあれば声をかけるといい。まだ、体も本調子ではないようだからな」
「余計なお世話だ。この程度、我は問題ない」
強がっていても、気にかけて貰って嬉しいらしい。慈善とリッカは肩を竦めた。
(ガーゼットにとっては、大切な友達だよな)
「今日も子供達と約束しているんでしょ? 貴方と一緒だと安心できるって、親御さんからの評判もいいのよ」
「別にそんな大層な物じゃない。子供の方から勝手に寄ってくるだけだ」
とは言いつつも、ガーゼットは意外と面倒見がよい。最近では二人から教わった介護技術で子供達の世話もしているのだ。
「ははっ、君は意外と保育士の才能があるんだね」
「保育士?」
ガーゼットは首を傾げた。
「子供達の世話をする人の事さ。子供に好かれる人じゃないと出来ない仕事でね、ガーゼットにはぴったりだと思うよ」
「我にぴったり、の仕事か。考えた事もなかったな。……ふっ、悪くない。人を殺し続けるよりも、遥かにマシな仕事だ」
慈善とラウラは微笑んだ。最近ガーゼットは明るくなっている、体調を取り戻し、生きる意味を見出していた。
(これが、生きがい支援なんですね)
(その通り。介護の仕事で目指すべき領域だよ)
介護が目指すのは、要介護者の自立を促す事だ。そのために通る道が、生きがい支援である。
「これがあるから自分は生きている」。人生の目標を見出す事で、人は自立する事ができる。介護はそれを手助けする仕事だ。
「保育士は門外漢だけど、出来る限りのサポートはするよ。分からない事があったらなんでも聞いてくれ」
「勿論、私も手助けするよ。だから、一緒にがんばろ、ガーゼット」
「ま、期待しない程度には、頼らせてもらおうか」
ガーゼットは笑った。その笑顔には力みや緊張が無くて、とても自然で。
ラウラは思わず、涙を零していた。
◇◇◇
ガーゼットは今も二人の家に住んでおり、介助を受けながら生活していた。
戦闘用に特化しすぎた体は満足に日常生活を送る事が出来ず、彼女一人では食事や排せつもままならない。生活するには、介助者の力が不可欠だ。
「はい、口を開けてー」
「……我は赤子か何かか。いい加減子ども扱いはよせ」
言いつつも食事を受け入れるガーゼット。二人はこの一ヵ月で随分と仲良くなっていて、見ていて微笑ましい。
「そうだ。おい、ジゼン。教えて欲しい事があるのだが」
「なんだい? 子供達に関する事かな?」
「よく分かったな?」
「体操の時から妙に張り切っていたからね。それだけそわそわしていたら嫌でもわかるよ」
「む……いいだろう別に。我としても、仲良くしているからな。連中が喜ぶ事をしてやりたいのだ」
ようは、レクリエーションを主催したいようだ。
レクリエーションは得意中の得意だ。施設で慈善はレクリエーション係をしていた、その手の業務に関してはお手の物だ。
「子供達を相手にするなら、工作系がいいかな。形が残る物にした方が思い出になるし」
「工作……我の手では出来ないぞ?」
「俺も手伝うよ。それに、最初からできないって決めつけちゃいけないな」
慈善はサムズアップした。
「その大きな手でも充分やれるさ、練習すればね。なんたって君は、命の壁を乗り越えたんだ。それに比べたら工作なんてわけないだろ?」
「無茶ぶりだな。だが、一理あるか」
凶器として作られた自分の手を見る。この手で、子供達を喜ばせる物を作れれば、どれだけいいだろうか。
「ジゼン、教えろ。それだけ自信満々に言ってくれたんだ、我に工作が出来るよう仕込めるだろう?」
「勿論! 少しずつ努力していこう、ガーゼット」
前向きな姿勢を見せる彼女を見て、慈善は嬉しく思った。
このまま、今の時間が続けばいい。そう彼は、願い続けていた。
◇◇◇
その日の夜。慈善に教えを乞い、ガーゼットはある物に取り組んでいた。
大きな指を懸命に使い、細い籐の枝をお湯に浸しては曲げていく。施設でも取り組んでいた、籐細工だ。
籐の枝は非常に加工しやすく、少し温めると柔らかくなる性質がある。それを利用して籠などを編み上げる工作だ。
指先を使うため脳を刺激し、火なども使わないので安全面も問題なしと。レクリエーションとしてはもってこいの分野である。
「力を入れず、ゆっくりとね。急に曲げたら折れちゃうから」
「うるさい、黙れ……っ! 集中せねば、出来んぞこんな物……!」
プルプル震える手で籐を弄り、ガーゼットは額に汗して格闘していた。
すると力み過ぎたか、ぽきりと枝が折れてしまう。「あーっ!」と同時に声を上げ、二人はがっくりとした。
「貴様が話しかけるから折れただろうが! 黙っていろと言っただろう!」
「ごめんごめん。籐細工自体結構難しい物だしね、もう一回チャレンジしようか」
「当たり前だ! こんな細かい物に負けて堪るものか!」
ガーゼットは新しい枝を取り、再度チャレンジする。不機嫌そうに見えて、一生懸命籐細工に取り組む姿は微笑ましい。
(こういう所は、空そっくりだな……)
彼女は、どこか似ている所がある。かつて見殺しにしてしまった少女に。
直向きで一生懸命だったり、ちょっと生意気だったり、素直じゃなかったり。
何より、生きたいと強く願う所なんかは、特に。
「どうしたジゼン、呆けて」
「何でもないよ。それより集中集中」
「そうだった……見ていろ、絶対、絶対作ってやるからな……!」
(ガキどもを、驚かせてやるんだ。普段遊んでくれる連中に、ちょっとでもいい所を見せてやらねば、我の沽券にかかわるからな)
ちらりと、慈善が作ったお手本を見やる。
綺麗な果物籠だ。黒く着色した上に、防腐と艶出しにニスを塗っている。綺麗に編み込まれていて、商品として出しても問題ない仕上がりだ。
(あれくらいの物を作れれば、我は……一生覚えていてもらえるだろうな)
モチベーションが上がり、ガーゼットはよりやる気にはやる。が、それが力みに繋がり、枝はまた折れてしまった。
「ぬ、くくっ……たかだか枝如きが、生意気な……」
「はは……いったん休憩しようか?」
言うなり、横からカップが差し出された。
ラウラがハーブティーを淹れてくれたのだ。彼女はガーゼットの隣に座り、クッキーを差し出した。
「はい、どーぞ」
「ん……」
楽し気なラウラを受け入れ、ガーゼットは一口で食べきる。練習しているものの、まだ一人で食事は出来ないのだ。
「ガーゼット、本当に貴方、前向きになったよね」
「どこぞのお節介さんのせいだ、馬鹿者」
ラウラは懸命にガーゼットの介護をしていた。食事、排泄、はては入浴に至るまで。嫌な顔一つせずに。
その誠意が伝わらないわけがない。ラウラの熱にあてられて、ガーゼットの気持ちも上向きになっていた。
(ラウラには、感謝せねばならない、な……こいつが居なければ我は、きっと生きようなどとは思わなかった。もっと、生き永らえたい……そう思えたのは、ラウラの……)
「……り、……う」
「ん? 何、聞こえないよ?」
「なんでもない、聞き返すな」
ありがとう。改めて言うとなると、気恥ずかしくなる。
二人には感謝してもしきれない。できれば言葉ではなく、行動で示したい所だが……。
「……今日はもう、やめだ。あまりやりすぎてもダメなのだろう?」
「確かにそうだね。オーバーワークは逆効果だし、時間も時間だ。明日また、頑張ろう」
慈善と共に片付け、寝る支度をする。その些細な事ですら、ガーゼットは嬉しくて仕方がない。
(この毎日が、ずっと続けばいいのだが……)
(この毎日が、ずっと続けばいいのにな……)
そう思っていたのは、慈善も同じだった。
ガーゼットが元気になって、楽しそうに毎日を送る姿を見ていると、嬉しくなる半面恐くなる。この日々が途絶えてしまわないかと。
命の奇跡を慈善は幾度も見ている。だけど逆の悪夢も、幾度も見てきた。
いくらガーゼットが寿命以上に生きているとは言え、油断は出来ない。現にターミナルケアは、今も続いているのだから。
(昨日まで元気だった人が、次の日には死んでいた……介護の世界じゃそんなのザラだ。特にガーゼットは、危険な人工魔法を与えられている……)
キュリーから言われた事が、脳裏をよぎった。
『ガルバが与えた【リヴェンジャー】は、体に凄まじい負担を与えます。いくら元気になったからと言っても、以前より弱っていますから……』
『もし使えば、命の危険がある、という事ですね』
彼女はクロムの魔封じの網を付け、魔法を抑制している。今の所暴発の危険はないのだが。
『次に魔法を使ったら、多分……ジゼンさん、絶対にあの子の網を外さないでください。じゃないと、折角生き延びたのに……』
『分かっています。絶対、魔法は使わせません』
そう約束したはいいのだが、いつも頭には、ガーゼットへの危惧がよぎり続けている。
ちらと、二人を見やる。
ラウラとガーゼットは仲が良くなりすぎている。相手に入れ込み過ぎた介護士の末路を、慈善は痛いくらいに思い知っている。
(かといって、仲良くするなとも言えない……万一の時は、俺がフォローするしかない、な)
「ジゼンさん、難しい顔してどうしたんですかっ」
ラウラに背を叩かれた。彼女にしてはやんちゃな行動に驚き、振り返る。
「また明日もお仕事ですし、一緒に頑張りましょ。ガーゼットに美味しい物を食べさせてあげないと」
「ああ、そうだね」
慈善は微笑み、ラウラの頭を撫でた。
不安はあるが、彼女の前では出さないように気を付けねばならない。介護士として歩み始めたばかりのラウラに、余計な心配をさせてはいけないから。
(出来れば、杞憂で終わってくれ、頼む……神様)
◇◇◇
燃える瓦礫が降り注ぎ、道がふさがった。
デパートで起きた火事は未だ収まる気配が無く、バチバチと建物を焼き続けている。黒煙と悲鳴が上がり、燃え盛る炎の中を、子供の頃の慈善は走っていた。
『頑張れ大地、空! なるべく身を低くして、口にハンカチを当てろ!』
『煙は絶対吸っちゃダメよ、ちょっとでも吸ったら死んじゃうんだからね!』
父と母が懸命に励まし、慈善と空の手を引いた。両親に遅れないようついていき、やがて出口が見えてきた。
これなら、皆助かる。そう思った時だった。
『きゃん!』
空が足をもつらせ、転んでしまった。
同時に堕ちてくる、瓦礫の山。両親は咄嗟に振り返り、空を掴んで慈善に投げた。
『うわっ! そ、空、空!?』
『だ、いにぃ……げほっ、げほっ!』
煙を吸ったらしい。空は苦しそうにせき込んでいる。
『空……父さん、母さん! 空、が……!』
慈善の目に映ったのは、瓦礫に潰された両親の姿だった。
二人は足をやられ、動けずにいる。呆然としていると、更なる瓦礫が降り注ぎ、両親との道を塞いでしまった。
『父さん、母さんっ!』
瓦礫をどかそうと、慈善はひっぱった。でも子供の細腕では、とうてい動かせる物ではない……。
『大地……空を……』
『どうか……生きて……!』
慈善の声に、両親は辛うじて答えた。
すると背後から、影がかかる。消防隊員だ。
『被害者二名発見!』
隊員は無線に報告すると、慈善と空を抱えてしまう。
まだ、両親が居る! そう伝えたが、隊員は瓦礫を見やると、悔し気に首を振った。
『ごめん……あれでは、助けられない……!』
『そんな、そんな……父さん……母さぁぁぁん!』
悲鳴と共に、デパートが爆発する。電気系統がショートを起したのだろう。
その爆発に飲まれ、両親の命は、焼き払われていった……。
◇◇◇
「うああああっ!?」
飛び起きた慈善は、汗だくの額を拭った。
酷く懐かしい夢を見た。幼き日の、悲しく、忌々しい瞬間。
「まだ、深夜か……二人は……」
大丈夫だ。ラウラもガーゼットも、穏やかな寝息を立てている。
思わずほっとし、呼吸を整えた。
今の夢は、もう十八年も前の記憶。時折、思い出すように夢に見る記憶。
両親と死に別れた時の、悲しき記憶だった。
(大抵、この夢を見る時って……悪い事が起こる予兆、なんだよな……)
両親が悪い事を伝えているのかもしれない。だけど慈善は今まで、悪い事を回避できたためしがない……。
「……頼む、俺からもう、これ以上何も奪わないでくれ……!」
慈善は唇を噛みしめた。




