28話 介護士と悪役令嬢は、涙を堪える。
「ふむ、作戦は上手く行ったようですね」
「は、はい! さ、流石はジゼンさんですっ!」
ユミルとキュリーは、遠巻きにガーゼットの様子を見守っていた。
何かあれば、すぐさまユミルの魔法で閉じ込めるつもりだった。でも思ったよりもガーゼットは素直で、夢中になって子供達と遊んでいる。
まだぎこちないが、その表情はとても嬉しそうで、楽しそうで……胸が締め付けられた。
「キュリー、延命のための薬は出来ますか?」
「ざ、残念ですけど……昨日こ、こっそりガーゼットの皮膚を取って、調べたんですが……出来るけど、出来ないんです」
奥歯に物が挟まるような言い方だ。首を傾げるユミルに、キュリーは補足した。
「ガルバはガーゼットのテロメアを短縮して、ごく短い時間しか生きられないようにしています。でも、それなら細胞分裂の速度を遅くする薬を用意すれば、対応は可能です」
「今さらっと凄まじい事を聞いた気がしますが……方法があるではありませんか」
「時間が、足りないんです。その薬の作成には、最低でも一週間は必要で……寿命が尽きるまで、間に合いませんよ……」
ユミルは顔をしかめた。いくら薬が作れても、それを飲む相手が居なければ意味がない。
「……共同墓地を一つ、開けておきましょう。せめて、彼女が安らかに眠れる場所だけは、作っておきます」
「見捨てるしか、ないんでしょうか……」
悔しそうなキュリーに、ユミルは何も言えなかった。
(彼女も、我々と同じ戦争の被害者……もう、打つ手はない。そう、私達には)
この里に舞い降りた異界の住民、慈善大地。
彼のもたらした介護は、里に幾つもの奇跡を起こしてきた。
(期待しすぎかもしれない。それでも、すがるしかないのです。彼が持ってきた、介護の力に)
「彼なら、ジゼンなら。どうにかしてくれる気はします。介護とやらに、過剰な期待を寄せているだけかもしれませんがね」
「……いや、どうにかしてくれます! あの人なら!」
介護は心を救う仕事だ。共に業務を行っている、キュリーなら分かる。
医者は体を治せても、心までは治せない。それは介護の得意分野だ。
「病は気から、と言います。が、ガーゼットのためにあんなに頑張っているんです、その気持ちは、絶対伝わります。「生きたい」って意志は、何よりの特効薬になります! だから……きっと大丈夫です!」
「……そうある事を、願いましょう」
ユミルは手を握り、静かに祈り続けた。
◇◇◇
昼食の時間になり、子供達は帰宅してしまう。
慈善が持ってきたサンドイッチで軽い昼食を取り、ガーゼットはすがすがしい気持ちになっていた。
こんなに充実した気持ちになったのも、生まれて初めてだ。
(この二人の、おかげか……だが、どうして?)
慈善とラウラを交互に見て、ガーゼットは俯く。
(どうして、我にそこまで、してくれる? いかに隠そうと、己の事位分かる。我は……)
「美味しい? ガーゼット」
ラウラに顔を覗き込まれ、はっとする。ガーゼットは何度も頷き、サンドイッチを齧った。
「残念だけど、午後からは仕事なんだ。午前中は無理してキャンセルしちゃったからね、これ以上信用を落とすわけにはいかないよ」
「いや、いい……ここまでしてくれた以上、我儘は言えぬ」
そう言うガーゼットだが、ラウラの腕を掴んで離さない。随分と懐かれた物だ。
ラウラは困ったように苦笑し、リッカを見上げた。彼は頷き、ガーゼットをひょいと背中に乗っけた。
「暫くは私が預かろう、心置きなく仕事に行くといい」
「ありがとうございます、リッカさん。それじゃあガーゼット、また後でね」
「……うむ」
手を振るラウラと別れ、ガーゼットは寂し気にリッカにもたれかかった。
自分を支えてくれるリッカの体が温かい。思わず抱きしめるも、彼は素直に受け入れてくれた。
「……この里は、温かいな。なぜ、部外者の我を受け入れてくれる?」
「戦火を逃れた者達だからこそ、気持ちが分かる。そう言う事だ」
リッカは走り出した。
「確かにお前は、突然里に入ってきた。だが、経緯はどうあれ同じ戦火に涙した者。それならば、拒む理由などない。同志として受け入れるのは、当然の事だ」
「同志……仲間……!」
心を閉ざしていた扉が、こじ開けられた気がした。
ずっと欲していた物が全て、里の中にある。自分がどれだけ恵まれた場所にたどり着いたのか、彼女は痛感していた。
「……我が、求めていた物……探していた場所……ここ、だったのか……!」
人を殺さず、平穏に、自分らしく生きられる場所。それがガーゼットの求めていた物だ。
この里には、全てが揃っている。だからこそ、口惜しくて仕方がない。
「……なぜ、我はあとわずかしか生きられぬのだ……優しい人も、美味しい物も、穏やかな時間も……全てを手にしていながら……なぜ、なのだ……」
「ガーゼット……」
「……生きたい……生きたいよ……! 我は……生きたい……っ!」
ガーゼットは涙を流し、残り少ない命を嘆いた。
◇◇◇
ガーゼットと別れたラウラもまた、涙を流していた。
彼女の前で明るく振舞うのが、辛すぎる。ガーゼットだって、もう命の先が無いと分かっているのに、凄く辛いはずなのに。
彼女を思うと、明るく接すれば接する程胸が苦しくなって、涙が止まらなくなってしまう。
「こんな、楽しい事を沢山しているのに……なんで、こんなに辛いんですか……?」
「……それも、介護だからだよ」
慈善は目頭を押さえた。
「この業界のお客様達は、お年寄りや障害者が中心だ。その意味が分かるかい? ほんの数年しか生きられない人達が、殆どなんだ。ガーゼットは極端な例だけど、決してないわけではない……命との別れは、日常茶飯事さ……」
「……ガーゼット、生きていて、欲しいのに……!」
ラウラを抱きしめると、彼女は慈善の胸の中で泣き始めた。
慈善も涙した。何しろ、ガーゼットはある人物に、よく似ているから。
顔立ちとかではなく、雰囲気が。命の灯が消え去りそうな、儚さが。
(空……もう俺は、お前のような子を……出したくない……だから……!)
「その気持ちを、大事にするんだ。ラウラ」
介護士は利用者に入れ込んではいけない。これは暗黙のルールだ。
ラウラを見れば理由が分かるだろう。入居者や利用者に感情移入し過ぎて、退職する介護士は決して少なくない。
だけど、それでも。その気持ちが無ければ介護の仕事はやっていられない。
「俺達のやっている事は、決して無駄じゃない。だから、ガーゼットが生きている間は、絶対あきらめちゃいけないよ。だって彼女はまだ、生きているんだ。なのに、そんな死んだ後みたいな事を言ってはダメだ。彼女に、失礼だろ?」
「……そう、ですね……!」
「泣くのは、彼女が旅立ってからだ。それまでは、泣かない事。ずっと、笑い続ける事。それが介護のプロとして、最大の仕事なのだからね」
「……わかり、ました……!」
ラウラは頬を叩いた。
エレノアから受けた言葉が思い起こされる。
不安な顔をして、相手の前に立つな。人を救う仕事をするなら、笑っていろ。
介護士になると決めたのならば、最後まで責任を取ろう。ガーゼットの命の灯が消えるその時まで、彼女の前では、笑顔で居るんだ。
「覚悟は決めました。もう私、泣きません。彼女は生きている、それを絶対、忘れません!」
「うん、その意気だ。頑張れ、ラウラ」
頑張れ、これは慈善自身にも言い聞かせたものだ。
ガーゼットのような介護者は、幾人も見てきた。彼はその度に入れ込み過ぎてしまう。
炎の記憶に背を押され、自分自身を追い詰めてしまうのだ。
(俺も気を付けなくちゃな……あの記憶に、引きずられ過ぎないように)
脳裏に浮かんだ悲鳴を、慈善は懸命に惜し堪えた。




