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27話 介護士は公園を作る。

 レコード体操はモンスターの里の日課となっていた。

 毎朝体を動かすと気分が良い、体の調子も整うという事で、多くのモンスターが参加している。それに里の者と顔を合わす機会が増えたので、モンスター間の交流も盛んになっているそうだ。

 娯楽の少ない異世界に出来た、現代の娯楽。でも今日の体操は、少し空気が重い。

 なぜなら、ガーゼットが居るから。


「……ねぇジゼン、大丈夫なの? ガーゼット、暴走してないかい?」


 クロムはぽそりと耳打ちしてきた。

 モンスターの日課に加わり、ガーゼットも体操に参加していたのだ。当然昨日の事もあり、モンスター達は警戒して、誰も近づこうとしない。


「今の所、俺の魔封じの網が効いているみたいだけど……あれをもし引きはがされたら、君達殺されちゃうんじゃ……」

「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だと思うよ」


 網の事は伝えてあるが、その時彼女は安心したような顔をしていた。

 ガーゼットに付与された人工魔法【リヴェンジャー】は寿命を大きく削る副作用がある。当然彼女に反動が無いわけではなく、発動中は全身に酷い痛みが走ってしまう。

 こんな物、無くなって丁度いい。と言うわけでガーゼットは二度と魔法が発動しないよう、あえて自ら網を付けているのだ。


「ただ、今の状況が続くのも良くないか」


 ラウラが傍にいるからいい物の、モンスター達はあからさまに彼女を避けている。仲間外れの状況を作り続けるのは、ガーゼットの精神衛生上よろしくない。


「何か、きっかけがあればな。ガーゼットと里の人達が歩み寄れるイベントを作れればいいのだけど……」

「うぇ、本気で言ってるのかい、ジゼン」

「伊達や酔狂を言う性格じゃないのは分かってるだろ? うーん……スポーツの一つでも出来ればいいんだけど」


 慈善は日本で、休日によくスポーツに興じていた。

 特に好きな球技があり、それが出来れば里の人達もガーゼットに歩み寄れると思うのだが。


「何やらまた、悪だくみをしているようですね」

「ユミルさん? キュリーさんも」


 考えている横から、ユミルがひょっこり出てきた。ついでにキュリーもだ。

 二人には、ガーゼットの状態を教えてある。ターミナルケアはおおっぴらにする事が出来ない。信用できる、限られた協力者しか得られないのだ。


「が、ガーゼットの事は、伺っています。……ガルバが生み出した、悲しい命の産物……見捨てていいはずがありません。こ、恐いですけど、私に出来る事があったら……言ってください」

「キュリーさん……!」

「……で、でもやっぱり怖い……! え、えとえと……出来れば診察の時は、ジゼンさんも傍にいていただけますかぁ……!?」


 怯えきり、頭を抱えて蹲るキュリー。ユミルは呆れてため息を吐いた。


「この臆病者は放っておくとして。どうするつもりなのですかジゼン? あの魔獣に施す手はありますか?」

「ええ。今考えているのは、どうやって里の皆と距離を詰めるか、ですね。それでこの里にスポーツを広めようと思っているのです。彼女が里の人達と遊べるような、スポーツをね」


 ガーゼットは友達が欲しいと望んでいる。その望みを叶えるには、里の子供と一緒に遊べる環境を作るのが手っ取り早い。

 一見介護に見えないかもしれないが、介護には生き甲斐支援という目的がある。

 趣味を持たない要介護者に選択肢を提案するのも、介護士の役割の一つなのだ。


「ライザさんの【創造】が使えれば早いのですけど、今日は……」

「ええ、母様は来ていません。体調がすぐれない物で」


 うつ病の治療には、波がある。今朝のライザは前ほどではないものの、気持ちが大きく沈んで外に出たがらなかった。


(というより、うつ病の人に協力を頼んじゃダメだろ、馬鹿か俺は)

「貴方は魔法に随分と慣れたようですね、そのせいで、大切な事を忘れていませんか?」

「大切な事?」

「誠意は行動で示すべき、ならばガーゼットにその場所を作らせればいいでしょう。当然、貴方達二人と一緒に」

「あっ……!」


 頭を殴られたような感覚だった。

 モンスターの里に来た時、慈善とラウラは自ら動いて、自分の居場所を手に入れた。

 ならばガーゼットも同じように、行動で示してもらえば……。


(例え残り少ない命だとしても、出来る事はやるべきだ。介護の本質は、自立した生活を送ってもらう事にある。ガーゼットが自分で作った遊び場で、里の子供達が来てくれれば、達成感を感じてくれるだろうな……!)

「ありがとう、ユミルさん。目が覚めました」

「別に、私は特別な事なんて何もしていませんよ。これで、貸しを一つ返せましたし」

(とは言え、受けた貸しは膨大過ぎますし……この程度で返したとは思えませんが。そう、別に私はガーゼットが可哀そうだから手伝っているわけではなく、あくまでもこの男からうけた恩を返すために助言を出しただけ!)

「勘違いしてはいけませんよ、ジゼンダイチ!」


 びしりと慈善に指を突きつけ、大声で怒鳴りつけるユミル。意味不明過ぎて慈善は首を傾げた。


「それはそれとして……道は開けた。クロム! お願いがあるんだけどいいかな」

「また俺に工作させるのかい? いやいいんだけど……君って意外と人使い荒いよね……」


 それに付き合うクロムもクロムであるが。

 ともあれ、ガーゼットの望みをかなえるため、慈善は動き始めた。


  ◇◇◇


 午前中の仕事は、全部キャンセルした。事情を説明した所、モンスター達は仕方がないと渋々ながらも納得してくれた。

 クロムに道具を作ってもらった後、ユミルの許可を貰い、使われていない土地で作業する事にした。

 そこは小さな丘になっており、雑草が青々と伸びている。畑にしようにも人手が足りず、未だ開拓できずにいる場所だそうだ。

 ゴムタイヤのようにした丸太、ロープと木材。そして、全長三メートルになるゴールポスト。これらを設置するためにまず、土地を均さねばならない。


「むんっ!」


 その均す役は、ガーゼットである。彼女はリッカ監視の下で作業をしていた。

 鞭のような右腕一振りで、丘が雑草諸共吹き飛び、綺麗な更地となった。小石や砂利もまとめて消え去り、作業がずいぶん楽になる。

 ラウラはガーゼットを抱きしめ、彼女を褒め称えた。


「凄い! ガーゼットやるじゃない!」

「……別に我ならば、造作もない事だ」


 そっけない態度を取るものの、満更ではなさそうだ。

 むしろ、もっと褒められたい。そう思ったガーゼットは、山積みになった機材を見やった。


「おい、そこの熊。これをどうつければいい。教えろ」

「熊じゃなくて狼だよ! 失礼だなもぉ……それじゃあ、俺の指示通りに埋め込んでいってくれるかな」


 伸縮自在の右腕と、大地を穿つ左腕。この二つを駆使し、ガーゼットは瞬く間に遊具を設置していった。

 人を殺めるために、無理やりつけられた怪力だ。でも彼女は初めて、他人の役に立つ為に、力を振るっている。


「なんか、思ったよりも素直だね? もっとおっかないもんだと思ってたけど」

「お望みならそうしてやるが?」


 ガーゼットの威嚇にクロムは怯んだ。するとラウラは腰に手を当て、


「ダメだよガーゼット。折角手伝ってくれているのに、そんな喧嘩腰になっちゃ」

「喧嘩を売ってきたのはむこうだ、我は悪くない」

「それでも受け流すの。余計に恐がられちゃ、勿体ないじゃない」

「むぅ……」


 ラウラに叱られたものの、悪い気分はしない。ちゃんと自分を見てくれているから。

 でもどうせなら、褒められたい。ガーゼットは瞬く間に遊具を設置し、細かい所は慈善とクロムが調整して。


「出来た! モンスターの里発、公園の完成!」


 何もなかった土地に、丸く整地された公園が出来上がった。

 学校でよく見るタイヤの跳び箱にブランコ、ターザンロープ、シーソー。そしてバスケットコートが設置され、小さいながらも立派な公園に仕上がっている。


「ガーゼットのお陰だよ! ありがとね、本当にありがとう!」

「……そうか? 我の、おかげか……」


 ガーゼットは初めて笑みを浮かべた。ラウラは思わず口を押える。


(今、笑った……ガーゼットが笑った!)


 慈善も優しく頷き、ラウラの肩を叩く。あまりに嬉しくて、ラウラは彼に抱き着いた。


「見る物全てが目新しい物ばかりだ。これならば幼児達も喜ぶだろう。しかし」


 リッカはゴールポストに触れ、顎に手を当てた。


「これは何に使う? 二本あるが、これですぽーつとやらができるのか?」

「勿論。これから教えてあげるよ。クロム、子供達を集めて貰えるかい?」

「ってまた俺ぇ!? ……いいけどさぁ……」


 程なくして、クロムの呼びかけで公園に子供達が集まった。デュラハンやドワーフ、ピクシー等、公園付近に住む子供達を招待する。


「ここ、遊べる場所なの?」

「すっげー! これも異界の物なんだ!」


 予想通り子供達は大喜びだ。でも、ガーゼットを見た途端、一斉にリッカの後ろに隠れてしまう。

 ガーゼットは目を伏せた。どうせ嫌われるのは分かっている、今更、落ち込む事はない。

 そう言い聞かせても、やっぱり気分は晴れない。もう嫌われるのは、こりごりだ。


「さて! 皆見ていてくれるかい? これからバスケットボールを教えてあげるよ」


 そんな空気を払しょくするように、慈善はボールを掲げて呼びかけた。


「ルールは簡単、ゴールポストにこのボールを入れるだけ。お手本を見せるから、よーく見ていてごらん!」


 慈善はおもむろにドリブルを始めると、自由自在のハンドリングでボールを操り、トリッキーなステップを踏んでラウラ達を魅了した。

 そこからステップインして猛烈なドライブに入り、高くジャンプして体を捻りながら、背面ダンクを叩き込む。

 鮮やかなテクニックにモンスター達から歓声が上がった。ガーゼットすら目を見開き、彼の姿に見入っている。

 日本に居た頃の慈善は、休日になるとストリートバスケに興じていた。漫画をきっかけに嗜んだのだが、気づいたら趣味の一つになっていたのだ。


「これがバスケットボールさ。練習すれば君達なら、あれくらい出来るようになるよ」

「本当!?」

「教えて、教えて!」


 子供達に乞われ、慈善は丁寧にバスケを教え始めた。

 子供と言えど、流石はモンスター。ちょっと教えただけであっと言う間にダンクシュートまで習得してしまう。人間を遥かに超えた身体能力だ。


(ドワーフまでダンクが出来るようになるって凄いなおい! って、感心してる場合じゃなかった)


 そもそもバスケを提案したのは、ガーゼットの望みである「友達と遊びたい」を叶えるためだ。

 彼女を見てみると、子供達の輪に入りたがってそわそわしていた。サッカーや野球は、彼女の手足では厳しい。でもバスケは両手を使うスポーツだ。バレーボールのように人数が居なくても、ワンonワン等少人数で遊ぶ事が出来る。


「ガーゼットも来ないかい? 興味あるんだろ」

「いや、我は……」


 自分の力は、ともすれば相手を殺めかねない。もうこの力で命を奪うのは、嫌だ。


「ガーゼット、大丈夫。力を抑えて遊べばいいの」

「……ラウラ?」

「ほら、前に出て! 皆! この公園はね、ガーゼットが作ってくれたの!」


 ガーゼットの腕を引き、ラウラは子供達に呼び掛けた。


「皆と仲良くなりたくて、それなら遊ぶ場所を作ってみようって思ったんだよ。だから、一緒に遊んでくれないかな?」


 ラウラに頭を下げられ、子供達は逡巡した。

 あまりにも禍々しい姿のガーゼットに怯えてしまう。だけど、子供なりに何かを感じ取ったのだろう。


「……一緒に、やる?」

「! よい、のか?」

『うん!』


 ようやく子供達の輪に入り、ガーゼットはバスケを始めた。

 子供達を潰さないよう気を付けながら、ラウラと慈善を交えて、生まれて初めてのスポーツを楽しむ。

 気が付けば彼女は子供達と打ち解け、「友達と遊びたい」という願いは、叶っていた。

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