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25話 介護士は魔物を保護する。

「ジゼンさんっ!」


 慈善の姿が見えるなり、ラウラは勢いよく走り出した。

 ぶつかるように抱き着き、彼の無事を確かめる。慈善もラウラの頭を撫で、安心させた。


「よかった……もう、大丈夫なんですか?」

「うん、結界は破られたけど、後詰が出てこなかった。きっと単独で迷い込んだんだよ」


 慈善は振り返り、リッカ達が連れてきたガーゼットを見やった。

 ガーゼットを見るなり、ラウラは勿論、モンスター達も驚きの声を上げた。あまりにも異質すぎる姿故、皆怯えて後ずさりしてしまう。


「これが、里に侵入した害意ある者……! しかし、なぜ生け捕りにしたのです。かの者の力は、危険すぎます」

「……里に入ってきた時、この子はとても、怯えていました」


 慈善はガーゼットを撫でた。


「恐がり方といい、体の痣といい……酷い虐待を受けていたのは、明らかです。この里は戦火を逃れた者達の避難場所、この子にも滞在する権利は、あるはずでは?」

「ありません。里長として、断じて認められません! このような危険な存在を里に置くなどもってのほか! リッカ、どうして彼の言う事に従ったのです!」


「ジゼンと約束したのです、三分以内にこれを止める事が出来れば、意志を組むと。我らケンタウロス族は一度交わした言葉を違わない。その誇りに従ったまでです。ジゼンには父を救ってもらった恩義がある、恩人の意志を、無下には出来ません」


 リッカは堂々としている。ケンタウロスは酷く頑固だ、約束事や契約には悪魔並に煩い。おまけに義理堅く、信頼した相手には妄信的になる悪癖があるのだ。


(この頑固者っ! その後始末は誰がすると思っているのですか!)


 自警団の団長として頼りにはなるが、無駄に義理堅い面は頭痛のタネだ。


「い、一応俺の【投網】で拘束してるから、急に暴れたりはしないはず、ですよ?」

「見れば分かります。……ジゼン、ともかくこれの身柄は私が預かります。これの身元が明らかになるまで、無用な手出しは」


 ユミルが言い切る前に、慈善は行動した。

 【記録帳】を使ってガーゼットから情報を抜き出し、バインダーを確認する。この魔法は手形のついたバインダーに触れると、相手の情報を全て抜き取る事が出来る。


「これで身元が明らかになりましたよ。一緒に確認しましょう」

「……そうですか」

(一個一個は地味な力なのに、複数の魔法を持っているだけでこんなに面倒臭いとは……なんなのですかこの男は!)


 心の中でじたばたと駄々をこねるユミル。それでも顔には出さず、平静を装っていた。


「それで? この魔物の名は何というのですか?」

「ええと……ガーゼット、です。ガルバと言う帝国の科学者が……モンスターの体を繋ぎ合わせて造り出した、人造魔獣!?」


 モンスター達は驚いた。ユミルも息を呑み、ラウラは目を見開く。


「人造魔獣、そんな技術が、この世界にあるのですか?」

「聞いた事ありません、あったとしても、あまりに常軌を逸しています。モンスターの体を繋ぎ合わせるなんて……異界の技術ではありませんか!」

「いや俺の居た世界でも、ここまで高度なバイオテクノロジーは……」


(あ、でも移植用の耳とかをマウスで生やしたり、クローンで人間を作れたりする世界だもんな俺の居た所……マジモンの機械の義手もあるし、キメラくらい作れる、かな?)


 いやいや、キメラを作れるような技術は流石にないだろう。

 とはいえ、いかに魔法がある世界でも異常な技術なのは確かだ。


「い、今、ガルバって言いました? ジゼン、さん……」

「キュリーさん? 知っているんですか」

「し、知ってるも何も……わ、私の元上司です、その人! 言いたくないですけど、ある意味私の、師匠に当たる人なんです!」


 キュリーは顔を青くし、がくがくと震え出した。


「ひ、人の脳みそを集めるのが趣味の……凄まじいド変態です……! 病院の仕事の合間に、脳の研究を無理やり手伝わされていて……その過程で、色んな薬の作り方や治療法を覚えたんですけど……う、うああ、ひゃあああああっ!」


 キュリーが思い出したのは、重症の兵士を麻酔無しで切り刻むガルバの姿。まるで子供のような笑顔で、血塗れになりながら臓物を取り出してはホルマリンに漬けていく様は、人間とは思えない様相だった。

 すっかり怯えたキュリーの背中をさすり、ラウラはガーゼットを見やった。


「まさか帝国は、この里に気づいて、人造魔獣を放ったんですか?」

「いや、法国との戦闘に投入して、そのまま放棄したみたいだ。今帝国は戦線が停滞していて、国内の不満が高まっている状況らしい。それをひっくり返すための兵器として投入した、って書いてある」

(どこまで書いてあるんだろ、その魔法……本当に恐いわこの男……)


 ユミルは若干慈善から距離を置いた。

 その後も慈善から、ガーゼットの情報が伝えられる。人工魔法から、その力の精度まで。話を進めるごとにモンスター達は青ざめていった。


「【リヴェンジャー】、憎しみを受ける度に、強烈なブーストを掛ける魔法……そんな、悲しい物を付けるなんて……そのために監禁して、痛めつけていた……」

「境遇は同情できるけど、それでも危険だよ。里長の結界を壊すくらいの力だ、俺達にも跳ね返る危険がある。……この子には悪いけど、その……」


 クロムは言い淀んだ。彼の言いたい事は分かる、今のうちにガーゼットを、殺してしまいたいのだろう。


「でも……可哀そうな気もしますよ……だって、悪いのはどう考えてもガルバなんです。この子が悪いわけじゃ、ないんですよ?」


 そう言うのはキュリーだ。彼女に同調する者も幾人か居て、ガーゼットへの処遇は意見が完全に別れてしまった。

 話し合いが膠着状態になり、動けなくなる。慈善はその間にも、ガーゼットの情報を眺めていた。


(少なくとも、二十種類ものモンスターを組み合わせているみたいだ……なんなんだ、このガルバって奴……下手すれば俺の居た世界でも太刀打ちできない程の、超人的な頭脳を持ってるぞ……!)


 舌を巻きつつ読み進めていると、慈善はある項目を見つけた。

 それを見るなり、表情が曇る。ユミルに問題の箇所を見せると、彼女も険しい顔になった。


(? ユミル様まで、どうしたんだろう?)


 首を傾げるラウラをよそに、ユミルはため息を吐く。

 クロムの魔法で力が抑えられているのを確認した後、


「ジゼンさん、この人造魔獣の身柄、貴方に預けてもよろしいですか?」

「分かりました」

(えっ!? じ、ジゼンさん、なんで!?)


 ラウラは驚き戸惑った。その間にも慈善はクロムとリッカに声をかけ、


「二人とも、ガーゼットの搬送を手伝ってくれるかな」

「! ジゼン、本気で言っているのかい? さっきまであれだけ暴れていた相手なのに、自分の家に置くなんて……危険すぎるよ!?」

「うろたえるなクロム。ジゼンは馬鹿ではない、こやつを捕らえる時も短時間で策を講じ、無力化した。それだけ賢い男の事だ、何か考えがあるのだろう」


 リッカはひょいとガーゼットを持ち上げた。


「暫くは私が傍で守ろう。ケンタウロスは長く寝ずとも問題ない、二十四時間体制で守護してやる」

「助かるよ、リッカ」

「ああもう……気を付けてくれよジゼン、友達が傷つくとか、俺は嫌だからね!」


 クロムも愚痴りながら、ガーゼットの搬送を手伝った。

 どうして慈善があんな危険な魔物の身柄を預かるのか、ラウラは不思議で仕方なかった。すると彼女の疑問を感じたのか、ユミルが肩に手を置いた。


「あの人造魔獣は、介護職の人に任せるべきだと判断しました。力ではなく、心で人と接する術を熟知した者でなければ、相手は務まらないでしょう」

「で、でもユミル様……」

「ジゼンさんとラウラさんだけで、危ないですよぉ……特にあの人造魔獣は、ガルバが作った超危険兵器なんですよ!?」


 キュリーも目を潤ませて抗議する。彼女がそれほどいうのだ、余程ガルバと言うのは危険な男なのだろう。


「キュリーには、後で話しておきます。ラウラさんは旦那から話を伺うとよいでしょう」

「ふえ、なんで私にまで?」

「質問は受け付けません。さぁ、ラウラさんもお行きなさい」

「は、はい……」


 ユミルの様子が変だが、ともあれラウラは慈善を追いかけた。

 人造魔獣ガーゼット、どうして自分達が身柄を預かるのか、説明を受けなければ。


  ◇◇◇


「暫くは、ソファーで寝る事にするよ。性別はどうも、女性みたいだからね」


 自分のベッドにガーゼットを寝かせ、慈善はソファーにブランケットをかけた。

 ガーゼットの網はほどいているが、腕に魔封じの網をくくってある。これで危険な魔法

【リヴェンジャー】は封印だ。

 リッカは部屋の隅にたたずみ、腕を組んでじっとしている。暫くはああして滞在するつもりなのだろう。


(……圧迫感が凄い……)


 昔家に飾ってあった鹿の剥製を思い出す。不動のリッカはまさにそれである。


「じゃなくて、ジゼンさん。どうしてガーゼットをうちで預かる事にしたんですか?」

「話すよりも、これを見た方がいい」


 【記録帳】を渡され、示されたページを見てみる。ラウラは眉間にしわを寄せた。

 慈善は黙々とガーゼットの治療をしている。痣に薬を塗り、傷には包帯を巻いた。


「これは……こんな……!?」

「……それを叶えて上げられるのは、俺達介護士だけだ。きちんと業界分野に含まれる業務でね、ラウラも介護に携わる以上、決して避けて通れない事だ」

「……これも、介護? こんな、事も……介護……」


 ラウラは青ざめた。するとガーゼットがもぞもぞと動き出す。

 リッカが咄嗟にダガーを引き抜く。慈善は彼を止め、ガーゼットに歩み寄った。


「む……ここ、は……?」


 ガーゼットは目を瞬き、部屋を見渡している。慈善達は一度、様子を見てみた。


(なん、だ……我は、どうして、どうやって、ここ、に……?)


 目に映るのは、人の家。これまで見た事のない温かな場所で、ガーゼットは戸惑った。


「やぁ、目覚めたかい?」

「っぐ!? 人、間……!」


 肌が泡立ち、ガーゼットの頭に血が上った。

 目の前に居るのは人間、敵だ。石を投げつけ、頭を蹴りつけ、体をがんじがらめに縛りつけて……徹底的に自分を痛めつけた、敵だ!


「来るな、来るな来るな来るな! 来るなぁぁぁっ!」


 ガーゼットは慈善の腕に噛み付いた!

 骨がメキメキと軋み、慈善は歯を食いしばる。ラウラとリッカを制止し、そっとガーゼットを抱きしめた。


「大丈夫、恐くない」


 胸に頭を押し付け、心音を聞かせる。ラウラにも教えた、怯えた相手を落ち着かせる方法だ。


(君は、ただ恐がっているだけなんだよね。大丈夫、俺は敵じゃない。君を守りたい、ただそれだけなんだよ)


 ふんわりと、優しく抱きしめて、ガーゼットに敵意が無い事を伝えた。

 柔らかな抱擁にガーゼットの震えが止まった。これまでの人間と、何かが違う。


(なんだ、こいつ……攻撃したのに、殴って、こない?)


 思わず、口を離した。ガーゼットがへたり込むと、慈善も座り、目線を合わせた。


「お腹空いてないかい? 夕飯の残りでよければ、すぐに出せるよ」

「……ゆう、はん? なんだ、それは……」


 聞いた事のない言葉だ。慈善はちょっと考え、


「美味しい物、って言えば分かるよね。残していても結局捨てちゃうし、出来れば食べてほしいな」

「美味しい物、だと? ……いや、騙されない、絶対に、騙されない……!」


 そう言って、自分にだまし討ちを食らわせる気だ。身構えるガーゼットに対し、慈善はやんわりと微笑んだ。


(心電図は、紫のままか。そりゃ、すぐに信用してくれるわけがないよな)

「ちょっと待ってて、準備してくるから」

(それでも、行動で示すしかない。信用を作るには、一歩ずつ、少しずつ動いていくしかないんだ)


 台所へ向かい、慈善はガーゼットへの食事を用意する。まだ魔獣は警戒したままだが、とりあえず攻撃を仕掛ける気配はない。


「心配するなラウラ嬢。私が居る限り、貴公らに危機は訪れない」

「ありがとう、ございます……」

(……魔獣の事は、私も同情できる……でも、どうして? どうして貴方は、そこまで相手に尽くせるの?)


 ガーゼットにまで救いの手を伸べようとする慈善が、不思議で仕方がない。なぜ彼はそうまで、他人様のために働く事が出来るのだろうか。

 そんな彼女をよそに、慈善は噛まれた腕をさする。


『ダイ、にぃ……あたしね、幸せ、だったよ……』


 頭の中に、悲しい声をリフレインさせながら。





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