24話 介護士は銃を使う。
ユミル邸宅には、里中の女性達が集まっていた。
身を寄せあって、不安そうな顔をしている。その中にラミアのルリとハンナの姉妹を見つけ、ラウラは駆け寄った。
「ラウラっ。遅かったじゃない、心配したのよ?」
「夜道が暗くて迷ってしまって……それよりも、緊急事態って何が起こっているんですか?」
「まだ説明されてないの。でも、里長が皆を避難させるなんて余程の事よ。もしかしたら、帝国がこの里を見つけてしまったのかもしれない……」
「……おねえ、ちゃん……恐いよぅ……」
表情が強張り、ハンナの血の気が引いた。緊張によるストレスからか、ゲホゲホと激しくむせ込む。虚弱体質のせいでストレスに酷く弱いのだ。
ルリは懸命にハンナをあやすが、効果はない。ラウラははっとするなり、頬を叩いた。
(落ち着いて、落ち着いてラウラ。ジゼンさんから教わったでしょ? 介護士なら、緊急事態の時ほど冷静になるべきなの)
老人ホーム、もしくは病院で看護助手として働く介護士は、常に危険と隣り合わせである。
何しろ、相手をするのはいつどうなるか分からない高齢者や障害者ばかり。突然倒れ、容体が急変するなんて普通に起こりうる現場で働いているのだ。
だからこそ、緊急事態になった時ほど冷静にならねばならない。
(深呼吸、深呼吸……相手が恐慌状態になった時は……こう、してみよう)
ルリと一緒にハンナを抱きしめ、ラウラは耳元でささやいた。
「大丈夫、ジゼンさん達が必ず助けてくれるから。何も恐くないよ」
胸にハンナを押し当て、心音を聞かせる。前に慈善が話してくれた事がある。鼓動の音を聞かせると、不安や恐怖を感じた相手を安心させる事が出来ると。
「……ん……」
すると効果があったのか、ハンナが少しずつ落ち着いてきた。ルリもほっとしたようで、妹を優しく包み込んだ。
「人間の体って、温かいのね。ほっとするというか、ラミアは変温動物だからどうしても低体温でさ、こういう時は羨ましく思うわ」
ルリも緊張が解けたらしい。慈善のように魔法は使えなくても、ちょっとした工夫で人を助ける事が出来る。
(私の魔法は、ただ一つ……自分に出来る事を思い切ってやる、「勇気」だけだから)
「これで、全員集合ですね」
里の者達が集まったのを見て、ユミルが声をかけた。
傍らにはキュリーが居て、救急キットを用意している。万一に備え、医療体制を整えていた。
「準備、できましたっ!」
「ご苦労。では」
ユミルは手を合わせると、【結界】の魔法を使った。
青く輝く障壁が邸宅を中心に展開する。この場に居る者ならば、彼女の魔法で守護できる。
「状況を説明します。先ほどこの緩衝地帯に、異常な力を持った存在が現れました。凄まじい魔法を行使する、害意ある者です」
モンスター達がしんとなる。ユミルは険しい顔で続けた。
「里の防衛に、全戦力を集めました。しかし正直退けられるかは微妙な所です。最悪の場合、この里を放棄します。出来る限り最善を尽くしますが、万一に備え、覚悟だけはしておいてください」
(それほどの相手、なの? ……ジゼンさん……!)
防衛部隊に駆り出された、慈善の事を想う。彼は戦う力を持っていないから、どうしても心配になる。
でもきっと、彼なら大丈夫。そう信じ、ラウラは祈る。もう一度慈善に会えますようにと。
◇◇◇
『女子供の避難は完了しました。こちらでバックアップするので、防衛隊の指揮は任せます』
「了解した、里長」
ユミルとの通信を担当するのは、ケンタウロスのリッカだ。
モンスターの里には、自警団が設置されている。里でトラブルがあった際に対応する警察のような物で、特に此度のような緊急時においては、里を守る防衛隊としての役割も併せている。
その隊長を務めるのが彼なのだ。魔法も戦闘向きの【熱操作】で、知能が高く冷静な性格のケンタウロス族。荒事が起こった時、最も頼りになる戦闘民族である。
(それに対して俺は人間、しかも日本の一般人だ。……来てみたはいいけど場違い感半端ねぇや……)
周りを見れば、種々様々なモンスター達が武器を持ち寄っている。五メートルもの巨躯を誇るギガンテスに、棍棒やハンマーを持ったオーク、最弱モンスターのはずであるゴブリンですら、剣を持つ姿はなんだか強そうに見えた。
(一応、クロムにこれを作ってもらったけど、使いこなせるかな。ゲーセンでしか使った事ないけど)
「ジゼン、随分緊張しているみたいだね」
クロムに肩を叩かれ、慈善は驚いた。
普段は温厚な彼ですら、斧を担いでいると別人に見える。どれだけ自分が弱いのか、嫌でも痛感した。
「里が出来てから初めての事だよ。俺もちょっと恐くてさ……でもジゼン、そんな筒で本当に武器になるのかい?」
「なるよ、なるけど……使えるかどうかは自信ないかな」
慈善は背負っていた長銃を握りしめた。
クロムに作ってもらったショットガンだ。ある程度狙いを付ければ、散弾を相手に叩き込む事が出来る。これなら銃を使った事がなくても当たると思い作ってもらったが、いざ使うとなると、やはり緊張する。
(下手すると、人に銃口を向けなくちゃならなくなる。その時俺は、撃つ事が出来るんだろうか……でも)
「ラウラを守らなくちゃならないなら、腹をくくらないといけないな」
「その通りだよ、俺だって、母ちゃんを守らなくちゃならない。大事な家族をね」
クロムの瞳孔が開き、毛が逆立った。
体が大きく膨らんだ彼に、慈善はぞっとする。いくら優しい性格をしていても、クロムは狼のモンスター、コボルトだ。
(俺達人間なんかが太刀打ちできない、強大な力の持ち主……それがモンスターか。一緒に暮らしていると感覚麻痺して忘れがちだけど、ここに居る皆は、ある意味戦闘のプロなんだよな……)
『迎撃部隊に伝令します!』
通信用の魔法具がスピーカーとなり、ユミルの声が響き渡った。
慈善らは喉を鳴らし、彼女の報告に耳を傾ける。
『最悪の事態です、間もなく害意ある者が、結界を破ってきます! 予想通り、広場に到着するはずです!』
「それを我らで迎撃すればいい、というわけだな。了解!」
リッカはカバンに魔法具を仕舞い、弓を握った。
「総員戦闘準備! 何としてでも里を守るぞ! この地に住む者として、全力で脅威を排除しろ!」
『おうっ!』
モンスター達は一斉に雄たけびを上げた。その直後、
ビシッ!
鏡が割れるような音がしたかと思うと、空にひびが入った。
慈善は反射的に銃口を向ける。そして同時に、
「うがあああああああっ!」
害意ある者……緩衝地帯へ迷い込んだガーゼットが、里の中に飛び込んできた!
モンスター達は一斉に臨戦態勢に入るが、ガーゼットの姿を見るなり怯み、後ずさった。
それだけガーゼットの姿が異質だからだ。自分達モンスター以上に魔物めいた、醜すぎる姿をしている。
ガーゼットは広場に飛び込むなり、ごろごろと転がった。重い体をやっとの思いで持ち上げ、モンスターの里を見渡す。
「どこだ、ここは……森の中に、居たはずじゃ……」
【リヴェンジャー】の衝動に身を任せるまま暴れていたら、いつの間にかこんな所にたどり着いていた。あまりにのどかな場所に、ガーゼットは一瞬呆気にとられる。
しかし、背後に群がるモンスターの群れを見て、表情をこわばらせた。
(こいつらは、な、んだ? 全員……変な姿を、している……!?)
今まで人間以外の生物を見た事が無く、ガーゼットは恐怖を抱いた。またこいつらも自分を排除しようとするのでは。そう思うと、カチカチと歯が鳴った。
(人間とは、違う……こいつらは、強い……!)
弱った自分では、殺されてしまう。ガーゼットは大急ぎで逃げ出し、闇雲に走り出した。
「! 逃がすか、追え!」
リッカが指示を出すと、モンスター達は一斉に走り出した。
何者か分からないが、里を脅かすなら容赦はしない。
ただ一人を除いて、全員がその想いのまま、ガーゼットを追いかけていく。
(なんだ、あの魔物は……)
唯一追いかけず、立ち尽くしている慈善は、目を瞬いていた。
【心電図】を使い、ガーゼットの心理状態を見ていたのだ。
ガーゼットに浮かんだ心電図の色は、濃い紫。酷く怯え、恐がっている。
(物凄く、怯えながら逃げている……違う、あの魔物、敵じゃない。俺とラウラと同じ、この里に逃げてきた被害者だ!)
「リッカ! 聞こえるかリッカ!」
慈善は大声でリッカを呼んだ。ケンタウロスは耳が良く、慈善の声を聴き分けてくれた。
「あれは敵じゃない、被害者だ! この里に逃げ込んできたんだよ!」
「被害者? 結界を強引に突破してきた怪物が、被害者だと? その根拠は!」
「俺の魔法だ! 俺の魔法【心電図】は相手の心を見る事が出来る、あの魔物は、酷く怯えているんだ! 攻撃しちゃいけない、助けるべき人だ!」
慈善は本気で言っている。リッカはわずかに躊躇した。
(あの魔物が同志……にわかに信じがたいが、ジゼンは嘘を吐かない男だ。我が父に希望を与えた恩人の言う事を、無視するわけにはいかぬか……)
「……ジゼン、乗れ!」
リッカは慈善を背中に乗せ、全速力で走り出した。
前を走っていたモンスター達を一気に抜き去り、ガーゼットへ一直線に肉薄していく。スピードだけならば、リッカはガーゼットと同等だ。
「ジゼン、我々にも守らねばならない物がある。だから、三分だ。三分だけ与える。あの怪物を生け捕りにする方法を考えろ。それを過ぎれば、私自らがあの怪物を殺す。これがギリギリの譲歩だ」
「……分かった!」
ケンタウロスはプライドの高い種族だ。よほど信用した者でない限り、自身の背中に誰かを乗せたりはしない。
リッカが自分を乗せた意味をくみ取り、慈善は必死に考えた。
(攻撃しちゃダメだ、下手に危害を加えれば余計に怯えて、無用な反撃をしてくる。なんとか無力化する方法は……ん?)
慈善はショットガンを見て、はっとした。
(そういえば昔……漫画で見たな。音を出す弾丸で騎兵隊の馬を驚かせて無力化するってシーン……【性質変化】で弾丸を、音を出す様に加工すれば、行けるかもしれない!)
慈善は早速散弾を出し、【性質変化】で急いで改造した。
弾頭を虫笛と言う、振り回すだけで音が出る道具に作り替える。揺れる馬上での加工だ、時間がかかってしまう。
それでも時間ギリギリで完成させ、慈善はリッカの肩を借り、銃を構えた。
「リッカ! 【熱操作】で気温を下げられるかい!?」
「容易い!」
リッカはすぐに手を翳し、周囲の気温を真冬のようにした。
気温が低ければ音はより大きく、強く響く。音響兵器の効果を高められるはずだ。
(慈善大地お手製、鏑弾だ! 直撃させるなよ、すぐ脇を、かすめるように……撃て!)
引き金を引くなり、ショットガンが火を噴いた。
キィィィィィィィン!
虫笛となった弾丸は甲高い金属音を立て、ガーゼットのすぐ隣を掠める。あまりの高音に慈善とリッカは耳を塞ぎ、身をすくませた。
ガーゼットは二人よりも遥かに耳が良い。脳みそを揺さぶられるかのような振動が走り、視界が大きくぶれた。
「がっ、は、あ……!」
疲労が重なっていた事もあり、ガーゼットは気絶してしまう。倒れ込んだ侵入者を見て、リッカはクロムに手を上げた。
「【投網】で捕まえろ、脱力の網を使えば拘束できる」
「分かった、【投網】っ!」
クロムの魔法により捕えられ、ガーゼットは拘束された。魔封じの網によって【リヴェンジャー】が抑えられ、暴走の危険もなくなる。
「なんだろう、こいつ……こんなモンスター、見た事ないよ?」
「……でも一つだけ、分かる事がある」
リッカから降り、慈善はガーゼットに手を伸ばした。
体のあちこちに、痣が浮かんでいる。石や物を投げつけられた痕だろう。
(この世界は、自分と違う存在に対して、あまりに冷たすぎる……だからこそ、出てきてしまった問題、だな)
それは、現代日本でも起こっていた問題。
介護の現場でも、保育現場でも、どうしても起こってしまう、あってはならない事件だ。
「……この子は、酷い虐待を受けていたんだよ」




