23話 介護士は昔の話を強請られる。
ラウラからの視線を感じ、慈善は居心地悪さから顔をしかめていた。
ここ数日、彼女の様子がおかしい。
やたらと慈善を観察していて、一緒に居る間、ずっと目を向け続けている。それもあまり好意的な物ではなくて、慈善の心を見透かそうとしているようなのだ。
「じー……」
夕飯の間も、片付けている今も、彼女は椅子に座り、目を細くして慈善を見ている。
何か悪い事でもしたっけか? だけど思い当たる節が無いので、【心電図】で彼女を伺った所、ラウラの心電図はオレンジ色を示していた。
(確かオレンジは、集中している状態、だったよな。……何に集中してんの?)
「じぃー……」
いよいよもって怪しいので、こちらからアクションを仕掛けよう。
「ねぇラウラ、どうしてその、俺をじーっと見つめてるんだい?」
「えっ、いやこれは睨んでいるんですけど……ジゼンさんを威圧していました」
ネタばれしたらあかんやろ! 危うく口から出そうになり、慈善はぐっとこらえた。
全然眼力がないから、言われなければ全然分からなかった。深窓の公爵令嬢で、きっと喧嘩なんか一度もした事がないのだろう。
「それで、なんで俺を威圧しているんだい? 何か嫌な事をしたのなら謝るけど……」
「いえ、嫌な事はしていませんよ。お話ししてほしい事があるから、実力行使で聞き出そうかと」
(実力行使って……随分と茶目っ気と言うか、愉快な性格になったなぁ)
きっとこれが本来のラウラなのだろう。お転婆で、感情豊かな可愛い娘。
話してほしい事も、おおまか想像できる。慈善の過去の話だ。
(……卑怯なのはわかっている、でも……)
慈善は話したくなかった。瞼を閉じて思い浮かぶのは、燃え盛る炎と、冷たく暗く、悲しく眠る、少女の顔。
思い出すだけでも頭痛が走り、血の気が引いて一瞬目が見えなくなる。慈善の心の奥底に強く絡みついた記憶だ。
「そうだ、新しいレコードを作ってもらったんだよ。ちょっとかけてくれるかな。いつも静かな夜だし、たまの気分転換になると思うんだ」
「む、露骨に話をそらされた気がします……」
それでも音楽への興味が勝ったのか、ラウラは音楽をかけてくれた。
流れるのは、ショパンの「子犬のワルツ」だ。
日本に居た頃、慈善はよくクラシックを聴いていた。中でもショパンのこの曲が大好きで、この異世界で曲を再現するために、気合で楽譜を作ったほどである。
軽やかなピアノの音が室内を包み込み、ラウラは思わず目を閉じた。思わず体が動いてしまうような明るい巨躯なのに、繊細な音使いが心地よい。
(でもどこか、暗い曲……)
貴族だった頃、彼女もピアノを嗜んでいた。だからだろうか、曲を聴くと、作曲者がどういった人物なのかが何となくわかる。
華やぎのある曲なのに、どこか悲しみを感じる。感情を押し殺し、必死に自分の仕事に徹して書いてみた。そんな印象を受けた。
「……この曲は、ジゼンさんの居た世界の曲ですよね。もしかして作曲者は当時、離婚調停か何かの最中だったのでは?」
「分かるの?」
正解だ。実は「子犬のワルツ」の作曲中、ショパンは当時恋人だった小説家、ジョルジュ・サンドと破局寸前だったのだ。……名前は男っぽいが、勿論女性です。
その中で「明るい曲を作ってくれ」との仕事が入り、彼女が戯れていた子犬を見て作り上げたのだという。
んでもって作曲してから間もなく、ジョルジュと別れたのであるが……。
(ある意味恐いぞこの子……洞察力鋭すぎるだろ……)
「好きな音楽には、その人の心理が映ると言います。この曲って、明るいのにとても暗いです。……ジゼンさんが昔の事を話さない理由と、重なるような気がします」
ラウラは慈善を見上げてくる。どうしても彼女は、慈善の過去を知りたいようだ。
(好きだからこそ、知っておきたいの。貴方の事を。もし辛い過去があったのなら、助けてあげたいから……)
ライザからは焦らないよう言われたけど、ラウラは子供、我慢できる年ごろではない。
慈善が今も過去に苦しんでいるのなら、今すぐ助けてあげたかった。
その気持ちは、痛いほど伝わっている。でも話せない。慈善の心が、強く拒んでいるから。
「……ごめんね、ラウラ。本当は君に話すべきなんだろう。だけど、俺自身が出来ない。心に鎖がかかっていて、口にする事すら、出来ないんだ」
それでも彼女の頭を撫で、感謝の気持ちを伝えた。
彼の手はとても暖かく、優しいのに。心に深い傷を負っていると思うと、ラウラまで悲しくなってしまう。
慈善に抱き着き、背中を掴む。気休めでも、彼の心が癒えますようにと祈りながら。
◇◇◇
レムリア法国では、ある事件が頻発していた。
定刻より異形の姿を持つ魔物が放たれ、各地の村落や都市を襲っている。その魔物こそ、ガーゼットだ。
ガーゼットが放たれて、既に一週間。三つの都市と七つの村が壊滅し、法国は今甚大な被害を被っていた。
不眠不休で暴れ続け、体のあちこちが悲鳴を上げている。それでもガーゼットは止まろうとはしない。なぜなら……
『な、なんだこいつは!?』
『気持ちの悪い化け物め! あっちへ行け!』
『来ないで、来ないでよ!』
行く先々で拒絶され、罵倒され、石を投げられ。ずっと憎悪をぶつけられた。
その度に【リヴェンジャー】が発動して、反射的に体が動いてしまう。本当は眠りたいし、美味しい物を食べたいし……優しくされたいのに。
「どうして我を、憎む……我が、何をした……どうして見るだけでそんな……拒絶する!」
血涙を散らして、ガーゼットは崩れ落ちた。異形の腕で何度も地面を殴りつけ、悲しみをぶつけ続ける。
「我は、なぜ生まれてしまった……憎まれるために、生まれてきたのか……? そんな、悲しい理由で我を、産んだのか……! 我は、我は……どうして誰にも、愛されない!」
自身への憎しみが高まり、【リヴェンジャー】がまた発動した。
ガーゼットの意志に関係なく、条件を満たせば勝手に動く魔法。立ち止まる事すら許されず、ガーゼットは悲鳴を上げて走り出した。
「殺してくれ……誰か、我を……殺してくれぇぇぇぇ!」
忌々しき魔法が発動しないよう、ガーゼットは人里から離れていく。とにかく遠くへ、遠くへ。一心不乱に走り続ける。
やがてガーゼットは、三国の国境がまたがる緩衝地帯へ近づいて行った。
◇◇◇
「……! 気配が、侵入してきた」
ユミルはぬいぐるみづくりを止め、立ち上がった。
里の外に張ってある結界に、何者かが侵入してきた。それも、ただの気配ではない。
凶悪な力を持った、明らかな害意を持つ者だ。恐ろしいほどの力を持っていて、時間が経てば経つほど、そのパワーが大きくなっている。
「まずい、私の力を遥かに超えている……! ループの結界を、強引に破られる危険がありますね」
ユミルは戦闘に関して明るくない。だがこの里はモンスターの里、戦闘力の高い種族が揃っている。
一人一人の力は敵わなくとも、全員の力を合わせれば、いかなる脅威も乗り越えられるはずだ。
ユミルはライザの下へ向かい、ベッド横に跪く。
「母様、行ってきます。貴方と作った安住の地を、そして最愛の家族である貴方を、必ずや守り抜いてみせます」
ゆっくりと寝息を立てる母の手を握りしめ、ユミルは飛び出した。
机に置いてある小さな水晶玉を掴む。これはモンスターのみが作れる通信用の魔法具だ。
里の各家庭には同様の魔法具を置いてある。多量の魔力を使うため、使用は非常時のみに限られる。
念じながら水晶玉に声をかければ、里の全ての人に伝令を伝えられる。里始まっての緊急事態だ。
「里に住む全ての者へ、非常事態です! 男衆は里の広場へ、女子供は我がユミル亭へ集合しなさい! 詳細は集合後に伝えます!」
◇◇◇
『繰り返します、非常事態です! 至急指示に従いなさい!』
ユミルの指示は当然、慈善とラウラの下にも届いている。
彼女の声色は酷く焦っている。その意味を察知し、慈善はランタンと武器を取った。
「行こう、ラウラ。ユミルがあそこまで取り乱しているって事は」
「里始まって以来の、緊急事態ですね」
この里は二人にとって、大切な場所だ。壊されるわけには、断じていかない。
慈善は広場へ、ラウラはユミル邸宅へと足を向けた。
「どうか、ご無事で……!」
「約束するよ、必ず帰ってくると。大丈夫、俺達にはエレノアさんの、君のお母さんの加護が付いているのだから」
ラウラの額にキスをして、慈善は走り出す。この異世界で得た、大切な人を守るために。




