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22話 悪役令嬢の懸念

「ジゼン様の過去、ですか」


 週に二回の、ユミル宅での訪問入浴時。

 ラウラは気になった事をユミルとキュリーに相談していた。


「……確かに私も気になります。あの方がどのような過去を過ごしてきたのかを」

「あんなに素敵な人ですもんね。異界の事も気になるし、一度行ってみたいなぁ」


 のんびりと言うキュリーに、ラウラとユミルは眉間にしわを寄せた。


「キュリーは気にならないのですか? 彼の執念にも似た、人助けへの意識を。一見穏やかですが、彼の他人本意な意識は、狂気を感じます」

「私を帝都から助け出す時も、自分の事をまるで顧みないで……今思うと、見ているこちらが心配になるくらいでした」


 ようやくキュリーも二人の考えを読み取れた。

 慈善の思考回路は常に、他人を中心に回っている。それも不自然な位。

 いくら異界から来た人間とは言え、あまりに常軌を逸しているだろう。


「た、確かに、言われてみると、変ですね……ラウラさんなら、聞き出せるんじゃ?」

「昨日聞いてみたんですけど……」


 異界での事を慈善に聞いた所、快く教えてくれた。

 その世界がどんな場所なのか、そこで彼がどんな仕事をしていたのか。だけど肝心の、子供の頃の慈善を教えてくれる事はない。


『子供の頃、ジゼンさんは何をしていたんですか? ご両親は、どうされているんです?』


 思い切って踏み込んでみても、慈善は苦笑し、話してくれない。自分は信用されていないのか気に病んでしまい、昨夜は眠れなかった。


「母様が異界から呼び出して、助けてもらって、この里で介護の仕事を始めて……沢山の事を一緒に過ごしたはずなのに、私ってジゼンさんの事、よく分からないままなんです」

「彼にしては随分頑なですね、異界でよほどの経験をされたのかもしれません。人に話したくないような、辛い経験を」


 いつも笑顔の裏で、彼は何かを押し殺している。それがなんだか悔しかった。


(私はジゼンさんから、沢山の宝物を貰った……今度は私が、返してあげたい。これまで受けた恩を少しずつでも、返してあげたいの)

「焦っては、いけないわ」


 今まで話を聞いていた、ライザが口を開いた。

 最近ライザはよく話をするようになっている。投薬治療や運動療法、そして入浴に認知療法といった異界のうつ病治療により、少しずつ心が回復しつつあるのだ。


「私の病気は、治るのにとても時間がかかるのでしょう? それなら、彼の事もそう。話さないのではなく、きっと話せないのよ。私と同じように、そのせいで心に傷を負ったんでしょうから」

「ジゼンさんが、傷ついている?」


 ラウラが見ている慈善は、いつも真っ直ぐ前を見て、突き進んでいる。でももしそれが、過去に受けた傷を、振り払うための物だったら?


(考えた事もなかった……もしかして、ジゼンさんは自分の弱さを隠すために、介護に熱中しているの?)

「いつかきっと、彼が話してくれる時が来るでしょう。その時に、全てを受け止めてあげなさい。それが貴方にしか出来ない役割、じゃないかしら」

「……はい!」


 元気づけられ、ラウラは力強く返した。

 慈善が話してくれる時を待つ。それが今の自分に、出来る事。


「初々しくて、見ていて微笑ましいわ……だからこそ、帝国の動きが……気になる……わね……」

「えっ? 帝国の動き、とは?」


 答える前に、ライザは眠ってしまった。


  ◇◇◇


 入浴中の睡眠は危険なため、キュリーの判断で風呂から上げる。ライザのバイタルチェックをしている間、ラウラはユミルから、外の情報を聞いていた。


「最近、帝国の侵攻に陰りが見え始めているのです。共和国と法国が大勢を立て直したためか、戦線が膠着状態に陥っているようでして」

「戦争が泥沼化している、という事ですよね……あれ? その情報は、どこから手に入れているのですか?」

「隠れ里は他にも多数ある、とお話ししたでしょう。その里を作っているのは、私の居た村の者達なのです」


 モンスターの隠れ里は、エルフによって作られている。

 帝国軍によるモンスター狩りの折り、命からがら逃げだしたエルフ達は、自分達と同じ被害に遭ったモンスターに声をかけた。

 目的は彼らの保護だけでなく、自衛のため。エルフは戦闘力が低いので、モンスターに安住の地を提供する事を条件に、自分達を守るよう取り付けたのだ。


「それが、モンスターの隠れ里を作った理由なんですね」

「結果として皆を利用する事になっていますが、この状況を乗り切るためです。互いに支え合っていかないと、私達自身が死んでしまいますから」


 モンスターの里を作ったエルフは、魔法具で常に情報交換を行っており、外の状況を把握している。いつか戦争が終わった時、故郷へ帰るために。


「法国方面から連絡を受けたのですが、帝国内で不穏な作戦が進められているそうなのです。この膠着した状況を打破するための一石を投じる作戦だそうでして……かの『剛撃の嵐』が主導するらしいです」

「レベッカ中将、が……!?」


 レベッカ・フルトマーレは、帝国軍エリュシオン公国方面軍の総司令を務めた人物だ。

 ラウラの父、アルノールへ間者を送ったのも彼女である。真綿で首を絞めるかのような、冷徹かつ大胆な作戦を駆使する軍人であり、公国が一年で陥落したのは彼女の手腕による所が大きい。


「形式としては、貴方の御両親の仇、という事になりますね。彼女の指揮はここから離れているようですが、果たしてどのような作戦を展開するつもりなのか」

「……この里に、被害が出なければいいのですけれど」


 慈善の事、レベッカの事、そして外の事。

 ラウラの心配は、尽きる気配がなかった。


  ◇◇◇


「中央撤退、弓矢部隊は弾幕を展開して援護しろ」


 帝国南部、レムリア法国方面戦線において、レベッカはその辣腕を振るっていた。

 今彼女が居るのは、法国領内の盆地だ。なだらかな山を越えた先の丘上に陣を取り、的確に兵を動かしている。


 両国の兵は盆地中央にてぶつかり合い、激しく鍔ぜり合っている。黒の鎧の帝国軍と、白の鎧の報告軍が激しく入り混じって、戦場は灰色に染まっていた。

 その最中に撤退命令を出した彼女に、補佐官として同行しているガルバは怪しく笑った。


「おやおや、そのような事をしてしまっては、法国軍が追撃をしてしまいますぞ?」


 帝国軍が突如背を向けたのを見て、法国軍が一気呵成に攻め立ててくる。しかしそれこそがレベッカの狙いだった。


(馬鹿め、見え見えの罠にかかるとはな)


 人間は弱い者を見ると強気になり、無駄な攻撃を仕掛けてくる。その隙を狙い、レベッカは手を上げた。

 投石機(カタパルト)から、紙で作られた球が一斉に投擲される。球には導火線が付いており、紙に触れるなり燃え上がって、中に詰められていた粘り気の強い油に引火した。

 多量の燃える油が降り注ぎ、法国軍が分断される。不用意に飛び込んできた前線の兵は炎の壁に退路を断たれ、帝国軍の懐に取り残されてしまう。


「おおよそ四割は引き込めたな。全軍、三日月の陣を取れ! 包囲殲滅せよ!」


 帝国軍は弧を描くように両翼へ広がり、法国軍を飲み込んだ。炎の壁へ分断された後方部隊に対しても、レベッカは手を抜かない。


「カタパルト隊、強化騎兵準備!」


 投石機に乗るのは、ダチョウのような鳥に乗った、物言わぬ兵士。

 丸みを帯びた鎧に身を包み、身の丈程もある大剣を背負っている。騎馬ならぬ騎鳥も筋肉が異常に発達しており、不自然に大人しかった。


「撃て!」


 投石機が動き出し、兵士達が射出される。炎の壁で浮足立っている法国軍の頭上に、五十もの特攻隊が降り立った。


『グオオオオオオオオオオ!』


 敵陣に突入するなり、騎兵達は剣をぶん回して暴れ出した。一振りで数百もの敵がなぎ倒され、騎鳥に踏み躙られ、蹂躙されていく。


「あっはっは! いかがですかな、敵兵が成す術もない! これぞ我が芸術作品でございますぞ!」


 ガルバは狂喜乱舞し、小躍りしながら猿のように手叩きした。

 強化騎兵は彼が作り出した改造人間である。戦えなくなった傷病兵を治療の名目で連れ出し、薬や手術によって人が出せない力を出せるようにした殺戮兵器だ。


「ふむ、中々気持ちの良い殺しっぷりだ。戦略の幅が広がって楽しくなるな」


 レベッカも強化騎兵の活躍に満足し、唇を舐める。使い物にならなくなった兵士の使い道に悩んでいたが、これで問題解決だ。


「して、かの切り札はいつ出すので? このままでは『暴虐の牙』作戦の本懐を成せませんぞ?」

「切り札というのは、相手が死んでから、より打ちのめすために出す物だ。幽霊になって恨みを晴らしに来られても、迷惑なだけだからな」

「おやおや、かの『剛撃の嵐』様は幽霊がお嫌いだと?」


 ガルバを鞭でしばき倒し、レベッカは投石機に切り札を乗せた。

 相変わらず拘束着でギチギチのまま、芋虫のように蠢くそいつの頭を踏みつける。


「精々役に立てよ、帝国の名誉ある未来のためにな」


 法国軍が完全に崩れたのを見て、


「『暴虐の牙』作戦開始! 切り札投擲後、全力で撤退しろ!」


 そいつを法国軍に射出し、帝国軍は一斉に逃げ始めた。

 法国軍の真ん中に放り込まれたそいつにも、導火線が付いている。拘束着には、たっぷりの油が塗られていて……


 ボッ!


 導火線が触れるなり、激しく燃え滾った。


「ぐあああっ!」


 身を焼かれる苦痛に悶え、大地に叩きつける激痛に悲鳴が出た。

 拘束着が燃え尽きて、やっとそいつの姿が、白日に照らされる。

 歪な体だった。異様に肥大し、七色の結晶が籠手のようについた左腕。右腕は鞭のような三本の線が螺旋に絡み、皮膚が鉄に変異した鍵爪がぎらついている。

 左脚は鳥を思わせる逆関節で鱗に覆われ、右脚には甲冑を纏っている。それらが繋がる体幹は女性の物だが、スライムのような粘液が分泌され、てかっていた。


「う、が……ああ……ああああっ!」


 そいつはマスクをはぎ取り、素顔を晒した。

 魚の鰭のような、大きな突起がこめかみから伸びている。エルフに似た長い耳、吸血鬼のもつ鋭い歯。

 様々な生物の特徴が現れた、あまりにも異質な姿。法国軍は後ずさり、


「う、うわああああっ!?」

「ば、化け物だぁぁぁっ!」


 更なる混乱が戦場に満ちていく。ようやく目が見えるようになったのに、そいつに初めて向けられたのは、拒絶の感情だった。


「なぜ……だ……なぜ、我を……拒む……」


 頭を抱え、唇を噛み、血涙を流した。


「好きで、醜い姿に生まれたわけではない! 罵声を貰いたくて、産んでもらったわけではない! なぜ……なぜ我をっ! この世に産んだのだにんげぇぇぇぇぇんん!!」


 鳥の足が爆発的なダッシュ力を産み、勢いのまま左腕を振り回すと、地面を抉りながら兵士達を強化騎兵ごと圧殺した。

 固い右足で急転換し、しなやかな右腕を伸ばして追撃。細い腕からは想像もできない剛力を発揮し、小枝でも折るように、範囲内の物体を打ち砕く。


「殺す、殺す! 殺す殺す殺す殺す殺す! 一人残らず、殺してやるぅ!」


 毒性の粘液をまき散らし、仇成すものを溶かしては、自らを傷つけるように苛烈な攻撃を続ける化け物。

 幾人かが抵抗して、剣や弓を突き刺すも、そいつは敵に噛み付いて血液を吸い上げ、瞬く間に体力を回復させてしまう。

 誰からも愛されず、ただ憎しみだけを向けられた怪物は、暴れ続ける。

 まるでその命を、自ら燃やし尽くすかのように。


  ◇◇◇


「あれが貴様の作った傑作か」


 暴れ続ける化け物を眺め、レベッカは楽しそうに口元を緩ませた。

 ガルバも大喜びで諸手を挙げ、想定以上の力を発揮する怪物を褒め称えている。


「ブラボー! あれこそが幾多のモンスターを合成して作り上げた改造魔獣、ガーゼットですぞ! スライムの柔軟な体質、ギガントの持つ怪力、ハーピィの脚力にデュラハンの強固な皮膚、吸血鬼の不死性と回復力! これら全ての特性を持ち、更に人工魔法【リヴェンジャー】の強烈なブーストを掛けたガーゼットは、まさしく最強無敵のモンスター!」


 【リヴェンジャー】とは、ガルバがモンスターの体を解剖・研究し、魔法の仕組みを解析して作り上げた、人工魔法だ。


 その効果は、強烈な苦痛で憎しみの感情を与える事で、持っている能力を限界以上に強化するという物。

 ガーゼットは人体改造で、この世ならざる異常な力を持っている。それが【リヴェンジャー】によりきつくブーストされ、数十倍もの威力を発揮しているのだ。


「これで『暴虐の牙』作戦は完遂か。あの改造魔獣の脅威を敵国に知らしめ、同時に人里を襲わせて国力を削ぐ。戦果としては十分だろうが、ガーゼットとやらが我々に牙をむく事はないのか? 帝国へとんぼ返りする危険は?」


「ふひひ、ここから帝国へはかなりの距離が開いていますし、奴は人工魔法の副作用で、より人間の密集した場所へ向かうよう洗脳しています故、心配はありませんぞ。それに……ちゃんと安全策は講じてありますからなぁ」


「ならばよかろう。貴様は胡散臭いが、作品に関しては信用できるからな」


 レベッカは踵を返し、高笑いした。


「あー楽しかった! 虫けらが無様に散る様はなんとも愉快、それも安全な場所から見る景色は最高だ! さぁ、帰るぞ!」

『御意!』


 剛撃の嵐が率いる兵達は、意気揚々と去っていく。

 その間も哀しき魔獣は、血涙を流して命を奪い続けていた。

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