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16話 介護士と悪役令嬢はお風呂の支度をする

 何度目かの短い睡眠から覚め、ライザは唇を噛んだ。


(また、生きてしまった……どうして、私は生きてしまうの……?)


 自分を責めるのは、すっかり日課と化している。眠っている時以外、彼女はずっと自分に対し「死ね」と言い続けているのだ。

 生きる事を悔いては涙を流し、死ねない事を嘆いては苦しんでしまう。心の病にかかったライザは、延々と自責のループを回り続けていた。

 そんな、苦しみの中に居るライザの耳に、初めて聞く音が聞こえてきた。

 ガタゴトと大きな物を運ぶ音だ。それに沢山の足音と話し声。真っ直ぐに、ライザの家へと向かってきている。


(楽しそうな声……よく聞こえる耳が、恨めしいわ……)


 窓から顔を背けると、家に誰かが入ってきた。

 そして寝室の扉が開くなり、


「お邪魔します、ライザ様!」

「レンハイム・スパ・サービスでーす!」


 特殊浴槽を持った慈善と、タオルセットを持ったラウラが、元気よく入ってきた。


  ◇◇◇


 話は数時間前に遡る。


「とりあえず作ってみたけど、これがお風呂になるのかい?」


 レジーのツテでクロムに仕事を取りつけ、慈善は訪問入浴で使う浴槽を作ってもらっていた。

 木を彫って作った浴槽は、寝転んで入れるリクライニングタイプを採用し、洗髪台が取り外し可能な組み立て式だ。首が当たる部分には緩やかにカーブしたネックレストが付いており、両脇に溝が掘ってあった。


 その浴槽に木枠を乗せて、ワイヤーを通した布を付ければ、担架になる。お湯を送排水するホースにパイプ、床を濡らさないための防水シート。日本で得た知識を思い返しながら、訪問入浴のための機材を次々に作っていった。


「あとは、お湯を出すポンプと、貯水タンクだ。細かい作業になるけど、平気ですか?」

「大丈夫だよ。素材は全部、君の魔法で用意してくれるんだろ?」


 慈善は【性質変化】で木を次々に変質させていく。穴を空けた木は塩ビパイプ、五円玉のように切り取った小さい木の板はスポンジの性質を与え、酸に溶けないよう金の性質も付けておく。

 木の板に紐を通し、結び目でストッパーを掛けてから、L字型に整形したパイプに通していく。あとは紐をギアに取り付ければ、ポンプの完成だ。


「これで水が汲み上がっていくのかい? 全然想像できないなぁ」

「仕上げをご覧じろ、ってね。次は給水タンク、これも工夫してほしいんですが」

「うっひゃー……注文多すぎるな君……」


 それでもきちんと間仕切りを入れ、温度の違うお湯を入れるタンクを作ってくれた。

 訪問入浴の装備一式をリヤカーに乗っければ、不格好だが訪問入浴カーの出来上がりだ。


「こんなんでお風呂に入れるのかな……君の考えが全然分からないよ」

「私も一回見た記憶を頼りにしたもので、ちょっと自信はないですけど」

(訪問入浴は介護の中でも、かなり特殊な分野だからなぁ。上手く機能してくれるといいのだけど)

「うおーい、介護士さん! 皆を連れてきたよー!」


 ゴブリンのカイトがひょこひょこと足を引きずりながらやってきた。彼の後ろには、ケンタウロスのリッカと、ラミアのルリがついて来ている。

 二人とも、慈善とラウラの世話になったモンスターだ。


「ライザ様の治療の手助けをすると聞いて、駆け付けさせてもらった。貴公には我が父を救ってもらった恩義があるしな」

「私もハンナのお世話をしてもらっているから、お返しさせてもらうわよ。最近あの子、良く笑うようになってくれたの。貴方達のお陰よ、ありがとう」


 礼を言われ、慈善は目を細めた。

 全身全霊を持って介護を行っているからこそ、困った時に助けの手が伸びてくる。信頼を得る実感があるからこそ、この仕事は止められない。


「カイトから聞いたけど、私の使う【空間転移】が必要なんでしょ?」


 【空間転移】は物質や人を文字通り移動させる魔法だ。彼女はこの魔法を使い、里の郵便配達を行っているのである。


「はい。温泉の湯をタンクへ入れ続けてほしいんです。リッカさんは【熱操作】で、温度調節が出来るんですよね?」

「そうだ。氷を作り、火を起こす魔法。我が力があれば、温かな湯を常に提供し続けられるだろう。機材の搬送も任せておけ、ケンタウロスだけに馬力はあるぞ」


 頼もしくもユーモアのある言葉だ、思わずくすりと笑ってしまう。


「んで、おいらの【送風】は何に使うんだい?」

「それは着いてからのお楽しみです。これで、入浴部隊は完成です」


 慈善は機材を確認しつつ、三人に段取りを説明し始めた。


  ◇◇◇


 肝心の介助部隊だが、こちらはラウラに一任してある。


「トランスを行う時は、支持面積を意識してください」


 彼女は貸家にて、ユミルとキュリーにトランス方法のレクチャーをしていた。

 病院で慈善から、ベッドからベッドへの移乗方法を教わっていたのだ。


「悪いねぇ、ユミル様に持ち上げてもらうなんてねぇ」

「いえ、いいのです。練習をしなければ、母様を入浴させられませんから」


 モデルになっているレジーに言うと、ユミルはキュリーと息を合わせて彼女を持ち上げた。

 足を肩幅よりも広げ、ベッドの縁に膝を付けると、体重が分散して体感重量が軽くなる。腰に負担を掛けずに軽々とレジーを持ち上げ、キュリーは驚いた。


「こ、こんなに簡単に、持ち上がるなんて……これが介護、異界の知識……勉強になります……!」

「重さを大して感じません、梃子の原理を上手く応用しているようですね」

「ジゼンさんから教わった、ボディメカニクスという技術です。重心もそうなんですけど、支持面積を意識するのも大切なんですって」


 両足のつま先と踵を頂点とした四角形をイメージしてほしい。肩幅程度に広げるのと、それより大きく広げるのとでは、四角形の面積が違うはずだ。更に足を前後に動かして平行四辺形を作れば、より大きな面積を確保できるだろう。


 この四角形の面積こそが支持面積である。これが大きければ大きいほど体重を分散でき、体に掛かる負担が軽減するのだ。

 一度レジーを戻し、休憩を入れる。ラウラは三人にお茶を出した。


「あの、私上手く教えられていますか?」

「は、はい! ……病院に居た頃、ベッド介助で腰を痛めて困った事があって……もう少し早く、腰を痛めない方法を覚えたかったです」


 外で作業している慈善を見やり、キュリーは膝を握りしめた。


「ジゼンさんって、物知りですよね。外でも自分の知識を活かして、人を救う方法を皆に伝えて……凄く、自信に満ちていて……私なんか、医者なのに全然役に立てなくて……もっと自信があったら、ライザ様の病気をもっと早くに治せていたはずなのに……」

(キュリーさん、凄い落ち込んでる。ずっと否定され続けていたから、自信を持てないんだ。……まるで、ちょっと前の自分を、見てるみたい。自分を責めてばかりで、自信をうしなって……籠の中の鳥だった頃の私に)


 両親を喪い、独りぼっちで居た頃のラウラによく似ている。けど慈善が引っ張ってくれたから、ラウラは自信を取り戻せた。

 自分を信じてくれる人が居ると分かった時、人は殻を破る事が出来る。ラウラは身をもって体験していた。


(今度は、私がする側にならなくちゃ。ジゼンさんがしてくれたみたいに)

「ライザ様の回復には、キュリーさんの力が必要不可欠です」


 ラウラはキュリーの手を握りしめた。


「後悔しているからこそ、貴女は訪問入浴に取り組もうとしているのですよね。自信がないから、自分を変えようと努力しているのですよね。その気持ちがあるのだから、胸を張るべきです。それにジゼンさんが言っていました、キュリーさんの頭脳はこの世界の誰よりも優れているって。医者としてキュリーさんはとても優秀な人です。だから、もっと自分に自信を持ってください。じゃないと、ただ自分が傷つくだけですから」

「自分が……傷つく……」

(……そう言えば、どうして私、こんなに自信を無くしたんだろう……)


 思い返してみると、キュリーの記憶には、周囲から否定されてばかりの自分しかいない。

 キュリーは小さな頃から、非常に頭が良い女性であった。

 それ故に周囲から理解されず、正しい事を言っても、誰も信じてくれた事はない。否定を繰り返された結果、すっかり自信を失ってしまって、自分の意見を言えない性格になっていたのだ。


 もし自信があったら、ライザの治療をもっと早くに進められていただろう。キュリーは幾度も後悔し続けていた。


(ラウラさんとジゼンさんは、こんな私を信じてくれている。頭が良いって、認めてくれている。……なら、少しくらいは自分を、信じてもいい、のかな)

「……私、やってみます。私の作った薬は、うつ病に効果がある。その自信が、あるのだから」


 ラウラに背中を押してもらい、キュリーは奮い立った。

 彼女から強いやる気を感じ、ユミルは目を細める。初めてユミルは、キュリーを信じたいと思っていた。


(そう思わせたきっかけを作ったのは、あの没落令嬢、か)


 ラウラは確かに、魔法が使えない。でも、彼女には見えない魔法が宿っていた。


(思わずこちらも巻き込まれる、若々しく燃え上がるような熱意……ふふっ。エレノア様、貴方の御息女は、ちゃんと魔法を宿しているようですよ)


 『勇気』と言う名の、何よりも強い魔法を。


 その後、トランスの訓練を積んだ三人は慈善と共にライザの下へ向かい、冒頭の時間軸へと繋がっていった。

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