15話 介護士と悪役令嬢は混浴に入る
ライザはぼんやりと天井を見つめていた。
視野は暗く、頭も上手く働かない。体に至っては四肢が鉛のように重くて、指一本も動かせなかった。
(どうして……半年前はちゃんと動けたのに、今は全く動けないの……?)
自分が情けなくて、ライザの目から涙がこぼれる。
もう何日もまともに寝ておらず、頭が割れるように痛む。ユミルに大きな負担をかけていると思うと申し訳なくて、途方もなく悲しくなってきた。
(こんなはずじゃなかった……私が、やらなくちゃいけないのに……!)
戦火により故郷を追われた者達を救うため、彼女は昼夜を問わず懸命に働き続けた。
その甲斐もあり、里の者達は戦争に巻き込まれる前の生活を送れるようになったものの……それを見届けた途端、ライザは腰が抜けてしまったように、心の力が入らなくなってしまったのだ。
以来、体も動かなくなってしまい、今では寝たきりになって自分を責め続ける毎日。
(もう、死んでしまいたい……私が居たら、ユミルに負担をかけてばかりになる……もう、死にたい……!)
もし体が動けたら、ライザは自殺を試みていただろう。
生きる事に一切の希望を見いだせぬ今、エルフ特有の長寿が煩わしい。これ以上生きていても、喜びや楽しみを感じる瞬間なんて、もう二度と来やしない。
(誰か、殺して……私を、殺して……!)
心の中で何度も、ライザは悲鳴を上げ続けていた。
◇◇◇
「ここが、里の温泉か」
慈善とラウラは、キュリーの案内で里の外れに訪れていた。
そこには目当ての物、温泉が湧いている。竹の壁で周囲をぐるりと囲い、大きな脱衣所兼サロンのロッジが併設されていた。
壁越しにほこほこと湯気が立ち、温泉特有の硫黄臭が漂う。社員旅行で向かった草津温泉を思い出し、慈善は顔をほころばせた。
「お二人とも、まだ温泉に入ってなかったんですね?」
「ええ。訪問介護の準備で忙しくて、時間が中々作れなかったんですよ」
「レジーさんから伺っていたから、いつか行きたいとは思っていたんです」
ラウラは早く温泉に入りたいのか、うずうずしていた。
慈善は苦笑しつつ、受付のためにロッジへ向かう。
(サービス提供前に、自分達でも試しておかないとな。特に温泉の場合は塩分とかを含んでいるから、下手すれば機材が壊れる危険もあるし……)
例えば、お菓子を売るとしよう。「これは美味しいですよー」と薦めても、その菓子がどのような味で、どのような魅力があるのかを売り手が理解していなければ、誰も買うわけがない。
そのため、訪問入浴介護を行う企業では、自社サービスを社員に体験させる研修を行っている。どのような洗体を行えば心地よいか、どのような湯掛けをすればリラックスできるのか。自ら体験する事で業務理解を深めるのだ。
「おっ、介護士さんじゃないか」
「貴方達もようやく、温泉に来られたようですね」
ロッジに入るなり、クロムが受付で出迎えてくれた。傍にはユミルも居る。
「クロムさんが、オーナーをしているんですか?」
「違う違う、皆で交代して持ちまわっているんだよ。ここはライザ様一番のお気に入りの場所だから、皆で守らないといけないからね」
「成程……」
ロッジには、ライザの木像や絵画が多く飾られている。里の者達から、随分慕われているようだ。
「私にとっても母は、尊敬する人です。誰よりも思いやりが深くて、優しい人で……だけど、里が安定し始めてから次第に気分の落ち込みが見られるようになってしまい……今ではすっかり、寝たきりになってしまって……」
(話を聞く限り……バーンアウト症候群から派生したうつ病、っぽいな。きっと里の人達がちゃんと生活できるように、ずっと気を張り続けたんだろう)
強い使命感を持って働いていた人が目標を達成した途端、気が抜けたように無気力状態になる。これをバーンアウト、すなわち燃え尽き症候群と呼ぶ。
定年退職をした男性や、子供が独立して子育てを終えた女性がかかりやすく、他にも受験生が入試を終えた後に発症して、そのまま学校に行けなくなる事例もある心の病だ。
(記録帳にも完璧主義で、何もかもを徹底的にやり遂げないと気が済まないって書いてあったっけ。完全に疲れ切って、心がガス欠になってしまったんだな)
「しっかり休んでもらわないといけませんね」
「うん。頑張って病気を治してもらいたい物だよ」
クロムは頷きながら言うが、慈善とキュリーが「しっ」と彼を諫めた。
「ライザさんに「頑張れ」というのは禁句です」
「そ、そう言ってしまうと、動けない自分を余計に責めてしまって、逆効果になってしまうんです。だから! 頑張ってとか死なないでとかは二度と言ってはいけませんよ!」
「あの……キュリーさんが一番言ってませんか?」
ラウラに指摘され、キュリーはしゅんと肩をすぼめた。
(……医者としては問題多すぎる人だよね)
(でもこの人しかお医者様は居ないし、頑張ってもらわないと。って、私ってばつい……)
(……ラウラも気を付けてね?)
「母ちゃんも入ってるから、色々聞いてみるといいよ。ライザ様とは懇意にさせてもらっていたからね」
クロムは二人にタオルと湯着を渡した。
ともあれ、温泉に入ってみない事には始まらない。ライザへどうサービスを提供するのか考えるべく二人は温泉に……
「……湯着? なんでこんな物を?」
「あれ、聞いてないのかい?」
「里の温泉は混浴なのですよ」
刹那、二人は絶叫した。
◇◇◇
温泉には、多くのモンスターが集まっていた。
ハーピィや鬼、マンドラゴラ。サキュバスにゾンビまで。種々様々なモンスターが黄緑色のお湯に浸かり、湯治を楽しんでいる。
……男女入り混じって、だ。
そんな中に放り込まれている慈善とラウラは、互いを意識し合ってどぎまぎしていた。
背中合わせになって、ちらちらと目を向けている。どうにも居心地悪くて、慈善はしきりに髪を掻き、ラウラは指を突くしかない。
いくら湯着を着ていると言っても、同じ風呂に入っているのだから落ち着くわけないだろう。
(い、意外とでかい、よな……ラウラってその、歳のわりに……)
(や、やっぱりその……結構筋肉付いて、逞しい……男の人の体……よね)
ラウラは年齢に見合わぬ体型を持ち、胸はEはあるだろう。腰はきゅっと細く、ヒップラインも大きく丸みを帯びている。体つきだけなら大人の色香を漂わせており、温泉で温まり、赤らんだ肌が劣情を誘ってきた。
一方の慈善も日々の介護業務で鍛え上げられており、細身だが中々筋肉質だ。腹筋は綺麗に割れて広背筋も厚みがあって、腕と脚の筋肉は引き締まり、くっきりとしたセパレーションが出来ていた。
(普段見ない姿な分……)
(異性として、余計に意識してしまいます……)
「おやおや! あんた達、美味しい物を食わせてくれた二人じゃないか!」
先に入っていたレジーが気付き、近寄ってきた。
かなり長風呂をしているのか、毛が随分しんなりしている。
「前はありがとうねぇ。あれから元気が出て、生きるのが久しぶりに楽しくなってきたんだよ。お礼を言っても言い切れないさねぇ」
「そ、それは、どういたしまして……」
「そういえばあんた達、美味しい物を食わせてくれた二人だよねぇ。あれから私、生きるのが久しぶりに楽しく思えるようになったんだよぉ」
レジーは幾度か同じ話を繰り返した。認知症故に、一度話した事を忘れてしまうのだ。
彼女の聞き役に回りながら、慈善は温泉を確かめた。
石に湯の花がこびりつき、緑色に変色している。肌がぬるりとしてくるから、強酸性の湯なのだろう。
硫黄の匂いは好き嫌いが分かれるが、この湯はライザが【創造】の魔法で生み出した物。きっと彼女にとって好きな香り、高いリラクゼーション効果が得られそうだ。
(草津温泉と同じ性質みたいだな、これはかなりの効果が期待できるぞ。風呂の材料に【性質変化】を掛けて、溶けないように加工しておかないと。あとは送水ポンプか……誰か腕のいい職人が居れば、訪問入浴で使われている循環システムを再現できるんだけど……)
頭の中で入浴装置の設計図を作っていると、ふとラウラの谷間が目に入った。
体が温まって肌が赤らみ、ぬめりのあるお湯のせいでてかっている。馬鹿真面目だが、慈善も健全な男の一人。
(……絶対見られないようにしないと!)
「何肩肘に力を入れているのですか」
慈善が身を屈めていると、ユミルが温泉に入ってきた。
ラウラに比べると、随分スレンダーな体形だ。腰は細いけれども、胸もヒップも、なんだか物足りない。
「……なんですか? エルフは菜食主義なのです、どうしても慎ましやかになりがちなのです。雑食の人間とは違うのです」
「えっあっ、いやーその……」
(日本じゃ結構巨乳で描かれる事が多いけど、実際のエルフって……うん、フィクションは所詮フィクションか)
「……しぇい!」
失礼な事を考えているのを感じ取り、ユミルは慈善に回し蹴りを叩き込む。
顔に綺麗な足型がついた慈善の隣に腰かけ、彼女は長い息を吐いた。
「……この湯は、私達の故郷の湯を再現した物なのです。私と母様が居たエルフの村は、最優先で帝国に狙われ、何もかもを壊されてしまいましてね。せめて、大好きだったこの湯だけはと思い、何度も試行錯誤をして作り上げたのです」
「思い出の温泉なんですね」
「ええ。寝たきりになる前は、毎日入っていましたよ。……キュリーから聞きました。母様にお風呂を提供して頂けるとか。介護とは、そのようなことまで出来るのですね」
「準備は要りますが、必ず」
「そのためにも、沢山の人に助けてもらわないといけないんです」
二人が温泉に入りに来たのは、湯を調べるだけではない。訪問入浴に協力してくれる人を探すためでもあるのだ。
(……母様のために、そこまでやってくれるなんて。どこまでもお人よしと言うか、何と言うか……とても、頼もしいです。デリカシーはないですが)
ユミルは小さく笑った。
「自分の親の事でそこまでしてくれるのに、私が何もしないというのも筋が通りませんね。私に出来る事があれば、なんなりと申してください」
「助かります。訪問入浴となると、私では関わりにくい所も出てきてしまうので」
入浴事業には、男故の弊害がある。ユミルが加わってくれれば、最低限の現場スタッフが揃う。介護技術もそう複雑な物は必要ないから、一日かけて研修すれば大丈夫だ。
「あとは道具を作る職人を見つければ……」
「職人ならクロムが居るよ」
慈善のつぶやきを聞き、レジーが口を開いた。
「うちの息子は風車とか台車とか、里の道具や建物を作る仕事をしていてねぇ。あいつに頼めばなんだって作ってくれるよ」
「えっ、本当ですかレジーさん?」
「ああ本当さ。私は嘘を吐かないよ、うちのクロムは里の道具や建物を作る仕事をねぇ」
レジーは自身の息子について話し続けている。ユミルに確認を取ると、確かな情報のようだ。
「彼なら、きっと協力してくれるはずだ。風呂から上がったらすぐに頼まなくちゃ」
「善は急げ、ですからね。……それはそうとキュリー、いつまで隠れているのですか?」
ユミルは脱衣所を睨んだ。するとキュリーがおずおずと顔を出し、
「い、いつも人が居なくなる深夜に入っているので……こんな人が沢山居るなんて、は、恥ずかしくて……」
「ならロッジで待っていればいいでしょう?」
「……一人で待つのは寂しいです」
「面倒ですね貴方は。何のためにここへ来ているのやら、いいから入りなさい」
キュリーは諦めたのか、おずおずと入ってきた。
すると慈善はのけぞった。彼女のプロポーションは、ラウラよりも上だったから。
「こ、これだから嫌なんですよぉ……男の人からやらしい目で見られるから……」
「いやいや、自分はその、そんな目で女性を見たりはしませんが……」
(むっ……)
それでも慈善の目はちらちらとキュリーに向いている。ラウラは頬を膨らませ、慈善の手の甲を強くつねった。
「いっ!? な、何するのさ?」
「なんでもありません」
ラウラは不機嫌そうである。レジーは楽し気に笑うと、
「そりゃあ旦那が他の女に気を向けていれば、嫁としては気がかりだろうさぁ」
「だんっ……! ち、違います! まだ自分達は、そんな関係じゃ!」
「そ、そうですよ! 確かに、希望としてはありますが、まだ問題が山積みで……えっと……」
「あれま? 随分仲良かったから夫婦かと思ったんだけどねぇ」
余計に二人は真っ赤になる。ユミルは呆れたため息を吐いた。
(エレノア様から伺いましたが、煮え切らない二人ですね。片や真面目馬鹿の朴念仁、片や箱入りの深窓令嬢……関係が進まないのも頷けるというか。むず痒くて見てられません)
互いに恋愛経験ゼロなのも拍車がかかっている原因だろう。
ともあれ、余計な茶々は入りつつも、ライザ入浴計画は着実に進行していった。




