13話 介護士は寝たきりのエルフと出会う。
「はい、ゆっくりと息をしてー」
慈善は足を痛めたゴブリン、カイトの家にてマッサージ兼リハビリを行っていた。
カイトの右足をゆっくりと伸ばし、痛みがないか確認しながら筋肉をほぐしていく。カイトは時折痛みを感じながらも、懸命に足を動かした。
「あだだ……こ、こんなんで本当においら、歩けるようになるのかい?」
「カイトさんの頑張り次第ですね。この里に来てから、右足をまともに動かせてなかったのですよね?」
慈善は【記録帳】で抜き出した、カイトの症状を確認した。
彼は帝国東部の山に住んでいたが、徴兵目的でやってきた帝国兵に暴行を受け、右足を骨折したという。
怪我を庇いながら里へ逃げたはいいものの、骨折熱により一週間ほど寝込んでしまい、まともに動けなくなってしまった。骨折が治って熱が引くころには、すっかり筋力が衰え、膝の動きも悪くなっていたそうである。
(中世程度の生活レベルじゃ、元々の栄養状態だってよくないだろうしな。少し寝込んだだけで、廃用症候群が起きてしまうのも頷けるよ)
廃用症候群は、寝たきり等で体を動かせない間に、体の各機能が低下してしまう症状の事を差す。
具体的には筋萎縮や骨密度の低下、関節部拘縮による可動域の低下、認知症状等。これらを予防するには病後に適切なリハビリを行うしかない。
(幸い、骨折後の病状は軽かった。きっと腕のいい医者か、回復魔法の使い手が居るんだろう。俺は理学療法士じゃないけど、【記録帳】によれば徒手的な処置で改善可能な拘縮だって書いてあった。【記録帳】の通りにやれば、このゴブリンは必ず足が治るはずだ)
慈善は医師ではない。だけど【記録帳】は、怪我の原因も記載される親切仕様。
具体的なリハビリプランまで作ってくれるため、慈善の専門外分野もある程度カバーしてくれる魔法だ。
(介護保険施設だと、介護職員がリハビリの手伝いをする事もあるみたいだしな。うーん、そっち方面もちょっと興味出てきたかも)
「カイトさんの足が動かないのは、膝関節の拘縮と筋力低下、この二点に尽きます。だから、ゆっくり膝関節を動かして、可動域を広げるリハビリを行っていく必要があるんです」
「いででっ……難しい事はわかんないけど、動かさないとダメって事だろ? ……それならおいら、頑張るよ。ずっと治らないと思っていたこの足がもう一度動くなら」
【心電図】でカイトの心理状態を見てみる。心電図の色は明るい黄緑、前向きな気持ちになっている証拠だ。
「それまで一緒に頑張りましょう。私も微力ながら力になりますよ」
「ありがと……そうだ、テーブルに置いてあるジャガイモ、持って行ってくれよ。おいらが作った野菜なんだ」
「助かります、いつもすみませんね」
リハビリを終えて謝礼のジャガイモを受け取り、慈善はカイト宅を後にした。
午前中の訪問は彼で終わりだ。スケジュール表にメモを取っていると、
「ジゼンさん! 私も終わりました!」
ラウラが大きく手を振りながら、駆け寄ってきた。
「ハンナさんの身の回りのお世話、ちゃんと出来ました。午後からはルリさんの手が空くそうなので大丈夫だと」
「そうですか。ラウラさんも午前の訪問は終わったようですね」
「はい! それと、ジゼンさん。約束忘れていませんか?」
ラウラは不機嫌そうに頬を膨らませた。慈善は「うっ」と言い淀み、
「敬語は禁止ですよ。もう一回、言い直してください」
「……ラウラも、午前中の訪問は終わった、んだな?」
ラウラは満足げに頷いた。
◇◇◇
慈善とラウラが亜人の里に滞在し、現在五日目。
二人は里の者に対し、訪問介護の仕事を行っていた。
亜人の里には、レジー以外にも生活の自立が困難な者、カイトのように体になんらかの障害を持つ者がいる。
そうした人々の家を訪問し、生活補助やリハビリを行う。介護知識と魔法を最大限に活用し、二人はユミルの課題に挑んでいた。
「ハンナさんの状態は以上です。特段、体調に大きな変化は見られませんでした」
「ん、よかった。亜人の事は分からない事ばかりだし、常に様子観察をしておかないとな」
ラウラから聞いたハンナの状態を記載し、慈善は記録を残していく。
介護において、記録を残すのは重要だ。
要介護者に何らかの変化が起こった場合、過去の記録を遡る事で原因を探る事が出来るし、他にも「きちんとこうした介助を行いましたよ」という証拠にもなるので、クレームが入った際の対策にもなるからだ。
そして情報の共有を行う事で、違う者が介助に入っても同一のサービスを提供できる状況を作っておく。細かいかもしれないが、こうした報連相はどこの業界でも徹底しなければならないのである。
「よし、こんな感じかな。ひと段落着いたし、昼ご飯でも作ろうか」
「はい! また新しい献立、教えてください」
レジーの件を乗り越えてから、ラウラはとみに明るくなっていた。
ユミルの手助けで、エレノアと最後の邂逅が出来たらしい。それが彼女の背を押したようで、ラウラは積極的に業務に取り組み、介護士になるための精進を続けている。
介護福祉士として嬉しい事この上ないのだが、慈善には一つ、困った事が。
「……まだ慣れないな、ため口で話すの」
「慣れてください、そもそも私の方が年下なんですから。もう身分も何もない小娘ですし、変に堅苦しい口調で話しかけられると、かえって疲れちゃいますよ」
そう言い、ラウラは身を寄せてきた。
母になにをふきこまれたのか、妙に積極的になっている。慈善も男だ、若い少女に好意を向けられるのは悪い気分ではない。相手が惚れた女性であるならなおさら。
(けど、距離感が狂って変な感じなんだよなぁ……まだこの子は若いのだし、関係は大切にしてあげないと)
朴念仁この上ない男である。
「そう言えば、この里には医者なんていないのかな」
露骨な話題反らしだが、ラウラも疑問に思っていたのだろう。ふと手を止め、考え込んだ。
「言われてみれば……カイトさんの怪我もそうだし、ハンナさんだってお医者様が居なければ、健康状態を保てない人ですよね」
「勢い任せに訪問介護なんてやっちゃったけど、医者とは連携をとらないと。もし要介護者に異常があっても、俺達では対処できないからさ」
(ただ、ユミルさんの課題で合格を貰ったわけじゃないんだよな。もし失格になったら追い出されるわけだし……いや、ネガティブな事を考えてもしょうがない)
「昼食を取ったら、一度ユミルさんの所に行こう」
「そうですね、お医者様について何かわかるかもしれませんし」
午後の方針を決めた後、二人は簡単な昼食を取り、休憩をとった。
◇◇◇
「ふむ、里の医者……ですか」
場所は変わって、ユミル邸宅。
二人の質問を受けた彼女は、目を細めた。
「居ますよ。腕はそれなりと言った所ですが、里で唯一の医者です。いつも往診しているので中々捕まりませんけど」
「やっぱり居るのか。あの、紹介して頂けませんか? 介護を行う上で、医師との連携は必須になりますので」
「完全に定住する気満々ですね。私はまだ、貴方方に許可を下してはいませんよ」
ユミルは意地悪く言い、慈善とラウラの顔が曇った。
(いや、意地悪するつもりはないのですが。正直、この二人が里の役に立つ事はもうわかっていますし、ここで許可を出してもいいのですけど……)
彼女は里長としての威厳を優先し過ぎて、すっかり踏ん切りがつかなくなっていた。
気付けば、どう定住の許可を出せばいいのか分からなくなり、ここ数日ずっと悩み続けているユミルである。意外と頭の中が騒がしいエルフだ。
(私としても何かの切欠があればいいのですけど、というより介護で頼みたい事があるのですけど、いやでも今まで意地悪な態度ばっかり取ってきたから下手すれば断られるのでは? だけどジゼンはそう言うの気にしなさそう……いやけどここで頭を下げては里の秩序が。上下関係はきちんと植え付けておかないと……)
「ユミルさん?」
「医師の事でしたら、そうですね。少しここで待っていれば、会えると思いますよ」
素早く思考を切り替え、ユミルは平静を装った。
「今日は私の所にも往診で来るので。下手に動くよりはいいでしょう」
「……それはつまり、ユミル様に体調の優れないご家族がいる、って事ですか?」
ユミルははっとした。
「いえ、私の診察です。これでも齢二百年を超えていまして、持病がいくつか」
「ふむ……」
慈善は【心電図】を使い、部屋を見渡した。
寝室に繋がっている扉を見やると、その奥に紫の心電図が見えた。バイタルサインは問題ないが、精神的にかなり参っている者が居る。
「……寝たきりのご家族が居るようですね」
「なっ、あ、魔法を使いましたね?」
ユミルはむっと眉間にしわを寄せた。
すると図ったように、コンコンと玄関がノックされる。ユミルが入るよう指示すると、
「お、お邪魔します……」
茶色のコートを羽織った、茶髪をボブカットにした女性が入ってきた。背丈がラウラよりも頭一つ高く、大きな革鞄を肩に下げている。手に生えた、鋭く尖った爪が目を引いた。
彼女の顔を見た途端、慈善とラウラは驚き、立ち上がった。
なぜならば、彼女の目が、一つしかなかったから。
大きく円らな一つ目の亜人、サイクロプスである。巨人族から派生した種族とされており、女性でもかなりの膂力を持った亜人だ。
「丁度よいタイミングですね。紹介しましょう、この方が里唯一の医者、サイクロプスのキュリーです」
「は、初めまして……! わ、私があの、その……って、うぇあぁ人間ん!?」
キュリーは二人を見るなり腰を抜かし、もんどりうって倒れた。
がくがく震え、今にも気絶しそうである。慈善は心配して手を差し伸べるが、
「う、うああああ!? ごめんなさいごめんなさい許してください私を食べてもおいしくないですよぉ!」
「え、えと、落ち着いてくれますか?」
号泣し、頭を抱えるキュリー。人間が嫌いと言うより、人間恐怖症と言うべきか。
(これは、重症だな……)
「キュリーは、元は帝都の奴隷医師でした」
ユミルはガクブルしているキュリーを助け起こし、コートについた埃を払った。
「戦争が起こった時、軍医として最前線に配属される予定だったのですが、道中事故で馬車が横転しましてね。そこを私が助けて、共にこの里へたどり着いたのです」
「奴隷医師……私達と同じ境遇、だったんだ……」
「わ、私、悪い事なんてしてません! だ、だから鞭は……お仕置きは勘弁してくださいぃ……!」
キュリーの心電図は真っ青、恐慌状態だ。帝都で余程酷い扱いを受けていたのか、慈善とラウラに対し強い拒絶反応を見せている。
(これじゃ、連携どころじゃないな……ユミルさんの家族の事もある、俺達が居たら、診察が必要な人に迷惑が掛かってしまう)
「一度、帰ろう。ユミルさん、また明日来ますので」
「……いえ、この状態のキュリーでは、診察を頼めません」
ユミルはため息を吐きながら、キュリーを椅子に座らせた。
(……卑怯かもしれないけど、切欠が出来ちゃった。二人は医師じゃない、それは分かっている。でも、もしかしたら二人なら……救ってくれるかもしれない)
「これだけ恐怖を感じた状態で会わせたら、余計に不安にさせるだけです。落ち着いたら帰す事にします。……なので、ジゼンさん。ラウラさん。貴方方が代わりに見て貰っても、いいですか?」
「え、私達が、ですか?」
慈善とラウラは顔を見合わせた。
「介護士は医師ではないので、病気や怪我には手出しが出来ませんが……」
「目に見える病気や怪我をした人ではないのです。キュリーには半年間診て貰っているのですが、中々改善が見られなくて。でも別の視点、特に異界の知識を持った方ならば、別の解決策があるのでは。と思っているのですが……」
(自分で言ってて滅茶苦茶すぎるわよ……でも、それでも縋りたいの。介護というのに)
黙り込むユミル。慈善は彼女の心電図を見てみた。
ユミルの心電図は紫、心音も乱れており、強い不安を感じている。
「……分かりました。自分に出来る限りの事を、やってみます」
「お願いします。こちらへ」
ユミルに通され、寝室へ向かう。
清潔に保たれた部屋に、二つのベッドが並んでいる。その片方には【心電図】で見た通り、寝たきりの女性が居た。
酷くやつれたエルフだ。目元には濃い隈が浮かんでおり、落ちくぼんだ目でぐったりと天井を見つめている。顔色は蒼白で、生気が全く感じられなかった。
ユミルはそのエルフに寄り添い、頬を撫でると、
「具合は、いかがですか?」
「…………」
ユミルの問いかけにエルフは答えない。ただぼんやりと、天井を見上げるだけ。
悲し気に目を伏せる彼女に、ラウラは尋ねた。
「ユミル様、その人は……」
「……私の、母なのです」




