12話 介護士と悪役令嬢は異世界革命を決意する。
「あれが異界の、介護という分野ですか」
日は過ぎて、夜。
貸家にユミルを招いた慈善は、課題の評価について尋ねていた。
ユミルは慈善の淹れたお茶を飲み、目を閉じる。
「レジーにガルガス、ハンナ……ああ、老ケンタウロスがガルガスで、病弱ラミアがハンナですが、あの三人があんなにも喜んでいたのは、初めて見ました。食事がとれない事もそうなのですが、戦火に追われたストレスも強かったようで。ここは娯楽も少ないですし、里に避難してからずっと、ふさぎ込んでいたのです」
「……やはり、亜人の方々も、心に強い傷を負っているのですね」
慈善は胸を痛めた。一見平和そうに見える隠れ里だが、その裏では多くの人々の心に大きな爪痕を残している。
(昼間見たゴブリン……多分足を酷く痛めているな。きっと戦火から逃れる間に怪我をして、足が動かなくなったのかもしれない。多分、里を見回ればそうした人達が沢山……沢山居るはずだ)
ぎゅっと手を握りしめ、慈善は唇を噛みしめる。
ユミルはお茶をもう一飲みすると、ため息を吐いた。
「里の者達の心身のケアには、私も頭を悩ませているのです。私一人では、里全てをカバーしきれません。それにここは自給自足がメイン、日々の生活を維持するのがやっとな上に、どう心身をフォローすればいいかのノウハウもないですからね」
「……だけど、私にはその知識があります」
慈善は姿勢を改めた。
「介護の力は、あんなものではありません。今日見せたのは食に関する事ですが、介護は人の心身をケアする専門分野。他にもたくさん、心に傷を負った人々を救う技術があるんです」
「……ふむ。それで?」
「思いつきました、私達がこの里で、皆さんに出来る事を」
中世の介護事情は、あまりにもずさんだ。
外の戦争が終われば、多くの傷ついた人々が世界中に現れるだろう。その時、彼らを救う事の出来る者は、一体どれほどいるだろうか。
(俺には、介護の知識と技術がある。もう俺は、誰も救えないのは、嫌なんだ……)
拳を握り、慈善は決意した。
(日本で得た、最新の現代介護の粋を駆使して、この世界の……ナイチンゲールになってやる!)
「私は介護士、人を助けるのを生業とする者。だから介護の力で亜人の方々を、この異世界で傷ついた人々を助けてみせます」
慈善の真っ直ぐな言葉に、ユミルは目を細めた。
(中々、一直線な気質の若者ですね。これほどまでに一途な者は、初めて見た気がします。人間ですが、里の者達へ危害を加える様子もないですし、定住を認めてもよいとは思いますが……)
「そうですか……ですが、今日の一件だけではまだ、判断しかねます」
(簡単に許可を下しては、里長としての威厳がなくなりますからね。外界で戦争が起こっている以上、規律を乱すわけにはいきません)
「まだ、今日は初日です。もう少し様子を見せて頂いてもよろしいですか?」
「分かりました、今後もよろしくお願いします」
慈善は深々と頭を下げた。真摯な態度にユミルも微笑む。
「して、ラウラ嬢は随分ぐっすり眠っていますね」
ラウラは帰るなりすぐにベッドに倒れ、眠っていた。
彼女は昼食会を成功させるために、方々を駆け回っていた。初めての事ばかりで緊張して、疲れも溜まっていたのだろう。
「今は、そっとしておいてください。頑張った反動が出たんだと思います」
「そのようですね。……しかし彼女は不幸ながら、幸せ者ですね。熱烈に愛してくれる人が二人も居るのですから」
ユミルは含みを持たせた顔で慈善を見やる。慈善は耳まで赤くなった。
「いやその、確かに彼女は好きですが年齢が……って、二人? もう一人は?」
「あまり長くは居られないようですし、今日の功労者です。少しだけサービスしましょう」
ユミルはラウラの髪に触れると、魔法を使って、ある人物の手助けをした。
◇◇◇
ラウラは、薄もやに満ちた暗い場所に居た。
見た事ない場所なのに、不思議と不安はない。
なぜならこの場所には、優しい空気が満ちているから。
抱きしめられているような、背中を撫でられているような。懐かしさすら感じる心地よさに、ラウラはぼんやりとしていた。
(ここ、前に一回、来た事がある……そう、母様の魔法で……)
「ラウラ」
名を呼ばれ、ラウラははっとした。
気付けば目の前に、ずっと会いたかった人が立っている。
「母、様……?」
「ええ、そうです。貴方の……母ですよ」
エレノア・レンハイムは、両手を差し伸べた。
ラウラは目を潤ませると、思い切り母の胸に飛び込んだ。
「母様……母様、母様! 会いたかった、ずっと、会いたかった……!」
「私もです、ラウラ……! ごめんなさい、本当はもっと早く、顔を出したかったのだけど」
「いいえ……だって、ずっと私とジゼンさんを、守ってくれたのでしょう? それだけで、充分です……!」
ラウラは存分にエレノアに甘えていた。
彼女はまだ、十五歳の少女だ。重圧に耐えられる程心が強いわけではない。
「聞いてください、母様。私今日、特別な経験をしましたっ」
ラウラはエレノアに、レジーとの事を一生懸命話した。
エレノアはラウラの話を聞いて、嬉しそうに何度も相槌を打つ。やがて話を聞き終わると、エレノアはラウラを抱きしめた。
「どうやら、新しい目標を見つけたようですね。母として、とても嬉しく思います」
「はい。今日の事を通して私、やりたい事が見つかりました」
レジーから受けた、「ありがとう」がまだ、頭に残っていた。
勿論、それだけでやり切れるような仕事ではないだろう。辛い事や苦しい事も山ほどあるのは分かっている。
だけど、それでも。彼女は挑戦してみたかった。
「私、介護士になります。貴族でなくなった今だからこそやれる事を、私はやってみせます」
「……そうですか。貴方が決めた事です、やるならば、全力でやってみなさい。好きになった人が、傍で支えてくれるようですからね」
「ふあっ!?」
ラウラはぼしゅっと顔を爆発させた。
「た、しかに私は、ジゼンさんが好きですけど……でも年齢の事を考えるとその……十三歳差ですし……」
「あら、貴族間では歳の差婚なんて別に普通でしょう。とある子爵家では十四の娘が三十の当主に嫁入りした話もあります。好きになったのなら、歳の差を気にせずガンガン攻めていけばいいでしょう。ジゼンさんはどうにも、馬鹿真面目過ぎて奥手のようですからね」
「母様、口が汚い……」
「元々私は平民です。魔法が使えたから公爵家に嫁入りできただけで、本当は野山を走るのが好きなお転婆女なのですよ。社交礼儀を学ぶのにも五年かかりましたし。貴方はきっちり、私のいい所を受け継いでくれたようだけど」
エレノアはいたずらっぽくウインクした。
「彼が欲しいのなら、自分から攻めていきなさい。ああいう一途な奥手は、貴方自身から向かって行かなければダメよ。……取られてからじゃ、遅いのだからね」
「! ……はい」
ラウラは心して頷いた。
すると、エレノアの姿が薄れていく。
「母様、体が……」
「……残念ながら、時間切れですね。私は幽体離脱をしてから、大分時間が経っています。残った力でどうにか持たせていましたが……もう間もなく、消滅してしまいますね」
「……そんな」
「暗い顔をしないの。介護士は人を助ける仕事でしょう? なのにそんな顔をしていたら、相手を不安させてしまいますよ」
ラウラははっとし、頬を叩いた。
本当は、悲しい。とても寂しい。でも、母を不安にさせるわけにはいかない。
泣きたくなるのをぐっとこらえ、ラウラは力強く微笑んだ。
「そう、それでいい。それに貴方には、ジゼンさんが居る。一人で生きるわけじゃない。だからどうか……幸せになりなさい」
「……はい!」
やがてエレノアの姿は、完全に消えてしまった。
旅立った母を不安にしないよう、夢から覚めるまでの間、ラウラはずっと微笑み続けた。




