11話 介護業界の最新グルメ、絶品ソフト食
クロムの家の前に、ちょっとした際地場が出来上がっていた。
テーブルを円形に並べ、その上に料理が置かれていく。
川魚を特製ソースで焼き上げた、アルカディア風焼き魚。具沢山に仕上げた、のど越しの良い麦粥。メインとなる料理を、亜人達は興味深そうに見ていた。
更に慈善は、さっと作れて軽くつまめるパーティ料理を用意していった。
モッツアレラチーズにトマトを乗せ、オリーブオイルと塩コショウ、バジルを掛けたサラダ。羊肉で野菜を巻いて焼いた肉巻き、アメリカンドッグ等々。それら軽食は、ラウラが並べていた。
彼女は元貴族である、当然社交界にて、多くのパーティに参加してきた経験があった。
それを活かし、来てくれる人が取りやすく、尚且つ品がばらけないよう丁寧に配置していった。飾りに野花を摘んでテーブルに置き、会場を華やかにする工夫も施している。
(人を招くんだもの、もてなしの気持ちは示さなくちゃ)
一つ一つ丁寧に仕上げ、昼食会の会場が出来上がった。
ラウラが作った会場に亜人達は驚きの声を上げる。人間が作ったとは思えぬ程、真心が込められているから。
この里の亜人達は、戦争により住処を追いやられた者ばかりだ。
そのため人間に対し、あまりいい感情は持ち合わせていない。でもだからこそ、ラウラと慈善の取り組みには、強く心を動かされていた。
「おーい、来たよ、人間の二人」
ゴブリンの声が聞こえ、ラウラは顔を上げた。
先ほど尋ねてきた亜人達が、家族を連れてやって来たのだ。ケンタウロスはよぼよぼの老人の手を引き、ラミアは小柄な妹を抱いている。
老ケンタウロスと虚弱体質のラミアも、今回の主賓だ。ケンタウロスはレジーと同じ悩みを抱えているが、ラミアは体が弱く、食事を受け付けられないらしい。
恐らく、体が弱くて通常の食事では消化吸収しきれないのだろう。でも慈善のアイディアを使えば、胃腸に負担を掛けず、食事を楽しむ事が出来る。
「おんやまぁ、沢山来ちゃって。どうかしたのかい? 誰かの誕生日かい?」
暫く家に閉じこもっていたレジーだが、人の気配を感じ取り、自分から出てきた。
慈善が出迎える前に、ラウラが動く。
「ようこそお越しくださいました! 主賓の二名と、レジーさんはこちらへどうぞ!」
彼女はレジーの手を引き、席に座らせる。ケンタウロスとラミアも腰かけ、きょとんとした顔で料理を眺めていた。
「ほう、中々盛況しているようですね」
そこへやってきた、里長のユミル。慈善とラウラは、自然と緊張した。
昼食会を開くのだから、当然彼女も招待しなければならないだろう。クロムに頼み、連れてきたのである。
「貴方方がこの里で何が出来るのか、その回答を見せてくれるそうですね?」
「はい。これだけで合格できるとは思っていませんが、大まかな方向性だけは伝わるかと思います」
「私達は、介護で皆さんの役に立って見せます。この会はそれを伝えるためでもあります」
「介護? 異界には、そのような物があるのですか?」
ユミルは小首をかしげた。
「異界って、もしかして、私の事……」
「当然、エレノア様から伺っています。娘を助けるため、異界から呼んだ者だと。……この世界には介護という言葉自体、存在していません。一体、どのように私達を助けてくれるのか。今から楽しみです」
(お二人には、少しでも圧力をかけておかねばなりません。私の方が上なのだと意識づけておかねば、滞在中に何をされるかわかりませんからね)
ユミルはひそかにプレッシャーをかけてから、席に着いた。
そうこうしている内に、他の招いた亜人達もやってくる。
ラウラは一礼し、にこりとした。
「皆様、本日は来てくださってありがとうございます。私達二人を匿っていただいたお礼がしたくて、このような場を設けさせて頂きました。どうか心行くまで楽しんでください」
ラウラは場の空気を作った後、慈善にバトンを渡した。
彼女が丁寧に開会のあいさつをしてくれたから、亜人達の緊張が薄らいでいる。
慈善は一礼した後、右手を掲げた。
「最初に言いますが、私達はこの里への定住を求めています。それを里長様に伝えた所、皆様の役に立てる事を証明できれば許すと申してくださいました」
「皆様に何が出来るのか、私達は考えました。そして思いついたのが、介護による皆様の生活援助です」
介護という、聞いた事のない言葉に、亜人達は困惑していた。
慈善は介護士としての誇りを胸に、堂々と話した。
「この里には、自立した生活が困難な方が多く居ると伺いました。私達はそうした方々を助ける力を持っています。それこそが、介護です。果たしてそれが、どのような物なのか。ぱっと思いつく人は居ないでしょう。なので今から、実演いたします」
慈善はレジーの前に並んだ、彼女の好物に手を伸ばした。
(ちゃんと試運転はした、イメージを固めれば、出来るはずだ)
レジーは歯が弱く、硬い物が食べられない。ならば、それを柔らかくしてしまえばいい。
慈善は地球での経験を思い出し、懸命にイメージを固めた。
(食感を殆ど損なわず、かつ素材や料理の味をしっかりと楽しめる……それが介護の食事、ソフト食だ)
慈善は【性質変化】を、料理に発動させた。
レジーの好物が、見る間に変異していく。
角が取れ、表面がつるんとした質感に変わった。見た目はまるで食品サンプルのようになり、焼き魚がムース状の料理へと変貌したのだ。
魔法によって見た事のない料理に変わり、亜人達は驚いた。
ソフト食は近年に開発された、噛む力や嚥下能力の低下した高齢者用の食事である。
食材をしっかりと煮込む、ゆでる等して柔らかくした後、ミキサーにかけて特殊な工法で元の形状に仕立てた料理なのだが……残念ながら慈善はソフト食の工法に関しては詳しくなかった。
だけど【性質変化】で、料理に柔らかいムース状の性質を加えれば、ソフト食を再現できるのではないか。
そう思って試してみたら、出来た。レジーのように硬い物が食べられなくなった人のための介護食を。
(ソフト食はミキサー食やきざみ食よりも、格段に味がいいんだ。食べる楽しみが無くなった人達には、絶対に救いになる物だぞ)
「さぁ、どうぞ。これが、介護食です」
レジーに魚を渡し、慈善は息を呑む。
彼女は呆けたように魚を眺めた後、おもむろにフォークを取った。
「母ちゃん、それ本当に、食べられるのかな……」
「食べなきゃ罰が当たるだろう。えっと、そこのお嬢ちゃんが作ってくれたんだろ?」
レジーはラウラを見やった。
「わ、分かるんですか?」
「名前は分からないけど、匂いがするんだ。料理からお嬢ちゃんの匂いがね。私のために作ってくれたんなら、きちんと食べなきゃ失礼だろうしねぇ」
(……レジーさん……っ!)
ラウラは固唾をのみ、レジーの様子を伺った。
ソフト食にフォークが入ると、ぷるんとした手応えが返ってきた。柔らかいのにしっかりと魚の感触があり、レジーは顔をほころばせる。
「これは、懐かしい感触だねぇ。どれ、味は……」
一口食べてみると、舌で押すだけで魚が潰れる。
噛む必要がないくらい柔らかいのに、舌にしっとりとした魚の食感が広がった。
歯茎に肉の繊維が伝わって、吸い付くような感覚が心地よい。そして肝心の味だが、とても懐かしい、故郷を思わせる物だった。
ニンニクと玉ねぎをベースとしたソースが、淡泊な川魚の肉のうまみを引き出している。プラフタの実の辛味が生臭さを消してくれて、レインボートラウト特有の甘い香りがより強調されていた。
「美味しい……これはとても、美味しいねぇ……!」
思わず、ぽろぽろと涙がこぼれた。
久しく忘れていた、美味しい物を食べる喜び。歯が弱り、食べ物を受け付けられなくなってから、どれだけ寂しい思いをしてきただろうか。
もう二度と、この味を楽しめない。そう諦めて、絶望していたけれども……ソフト食はレジーに、大きな希望を与えてくれた。
「なんでだろうねぇ……涙が、止まらないよ……嬉しくてたまらないよぉ……! この魚料理は、お嬢ちゃんが用意してくれたんだろう?」
「え、ええ……」
レジーはラウラの手を握りしめた。
「ありがとう……あんたのおかげで、生きる力を貰えたよ」
「……ぁ……」
レジーのもふもふとした手を、ラウラは思わず握り返した。
(……レジーさんを、励ませた……私が、出来た……それで……ありがとう、って……)
ラウラの心には、どこかで劣等感があった。
慈善のようにたくさんの知識があるわけではないし、魔法だって使えない。今まで何もかもを彼に頼りきりで、自分は足を引っ張ってばかりじゃないかと、ずっと不安だった。
でも、レジーのために走り回って、初めての料理もやって……。
自分にできる事を考えて、必死に行動したら、彼女は喜び、涙を流してくれた。
それも、心からの「ありがとう」を添えて。
(……私にも、出来る事があるんだ……!)
気付けば、ラウラも泣いていた。
レジーに抱き着き、肩に顔を埋める。老いたコボルトの体は、とても暖かかった。
「……さぁ、他の主賓にも、味わってもらいましょう」
慈善はもらい泣きを堪え、ケンタウロスとラミアにもソフト食を提供した。
その感想はと言うと。
「ううむ、これはまた……なんと表現すればいい……とりあえず美味いぞ!」
「飲み込める、気持ち悪くならない。お姉ちゃん、これなら私、食べられるよ」
二人とも、久しぶりのまともな食事に喜んでいる。固唾をのんで見守っていた家族は、その言葉に驚き、安堵し、喜び、涙した。
昼食会は滞りなく進み、皆慈善の料理をおいしそうに平らげてしまった。
ラウラも積極的に給仕を行い、懸命に亜人達をもてなす。二人を警戒していた亜人達は、終わるころには皆笑顔で受け入れるようになっていた。




