10話 介護士は超がつく程料理上手
「【投網】っ!」
麦わら帽子をかぶり、クロムは川に向かって手を突き出した。
すると掌から大きな網が射出され、川に覆いかぶさる。クロムを手伝い、慈善とラウラも網を引っ張ると、大量の魚がかかっていた。
「これが俺の魔法だよ。掌から網を出す、それだけ。地味だけど、食料を手にするには困らないんだ。こうやって取った魚を、近所の皆に分けているんだよ」
「凄い魔法じゃないですか。沢山の人を助けられる、素晴らしい技術です」
「そう言ってくれると嬉しいな。それよりも、「かいごし」さん……でいいのかな?」
クロムは魚を選別しながら慈善に聞いた。
「本当に、母ちゃんの好物を食べさせてあげられるのかい? 焼き魚なんて硬くてとても食べられた物じゃないでしょ?」
「普通ならばね。だけど介護の世界には、そうした人でも食事を楽しめる技術があるんです。今日のお昼ご飯は、絶対レジーさんに喜んでもらいましょう」
慈善の施設では、顎の力が弱った高齢者のために、食事にある工夫を施している。
詳しい工程こそ分からないが、【性質変化】を上手く使う事が出来れば、再現は出来るはずだ。
「歯が弱っても食べられる技術なんかあるのかな……おっと、こいつだよ。レインボートラウト!」
クロムは五十センチほどもある、大振りな川魚を引っ張り出した。
その名の通り、ぷっくりと太ったマスだ。全身が七色に輝く美しい縞模様をしており、ほのかに香草の香りが漂っている。
(名前だけ聞くとニジマスにしか思えなかったけど、こうして見ると全然違う種類だな)
「これだけの大物は初めてだよ。レインボートラウトは川魚の王様と言われていてね、すんごく美味しいんだけど滅多に取れないんだ。焼くと身が締まって、程よい歯ごたえがまたたまらないよ」
「聞いてるだけでも美味しそうですね、レジーさんが食べたがる魚、楽しみです」
ラウラは魚を種類ごとに籠に分けた。四大貴族出身なのだが、彼女は魚を抵抗なく扱っている。
というより、魚を見て少し涎を垂らしているような気が……。
「……食べちゃダメですよ? それレジーさんの魚ですからね?」
「はっ! わ、私とした事がつい……」
帝都より離れてから、ラウラは段々自分の素を見せるようになっていた。
意外と彼女は食いしん坊のようで、選り分けた魚を物欲しそうに眺めている。熱烈な視線にクロムも苦笑し、
「【投網】!」
もう一度魔法を使って魚を取り、彼女用のレインボートラウトを確保したのだった。
と、ここで気配を感じた。
振り向くと、物陰に隠れながら、幾人かの亜人が様子を伺っているのが見えた。ゴブリンにラミア、それとケンタウロスだ。
ゴブリンは緑の体色をしており、白い髪をモヒカンのように整えている。水色に染めたつなぎを着ていて、彼なりのおしゃれなのか、右足首にラピスラズリのアンクレットを付けていた。
ラミアは下半身が蛇の亜人で、ぴっちりしたシャツを着こみ、巨乳を強調している。長くウエーブのかかった赤い髪が目を引き、蛇の下半身は黄色の鱗を持つ、サイケデリックな色合いだ。
ケンタウロスは栗毛の馬の半身を持ち、筋骨隆々の肉体をしていた。堀の深い顔立ちをしていて、革鎧を着用し、背中には弓矢を背負っている。鞄やナイフを提げた鞍を見るに、狩人なのだろうか。
皆警戒しながらも、慈善とラウラに興味を示していた。
「やぁ皆。今日の分の魚、今持っていくよ」
「う、うん……それよりもクロム、その、人間……危なくないか?」
ゴブリンが二人を指さした。クロムは麦わら帽子を直すと、
「確かに人間は、俺達を故郷から追いやったけど……この二人は大丈夫、だと思うよ。母ちゃんを助けてくれたし、結構気がいいし。それにこれから、母ちゃんが食べられる魚料理を作ってくれるみたいなんだ」
「レジー婆さんが食べられる魚料理? そんな物があるのか? ……私の父も顎が弱っていてな、食事がとれなくて困っているのだが……」
ケンタウロスは腕を組み、心底困った様子だった。慈善は彼の心情を察し、
「もしかして里には、上手く食事がとれない高齢者が沢山居るのですか?」
「年寄りだけじゃないのよ。私の妹は生まれつき体が弱くて、食べ物を中々受け付けられないの。頑張って少しずつ食べてはいるのだけど、すぐに下痢をしちゃって……」
ラミアはほうとため息を吐く。どうやら、生活面において困っている亜人は大勢いるらしい。慈善はうずうずと手を動かした。
(なんだなんだ、この里……やりがいのある場所じゃないか)
生活介助はまさしく、介護士の領域だ。特に相手は亜人、これまでの常識が通用しない人ばかり。
(やってみたい……この亜人の隠れ里で、介護技術を活かした事業を……!)
「では……皆さんのご家族を集めていただけますか? この里へ匿って頂いた御礼に、美味しい物をご馳走致しますよ」
「……人間が、おいら達に?」
「勿論。お待ちしていますよ」
慈善がそう答えると、ゴブリン達は半信半疑ながら、一旦帰っていく。その際、ゴブリンが右足を引きずっていたのを、慈善は見逃さなかった。
一度クロムの家に戻り、慈善は気持ちを切り替えた。
今回の主賓は、レジーだ。彼女を喜ばせる事を第一目標にしなければならない。
(よし、使ってみるか、アレ。新しい魔法、【記録帳】)
慈善が手を出すと、手形の付いたバインダーが出現した。エレノアから譲渡された最後の魔法、その名も【記録帳】である。
バインダーの手形に触れると、相手がこれまで歩んできた人生から好みの傾向まで、何もかもが記載された資料を作り出せる魔法だ。
シンプルだがあまりにも強力で、下手すれば信用を失いかねない危険なものである。
(けど、これまで二つの魔法を使い分けてきて、分かった事があるんだ)
それは魔法を使う時のイメージで、効果の幅を狭めたり、広げたりできる事。
【記録帳】を何も考えずに使えば、相手の全ての情報を手に出来る。だけど例えば、「趣味の事だけ聞き出したい」、「嫌いな物を知りたい」等、使用時に目的を絞ってイメージすれば、必要な情報だけを受け取れるのではないか。
「おや、若いのじゃないか。どうしたんだい? 遊びに来てくれたのかい?」
レジーは慈善の顔を見るなり嬉しそうに寄ってきた。今度は慈善を思い出してくれたようである。
「レジーさん、好きな食べ物を思い浮かべながら、手形に触れて貰っていいですか?」
「ああいいよ、ほいっと」
レジーが手形に触れると、さっきよりも薄い紙が現れた。
慈善は資料を確認する。それにはレジーが大好きな料理のレシピが書かれていた。
「レインボートラウトの、アルカディア風ソース掛け。これがレジーさんの好物か」
「アルカディア風……帝国西部の街、ですね。ピリッと辛い、唐辛子が利いたソースだったはずです。昔、帝国から来たシェフに食べさせてもらった事があります」
「お嬢ちゃん、物知りだねぇ。私はアルカディアに住んでいたんだよ。あそこは熱いから、辛い物を食べて涼しくするんだよ」
レジーは懐かしそうに目を細める。アルカディアで食べたレインボートラウトを思い出したのか、舌をぺろっと出した。
「出来る事なら、もう一度食べたいねぇ。でもこの歯じゃ、もうねぇ……」
「レジーさん……」
がっくりと肩を落としたレジーを見て、ラウラまで気持ちが落ち込んでしまった。
こんなにも落ち込むレジーを見ていると、自分まで悲しくなってしまう。彼女はとても優しく、助けてくれた恩人。なのに何もできない自分が、歯がゆくて仕方ない。
(私にも、何か出来る事はないかな……レジーさんの、役に立てる事。ううん、考えてばかりじゃだめ。ジゼンさんに頼りっきりもダメ! 自分自身で動かなくちゃ!)
「……よし!」
頬を叩き、ラウラは気合を入れた。
「昼食会、するんですよね。それなら椅子やテーブルを集めないと。私、行ってきます!」
ラウラは家々を駆け回り、里人への交渉を一人で行った。
亜人は皆驚き怯えたものの、ラウラは真摯に何度も頭を下げ、協力を頼みこんだ。
最初こそ、得体の知れない人間の頼みを断る者も多かった。
しかし次第に、彼女の熱意に押されて、協力を申し出る声が出始めてくる。やがて近隣の家々を巻き込み、椅子やテーブルが用意され、昼食会の準備が整ってきた。
「凄いねあの子……俺達は皆人間を怖がっているのに、こんなに沢山の人が協力するようになるなんて」
「私もちょっと、驚きました。……あんなに行動力がある子だったんだ」
亡命する時に比べれば、恐くないのだろう。命までは取られないと分かっているから。
外の事はラウラに任せ、慈善は料理に集中した。
鍋に少量の水を入れ、それに付け合わせ用の野菜を入れたザルを嵌めて火にかける。
手間はかかるが、蒸して温野菜にすれば柔らかくなり、生野菜よりも栄養を吸収しやすくなる。介護施設でもよく出てくる付け合わせだ。
次に主食。噛む力が弱いという事は、嚥下の力も落ちている。なので喉に詰まりやすいパンではなく、のど越しが滑らかな粥を選択した。
「米なんか、ありません?」
「コメ? 聞いた事ないな、麦ならあるよ?」
充分だ。それにネギやキノコ、ショウガと言った野菜も見つけ、慈善はそれらを食べやすいよう切っていく。
そしたら麦と焼いた川魚を数尾鍋に入れ、オリーブオイルと塩で味を調えてから、中火で二十分。川魚が煮えたら弱火で更に十分、時間をかけて仕上げていった。
「い、いい匂いがする……何、介護士ってシェフの事なの?」
「違いますよ。単に料理が出来るだけです」
(就職してからずっと、一人暮らしをしてたもんでね。これでも料理は得意なんだ。さて、いよいよ主菜だ)
レジーから貰ったレシピを見て、作り方を確認する。結構手間のかかるレシピのようだ。
先にレインボートラウトを三枚におろし、大振りな切り身にした後、塩を振って余計な水を取っておく。そして肝心となるソース作りにとりかかった。
(アルカディア風ソース……辛味と酸味の取り合わせが絶品、か)
まずは玉ねぎとニンニク、ショウガにレモンの皮をむき、ざく切りにしていく。
そしたら【性質変化】で柔らかくし、すりこぎに入れて混ぜ、白ワインと酢で味を調え、そして味の決め手となる辛味の元。
「プラフタの実を入れる、か。これがプラフタの実、ですか?」
クロムから受け取ったのは、青く小さな実だ。
胡椒によく似ており、特に匂いはしないのだが、ちょっと齧ってみると。
「辛っ! なんだこれ、げほっ……辛いを通り越して痛い!? 大丈夫なのかこんなの入れて」
「大量に入れたら大変な事になるけど、一粒くらいなら問題ないよ。ほんのちょっと入れるだけで劇的に変わる調味料なんだ」
半信半疑ながら、慈善はプラフタの実を磨り潰し、混ぜてみた。
鍋に移して火にかけ、吹きこぼれないよう三十分かけて煮込んでいく。やがて飴色になった頃合いに火を止め、粗熱が取れれば……。
「完成だ、アルカディア風ソース! どんなもんかな……」
慈善とクロムは試しに、ひとなめしてみた。
ピリッとした辛味が最初に走った。それがニンニクと玉ねぎの力強い味わいを引き立てており、最後にレモンの酸味による、爽やかな後味が広がっていく。
驚く事に、プラフタの実の辛味はかなり柔らかな物になっていた。むしろ素材の味を強調し、より深い味わいを醸し出している。
(これは、淡泊な白身魚によく合うな。ともすれば生臭さが強く出る川魚だけど、これなら臭みを消して、純粋に旨味だけを引き出してくれるぞ)
「凄いね君、前母ちゃんが作ってくれたのと殆ど同じ味だよ」
クロムも感心した様子だ。そこへ、ラウラが戻ってきた。
「必要な物を集めてきました! 今、外で準備して貰ってます」
窓を見ると、確かに四人ほどの亜人が椅子やテーブルを並べている姿が見える。皆、ラウラの熱意に押されて協力してくれているのだ。
「後は、魚を焼くだけか。おかゆも後は冷ますだけだし、温野菜もあと十分位で出来るし……順調だね」
一息つき、慈善はほうと息を吐く。レインボートラウトはいい具合に水気が取れ、身がしっかりと締められていた。
(……料理、やった事がないなぁ……私にも、出来るかな……)
「あの、ジゼンさん。レジーさんの分は、私に焼かせてもらってもらえませんか?」
ラウラはおずおずと手を上げた。
レンハイム家に居た頃は、厨房に入る事も許されなかった。だけど一度でいいから、ラウラは料理をしてみたいと、ずっと思い続けていたのだ。
(やっぱり、自分の身の回りの事は、自分で出来た方が楽しいし……それに、悲しい顔をしている人を、放ってはおけない……!)
自分の力が、レジーの助けになれれば。その意思を受け取り、慈善は頷いた。
「ではまず、フライパンにオリーブオイルを注いでいただけますか? そしたら、中火で焦がさないよう気を付けながら火をかけてください」
「は、はいっ!」
言われた通り、ラウラは焼き過ぎないよう注意しながら魚を焼き始めた。
段々焼き色がついて、ぱりっとしてきた。一度オリーブオイルを捨てた後、作っておいたソースを一気に加えた。
一気に香りが立ち上り、家の中においしそうな匂いが充満していく。一分ほど火を通し、味を染み渡らせてから、ラウラは皿に盛りつけた。温野菜も仕上がり、付け合わせを並べていく。
「あとは、香草を振りかけて……出来た!」
ラウラは歓声を上げた。
こんがりと焼けたレインボートラウトに、飴色のソースがコーティングされ、蠱惑的な輝きを放っている。人参やインゲン、ブロッコリーと言った温野菜が色彩を豊かに彩って、見ているだけで食欲がわいてきた。
更に、具沢山に仕上がった麦粥も添えると……品数こそ少ないが、とても豪華な昼食が出来上がった。
「慈善大地プロデュースの、舌も心も喜ぶ介護食だ!」
「これなら、レジーさんもきっと喜んでくれます!」
慈善とラウラはハイタッチした。
無論これだけではない。招く人は高齢者以外にも居るのだから、軽いパーティ料理も作っていかなければ。
他の招待客のためにも、二人は次々に料理を作っていく。クロムもいそいそと手伝っていたが、一つ気になる事が。
「でも……これじゃあ母ちゃんは食べられないよ。忘れたのかい? 母ちゃんは歯が……」
「分かっていますよ。最後の仕上げは、目の前で見せて上げます」
折角の昼食会、ようはレクリエーションだ。高齢者へのレクは、エンターテインメントでなければならない。
「介護士は演出家でもある、それを皆さんに、見せてあげましょう」




