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1話 介護士は異世界で悪役令嬢と出会う。

「―――起きろ!」


 突然脇腹を蹴り飛ばされ、慈善大地(じぜんだいち)は飛び起きた。

 目を覚ますなり飛び込んできたのは、細身のサーベルを帯剣した兵士である。


 ジュストコートの下に黒のベストとキュロットを着こみ、黒の水兵帽を被っている。印象は、中世ヨーロッパの海軍と言った所だろうか。


(なんだ……ここは、どこだ?)


 慈善は目を瞬き、周囲を見渡した。

 どうやら、船の中にいるようだ。灯り取りのランタンが、波に合わせて揺れている。


 周りに居るのは、暗い顔をした大勢の人々だ。人種はコーカソイド、フランスかイタリア系の白人ばかり。


 彼らの服装も、中世ヨーロッパの平民を思わせる。荷物という荷物を持っておらず、着の身着のままやってきた。と言った風貌だ。


「いつまでぼさっとしている、さっさと立て!」


 兵士は慈善の胸ぐらをつかみ、無理やり立たせた。

 じろじろと慈善を眺めている。どうやら、慈善の姿を訝しんでいるらしい。


 彼はティーシャツにジーンズというラフな軽装をした、中肉中背の日本人。

 面立ちはそこそこ整っている方で、穏やかな風貌をしている。やや癖のある髪が印象的な青年だ。


「なんだ貴様、その奇怪な服装は。エリュシオン公国ではそんな衣装が流行っているのか? それに随分平たい顔をしているな」

「エリュシオン、公国? あの、ここは一体、どこなんですか?」


 一瞬、言葉が通じるか不安になった。幸い兵士は慈善の言葉を理解してくれたのだが、


「何を寝ぼけている? 敗戦国民の分際で口答えをするな!」

(ダメだ、言葉は通じても話が通じない……でもなんでだ? 日本語じゃないけど、俺にも言葉が通じてるぞ)

「いいから降りる支度をしろ、ぐずぐずするな!」


 兵士は舌打ちし、慈善を投げ捨てた。

 壁にぶつかって、目から火花が散った。理解が全く追いつかず、慈善は頭を抱えた。


(焦るな、落ち着けよ俺。一度、ここまでの経路を辿ってみよう)


 慈善は特別養護老人ホームに勤める、二十八歳の介護福祉士だ。

 彼は先ほどまで、電車に乗っていたはず。夜勤明けの帰りで、睡魔に負けて眠ってしまった所までを覚えている。


 だが、目を覚ました途端、彼は見知らぬ場所に飛ばされていた。

 まるで、別の世界へ飛ばされたかのように。


「さぁ、降りろ!」


 兵士に促されるまま、慈善は船を下ろされる。その時彼の目に映ったのは、荘厳な空気を携えた、レンガ造りの巨大な古都だった。


 あちこちで大きな煙突が伸び、もうもうと黒煙を上げている。古都の港にはタールで塗装した黒の軍艦が多数停泊しており、物々しい空気が漂っていた。


(……もう無理だ、落ち着けるはずがない! 俺に……一体何が起こったって言うんだ!?)

「あの、一体ここは、どこなのですか?」


 隣に居た老人に、慈善は尋ねた。老人は生気のない目で彼を見上げ、


「どこって……ロブレスト帝国に決まっているだろう。頭でも打ったのかい?」

「え、あ……はい。実は私、船に乗る前に、頭を殴られたみたいで……前後の記憶が曖昧なんです。すみませんが、いくつか教えていただけませんか?」


 ◇◇◇


 機転を利かせて情報を集めた慈善は、自身が異世界転移したのだと結論付けた。


 無論信じられる話ではない。だが周囲に居るのは見慣れぬ人種、英語でもフランス語でもない見た事のない文字、聞いた事のない国の名前。何より時代が一気に退行したかのような、中世ファンタジーの街並み。


 状況を整理すればするほど、それ以外の答えが出てこなかった。


(……残念だけど、これは夢じゃない、現実だ。今一度、集めた情報を並べてみよう)


 現在慈善が居るのは、ロブレスト帝国。バルディア大陸で最も強い勢力を誇る軍事国家だ。


 同国は昨年、大陸統一という野望を掲げ、周辺三国へ宣戦布告をした。国家総動員法を発令して六十万もの大軍勢を作り出し、国の全勢力を持って戦争を始めたそうなのだ。


 慈善が乗っていた船は、その三国の一つ、エリュシオン公国からの奴隷を運んでいたという。


 エリュシオン公国は帝国の侵攻を受け、一年で滅ぼされた。

 現在、公国は帝国の植民地化が進んでおり、公国民は奴隷として連行され、国家総動員法によって激減した労働力として働かされる事になっているらしい。


(その奴隷船に、どうして俺が乗っていたんだ……? ジパングとか仁みたいなタイムスリップならともかく、異世界転移なんて……ネット小説じゃあるまいに)


 慈善は目を閉じ、ふと、ある事を思い出した。


(そう言えば……電車の中で、変な声が聞こえたな。俺に向かって、確か……こう言っていたっけ……)


『……お願いします、あの子を、助けてください』


 慈善が眠る直前の事である。

 突然、妙齢の女性の声が聞こえたのだ。

 ひどく焦った様子で、必死に事前に呼びかけていたのを覚えている。


『もう、時間がない……! 異界の方、どうか、どうか……ラを……助……』


 その言葉を最後に、慈善は意識を手放した。異世界転移をしたのは、その直後の事だった。


(あの声、か? あの声が、俺をここに連れてきたのか? 一体誰だ、俺に、誰を助けて欲しいんだ?)


「何を寝転がっている! さっさと立たんかグズが!」


 激しく鞭打つ音が聞こえた。

 慈善は驚き、目を開いた。その先には、兵士に鞭を振り上げられる女性が。


「……可哀そうにな、兵士に押されて転んだだけだというのに……」


 隣で誰かが呟いた。その間に女性は、数名の兵士に取り囲まれてしまう。


「たかが奴隷如きのメス豚が、とっとと動け!」

「我々の慈悲で生かされている事を自覚しろこの屑が!」


 女性は罵声を浴びせられ、酷い暴行を受け始める。

 瞬間、慈善は迷う事無く飛び出して、女性から兵士達を跳ね除けた。


「止めろ! 女性一人を相手に、男が集って虐めて! みっともないと思わないのか!」

「なんだと貴様ぁ! 図に乗るな屑が!」


 兵士は慈善の横っ面に鞭を叩き込んだ。しかし慈善は怯まず、歯を食いしばった。


「俺を殴りたければ存分に殴れ! だけどこの人に手を出すのは絶対に許さない、女性を殴るのは、男として一生の恥だ!」

「……ほぉ、ならば賭けをしようか?」


 兵士はにやりとすると、


「貴様の度胸に免じて、チャンスをやる。これから三〇分、貴様をこの鞭で殴り続ける。それに耐え抜き、立ち続ける事が出来たら……先の暴言は不問としてやろう。だが出来ねば、その女は殺す。どうだ?」

「ああ、問題ない。やれ! 俺が倒れなければいい話だ!」


 慈善は堂々と答えた。

 その後慈善は、三〇分もの間兵士達から激しい暴行を受け続けた。


  ◇◇◇


 奴隷達は一度適性を見るために、拘置所へと連れていかれた。

 慈善もその中に入っていた。兵士達からの拷問に耐え抜き、見事女性を守りぬいたのだ。


「あの……私なんかのために、ありがとうございます……」

「気にしないでください、体だけは頑丈ですから!」


 慈善は力強く微笑み、彼女を元気づけた。


(認知症のご老人から殴られ蹴られ、時には噛み付かれ……そんなのを受け続けてれば打たれ強くもなるっての)


 介護士ならではのタフネスだ。介護は肉体的にも精神的にも強い負担のかかる仕事だ、あの程度の暴行ならば、歯を食いしばれば耐えられる。


(それにしても……美しい人だな)


 ショートの黒髪、サファイアを思わせる青い瞳。白い肌は絹のようだ。

 顔立ちも美しく、絶世の美女と言ってもいい。纏っている空気は気品に溢れ、不思議と人を惹きつける魅力がある。年齢は多分、二十前半といったところか。

 つい慈善は見とれてしまい、息をするのも忘れていた。


「どうか、されましたか?」

「あ、いや! なんでも。それより、貴方も公国から?」

「は、はい。私の名は、ラウラ……と申します」


 女性はたどたどしく名乗ると、ネックレスを握りしめた。

 ラウラは黙り込んでしまい、重い空気が流れる。何か会話をしなければ。そう思って話題を探すと、彼女の手の隙間から、花の形を象ったペンダントトップが目を引いた。


「綺麗な、ペンダントですね」

「あ、これは……!」

「これより身体検査を始める! 所有物を全て検めろ!」


 拘置所に兵が入ってきた。ラウラは兵を見るなり、ネックレスを拘置所の隅へ隠した。

 なぜそんな事をするのだろう? 疑問に思う慈善だが、兵士に腕を引っ張られ、そのまま検査所へ連れていかれてしまった。

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