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そして、燻む。美しく。  作者: 頭痛
第一章
5/14

一人

 学校では、今朝のニュースの話が飛び交っている。

皆あまり大きな声で話してはいないが、それが逆にくだんの話なのだろうなと察する事が出来る。

高校最後の夏休み前にこの様な事件は、不謹慎ながら受験生には少し辛い部分があるだろう。

いや、寧ろ、逆に気にしてられないのだろうか。

 僕は、大学受験をしない身なので、そこら辺の心境は解らない。


 ホームルームは、何事も無く終わった。

担任の教師が、何かそれらしい事でも触れるのだろうかとも思っていたが、予想に反していつも通りのホームルームだった。

 そのまま、一時限、二時限と授業が進み、三時限目に入って間も無い頃、校内放送が流れた。

 校内の教師全員を、職員室に呼ぶ放送だった。


 教師が教室から退出し数秒の静寂の後、堰を切ったように教室中が騒めく。

恐らく、他のクラスも同様の状態なのだろう。囁き声が幾重にも重なったそれは、小さい音の塊が大きく膨れ上がりまるで空間や壁を微かに振動させている様な錯覚に陥らせる。


 僕は、シロの席を見る。

シロは、クラスメイトと何かを話している。

今朝の口振りからすると、クラスメイトにも山下さんについて知っている話は控えているのだろう。


 校内の教師全員が呼ばれたとなると、嫌な想像が働く。

そしてそれは、恐らく想像では済まないのだろう。

考えたくない話だが。


 三時限目が終わる頃、教師が教室に戻ってきた。

──これより急遽、終業式を始めるので全員体育館に集まるように、との事だった。

 また、後二日で夏休みに入る筈だったが、繰り上がって明日から夏休みに入り、その分、夏休みも一日早く明けるらしい。

 ざわざわと騒がしい人混みの中に紛れ、体育館まで移動する。

熱くむせ返る様な体育館特有の空気の中、終業式が始まった。


 「え~、皆さんも今朝のニュースや友達との会話で知っていると思いますが、今朝、市内の山中で女性が亡くなって発見されました。誠に残念ながら、つい先程その亡くなられた方は我が校の女生徒だったと判明しました」

校長が淡々と話す。

 「女生徒は普通科三年A組の、山下ゆいなさんであると、警察の方から連絡がありました。ご家族の方々も大変哀しんでおり・・・」


────やはり、山下さんだった。

 校長が名前を出すと同時に、何人かの女子が彼方此方あちらこちらで泣き始める。

話した事もなく、顔すら知らない。名前さえ、先週初めて聞いたくらいだった。

そんな僕が、泣く筈もない。

だが、この何とも言えない押さえつける様な空気が、僕まで哀しい気持ちになる。哀しむ資格など無い筈なのに。


 その後、山下さんの葬儀の日取りや、他の生徒達の安全の為夏休みを早めるといった説明が入り、終業式は早々に終わった。


 重苦しく、啜り泣く声が聴こえるなか下校の支度を終えた僕は、校門でシロを待つ。

数分ほど佇んでいると、スマホにメッセージが届いた。

開いてみるとシロからで、少し用事があるから、先に帰ってくれとの内容だった。

 急に夏休みに入ったのだ、無理もない。

友人の多いシロには、色々と済ませねばならない事があるのだろう。

シロに了解した旨と、気にしなくていいとの返信をし、僕は一人で校門を後にする。


 一人で下校するのは、久しぶりの事である。

いつもはシロと会話をしながら歩くので気にしていなかったが、一人でいると色々な物が目に留まる。

「ああ、ここの店、懐かしいな」とか「この植木、お水あげないと枯れちゃうぞ」とか、一人で心の中で喋りながら歩いた。

 暫く歩いていると、バサバサバサとほうきを振る様な音が聞こえる。

音のする方を向くと、どうやら民家の垣根から音がするようだ。

何の音だろうと興味を持った僕は、音のする方へ近付き、静かに覗く。


「うわっ!」

思わず大きな声が漏れた。

 一羽のカラスが、黒い子猫を攻撃していたのだ。

子猫は必死に威嚇し、反撃を試みようとしている。だが、分が悪過ぎる。大きさがまるで違うのだ。


 僕は直ぐに肩にかけていた鞄を手に握り、ぶんぶんと振り回しながら間に入った。

突然の横槍に驚いたカラスは、慌てて山の方へ飛んで行く。


「・・・大丈夫?」

僕は子猫の方を向く。

僕と目があった子猫はびくりと震え、僕が危害を加えない事を悟ると、子猫も一目散に藪の中に逃げて行った。どうやらあまり怪我はしていないみたいだ。


──ふう。

 今更ながら、早鐘のように打つ心臓に気付く。

今日は朝から心臓に負担をかけてばかりだ。早く帰って休もう。


 手に握りしめた鞄を肩にかけ直し、僕はまた家の方へ歩き出す。

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