地獄を見る人と地獄を見せる人
皆さんに一つ質問です。
皆さんの考えるいじめってどんなものだと思いますか。
一つ考えてみてください。
一般的に考えられることは集団で一人をリンチのように攻撃する
というのを想像しますよね、実際いじめというものは皆さんが想像した
ような感じでおこされます。
なぜ私がこのような話をするのかそれは最近見たあるニュースが
きっかけです。
一人の女子生徒がインターネットを使ったいじめにあい
自殺してしまったというものです。
もしかしたらこのニュースを見ている人もいるかもしれませんね
このニュースを見て皆さんはどう思いましたか。
ひどいと思いますか、それとも、なにも思いませんでしたか
まぁ、感じることは人それぞれ違いますからどう感じていようと
その人の勝手ですから私はなにも言いませんけどね
なぜ私がこんなことを聞いたのかそれは感じ方によって
思い方によってあなたが時刻を見る人か見せる人かが解る気がするのです。
今回のニュースではネットであらぬことを書かれた女子生徒は
自分で違うと反発するもネットの戯れ言を信じきっている
その他の生徒たちによっていじめられてしまいます。
それに気づいた親は学校側に相談を持ちかけるも
自分の学校にはそんな悪い生徒はいないの一点張りで
聞く耳を持たずその相談を無視、その学校すべてが敵に周り
行き場のなくなった女子生徒は転校するもその転校先でも
ネットの戯れ言を信じきっている生徒たちによって
またいじめられ自殺してしまったというものです。
では、このニュースを見て、ひどいと思った人はいますか?
まぁ、大半の人はそう考えるでしょう
でもそう考えるだけで終わってしまいます。
何故なら自分は当事者ではないから
例えば、とある小説があります。
その小説の内容は、いじめを題材とされたフィクションのお話です。
そんなお話をあなたは読んでいるとしましょう、
主人公、いじめられているがわに感情移入して見てみてください
なんとなくその主人公の心情が読み取れるでしょう、
しかし読み取れるだけで主人公のように絶望したりできません
だってフィクションですから。
それと一緒です、人は自分が直接感じることのできない
ことは、自分のように感じることができないのです
だから、こんなニュースをみてもかわいそう
その一言で流されてしまうのです。
ですが今回のいじめに関しては自分のように感じ取れるのです
何故そう言えるのか、それはこのいじめに関してはインターネットを
使用されてあるからです。
インターネットは今や自分達にはなくてはならない存在ですよね
ほぼ毎日インターネットを使っていると思います。
今回のいじめはインターネットによって拡散された
戯れ言が女子生徒を苦しめ自殺にまで追い込んだのです。
今この瞬間でさえもしかするといじめにあっている人が
いるかもしれません、想像してみてください
信じていた友達、担任の先生、クラスメイト
すべてに裏切られる絶望を悲しみを辛さを
それらが心に与えるダメージは計り知れないほどに大きい
例えるなら鉄球で殴られたような感覚
ガツンと殴られるような痛みにも似た感情が
毎日自分を蝕む、終わらぬ地獄が少しでも収まれば良いと
毎日耐えるその心に追い討ちをかける鬼たち
地獄を見るものの心など見せるものには解らないから
何処か知らないところにいっても終わらぬ地獄に耐えられぬ心は
最後に死を選ぶ、あなたにはその感覚が解りますか。
でも、そう問いかけたところでその感覚を誰も理解できない
だって、その感覚を知らないから。
だから、最後にこの質問を投げ掛けておきます
今この私のこのお話を読んでいるあなたは
どちらでしょうか
地獄を見る者か、地獄を見せる者か、はたまた
その両方を指をさして笑うものなのか
あなたはどれに属しますか
私は少なからずどれにも属さないことを望みます。
少しの慈悲をもって人と接することを選んでください
今これを見ているあなたがどれを選ぶか何て私には解らないから
その選択をあなた方に託します。
自分の選んだ選択が少しでもよいものであるように願います。
もしあなたが地獄を見るものならば前に出る勇気をもって下さい
地獄を見せる者ならば痛みを知ってください
指をさして笑うものならば笑われるものの
悲しみを知ってください。
少しでも痛みを知って周りを見てください
そうしたらいじめは減ると思いたいです。
あなた方の選択は未来を作る
自分だけでなく周りの人の未来も
だから、行動する前に考えてくださいね
いじめという鬼になり下がる前に
ご覧いただきありがとうございました
少しでもいじめに関して考えてくだされば
幸いかと
少しでもこの世界からいじめがなくなればもっと平和で
楽しくいきられるますから
もっと人のことを考えてみてくださいね
ありがとうございました




