第3話
八月二六日、残り二日となった夏休みを意地でも謳歌せんと言わんばかりに僕たち四人は近所のカラオケ店に来ていた。昼の一二時から始めておよそ三時間、今期のアニメのOP、EDから始まり、各々持ち曲を歌い、誰かが音楽アニメの曲を歌えばその番組縛りが発生し一通り歌うと次の番組へ。そんなこんなで僕もかれこれ一〇曲ほど歌った。
歌ったといっても基本的にアニメで流れている部分しか知らないので二番は良くともラストのサビ前のパートでつまって誰かにマイクをパスするということが大半だ。
僕の知識が少ないことはみんなも分かっているので僕が歌っているときにはもう一本のマイクを持って歌ってくれている。ありがたいと思うと同時に少し申し訳ないと感じてしまう。
机の上の飲み物はみんなほぼ飲み終えているがこのカラオケ店のドリンクサーバーは二階にあり、僕たちの部屋は四階だ。わざわざ移動するのが面倒なのか誰も取りに行こうとしない。
「あっ、僕飲み物取ってくるよ」
「お、サンキュー、俺コーラ」
「じゃあ、ジンジャエールで」
「オレンジでお願い」
正直、僕が歌えるアニソンはこれ以上考え付かないのでとりあえず自分に番が回ってこないように僕は自分から飲み物を取ってくる役を引き受けた。
四人分のコップを運ばなければならなかったが幸い、最初に飲み物を取ってくるときに使ったトレーがあったので苦労はしなかった。
部屋を出たこともあってか冷静になって、これまでのことを振り返ってみると僕は自分の歌えるアニソンを探すことに必死で楽しめているのかどうか分からなくなった。そもそもカラオケ店に来る機会が彼らと来る時以外ないのだ。カラオケの楽しみ方もよくわからない。だから自分で判断しようもないのだがそれでもやはり疲れの方が勝っている気がして、僕は大きくため息をついた。
「「はぁー」」
その時、隣で誰かが自分と同じようにため息をした。
予想以上に大きな音の出たため息に驚きながら隣を見ると同じように四人分のコップを持った女子高生が同じように驚いた顔をしてこちらを見ていた。
私がみんなの分のコップをもってドリンクサーバーに行くと一人の男子高校生が同じように四人分のコップをもって飲み物を注いでいた。確か彼は同じクラスの人だったはずだ。いつも決まった人と一緒にいて、私たちのグループとはあまり絡みがなかったからよくは知らないが確か名前は古谷君だったはずだ。
今日唐突にカラオケに行こうと誘われて歌い始めてから約一時間ほど。もともと歌うことがそれほど好きでない私にとってはカラオケはあまり行きたいものではなかったが特に予定もないのに断るのも後を引きそうだったので来ざるを得なかった。
それでも一時間もすれば歌う気もなくなり、早くもリタイアした私は黙ってドリンク係を引き受けることにしたのだ。
コップの乗ったトレーを台に置き、ため息をつく。
「「はぁー」」
その時、先に来ていたクラスメイト、古谷君も同時に大きなため息をついた。
驚いて彼の方を見ると同じように彼もこちらを見ていた。
「「……」」
なんとなく気まずくなってお互い苦笑いを浮かべ、その場を流し、当初の目的である飲み物を注ごうとボタンを押したのだが――。
ピー、ピー。
ブーー。
私の方からはコーヒーサーバーのお湯がなくなった通知音が、そして彼の方からはドリンクサーバーの中身がなくなった状態で飲み物を出そうとする音が聞こえ、近くの店員が『補充するので少々お待ちください』と言ったことにより私と彼はその場でしばらく待つ羽目になってしまった。
「「――」」
気まずい空気の中、私と彼はサーバーの近くの椅子に腰かけ飲み物が補充されるのを待つ。
少しの間お互い無言だったがお互いクラスメイトでもあるのでこれ以上の沈黙には耐えられないと思い、私から声をかけることにした。
「えっと、古谷、君、だよね」
「……え、あ!はい、その、古谷、です。その今井、さん」
彼も一応こちらの名前は把握してくれていたようだ。
「今日は友達と?」
「あ、はい。そうです。そういう今井さんも?」
「うん、まあね」
分かり切った、特に何の生産性もない会話を終えるとまたお互いに無言になった。よく知らないクラスメイトと同じ空間にいること自体が割かし気まずいことではあるのだが、それ以上に彼にため息をついていたところを見られ、なおかつ彼の方もため息をついていたということが気まずさをさらに加速させている。
私としては会話のきっかけとして彼のため息の件を聞きたいのだがそれを聞いてしまうと私の方にも話が飛びそうでうかつに質問できないでいた。
「あの、少し聞いてもいいですか?」
すると彼の方から尋ねてきた。
私がうなずくと彼は続けて質問した。
「さっき、なんでため息ついていたんですか?」
私がしようとしていた質問を先にされてしまった。
どう答えたものだろうか。誤魔化しようならいくらでもあるが、それはしたくなかった。
私だけではなく彼もさっきため息をしたのだ。もしかしたらそこには何か理由があってひょっとするとそれは私と同じ理由かもしれない。そう考えるとここで誤魔化したくはなかった。
そんなことあるはずがないときっと大半の人は思うのだろう。今までろくに話したことのないクラスメイトとたまたまため息のタイミングがあったからといって同じ気持ちであるはずがないのだ。
「……疲れてたから、かな」
結局、私の口から出たのはどうとでも取れるような曖昧な答えだった。きっと彼は大したことじゃなかった、悩んでいるのかと思ったがそうではなかったと思うのだろう。
「歌うことに、ですか?」
「…え?」
だから彼から続けて質問されたとき私は驚き、今までなんとなく見ていた彼の顔を見据えた。
顔を見合わせて話をするのはこれが初めてで彼の表情から読み取れることは少ないが、少なくとも彼はここで話を終わらせる気がないことは読み取れた。
これはチャンスだ。そう思った。
先ほど不意にしてしまった機会をもう一度手に入れたのだ。今度こそ言おう、私のことを、そして聞こう、彼のことを。
「あの」
まさに私が口を開いたその時、作業をしていた店員がこちらにやって来て『お待たせしました。補充のほう終わりましたので』と声をかけた。
「あ、はいありがとうございます」
唖然としている私を置いて彼の方が返事をした。
「えっと、それで…」
それでもなお会話を続けようとする彼だったが、出鼻をくじかれた私はもう何も言うことができなかった。
「ううん。何でもないの」
適当に誤魔化して友達の分の飲み物を注いだ。
「それじゃあ、また学校で」
そう言って私は彼に背を向け、自分の部屋へと歩き始めた。後ろで多分彼は茫然としているのだろうがこれ以上あの場にい続けるとますます気まずくなりそうだったので私としてはあの場から離れるほかなかった。
彼から見れば私は変な女に見えてしまったかもしれない。しかしそんなことを気にしている場合ではないし、きっとこの先彼とこうして顔を突き合わせて話す機会もないだろう。貴重な機会を不意にしてしまった気もするが別に彼が私と同じような人間であるという保証もない。彼のため息の原因は聞けずじまいだったがきっと私とは全然違うことが原因なのだろう。
私のヘタレな行動に対して心の中で言い訳をしながら私は友達の部屋へと戻ったのだった。




