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コルミー  作者: シン
9/11

九粒目

 囚人に来るなと言われた日は、そんなことを言われなくても行けない大事な用事があった。

 弟のジャスパが、学び舎の寮に引っ越す日なのだ。

 持ち物なんてない。支度はすぐに終わった。シャスカも母も、ジャスパにあげられるのは、一着の服と抱擁だけ。

 シャスカは、今日はコルミー拾いの仕事は休んだ。今日ジャスパと別れたら、それでおしまいな気がしていた。ジャスパのために今まで我慢することも多かったけれど、大切だからこそ、できた我慢だ。最後の一日は、一緒にいたかった。


 ずっと母にしがみついているジャスパの頭を撫でる。

 ――へなちょこのジャスパは、一人でちゃんとやっていけるのかな。

 そんな心配も抱えながら、砂っぽくてがさがさした髪の毛を指で梳いた。


 一度学び舎に入れてしまえば、あとは学びながら、学費も生活費も、学びの合間に本人が稼ぐことが出来る。初歩的なものであっても、教育を受けた子どもは働き手として貴重だ。短い時間でも働ける場所はたくさんある。

 入学金を貯め、払い終えた今となっては、シャスカたちがジャスパにしてあげることは何もない。あとはジャスパの頑張り次第。


「ジャスパ……お母さんは任せて。頑張って来てね」

「うん!」


 本当にわかっているのか。元気に返事をするジャスパに、シャスカの不安は募る。母は複雑な感情を瞳に浮かべるばかりで、ジャスパに何も言おうとしない。ただ、愛だけはしっかりと胸に。一緒にジャスパを抱きしめている。


「そろそろ、行かなきゃ」


 空はまだ明るい。けれど、日が沈む前にジャスパを学び舎に送らなければならないのだ。シャスカがそう言うと、母は名残惜しそうに、ジャスパを手放した。


「いってらっしゃい。貴方が健やかに生きてくれれば、私は十分だから。寒いときは暖かくすること、無理はしすぎないこと、夜道はできるだけ歩かないこと、変な人についていかないこと、悪い人と仲良くしないこと、喧嘩はしないこと。元気でね。シャスカ、送ってあげて」

「うん」

「お母さんは一緒に来てくれないの?」


 ジャスパは無邪気に問う。母は「ごめんね」とだけ言った。何かを察したのか、ジャスパは素直に頷いた。立ち上がり、繋いだシャスカの手に、ぎゅっと強い力が加わった。


「いってきます」

「いってらっしゃい」


 二人で歩く道は、毎朝通った道と同じ。学び舎は、コルミーの倉庫に近い場所にあった。言葉を交わさずに歩く二人の足元を、青色のトカゲがジージーと鳴きながら走り抜けていった。いつもならはしゃぐであろうジャスパは、神妙な顔で、シャスカと繋いだ手に視線を落としたっきり、黙々と歩いていた。

 コルミーの倉庫がすぐ目の前に見えるところで、ジャスパは足を止めた。じっとシャスカを見上げる、ただ一人の弟の顔を見て、シャスカは気づいた。


 ああ。

 ――この子も、我慢してるんだ。


 いったい幾つの言葉を飲み込んだのだろう。何度ものどを上下に動かして。涙目になって、やっとジャスパは絞り出すような声で言った。


「お姉ちゃん、ありがとう」

「うん」


 最後にもう一度だけ、思いっきり抱きしめてから。

 シャスカとジャスパは、家と学び舎へ。正反対の道を歩き出した。


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