八粒目
「それで、その虎? はどうなってしまったの?」
「ははは、虎の心配をするか。そうだなあ。人食い虎だから、兵隊……戦士みたいな人たちが、木々の中に分け入って、虎を追い詰めたさ」
「死んじゃった?」
「ところがどっこい。虎は大きいけど、素早いんだ。風のようにびゅんと飛び上がって、兵隊の上を飛び越した。ふん、と人間を鼻で笑って、人が住めない奥深くへと去ってしまったんだ。何はともあれ、これで人里に虎は降りて来なくなった。めでたしめでたしってところだ」
「へえ。虎かあ」
あれから二度目の月の下。シャスカは牢の前でしゃがんで、囚人の話を聞いていた。シャスカが食いついたのは、東洋の島々の話。昼も夜も蒸し暑くて、草木が生い茂って先が見えない密林の風景に、ぼんやりと思いを馳せた。目の前に広がっているのは、月下の殺風景な牢屋じゃない。ひりひりと照りつける太陽と、密林と、一頭の荘厳な虎だ。
本物の虎はどんな姿なのか、シャスカには想像できない。見たことがなかったから。唯一知っている大きな獣は駱駝だけだから、想像の虎は、縞模様でずんぐりとした体の、牙の生えた駱駝だった。そんなものでいいのだ。それでも、シャスカの胸は躍った。
「見てみたいなあ、虎。強いんだもんね」
「強いね。そして、賢いけれど獰猛だ。会いにいったら食べられてしまうかもしれない」
冗談を言ったつもりで笑う囚人に、シャスカは「それでもいいや」と、あっさりと言った。囚人の笑みが凍りつく。
「若いのに生き急ぐものでも無いよ」
「うん、そうだね」
これにもまたあっさりと頷く少女を前に、囚人は底の見えない穴を覗き込んだ気分がした。背中を冷たいものが這い上がる。生に絶望しているのでもなく、死に憧れているのでもない。諦めでもなければ無関心でも無くて。それは、囚人が初めて触れる生への欲求だった。
死ぬときは死んでしまうのにな、と、牢の中に呟きが落ちる。言った本人にしか聞こえない言葉は、青い砂の上でひっそりと転がっている。
「それで、虎に会うとしたら、どっちに行けばいいの?」
「遠いぞ」
「聞くだけだから」
「ずっと東に向かっていくんだ。歩いて行ったら、一生かかるかもしれない」
「すぐつく?」
「すぐにつかない方がいいかもしれないな。君はやりたいこととかないのかい?」
「あるけど……もうすぐ、終わるかもしれない」
「そうか。終わってからまた、いろいろと考えてみると良い。明日は、ここを通らないほうがいい。明後日からはまたここを通ると良いさ」
囚人はシャスカの後ろ姿を見送った。
それは、彼の人生で、最後の優しさだった。




