七粒目
「実は、コルミーは長い時間をかければ増やせることがわかったんだ。それで砂漠を広げようかという提案が首長から出されたんだ」
「増やそうよ。なんで反対したの?」
「逆に考えて欲しい。どうしてこの都市はコルミーを売らなければならないのだろう」
「そんなの知らないよ」
シャスカの返事は単純明快だった。シャスカに学びの機会はない。ただ日々を生きる為に働き、将来の為に考えるだけ。愚かではないが、無知だった。知らないことを恥ずかしいとは思わない。シャスカも、シャスカの母も、知らないことばかりなのだ。知識は、特殊な技能だ。だからこそ、お金を貯めて弟に与えようとしているのだ。
「コルミーがあるからだ」
青い月光に照らされたコルミーは、昼よりも剣呑な輝きを見せた。囚人が指先でつまみ上げたそれに、シャスカの目が吸い寄せられる。生よりも、死に寄り添うような輝きだった。
「コルミーがあるから、作物を育てることが出来ないのだ。コルミーがあるから、半端に金が手に入る。半端に金が手に入るから、人が増える。食い物が足りてないのに、金があるから人が増えるのだ。資源があろうと、未来はない。燃えるだけの砂なんかとっとと採り尽くして、大河から水を引いて、麦でも植えれば、君みたいな女の子だってお腹いっぱいパンを食べられるはずなんだ……っ!」
熱く語る囚人に気がついた戦士がやってきて、囚人を槍の石突で小突いた。囚人が頭を抱えて蹲るのを見てから、戦士はシャスカに「早く帰りなさい」と言う。
囚人の熱意は、この街では受け入れられなかった。だからこその、囚人だった。
囚人にとっての麦とは、畑で穂を垂らして揺れるものだ。
この街の人にとっての麦とは、荷馬車に積まれた袋の中身だ。
相容れるはずがない。コルミーを売れば生きてこれた人が、コルミーを捨てることを受け入れるはずがない。
シャスカも、囚人が小突かれる様子を、まさに他人事にように眺めていた。
――お腹いっぱいパンを食べられるわけないじゃん。コルミーを一日中運んで今のご飯なのに、コルミーがなくなって食べていけるはずがないよ。
けれど。感じるものはあった。
「寒いし、もう帰るね」
蹲った囚人が、シャスカの背中を見上げる。鉄柵がなくとも、触れられない距離感を囚人が感じたのは。たった、数秒のことだった。
「明日、外のお話聞かせてね」
小さな背中が去っていく。鉄柵の前に立っている戦士が、囚人にぽつりと言う。
「運命の慈悲か。喜ぶか、嘆くか? 詩人よ」
囚人は自らを突いた石突を、しかし晴れやかな表情で眺めながら言う。
「今日と明日と明後日は感謝しよう。その翌日は、運命を嘆くこととしよう」
戦士は「ふうん」と呟いた。
二人の間に、それっきり会話はなかった。ただ、綺麗なのは月とコルミーだけだ。砂埃にまみれた二人の男は、沈黙の中で、自らの呼吸の音だけを聞いていた。




