四粒目
シャスカの朝は水汲みから始まる。歩いて三〇分の井戸まで歩き、頭に載せたつぼに水を汲み、長い道のりを歩いて帰るのだ。朝はひんやりと服の下に潜り込んでくるような冷気と、肌の表面だけ火照らせるような日差しが手を繋ぐ、不思議な時間だ。
まだ赤い太陽が街を囲む壁の上に顔を出す頃に家に帰ると、今度は母が寝床から出て、食事を買いに出かける。
井戸からの帰り、家の前で。シャスカはちょうど家を出る母とはちあわせした。顔を覆い隠すように汚れた布を巻き付けた母と視線が交わる。二人はお互いに目を合わせるでもなく、静かにその場に立ったまま、無言で向かい合っていた。母は何か言葉を探しているように、小さく口を開け閉めしては、のどを上下させた。
シャスカは道を譲るように、そっと脇によける。母は目の前に開いた空間にため息をついた。肩を落として、そのまま歩き去ろうとする母の後ろ姿に、シャスカは蚊の鳴くような声で言う。
「左足、良くならないの?」
母は表情の見えない布の奥から、明るい声で答える。
「あんまり。でも、そのうち良くなるわ。きっとね」
「本当?」
「きっと、ね」
「……うん」
不安げに念押ししてから、シャスカは家の中に入っていく。重たいつぼから、大きな据え置きの水瓶に移し替えて、息をついた。
お母さん、左足ひきずってた。
日に日に母の体は動かなくなっていく。
病気の始まりは、小さな水膨れみたいものだった。下腹部に集まっていた小さなそれは、少しずつ体中に散らばっていった。段々と、段々と大きくなり、いつしかそれが弾力のある肉の芽となった頃には、左足と左肩が痺れるようになっていた。
シャスカは、母と目を合わせることが苦手になった。
病に冒されている母の姿が苦手だった。人前に出るときに、他人の視線に怯える姿を見るたびに、自分の顔面を掻きむしりたくなった。体が動かなくなるにつれて、シャスカにまで遠慮がちな態度を取ってくるのが一番辛かった。
一度感じてしまった心の壁は、手を伸ばせばあっさりと通り抜けることができたとしても、指を近づけることすら躊躇わせる。
朝晩の食事をまとめて買いに行った母を待つのに、まだ冷たさの残る壁にもたれかかった。水を移し替える音で眠りが浅くなったのか、ジャスパが口の中でもごもごと寝言を言いながら、毛布の端を抱きしめるように、ぎゅっとしがみついた。




