3.力を手にするには
体育が終わり、職員室前を通ると掲示板の前に人だかりができていた。何か珍しいものが張り出されているのだろうか、ちょっとした好奇心で覗いた司は目を疑った。
「なっ……安藤先生の写真……?」
それは、女装をしている安藤先生の姿を盗撮したものだった。ブラジャーを着けている写真、化粧をする写真、鏡でポーズを取る写真、と全部で5枚ほど張り出されていた。
「マヂで……?」
「これやばくない?」
「誰かのコラ写真じゃないの?」
にやにやした大勢の生徒達が騒ぎ立てる中、ばたばたと大きな足音が廊下に響いた。
「こらー!! 何をしている!!」
「あ、教頭だ」
「先生、これ安藤先生ですよね?」
「何を……んん!?」
写真を見て、教頭はぎょっとしていた。生徒と同じように食い入るように見つめていた、が、すぐにはっとなって怒鳴りだした。
「いいから離れなさい!! そして言いふらさない事!!」
「あ、安藤先生だ」
職員室に入ろうとしていた安藤先生を、皆がいっせいに見つめる。呼び止められた安藤は不思議そうな顔をし、こちらに近づいてきた。
「なっ……!」
そして写真を見て固まってしまったのだった。
「安藤先生これ本当なの?」
「聞いちゃったよ、ヤバイって」
「何を馬鹿な事を! 誰かによるイタズラにきまっとる!! そうでしょう? ……安藤先生?」
安藤は誰の呼びかけにも答えず、ただただ青くなって固まっているだけだった。その反応を見た生徒の一人が、マヂもんだよ……と言った瞬間、教頭は写真を掲示板から取り外した。
「と、とにかく解散!! この事は言いふらさないように!!」
その時だった。
「えー! 何これーーー!!」
「これ安藤先生じゃない? ほら、めがねはずしてるけど、目元にほくろあるし。絶対そうだよ」
「誰だよ、こんなの貼り付けたのー」
ざわざわと窓の外から声がする。慌てて窓の外を見ると、玄関口のすぐそばにある外の掲示板にも同じような写真を貼り付けられているようだ。
「そん……な……!」
青白くなった安藤はかくんと膝から倒れ落ち、絶望で動けなくなってしまった。
「あ、安藤先生しっかり!! 三本先生! 見てないで安藤先生を職員室へ!!」
「へっ!? あ、はい……」
遠巻きに見ていた三本を呼び、安藤は教頭と三本によって職員室へ運ばれていった。
「ヤバイね」
「どうなるんだろ、安藤先生」
「っていうか、俺授業の度に今の写真見て思い出しちゃうんだけど」
口々に好き勝手言って生徒達は解散していく。その中で司は呆然としていた。
「ふふ、ざまぁみろだね」
「あると……何の恨みがあって……」
あるとを見上げるととても嬉しそうな顔をしていた。
「てっきりカツラの事がばれるんだと思ってたんだけどなぁ。
あれかな、カツラの事はどうせ皆に知れ渡ってるから秘密にならないからかな?」
「そんな問題じゃないだろ!」
ポケットから装置を取り出し、にやにやと笑うあるとを見て、司はぞっとした。
やっぱりおかしい、人の不幸を望み喜ぶなんて、あるとじゃない!
装置を取り上げようと手を伸ばしたが、さっとよけられてしまった。
「何? 司も使いたいの?」
「違う!! そんなもん使いたかねぇよ!! それよこせ! ぶっ壊してやる!」
再び取り上げようと手を伸ばすが、やはりよけられてしまう。
それでも取り上げようとすると、手の届かない高さにあげられてしまう。
高身長のあるとにそうされては、身長の低い司がいくらジャンプしようと届かない。
下唇をかみながら、司はあるとをにらんだ。
「それ、もう金輪際使うな! 今度使ってみろ……絶交だからな」
「絶交? ふふ、それいいね。うっとうしいと思ってたんだ。ちょうど――」
突然笑顔だったあるとの顔が歪み、頭を抱えだした。
「あ、あると?」
「い、痛い……!! くそう!!」
装置をポケットにしまい、あるとはうずくまった。
「お、おい、あると!? 大丈夫か? しっかりしろよ!」
「……大丈夫、心配ないよ」
眉間にしわを寄せ、苦しそうな顔であるとは立ち上がった。
「あると?」
「……ごめん、装置はもう使わないようにするよ。……司と絶交なんて、したくないもんね」
「あると……!!」
困ったような、だが優しげな笑顔であるとはそう言ったのだった。
授業が終わり、帰宅部の2人は下駄箱へ向かう。
靴を履き替えていると、あるとが手招きしてきた。
いってみると、あるとの下駄箱の中にチロルチョコやガムなど小さいお菓子が5個ぐらい入っていた。
「たとえば君、すごいね。僕5人に少なからず異性として好かれてるんだ」
「あると……約束だからな、絶対使うなよ。たとえば君とは今日でお別れだ」
あるとをにらみあげると、笑顔で返された。
あるとと別れ、司は一人で歩いていた。
「おい、そこのちっちゃいの!」
たぶん、自分の事だろう。だが、それを認めるのはいささか腹が立つので司は振り返らなかった。
「聞こえんのか。お前だ、お前」
「痛ぇ!!」
声の主はツカツカと近づいてきて、思いっきり司の肩を掴み、振り返らせた。
見上げると、見た事の無い猫目の男だった。
名札には納田とかかれており、3年生のバッチをつけていた。
「何すんだ! 誰だよお前」
「人に名前を聞く時はまず己から名乗るんだな」
どこか偉そうな男に気おされ、司は渋々口を開く。
「五日町司だ。名乗ったぞ、早く名乗りやがれ」
「ふん、俺は納田藤足。単刀直入に言う、今日ある男から装置をもらっただろう。それを渡してもらおう」
「……あんた、あの男と知り合いか?」
「だとしたら? いいから装置を渡せ。あれは本来私が貰うはずだったのだ」
「あの装置をどうする気だ。あんな危険極まりないもの!!」
吐き捨てるように言うと、納田は柳眉をぴくりと動かした。
「そうか……ならば、お前には必要のないものだろう。早く渡せ」
「……俺じゃないよ、持ち主は。装置を受け取ったのは俺の友達。俺がもらったのは名刺だよ」
ポケットから少しよれた名刺を出す。広げて見せると、納田はがっかりした顔をし、ため息をついた。
「電波が出ていると思ったら、ソレか。
ふん、五日町よ。せいぜいソレを大事にするんだな。ソレはたぶんお前を装置から守ってくれるだろうよ。
そのために、あの男はお前にソレを渡したのだ」
納田はにやっと笑うと帰っていった。
次の日、あるとは学校へ来なかった。
どうしたのだろうと家まで行ったが、誰も出なかった。
その次の日もあるとは学校へ来なかった。その次の日も。さらにその次の日も。
携帯に電話しても、メールを送っても、家に行ってもあるとは捕まらない。
警察に相談? 大げさすぎるよな……途方にくれていた1週間後、2限目の途中に教室に入ってきた。
「なっ……! あると!」
「んー? どうしたぁ? 五日町」
「い、いえ、何も……」
思わず声を出してしまった司に先生が注意をする。その横を生気の抜けた顔をしたあるとが通り過ぎる。
誰も何も言わない、まるであるとが見えないかのように。
(何でだよ!? 普通今までどうしてたんだとか、遅刻だぞとか声かけるだろ!?)
言いたいことが山ほどあるが、ぐっとこらえる。今は授業中だ、終わってから言えばいい。
あるとを見ると、席に座り、焦点がどこか定まっていない目で先生を見ていた。
そしてスマフォを取り出すと、2,3回タップすると大音量でテレビを見始めたのだった。
よほど面白いのか、身体を揺すりながら大声で笑っている。
「おいおい……」
さすがにこれはダメだろ。
そう思いガタっと立ち上がると先生に睨まれた。
「どうしたんだ、五日町。さっきから騒がしいぞ、トイレならさっさと行けよ」
クスクスと数人が笑う。誰もこの異様な自体に異議を唱えない、司以外は。
「だ、だってあるとが……高山君がテレビ見てるんですよ!? 授業中なのに!」
「それが、どうした?」
「何言ってんの、五日町」
「変なの」
周りの反応に、司は自分の血の気が引く音をはっきりと聞いた。
授業中なのに、スマフォを触り、大音量でテレビを見ている。
その異常事態を、それがどうしたと受け入れている自分以外の人間。
あまりに異様過ぎる空間に、司は打ち砕かれそうだった。
(装置か……使ったのか、あると……!)
悲しみに、目の前がにじむ。
絶交とまで言ったのに、それを破ってまで装置を使ったのかと思うと悲しみと怒りで押しつぶされそうだった。
「他に言いたい事あるか? 大丈夫か? 変だぞ、五日町」
「……大丈夫です、何でもないです」
ぐっと下唇を噛み、涙をこらえる。
テレビの大音量とあるとの笑い声と先生の声が、ぐちゃぐちゃに混ざって耳に入り込んでくる。
(あの時、あの男を助けなければこうはならなかったのだろうか)
親切で、優しさでうずくまる男を助けただけだというのに。
(何で……!!)
ぽたり、ぽたりと涙がノートの字を滲ませる。
混ざり合う音を耳にしながら、司はただただ泣き続けた。
授業が終わっても、あるとはテレビを見続けたままだった。
司はぐっと腹に力を込め、立ち上がりあるとの所へ行った。
「あると、1週間ぶりだな」
「……司か。邪魔しないでくれる? 今いいとこなんだ」
「ふざけんな!」
スマフォを取り上げると、あるとはため息をついて司を見上げた。
「司には効かないようだね。そういえば、白紙のテストがおかしいって言ってたな」
「あの装置と交換だ」
あるとはきょとんとした顔をしたが、それは一瞬で。司を心底バカにした目をして笑い出した。
「スマフォとあの装置を交換だって? あの装置のすばらしさがわからないなんて、かわいそうに」
「言ったよな、あの装置使ったら絶交だって。なのに使ったのか」
「あぁ、使った。これで俺達晴れて見知らぬ他人というわけだ」
「……あるとは俺なんて、使わない! お前誰だ!!」
やれやれとため息をつくと、あるとはポケットから装置を取り出した。
「これ、スゴイんだよ。母さんがあまりに口うるさいからさ、
『たとえば俺が何をしても誰も気にせず、注意もせず受け入れる世界になったならば』
って装置に録音したとたん、まるで俺なんかいないかのように皆振舞うのさ!」
「それのどこが楽しいってんだよ。むなしいだけだろ……!
いつもの生真面目で優しいあるとに戻れよ、頼むから!!」
司が泣きそうな声で言うと、あるとはまるでつまらないものを見る目で司を一瞥し、装置のスイッチを入れた。
「たとえば五日町司の存在、する事すべてが俺以外誰にも認識されなかったら」
「なっ……!!」
カチッとスイッチを切る。そして呆然とする司からスマフォを取り上げるとあるとは立ち上がった。
「残念だよ、司。一人さびしく、余生を過ごすといいよ」
「あると!!」
そう言い残し、あるとは教室を去っていった。
何をしても、何を叫んでも誰も反応してくれない。
「何でだよ、ぶつかったら痛いだろ、普通!」
廊下で直進してくる生徒にぶつかっても、顔色一つ歪めず彼らは歩いていく。
スマフォを操作したら動いたので、どうやら人間以外にはあの装置の力は効かないようだ。
友人に声をかけても無視され、授業中に試しに立ち上がってみても先生はどうしたと聞いてくれなかった。
「何でだよ……! 酷いよあると……全部あの装置のせいだ……!!」
その時、はっと気づく。そして慌ててポケットからあの名刺を取り出す。
「発明博士、ガナルカタル秋月……えぇっと、住所は……」
もしかしたら、偽の住所かもしれない。だが、今はそれを頼りにするしかない。
「あの男を捕まえて、装置無効化の装置作らせてやる……!!」
名刺をぎゅっと握り締め、そっと教室を抜け出し、司は学校を後にした。




