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掌少短篇集

洗浄屋のアニー

洗ったり切ったり磨いたり裂いたりした挙句の結末。


※文芸バトルイベント「かきあげ!」 http://kakiage.org/

 テーマ『とぶ』にて投稿した作品その1です。

『誰かさんに言われるまでも無く、物事は光景から始められる――それは瞳に留まらず、巡り巡る何もかもに於いてで、音や匂いとの均衡こそあれど、人であるなら、基本的には変わらない――(変わらない)――(変わらない)――いいや変わる――変わり出す(同時にこれだけとは流石も流石か)――そうとも、誰かさんに言われるまでも無いのだ――危ない橋と? そんな事は知っていて、だからこそに惚れ込んだ――君さえ居れば、他に何も要るものは無い――愛してる、と、言っておくれ、それだけで良いんだ――それだけで――だから、(そう)、だから失う羽目になる――険しく激しく、一瞬の白――一瞬の黒にちらつく赤は、飛蚊症の如き煩わしい雫――続く流れは留まらずと溢れ、険しく激しく、河の様に、沼の様に――“馬鹿な男だ”(そうだろうとも)――囁きは雨の跳ね返り具合と、二発目三発目四発目、の銃声に寄って呆気無くと掻き消され――誰もそれを聞く者等居ない(と、思ったのか居ないのか)――けれど、現実はそうでは無く、暗闇だろうが、それこそ均衡だ――悲鳴と嗚咽に連なる沈黙――雄弁な静寂――(聞くに堪えない)罵詈雑言――全ては(外なるの世に満ち満ちる)救い給えの異口同音――それが叶えられないのも等しく同じなら、叶えられないと覚れないのもまた等しい――繰り返す繰り返しは、故にこそ繰り返され、ずるりずるずる互いの脚を知らずして引き摺り合い、比較的健全な(建設的とは限らない)“もしも”から遠ざける――その日その時その瞬間――もしも、そのトンネルを抜けようとしていなかったら――もしも、そのトンネルを抜け切っていたならば――もしも、(さぁ)もしも、もしも、もしも――慰みの為に積み上げよう、外なるの如くに積み上げよう――まぁでもそれは後世の、赤の他人の感傷であり――当代に於ける無意味さで言えば、雨水降り注ぐ弾痕の、風穴のぽっかり具合に程良く似ている――と言えば、路上に飛び出した狸(だか何だか)を救う為、路上に飛び出した男程にも馬鹿馬鹿しい――良く考えて頂きたい――一体全体、貴方方という方々は、一日で何匹の狸がお亡くなりになっているのかをご存知なのでしょうか(私は知りません)――馬鹿な男だ――囁きはそもそも呟かれない、と、言うのも、犬猫様ならいざ知らず、一匹の狸の為の死とは、ちょっと諧謔味が有り過ぎて、閉口せずには居られないのだ――雄弁な静寂――それが、(そうとも)犬猫様なら、話は変わった事だろう――或いは他――例えば人――しかし実際の所、それもまた世に満ち満ちて、顧みられても大抵ひとときだ――(そして気付く)――多くを救う為に多くを殺した――(一件でこれだけとは流石も流石か)――その始端と終端を、金と己とで彩った女(女!)の場合、大分結構賑わいを見せたけれど、それでもやはり、ひとときを超えるには至らなかった――馬鹿な女、と、言うのを憚られるのは、その鮮やかな手口に寄るもので――実際事件その物よりも、それこそ女その者よりも、一般市民が繰り返し繰り返したのは、犯行に用いられた必殺の道具――美貌ではある(何だぁと思いましたし思いましたね?)――ではあるけれど、それは“もしも”を重ねて織り上げた代物であり――(一体幾らと幾つ掛かったのやら)――諸感覚に応じた化けの皮は、狸も驚く高性能で――しかもその下には、あらゆる時と場合に備えた大人の玩具が、たっぷりみっちり詰まっているのだ(あのトンネルの中の様に)――砲塔乳房、背部針千、モグモグ陰部、その他諸々――諧謔味もここまで来ると、一周回って語りたくなるものらしい(気持ちは分かる)――彼女自身がどう思い、どう感じていたかは知らないけれど、穴凹に(嵌めて)嵌められた連中が堪ったもので無い事なら分かる(いやまぁ分からないけど)――御愁傷様でした――そう言うのに吝かでは無いが、ひとときなりとも良い気分に浸った事もまた間違いなく――“愛してる、と、言っておくれ”――それを汲みすると、押し黙っている方が無難に思える――一体全体、貴方方という方々は、この件で何人の男がお亡くなりになったのかをご存知でしょうか(私は知っています)――だから、まぁ、そう、名誉の為に、と結んでおこう――(それが無難だ)――でも時々は、その名誉の為に唇を開かねばならない場合が間違いなくあって――(嗚呼何という事か)――巡り巡って来た瞳が、こんな場末に来る事自体可怪しいのだ、と、言うべきが、今を無くして他にあるだろうか――ジェイムズ=マーヴィン・マキムラ・ジュニア――全ての父祖――馬鹿な男も馬鹿な女も、人であるなら、今を生きる一般市民であるならば、その恩恵に預かっていない者等誰も居ない――その功績はご存知の通りで、今更繰り返すのも馬鹿馬鹿しい――偉大なる船乗り、偉大なる川渡り――それが此処に在るのは、きっと何かの誤りだ――何処かで何かが違った――“もしも”の近似、“まさか”か“もしや”――何にせよ、訂正されるべきであり――(誤った過程等知る気も無い)――これは、えいやっ、と引き抜き、大事に大事に、保管しておこう――偉業の土台の骨組の一片かも知れないが、それでも金を惜しまぬ輩は沢山居る――死して尚――素晴らしき著名人、狸とは大違いだ(犬猫様とは比べくも無いが)――だからこそに気を取り直し、えいやっ、と嵌め直せば、こびり着く恐怖が全身全霊を震わせる(少し漏らしたか)も、しかしてこれなら馴染み深い、勝手知ったる児童物だから、どうするべきかは心得ている――これ以上損なわれぬ様、細心の注意を払いながら、広く浅く調べるのだ――需要はある――間違いなくある――幼ければ幼い程、酷ければ酷い程――問題となるのは、労働との均衡だ――引き際をしくじった同業が、ずぶりずぶずぶ堕ちて行った話なら幾つも知っている――彼等彼女等のも扱った(二度とやるまいと何度思ったか)――その中に交じる気は到底無いが、“まさか”と“もしや”は世に満ち満ちている――陥穽はぽっかりと口を開けて、路上に飛び出す誰かさんを待ち受けているものだ――だからこそ、兎にも角にも慎重に(慎重に)、慎重を重ねる――覆い被さる肢体の上に、何も被さっていないと――少なくともに主要な部位は、惹かれた部分は自前の筈だと、どうにかこうにか信じる様に――そして(そして)――祝福を贈ろう、他ならぬ己に――覗いて見れば何と言う事は無い、只の何処にでもある家庭内虐待物だ――馬鹿な男と馬鹿な女、似合いの夫婦が揃って二人、寄って集って自分等の息子(娘じゃないのがちょっとした幸いだ)を殴って蹴って、踏んだり蹴って、小石の様に蹴っ飛ばした、その末に、うっかりころっと頭を撃った――その日その時その瞬間――偶然その空間を占めていたテーブルの角に、えいやっ、と、ばかり――混濁を訂正、打っただけだ――勿論、手間暇もお手頃なら、価格も同様だが、その分、気軽に扱える――マキムラ氏は別格と、その他諸々と一緒に寝かせて置く――纏めて売り飛ばせば、そこそこの小遣いにはなるだろう――需要と供給――市場は何時でも期待に溢れ、巷はその“手”を求める引く手が数多だ――良く覚えているが、以前商った一対のそれは、一指のオマケが功を奏し、随分の高値が付けられたものだ――(たった一本有るか無いかで)――勿論、捕らぬ狸の何とやら、損ねた者共の末路は嫌という程味わって来たから、深入りはしない様に――(嗚呼)――だが、これもまた良く知る所だけれど、誰も彼もが、入りたくて入った訳では決して無く、偶然の、”もしも”で語られる状況がそうさせたのが往々であり、うっかりとは即ちぽっかりだ(笑い事じゃあない)――商品としては古めかしい諸臓器こそ、深く昏く、湿って不潔な孔が、幾つか開いているものであり(大丈夫)――素人なら見落としていたに違いない違和感は、秘密の、禁忌の、真実の雰囲気に他ならない(まだ大丈夫)――気付いたのは気配だけで、そこから先には踏み入っていない(万事大丈夫)――から、どうせ元より訳有りだから、さくっと洗い流してしまえば――問題無い、(これで)問題無く――(そうとも)――問題無く、予定していた作業は全て終わり、今日という日に区切りが付けられる(深呼吸をしよう)――並ぶ躯体は整然と、移植用と想起用とに区分けされ――前者はまるで赤児の様に、染み皺たるみ一つ無い心で、次の主を待ち侘び、後者は骨董美術品さながらに、磨き掛かった歴史を、実体験を秘めて、解き放たれるひとときを待つ――面倒極まりない後作業を、えいやっ、と、自動機械に一任しつつ、アニー・チャップマンは立ち上がり、伸びをして、労働の後の一杯を、酷使した精神へのご褒美を、つまりは珈琲を淹れに向かって行く(何か文句でも?)――今日の掘り出し物、梱包中の青の虹彩にほくそ笑み――えいやっ、と、自動機械のスイッチを押す――お気に入りのカップにとっくり注がれる液体は、惚れ惚れする様な単一の色彩で――設定通りと、湯気立つ水面に角砂糖が五つ程、ミルクは抜きに、ぽちゃぽちゃと――黒の中へ、交わる事無く沈んで行く白――それが、彼女の趣きなのだ――』

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