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閑話 彼女の居ぬ間の密談


 一度遮られたマチルダが尚も言葉を紡ごうとする度、言わせてなるものかと邪魔する様ひたすら大きな声で謝罪を繰り返す彼女。


 からかい過ぎたなとマチルダも自覚しているが、逆にいつまでこのやり取りを彼女が続けられるのかという彼女からしたら迷惑以外の何物でもない興味も若干湧いてきてもいた。

 自身の欲求を優先させるべきか否か。さてどうしたものかと束の間の思案でマチルダが口を閉じると、一瞬出来たその隙に彼女は下げていた頭を勢いよく上げ、逃げる様に叫ぶ。


「風呂! 入ってくる!!」


 同郷の者が居ればどこの親父だとツッコみを入れられるような台詞だが今ここに日本人はいない。


 これは逃亡ではない戦略的撤退だ、彼女はそう自身に言い聞かせキャサリンの膝から素早く降りると、傍から見れば敵前逃亡としか言い表せられない必死な様子でリビングのドアを潜り、追撃を拒むように乱雑な音を立ててドアを閉めた。


 途端に静かになった空間には、口元を覆っても堪えきれなく漏れるマチルダの笑い声だけが響いているだけだった。

 計らずもマチルダを除く皆の口から息が吐きだされる。各々吐息の意味合いは違えど呟いた心の声は朝から今日は散々だった、そう思った事だろう。

 約一名だけは自身も多大な被害に遭っているのにかかわらず、ご機嫌だと一目で分かるくらい気分良さそうにしているが。


 いつも通りの空気。それを肌で感じて本当の意味で皆が安堵している雰囲気を敢えて読まず破壊する発言をする者がいる。

 今日一日、存分に場を引っ掻き回したマチルダだ。


「ちびちゃんは俺達を神聖視し過ぎてるんじゃないか?」


 他人に劣情を覚えないだけで溜まるもんは溜まるし、刺激すれば反応もする。


 中性的な容姿を持つマチルダから告げられたのは下世話すぎる性事情。誰もが触れない事を軽々言ってのけるのは流石マチルダと言うべきか。その発言で見事、平穏な空気は霧散した。


 誰もが返答に困る中、冷たさを感じさせる無表情のまま、聞きなれない口調と声音でアンジェリカが答える。


「それこそ言う必要ないだろ」


 アンジェリカは不在の彼女に先ほど向けていた視線の比ではない、冷淡な眼差しでマチルダを睨むが、そんな視線など存在しないとでも言う様に気にも留めずマチルダは軽口を続ける。


「おやおや。アンジェリカもちびちゃんに対して過保護過ぎじゃないかい?」


 その言葉にアンジェリカは盛大に舌打ちする。これ以上何か言ってもマチルダの都合の良いように解釈される。言うだけ無駄だと早々に見切りをつけ、無言で立ち上がるとリビングから出て行った。


「私も必要ないかと」


 冷気を纏いながら静かに去ったアンジェリカの方向に目を向けていると、バーバラが常の考えを読ませない微笑のまま同意する声を上げた。 


「バーバラ、君もかい」


 意外だと言外に匂わす口ぶりでマチルダが言えば、朗らかでのほほんとした声音が違う意見を上げる。


「おちびちゃんは知ったところで態度を変えるような子じゃないわよお?」


 今度はキャサリンの意見に同意する様にカトリーナが「ああ」と続く。


 彼女と一等仲が良い前衛の二人が揃って言うならば、そうなのだろう。それにマチルダも前衛二人の意見と同じだ。自身の不安定な二面性を『そのうち慣れる』の一言で受け入れた彼女だ。伝えた所であっけらかんとするか、へーと気にも止めないか、それとも。


 そこまで考えてマチルダは堪らなく愉しくなってくる。自然と笑顔が溢れてしまうのは仕方ないことだろう。キャサリン曰く「すっごい悪いこと考えてる顔」であっても。


 キャサリンとカトリーナがマチルダに対して諦めの溜息を吐く。そのまま冷えた珈琲に口を付けながらキャサリンはリビングのドアに目を向け、ぽつりと溢す。


「アンジェリカは怖いのかな」


 その溢れた声に、マチルダはそうだろうなと小さな呟きで返すだけだった。


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