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隣の家のメルコさん

作者: えるむ

 外は夏の日差しがギラギラと降り注ぎ、アスファルトを素足で歩けば火傷をしそうなほどであった。

 そんな外とガラス一枚隔てた部屋の中では、エコなどどこ吹く風で、エアコンを稼働させながら扇風機がゆっくりと首を振り、部屋の中へと風を送り続けている。

 部屋の中には三人の人物が居た。二人の少年がコントローラーを握りしめ、TVを睨みつけながら激しく手元を操作している。

 そして少し離れた壁にもたれながら、そんな二人の様子を無表情に眺めている何故か看護婦姿の女性が一人。

「だー! おい! 白玉善治! 貴様は手加減ってのを知らないな! こう……友人がもっと楽しめる為の配慮とか、気遣いとかないのかね?」

「なんでフルネームなんだよ……寿人は手を抜いたら、それはそれで怒るだろ?」

「まーそうなんだけどなー」

 アイスをシャクシャク食べながら、そう答えたのは不知火寿人という。

 俺と同じ学年であるが、不知火財閥の跡取り息子という庶民とはかけ離れた立場に居るその彼が俺の幼馴染だったりする。

 小、中と同じ学校に通っていたが、高校は別々のところに進学した。

 やはり財閥の一人息子という事で、有名私立進学校へと進む事になったそうだ。

「はぁ……善治ー、聞いてくれよー。最近学校がつまんなくてさー」

「その話は、何度も聞いてるよ」

「えー? そうだっけー? やっぱお前いないと学校つまんねーよ。皆、俺の顔色伺っちゃってさー。教師までそんな感じなんだぜ? はぁ……嫌になるわー」

「それはしょうがない事だって自分でも分かって言ってるんだろ? 案外、寿人が心の壁作っちゃってんじゃないの?」

「……なるほど、もっと楽しい人だと思わせれば、友達も出来るかもしれない……って事だな!」

 グっと拳を握り込み、何故か立ち上がる。

「さぁねぇ……もっと自然体で居ればいいんじゃないかな?」

「お前はそれでいいかもしれないけどね……」

「お家の関連の事があるだろうからね、俺はその辺よく分かんないや。ははは」

「……また、ふり出しかー」

 深くため息をつくと、寿人はどすんと乱暴に座布団の上に腰を下ろす。


「……んぁっ」


 その衝撃でウトウトしていたナース姿の女性が目を覚ましたようだった。

「あー、こら! メルコ、お前寝てやがったな。職務怠慢だぞ」

「ふぁっ……はぁ、ごめんなさい。坊ちゃま」

 手を口の前に当て、豪快にあくびをする。

「……あくびしながら御主人に詫びるメイドがここに居ますよ、善治さん」

「あ、うん。いいんじゃない?」

「さすが善治さま。坊ちゃまもこのくらいの度量があればいいんですが……」

「あれ? 何で俺、怒られてる流れなん?」

 メルコと呼ばれた女性は、寿人に付いている不知火家のメイドさんである。

 普段から教育係兼SPとして寿人の周りのお世話をしている。初めて会ったのは寿人がまだ小学生の頃。

 当時の彼女は、今もあまり変わらず、昔から不思議な雰囲気を持った女性だった。

「ねぇ、メルコさん。……今日は本当にメルコさんも泊まって行くの?」


「もちろんでございます。私は坊ちゃまの護衛でもありますので」

 両手を合わせ軽く微笑むメルコさん。


「そうだぞー、善治。お前のご両親が旅行にいっちゃって、寂しいだろうと思って俺が遊びに来てあげたんだぞー。ありがたく思えよー」

 ゲームに飽きたのか、寿人は本棚にあった漫画を読み始めている。

「いや、ひとりでノンビリ出来ていいなーと思ってたんだけど……」

 寿人の方に視線を向けていたら、両手を持ち上げられていた。

「申し訳ありません、善治さま。いつも坊ちゃまのワガママに付き合って頂きまして、不知火家一同、いつも感謝しております。こんな楽し……こほん……えーと、ぼっちゃまが外出される際は私も付き添う必要がありますので……」

 両手を包まれながら合掌され、目を真っ直ぐと見つめられる。

 少し申し訳なさそうに眉尻が下がっている表情をされ、見とれたまま何も言い返す事が出来ずにいると。


「聞いたかー? 善治ー。俺だけじゃなくてメルコもお泊り楽しみにしてたんだぞー」


「はぁ……まぁ、食事も作ってくれたし、もちろん感謝はしてますよ」

「ありがとうございます。善治さま」

 両手をつつまれたままとびっきりの笑顔をまともに貰って、思わず赤面してしまった。


「……ところでメルコさん、ひとつだけ質問いいですか?」


「なんでしょう、善治さま」

「どうして、ナース服なんですか?」

「あれ? 似合っていませんか?」

「いえ、似合い過ぎてビックリしてるくらいです」

「わぁ、ありがとうございます。善治さまに褒められるなんて、とても嬉しいです……」

 両手を頬に当て、本当に嬉しそうに目を細めるメルコさん。

「いや、そうじゃなくてですね……」

「ん? 他に何か?」

「いえ、何でもないです……」

 嬉しそうなメルコさんに対して、何も言えなくなってしまった。


◆◆◆◆


 夜も更け、布団の中で眠りに付こうとしていた。

 いつもはベッドで寝ているのだが、今日は寿人に譲っており、俺は床に客用の布団をひいて寝ていた。

 メルコさんはと言うと、一緒の部屋に寝ると言って聞かなかったが、何とか勘弁してもらって隣の部屋で寝てもらう事になった。最後まで納得していない様子だったが……。


「ぐごー……すぴー……」


 寿人はもう眠ってしまっていた。こいつは昔から寝つきが早い。

「……水でも飲んでくるか……」

 誰に言うでもなく、独り言がこぼれる。

 階段を下り、一階のキッチンへと向かうと、誰も居ないはずのリビングに灯りが点いている事に気が付いた。

 ガラス戸越しに様子を見てみると、そこには浴衣姿のメルコさんの姿があった。


「……あら? 善治さま。眠れないのですか?」


 ロックアイスの入ったコップを片手にこちらに気付いた様子のメルコさん。

「いえ、そういう訳でもないんですが……お酒ですか?」

「そうです。あ、善治さんはまだ飲んじゃダメですよー。ふふふ……」

 酔っているのかいつもより、声に感情というか色気があるように思える。

 少しはだけた浴衣も相まって、ドキドキしてしまっていた。

「こ、こんなところを寿人に見られたら、また『職務怠慢だー』って言われちゃいそうですね。ははは……」

「大丈夫です。善治さま。ここは天下の不知火財閥のお隣様ですよ? テロリストが襲撃してこようとも……あなたも坊ちゃまにも指一本触れさせません」

「……へぇ、そうなんですね……ってあれ? じゃあ今日、護衛って……」


「あ、あはは……あれは方便ってやつですね……」


「方便ですか……」

「大人にはいろいろあるんですよー。納得してくださいな」

「は、はぁ……」

 からんっと氷が音を鳴らすと、くいっとお酒に口をつける。


「……いろいろ思い出してしまいまして、ふふふ」


「いろいろ、ですか?」

「少し、思い出話をしましょうか……」

 酔っ払った様子のメルコさんの視線に瞳を奪われる。

 微笑んでいるような、楽しんでいるような、ほんのり血色の良い表情が印象的だった。


◆◆◆◆


「善治、今日泊めてくれ」


「いいけど、どうしたの? 寿人」


「家出した」


「家出? 何でまた……とにかく中に入って」


「……うん」


 小学三年の時、寿人が家出をしたいとウチに来た事があった。


 家出といっても隣の家に来ただけなのだが、本人や家の者からしたら大きな出来事なのかもしれない。跡取りが家から姿を消してしまったのだから。


「お父様もお母様も、僕の事をただの跡取りとしてしか見ていないんだ」


「うん」


「僕じゃなくてもいいんだよ。跡取りって言う記号が付いた人間が欲しいだけ」


「うん」


「もう、うんざりだ。あんな家……」


「うん」


「なぁ、善治。一緒にどこかへ行こう? どこか遠くへ……」


「どこかってどこさ?」


「跡取りじゃない僕自身を必要としてくれる所!」


「それなら、ここでもいいと思うよ」


「なんでさ! 誰が僕を必要としてくれてるんだよ!」


「んー……僕。友達が居なくなるのは寂しいよ」


「……善治……」


「別に僕は寿人がどこの誰でも、友達になれてたと思うよ」


「うん……うん……」


 寿人は不知火家の跡取りとしての在り方や、同じ年代の子とのあまりの環境の違いにいろいろ貯め込んで爆発してしまったのだろう。小学生の彼にはその事は重く、周りを見たり考えたりする余裕を奪い去っていたのだろう。


「……寿人。今日はここに泊まりなよ」


「……うん」


「でも、家出は無しだ。寿人が居なくなったら心配するのは僕だけじゃないだろ?」


「あ……」


「うん、何も言わずに居なくなったら、お付きのメイドさんも怒られるかもだし、寿人はそんな事望んでないだろ?」


「うん、僕のせいでメルコが怒られるのは嫌だ……でも……」


「大丈夫、寿人はここに居て。僕が話をしてくるよ」


「善治……」


「ほら、泣くなって。それじゃあ行ってくるよ」


 寿人を自分の家に置いて不知火家へと向かう。

陽が落ち始めているオレンジ色の世界の中で家の呼び鈴を鳴らした。


「……はい……どなた様でしょう?」


「あ、お隣の白玉といいます。寿人君ことでお話、したい事があって」


「……少々お待ちくださいませ」


 大きな門が開かれ玄関へと向かって行くと、勢いよく玄関のドアが開かれメイド服を着た綺麗なお姉さんが駆け寄ってきた。


「白玉君、と言ったわね? 寿人様は……坊ちゃまは……」


 泣きそうな、悲壮な表情を浮かべたメイドさん。


 それがメルコさんとの初対面だった。

 

 その表情を見たときに、『ああこの人は心から寿人の事を心配しているんだな』と子供ながらに心から思えた事を覚えている。

 寿人が俺の家で話した事をそのままメルコさんに伝えた。

 聞き終えるとメルコは涙を浮かべながら、泣く事を我慢するように肩を震わせていた。


「だ、大丈夫ですか?」


 小学三年生だった俺はそんな事しか言えなかった気がする。


「大丈夫よ、白玉君。ありがとうね……」


 そう言ったメルコさんの声は震えていた。


「それでね、メイドさん。今日は寿人は僕の家に泊まって欲しいんだけど……ダメ?」


「……大丈夫、私が話してくる。ちょっと待っててくれるかな?」


 精一杯の微笑みをくれたメルコさんは、そのまま屋敷の中へと走っていってしまった。

 ……五分後。

 バァン! と豪快に玄関のドアが開け放たれ、大きな荷物を抱えるようにメルコさんが現れた。


「お待たせ! 白玉君」


「あ、はい……メイドさん? その荷物は?」


「ごめん! 泊まるのはOKもらえたんだけど、やっぱり一人は……って話になっちゃって……私が一緒ならOKって事になったんだけど……ダメかな?」


 額に汗を浮かべながら、肩で息をしているメルコさんの姿から、その当時の俺は一生懸命さを感じていたと思う。


「僕はOKだよ。……寿人にも一緒にお願いしてみるよ」


「……ありがとう。白玉君……。……君、お名前は何て言うの?」


「僕は白玉善治だよ。寿人も善治って言ってるし、メイドさんもそう呼んでよ」


「善治くん、ね。私もメイドさんじゃなくてメルコさんって呼んで欲しいな」


 そんなやり取りをした後、手を繋ぎながら僕の家へと向かった。

 寿人に会った途端、メルコさんは全力で寿人を抱きしめ、謝罪の言葉と共に涙を流していた。最初はびっくりしていた寿人も一緒になって泣いていたのは今でも覚えている。

 俺が居ない間に両親がこっそり不知火家に連絡していた事もあり、泊まる事はスムーズに進んだように思う。

 その日も寿人は俺のベッドを使い、メルコさんは隣の部屋で寝ていたような気がする。

 次の日になり、寿人はすっきりした様子で、自分から不知火家に帰って行った。


 後から聞いた話だが、寿人が貯め込んで悩んでいた事を寿人の両親に伝えたらしい。


 自分の子供がそのように感じていた事をまったく考えていなかった不知火夫妻は、計り知れないショックを受けたそうだ。

 その事があってからは、寿人とよく話すようになり関係は改善した、と寿人本人から聞いたような気がする。


 その出来事があってから、メルコさんとちょくちょく話すようになっていた。

 そして、呼び方が『白玉君』から『善治さま』に変わっていたような気がする。

 様づけは勘弁してくれとお願いした事が一度あったのだが――。

 『善治さまは坊ちゃまの大切なお友達でいらっしゃいます!』と言われ、断固として拒否されてしまって今に至っている。


◆◆◆◆


「うふふ、懐かしいですねー。不知火家に来たばかりの私の、一番最初で最大の大事件でしたし、善治さまとも出会えた、思い出の事件でもあります……」


 からんっとグラスの中の氷を指で回しながら、うっとりとしているメルコさん。


「そんな事もありましたね、寿人には振り回されっぱなしだなー」

「それに付き合ってあげてる善治さまはやはり優しいんですよ」

「優しいといったら、メルコさんには敵わないと思いますよ。いつも寿人の事をちゃんと支えてますし……あの時だって本当に必死さが伝わって来ましたし……」


「わっ、そんな……恥ずかしい事言わないでくださいよ……顔が熱くなっちゃうじゃないですか……ぼっちゃまにもそのくらいの甲斐性があればいいんですけどねー」

 浴衣姿のメルコさんが赤くなった顔を、パタパタと手で扇いでいる。


「善治さま、善治さまは誰にでもそんなに優しいんですか?」


「へ?」


 ニコニコと微笑みながらの問いかけに、すぐには答えられなかった。

 いつもメルコさんと話す時は会話の中心は寿人であり、俺自身の事だけを聞かれる事が珍しかったというのもあったのかもしれない。


「どう……なんでしょう? ……少なくとも、優しくしたいと思った事はないです」

「あら、そうなんですか?」

「ええ、頑張ってる人は応援したいとか、友達が悲しむのは嫌とかはありますけどね」

「ふーん、それじゃあ、――私に優しいのは……どれにあたるんでしょう?」


 じりじりと、いつの間にか笑顔で距離を詰められ、下から覗きこまれる。


「……えっと……酔ってます? メルコさん」

「そうかも、しれませんねー……。――……いくじなし」

「……すいません」

 頬をぷくーっと膨らませ、不満の表情を浮かべそっぽを向いてしまったメルコさん。


「あのー……メルコさん?」


 回り込んで、表情を見てみると、メルコさんは楽しそうに笑っていた。

「あはは、冗談です。私は今のままで幸せですよ。善治さま」

「……」

「本当ですって、坊ちゃまが居て、善治さまが居て、健やかに日常が送れれば……」



「メルコはもうちょっと欲張りでもいいと思うぜ」



 リビングのドアが開けられた先には、寝癖の付いた寝起きと思われる寿人、頬にはよだれ跡がくっきりと残っている。

「あ、寿人、起こしちゃった?」

「すみません、ぼっちゃま」

「いや、喉乾いたから水飲もうと思ってさー……っていうかメルコ! こんなにいい雰囲気なのになんで何も言わずに終わらせる気なんだよ」

「ちょ……ぼっちゃま」

「今日、お前がナース服着てたのは……」

「ぼっちゃま! ストップ! ストーップ」

「ふごふご……」


 真っ赤になりながら寿人の口を塞ぐメルコさん。


「……どういうこと?」

「ぷはっ! ……善治、お前ナース服好きだろ?」

「え? ……まぁ、好きだけど……」

「メルコがナース服着てて、何とも思わなかったのか?」

「いや、すごく似合ってるし、綺麗だなぁって……あ――」

「な? そういうことだよ」

「ぼ、ぼっちゃまぁぁ……」

 顔がものすごく赤くなったまま、その場で固まってしまったメルコさん。

 ギギギ……硬い蛇口をひねるように首がまわりこちらに視線を向けてくる。


「メルコはお前の事が気になってるんだよ。立場上そういうのが言い辛いのは……察してやれよな」


「――……」


 赤面したまま今度こそ完全に固まってしまったメルコさん。

「えっと、そのですね……」

 状態を整理しようとして混乱している。

「俺はどっちでもいいけどなー。善治もメルコの事、結構好きだろ?」

「まぁ、好きだけど……」

「じゃあそれでいいじゃん……んじゃ、水飲んでまた寝るわー」

 コップに水を注ぎ、一気飲みをした後、寿人はそのまま二階に上がっていった。


 そして重い空気だけがリビングを支配していた。


「と、とりあえず、座りますか」

「そう、ですね……」

 顔を伏せたまま座ってしまったメルコさん。顔はまだ赤いままのようだ。

「あの……」

「は、はい! なんでしょう」

「善治さまは、その……坊ちゃまの事が無くても私に会ってくれる、のでしょうか?」

 胸の前で両手を組み祈るように訪ねてくるメルコさん。

 彼女は何故か苦しそうな表情で、ビクビクと何かにおびえているようだった。


「え? そんなの当たり前じゃないですか」


「へ? 本当ですか……」

 あっさりと返した返事に、心の底から驚いたようだった。


「立場上友達とは行かないでしょうけど、特別な人ではあると思ってます、よ?」


「……特、別? ……私が……善治さまの……ふしゅぅ……」


「……ちょ、ちょっと! メルコさん?」

 全身の力が抜け、テーブルにそのまま突っ伏してしまったメルコさん。

 夏とはいえ、そのまま放っておくのは気が引けたので、二階の客間までおんぶをして運んで行った。

「案外、軽いな。まぁ、あたりまえか……昔は身長差あったからなぁ……」

 出会った当時の事を思い出しながら、独り言がこぼれていた。

 客間の布団に丁寧に寝かしつける。


「おやすみなさい、メルコさん」


 自分の部屋に戻り、イビキを上げている寿人の横で、俺も眠る事にした。



◆◆◆◆



 寿人とメルコさんが泊まりに来た日から数日が経っていた。

 次の日の朝にはメルコさんが作ってくれた朝食を食べ、昼間は前日と同じように部屋でゲームや漫画を読み、夕食後二人は不知火家に帰って行った。


 次の日の分の食事などはメルコさんが用意してくれており、ありがたい限りだった。


 両親の帰宅はその日の夜だった為、自分はほとんど何もせずに両親の留守中を過ごせていたことになる。

 買ってきたお土産を、お世話になった不知火さん家に渡して来いと言われ、今は不知火宅の家の呼び鈴を鳴らしたところである。

「はい、どちらさまでしょう?」

「あ、お隣の白玉です。寿人君とメルコさんいますか?」

「善治さまですね! お待ちしておりました! 今開けますので中へ!」

 何かやたらとテンションの高い人のような気がした。

 玄関の門が開き、ほどなくしてドアが開いた先にはメイドさん達が左右に並んで綺麗な、お辞儀をしていた。


「お、おぉぅ……」


 感嘆の声が漏れるが、おずおずと中へと進むと、そのままメイドさんの一人に館の中を案内されある場所に通された。

 椅子がずらっと並んだ食堂らしき所には見覚えのある三人が座っていた。

「お、善治、よく来たなー」

「ぜ、善治さま……」

「――む、君が白玉善治君、だね」

 普段着の寿人とメイド服のメルコさん、そしてその中央には紋付き袴の異様に似合う白髪の男性が俺の名前を呼んだ。


 不知火天山。不知火財閥を一人で立ち上げた稀有な能力の持ち主がその人であった。


 寿人の父であり、メルコさんの雇い主であるその人物が俺に何の用があるのだろう?


「白玉善治、です。寿人くんとは仲良くさせていただいています……」

「がはは、知っとるよ。その話は寿人からもメルコからも聞いておる。君がどんな人物かもね……」

「はい、恐縮です……」

 話掛けられる度に圧を感じる。これが財閥のトップというものだろう。

「時に、白玉君よ。君はメルコの事をどう思っておる?」

「ちょっと、旦那様!」

「へ? メルコさんですか?」

「うむ……」

 獅子のような眼光を向ける天山に対し、何か慌てているメルコさん。

「一言で表すのは難しいですが、素敵な人だと思います」

「素敵か……それは寿人が居なくてもか?」

「寿人? メルコさんが素敵なのは寿人とは関係ないと思いますが……」

「ふむ、そうか……寿人は関係ないか……」

「メルコさんは一生懸命で素敵ですし、その、女性としても魅力的だと思ってます」

「ぜ、善治さま……」

「ほらなー、お父上。善治だったらメルコの事、任せても大丈夫だって」

「がはは、杞憂のようだな! 白玉君、今後とも寿人、メルコ共々頼んだぞ!」


「あ、はい。分かりました」


 何か全容が掴めないまま、話し合い的な何かは終わってしまった。

「あ、寿人、メルコさん、これうちの両親から。旅行のお土産だってさ」

「お、サンキュー」


「ありがとうございます。……善治さま……ちょっとこちらへ」

「ん? どうかしました?」


 突如腕を掴まれ、不知火親子と距離を取り、ひそひそ話を始めるメルコさん。


「その、本当にいいんですか?」

「何がですか?」

「……今、旦那さまと坊ちゃまの頭の中では、私達……付き合っちゃう事になってます……よ?」


「え?」


「やっぱり、気づいて無かったんですね」

「え? なんで? どうしてそんな話に……」

「すみません、私がお泊りに行った時の話をしたせいで……」

 心の底から申し訳なさそうに詫びを入れるメルコさん。


「そっかー……でも、メルコさん。謝る必要は全然ないですよ」


「へ?」

「メルコさんは俺の事、好きで居てくれますか?」

「え、そ、それはもちろん好きですけど……」

「それだったら、問題無いですよ。俺、あなたの事、大好きですし」

「え……えええ……」


 顔を真っ赤にして小さくなってしまった。


「ほら、メルコー。せっかく善治がお土産持って来てくれたんだ、お茶の準備してくれよー」


「……あ、か、かしこまりましたー」

 パタパタと駆けていくメルコさんの後姿を眺めながら、寿人の元へと歩いて行った。


 不思議な流れで、昔から憧れだった女性と不知火家公認で付き合う事になった。

 今後がどのように変わって行くかは不安でもあり、楽しみでもあるが……。


 いつも、寿人の側にいる不思議な雰囲気の女性。


 表情に感情が現れる事は珍しく、いつも無表情に見えたが、実はそれは違った。

 酔った時の彼女の表情や、恥ずかしくて赤くなった彼女の表情を見て、更にいとおしく思えるようになったのは間違いない。

 これからも、いろいろな表情の彼女が見たいと思ったし、いつまでも笑顔の彼女で側にいて欲しいと思う。


 そのためにはまず、俺は何をしよう……。


 あ、そうか。


 ひとつの目標が頭の中で浮かんだ。


 彼女が言っていた『私は今のままで幸せです』という言葉をまずは覆さないと――。




 今以上に、メルコさんを幸せにする事を目標に、今後は一緒に歩んでいきたい。

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