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感想:いままでずっと

 アイナちゃんも苦しかっただろうが、俺も同じくらい苦しかった。

 なんでわかるかと言うと、一緒にいたからなんだな。


 話は遡ることアイナちゃんが闘技場で勝利を残し、ウィンチとかいう現金な女のところへ訪れた時だ。

 俺は前もって女に影白剤をアイナちゃんに盛ることを約束した。


 女の構える店舗の影に潜んで待っていた。

 戦いが終わったらすぐに来ると思っていたのにしばらく経っても来ない。

 おかしい。そう思って影から抜けだそうと思った。


 その時、かわいらしく駆けてくるのは我らが正義アイナちゃんだった。

 俺は心踊らせながらアイナちゃんの退店を待った。


 時間は刻々とすぎ、待ちかねたその瞬間をとらえた。

 素早く飛び入った一点、ぬるい泥に浸かるようにして沈み込む。


 影潜りなんて手は使いたくなかったが、メッセージにも反応しないんだ。仕方がないだろう。


 アイナちゃんが作る影に体を揺られながら思った。

 この時間が永遠に続けばいいのにと。

 それが本当に永遠に等しい時間続くと、誰が思うだろうか。俺だって何かの冗談かと思った。


 彼女がログアウト用の地下室にこもった。この時点で俺は異変に気づいた。

 一歩も動けない。


 影の中ならば自由に行き来できるはずなのにだ。そればかりか、ログアウトに際してもアイナちゃんの体が消えないのだ。

 ああ、どうすればいいか。抜けられるならば据え膳と言うもの。

 もどかしさばかりが募る。


 結局、なにもできないままアイナちゃんが帰ってきた。

 どこか疲れているような雰囲気だった。

 いくら影を共有する仲になったとは言え、そこまで言及するのでは角が立つだろうと思った。



 観察を続けていると、急にログアウトができないと騒ぎ出した。

 あまりに取り乱した風だったので、気になって俺も試してみたがやはりできない。

 アイナちゃんに反して俺は冷静さを保っていた。


 取り乱した人間を目の前にすると冷静になる人間の心理と言うべきか、それともただ現状に不満がないからか。

 どちらかはわからないが、少なくとも俺にいま速やかに対処行動をとる必要はなかった。



 アイナちゃんはそれから街を出て西へ向かう。情報収集だそうだ。

 影から抜け出すこともかなわず、しばらくしてある女に出会った。それは俺ではなくアイナちゃんがと言うべきだろう。

 なぜなら相手は俺の存在を認識していないからだ。


 名前を調べて見るも、俺の人物メモにも名前はない。無名ないちプレイヤーだった。

 その時点で興味を失った俺は傍観に徹した。傍観以外にできることはないと知りながら。


 次第に打ち解けていく姿にどこか嫉妬じみた感情を抱く。

 しかし、それはすぐに解消されることになった。


 大量のプレイヤーが、アイナちゃんとその同行の女を襲ったのだった。

 これは彼らにとっての日常行動だった。

 アイナちゃんが自分の縄張りに入ってきたプレイヤーを潰すのと同じように、彼らも自らの縄張りに入ってきたプレイヤーを狙っていたのだった。


 ひとたまりもなくやられてしまった女はともかくとして、アイナちゃんは仕事をこなした。

 相応の危機だと感じたのか、剣を折ることだけに特化した得物を使用した。めったに見ることができない彼女の本気に俺は感動した。


 彼女のファン一号として解説しておこう。

 あのソードブレイカーはSOE代表のクズキリをいつかへし折るためにあたためてきたものだ。

 だが、へし折られたのは誰の心かはわからない。


 女を失ったアイナちゃんはどこか陰を帯びていた。それは俺か、別の何かかはわからない。

 ちなみに、その女って言うのはそこにいるミカヅキらしいな。最近知ったよ。



 そうしてたどり着いたのが西の街だ。

 俺の主拠点だけあって懐かしい気分になったのを覚えている。

 まあろくでもない街だ。ナンパも後を絶たない。と思いきや一人しかアイナちゃんに声をかけないと来た。

 俺は怒り心頭だったね。これだけ人間が集まってお前しかわからないのかって。

 ああ、コレハル、お前だよ。返事はいい。


 それよりも、アイナちゃんに友人らしい人間が、ウィンチ以外にいることに驚いた。

 サナタと、それにミカヅキと名乗ってたけどあんただろ、マダラメ。


 サナタを除いた三人は地下道へ行った。今から考えても難度に対して三人は過剰だったように思う。


 ところがどうだろう。帰り道にはギュウヒとその他大勢だ。

 つくづく変なやつに睨まれるアイナちゃんに、わずかながら同情しつつなりゆきを見守る。

 拾って連れて来てやった飼い犬コレハルにまで、手を噛まれるのまでは俺も想定していなかった。


 そうして逃げ出してくるとサナタはいなかったんだよな。


 これについては情報通の俺だ。調べはついている。

 最北端に派兵した野菜主義がもうすぐ帰ってくるのを察知したサナタは、それを食い止めようといち早く北の街へ出発したらしい。

 知ってるか。当時のHOの武闘派ギルドの大半はサナタの手の内だったってことをさ。


 追い詰められたアイナちゃんとマダラメは最後、日の出を待って目眩ましを使って脱出をはたした。

 この目眩まし、実は俺には効かない。


 事実を目撃した者として証言をさせてもらおう。

 マダラメは得意の変装でギュウヒ率いる野菜主義に紛れ込んだんだ。

 なんとも簡単な話だが、アイナちゃんは気づかなかったようだな。ま、岡目八目としておこう。



 さて、毒を受け、苦しみながらも侵攻ないしは逃亡を喫するアイナちゃん。

 どこまで落ちても美しいのは言わずもがな。


 それより、知ってるか。ここですれ違った商団、実は野菜主義の残党なんだな。

 ドラゴン相手に半壊どころかほぼ全壊の大敗北を喫した最北端戦から帰ってきた寄せ集めの兵だ。

 西の街での情報はすでに伝わっていてアイナちゃんを探していたようだが、岩一枚隔てただけで見逃されるとはあまりの強運に俺は拍手したよ。

 よりによって野菜主義の傘下に加わったのは意外だったが、これについては他のギルドでまともな人員が残っていなかったからだ。やむを得ずといったところか。



 辿り着いた先に、ようやくもう一人の役者が揃った。ミネだ。

 俺の印象としてはどうしても二番手と言わざるを得なかったのだが。当たり前だろうアイナちゃんが一番なのだから。


 ミネと紅茶のやり取りをする微笑ましい一幕。のはずだったが、俺としては背に冷たいものを感じる。

 飲食が極端に少ないアイナちゃんだから影潜りと言う手段を用いることができたのだ。

 もし他に効果のあるものを口にしたならば俺の存在にも気づいてしまうだろう。


 俺のその思いに俺自身が気づいたとき、現状に満足している自分がいた。

 それはアイナちゃんが戦うことに積極的ではないのにやめられない現状と同じなのかもしれない。

 異常な世界に置き去りにされ、そこにどこか日常的な風景を混ぜ込むことで安定を得るような心理。



 その村の存在を俺は知らなかった。が、俺の調べによると、ミネは野菜主義の商談から毒の魔女の話を聞いていたらしい。

 それによって解毒剤を手にしていたものの、渡しあぐねていた。


 いじらしいことだが、その程度では俺をファンにつけることはできない。

 結局のところ俺は二人のやり取りを冷めた目で見ていたわけだ。

 まあ俺が見ていようと見ていまいと彼女らの振る舞いが変わることはないのだから、どうでもいい話か。


 そこからどうなったんだったか? ああ、そうだ。

 例の地獄めぐりだ。毒で苦しんで次は無為な永遠の徒労。なんとも甘美な響きだが、このたらいまわしには終わりがある。

 擬似的な円環構造に取り込まれる、いわばシミュレーションだ。

 なるほど、この世界も何者かによる世界の映し身なのかもしれない。

 思いを馳せながら俺は村中を駆けまわる二人を眺めていた。


 焦りを覚える出来事に遭遇した。想定外だ。

 アイナちゃん覚えてるかな。影に潜ったこと。あの瞬間、俺に、俺の中にアイナちゃんを感じた。

 いや、もちろん、この表現が気持ち悪いことは俺も自覚している。


 だが、そうとしか言い表せなかった。

 自分自身の境界面に妄想した理想の偶像がその形を現したのだ。かつてない衝撃と興奮を覚えた。

 それはアイナちゃんに初めて出会ったあの日の再現だった。


 だが、終わりは早かった。

 ミネのやつが建物に入る瞬間、アイナちゃんも影から出て行ってしまった。

 それはまるで俺が影に潜り込んだまま出られなくなったあの瞬間だった。当時は疑問にも思わなかったが、アイナちゃんが影から出ることができたこと。後で頭のおかしい海賊が証明してくれた。


 そのあとは流れだ。水に流そう。ミネもアイナちゃんも、確執を残さないようにな。

 ミネがアイナちゃんを引き止めたとき俺は共鳴を覚えた。これも非常に感覚的なことだが。影のなか、どろどろに溶けてしまった俺の精神ではその感覚がすべてだった。共振された俺の身と心は後になっても、見えない絆として残り続けていた。



 SOEと慣れ合い、訳知り顔の海賊を退け、さらに知ったかぶりをする空の街を超えてたどり着いた先のここ。

 新着データのたまり場、地下空洞に住み着く怪物と対峙したアイナちゃんは、大先生とか呼んでる女からHOの全権移譲される。

 戦うのを想定していたようだが、そうはならなかった。

 住処を荒らされたのにもかかわらずすごすごと引っ込んでいってしまったからだ。

 何が目的だったのか。会話の内容から察するに傍観者としての立場を重視したいようにも見えた。


 結果としてアイナちゃんは世界の中心にその身を置くことにした。

 そこから全域にわたって毒をまいた。誰もが等しく死を受け入れられるように。

 その代償か、アイナちゃんは石になったように固まってしまった。

 誰も触れることのできない、触れたものすべてを呪う、そんなものに。


 さてここから退屈したのは俺だった。

 観察対象は石になってしまい、地上からは生きとし生けるものすべて一掃されてしまった。

 俺の楽しみをすべて奪われるなんてこれ以上ない苦痛だった。


 だが転機は訪れた。長かったような気もするが、終わってしまえば一瞬だったようにも感じられる。

 その期間の記憶は曖昧だ。なぜなら唐突に開かれた世界の衝撃は退屈な時間を忘れさせるほどだったから。

 新世界の創生を見るようだった。誰が、なんのために。


 アイナちゃんはそれでも変わらず石のまま動くことはなかった。


 俺はあてもなくさまよっていた。

 あるとき、声援がこの身に届いた。


 すり鉢状の客席。中央には整地された舞台。久しぶりの闘技場を目にして懐かしい気分になった。

 観戦に集中しようと、影の中で霧散していた体を集中する。

 五感が多少補正され、他者からはよほど注意深くなければ気づかれない。が、そこにまさか本当に注意深いやつがいるとは思わなかった。


 女は言った。「久しぶりだね。マガト君だったか」顔色の悪いローブ姿の女だった。

 その立ち姿は影となった俺以上に立派な幽霊をやっていた。


 そんな小気味悪さを感じながら、前回女と会った時と同じようにしょうもないやり取りをした。

 いわく、今推してるプレイヤーがいるのだと。

 知った事かと聞き流していたが、登場してきて指をさして言う。

「あれだよ。似てると思わないかい」ああ、たしかに。


 アイナちゃんとは別の方向性のねじ切れ方をしていた。

 その絶対値は勝るとも劣らない。

 それで次の対象はミネに決めたんだ。


 案の定、ミネは俺の存在値とぴったり一致していた。

 まさか意思疎通までできるとは思っていなかった。

 結果としてミネは未来を見通すかのような指示を下す俺を大先生と呼び慕った。


 いや、ミネをここまで連れてくることができてよかったよ。途中何度ミネの心が折れたことか。

 これでようやくアイナちゃんをどうにかすることができる。

 なあに、まずは相談からだ。取引には両者の合意を待つのがあたりまえだろう。


 それより、アイナちゃん。俺ずっとアイナちゃんのことアイナちゃんだと思ってたんだけど、そろそろ指摘してくれないかな。アイナちゃん。

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