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予想:そしてすり合わせ

「これ本当に目的地まで保つんですか?」

 そうミネが言った。


 船は揺れに揺れ、ときどき浮力を失う。タイミングが分からないため、ジェットコースターよりも恐怖度は高いと言えよう。


「おかしいな。良いのを仕入れたつもりだったんだが……あいつまだ怒ってたのかな」

 仁吉が恐ろしいことを口走る。


 ミネの顔はみるみる青ざめる。

「落ちたらあなたも一緒なんですよ? わかってますか?」

 震えている様はどこかで見た覚えがある。


「落ちたって大丈夫さ。俺の船が基礎にあるんだから。というか大部分俺の船だからね」

 繰り返し自分の物だと強調しているのは是春だった。

 浮ついた調子がこいつらしい。


「どんなに丈夫だってこの高さでは意味ないんですよ!」

 叫ぶように言う彼女に対し、男二人は顔を見合わせて乾いた笑いをやり取りする。


「そうは言ってもなあ。こっちも急ごしらえなんだ。そもそも、なんだって昨日今日で空中都市攻略なんか。そりゃあ、いつかは行かなきゃならないだろうが、今なんて……」


「ドラゴンを仕留め損なったのはジンキチさんの準備不足のせいですからね」

 じっとりと彼を見つめる。

 まあまあ。と仲裁に入りたくなるが、あいにく俺には止めに入る肉体がない。


「俺の顔の広さを舐めてもらっちゃあ困る。おかげで誰もまともに物も売っちゃくれないからな」

 どこか嘲るようにいじけてしまう。


「いままで悪いことばかりしてたんだから当然でしょう……」

「その俺になんで大量の物資調達を頼むかなあ」


 重箱の隅をつつき合うようなやりとりに飽き飽きした是春が割り込む。

「ミネちゃんちょっと待ってよ。ドラゴンが空中都市に向かっていったなんて話、全員が信じてると思わないでほしいな」

「ではどこへ行ったって言うんですか。あれだけ大きな魔物です。隠すにも、倒したとしてもその痕跡はどこへ?」

 散々話し合った内容だった。


 一方でその主張はずっと聞いていた是春も暖めていた反論があったようだ。

「トリックだよ。物理法則もおぼつかない、こんな世界でならなんでもありだと思うな。ねえ、どんな方法でやったか白状しなよ」

 ひどく攻め立てるように。


「それはもう、ドラゴンをアイテム化してですね」

「そんな方法が?」

「そんなわけないじゃないですか。どうやってもできないんですよ。だからあれはあそこへ向かったんですってば」

 豆粒ほどに見える都市を指差して彼女は力説する。

 ああ、俺も味方と行動していたらこんなにも無闇なことで言い争わなければならなかったのかと。


 ミネは仁吉に手配してもらった空中船に乗って空中都市への到達を待っていた。

 彼らの場合、俺の時とは違って使える金に限りがあった。

 あこぎな商売での稼ぎしかない仁吉の手配だ。しかたがなかったのだろう。


 是春の船を改造しなければならないほどに土台が足りなかったのだ。

 幸い、生きているプレイヤーの多さから、空中資源は出回っていたため改造自体はうまくいった。


 問題はその空中資源の輸出によって強大な力を持った空中都市を落とさなければならないということだった。



 さて、俺がHOを失ったあとどうなったのか。


 新しいHOが始まった。

 そうとしか言えなかった。


 そのとき俺は仮説として、時間が巻き戻ったと思った。

 あるいは、世界を統べる者として無意識の願望が叶ってしまったのだと思った。


 しかし、俺の目であり耳である世界覚からの情報を精査した結果、どうやらどちらでもないらしい。

 ある者は個人的に誘われたのだと言い、ある者は拉致されたのだと言う。

 見れば、今までみかけたことのあるプレイヤーばかりだった。


 なるほど。旧HOの再現か。と何者かの意思が感じ取ることができた。

 俺が知っている人物の中で一番あてはまるのは大先生だろう。

 途中で勝手に抜けだした腰抜けだ。


 どうやってそれだけの人員を動かすことができたのかまではわからなかったが、少なくとも俺の知る限りの情報での推測はそんなところだった。


 そして推定大先生による再現。は、あまりにうまく行き過ぎた。

 俺の役割を担うことになったのはミネのようだった。


 ミネは俺とまったく違う道を歩むこととなった。

 いや、違うというよりは、正反対と言うべきだ。

 白か黒かではなく、上か下かでもなく、有か無でもない。

 鏡像や表裏や平行世界といった、同質にして細部の異なる。

 そんな道だった。


 ミネは俺が決別してきた者たちと、手を合わせ、時には衝突しながらもここまでやってくることとなった。

 神殺しの丘も例外ではなかった。


 だが、そこで問題が生じた。

 頭が痛いことに、神殺しの丘はことごとくミネの行き先に現れては邪魔をする。

 目的を共有する、味方になるべき相手どうしなのにだ。


 当然ながら俺の旧友たちの方があらゆる面で優れていたため、ミネたちはそれを乗り越えることはなかった。


 ひどかったのは、そう、東の街で行われた集団デスマッチだった。

 世界を揺るがす大型クエストのヒントを得るべく参加したミネたち。

 1パーティー同士で行われた戦いに善戦するも、最後の最後、シード権で上がってきた神殺しの丘に蹴散らされてしまった。


 失意の中、散り散りになったメンバーたちを集め、ようやくドラゴンと対峙したミネだったが、これも敢え無く失敗。


 そうして決死の覚悟で空中都市へと向かう途中。

 俺も空中都市へ向かったところからの記憶はほとんど残っていない。

 自由を捨てたあの時。あの時からどうなったか、ミネに証明してもらうとしよう。



「いやだから……」

 ミネが二人にあらためて状況の改善を要求しようとしたとき。


「もし、みなさん」


 背後から話しかけられ、驚いたミネは振り返って声の主を確認する。

 そこには羽を生やした長身の男がいた。

 肌は透き通るようで、そこらに漂う雲にでも擬態できそうだった。


 空の民は皆淡白で何も考えていない、いつも空虚だ。

 ミネに話しかけたこの男もまた、白々しく空白な言葉を投げかける。


「どちらへ向かわれるので? このまま行くと私達の街の空域に入ってしまうので引き返してはもらえないでしょうか」

 重量を感じさせないふんわりとした足取りで、ミネを含めた三人の周りを舞踏する。


 仁吉がいらだちを露わに。

「地面も踏まないというのに、俺たちを値踏みするってのはどうもいけすかない」

「地面だなんて……」

 男は汚物を吐き捨てるように言う。


「その人に地面の話をしてもしょうがない。俺が戦闘ではなくチームワークを重視するように、この人たちも自分が崇高だと思うもの以外興味はないんだろうさ」

 調べによると、是春の言うチームワークとは女性と話すことにある。

 というのも俺に敗れてからというもの、自らの戦闘技術に自信を無くしているようだった。


「そのわりに領空だなんて、下手すると地上の人たちよりも『領土』意識が高いのでは?」

 そのとおり。俺は彼女に拍手を送りたくなる。


「僕はみなさんのために言いに来たのですよ? いえ、ならいいんです。それで」

 風の赴くままにといった態度を見せるが、それは表面だけだ。

「それに、いったいどの立場から言うんですか? どこへ行こうと私たちの勝手じゃないですか」

「申し遅れました。僕は空中都市の警備隊長、羽馬です。警告もなしにというのでは可哀想だと思ったのですが……」


 その名前を聞いて俺は思い出す。

 あの時、俺を飛行不可能まで追い詰めたプレイヤー。


「余計なお世話だったようですね!」

 不意に駆け出し船から飛び降りる。


 ああ、そうだ。こいつがあの一番大きなやつだ。

 俺に救われたと自称する彼らはどう対応するのか。高みから見物させてもらうとしよう。


「実は本当に警告だけしに来たんじゃないか?」

「だったらなぜ飛び降りるなんて……」

「俺の船であんまり荒事にしないでほしいんだけどな」


 のんきに言っているミネたちの背後で大量の混合音声が聞こえる。

 聞こえてから振り返った一同は息を呑む。


 人が船をなす。正面へ進むことに適した前突型の陣形で、近接武器と魔法と弓の三階層の戦術的分担がなされている。

 俺と相対したときの反省を活かしたようだ。


 それを後押しするように是春の船と同じ大きさだけの人型が控えている。

 その人型こそ、先ほど警告に来た羽馬だった。


「さて、これこのまま突っ込むのと落ちるの、どっちが原型とどめてられると思う?」

「聞くまでもないでしょう……」

「今から引き返せば許してもらえ……ないよね」

 是春がうなだれる。

 警戒心の高まっている時期の領空侵犯だ。これをうっかりで済ましてもらえるほど、相手もおきらくではなかった。


「どうですか。これを見てもドラゴンが空中都市に向かっていなかったって言えますか?」

「俺だって、ミネちゃんを疑ってたわけじゃなくて、裏付けがほしかっただけさ」

 飄々と言ってのけるが、その心中は自分の船のことでいっぱいだろう。事が終われば返してもらえる予定だったのだから。


「接敵にまでまだ時間がある。とりあえずあいつに相談しておこう」

「いえ、まだ怒ってるかもしれないので、私はちょっと……」

「そうも言ってられないだろう」と二人に引きずられていくミネ。


 連れて行かれる先にいる彼女についても触れておこう。

 ついぞ名前を聞くこともなく決別することとなった女。

 名も無きプレイヤーメイドの街で繋いだ手を話すこととなった。嫌な思い出だ。

 しかし、ミネは神殺しの丘を半ば利用する形で彼女を守り切った。

 俺は妬ましくも、どこか誇らしい気分でそれを見ていた。


 だが、ミネはどうも彼女が苦手らしい。

 何事も一刀のもとに断じてしまうミネと色恋する彼女とでは相性が悪いのはわかる。

 それを差し引きしてもミネが一方的に苦手意識を抱いているように見えた。


 操舵機室に放り込まれたミネは彼女と相対する。

「ミネ、あんた生きてたの。てっきり甲鈑での騒ぎでやられたのかと思ったわ」

 想像したとおりご機嫌ななめの様子。


 失敗したドラゴン討伐で、彼女の恋する葛切をとっさの判断ミスで見殺しにした件でいまだに怒っているのだ。

 その結果、皆と離れて操舵を任されたのだが。


 あとから入ってきた是春が

「そう言ってると全員やられるんだから話を聞いてくれよミカヅキ」

 もちろん俺に聞き覚えのある名前だが、背中に龍は無い。


「知ってるよ。気づかれないように低空飛行のつもりだったんだけどね。あんたたちが騒いでたからじゃないの」

「あれで低空だったんですか」

 目もくらむ思いで揺られていたミネとしてはそうも言いたくなるだろうが、状況がまずかった。


 睨みを効かせる三日月。

「何? 私の操作が悪かったって言うの?」


 俺の心情を代弁するかのように男二人が苦笑いを浮かべる。

 いや、そこは割って入れよ。


「……作戦はどうしますか」

 三日月による感情的な流れを断ち切るかのように本題をきりだす。

 これはしめたとばかりに。

「俺とハルとしてはこれ以上の負担は避けたい。一度降りないか」


 しかししてその及び腰はミネにも伝わったようだ。

「それ、ミカヅキさんにも失礼なのわかってますか?」


 彼女があまりに無茶を言うものだからか、不満が再燃したようで。

「ミネちゃんさあ……。あの数相手に操作技術だけでどうにかなると本気で思ってるの? そもそもドラゴンが襲ったはずだから戦力も衰えているはずって言ったのミネちゃんだよ?」


 ああ、俺もそれは驚いた。

 空中都市の連中はあのドラゴンと恒常的に戦っているだなんてことは、ひた隠しにして公表されなかったのだ。

 空中資源の独占を防ぐために用意された、最北端の卵なんて物は効率のよいやり方が見つかるまで無いものとして扱われることだろう。


 したがって、ミネの行った強行突入という選択は動機の時点で間違っているわけだ。

 自分のことを棚に上げているようだが、俺は結果として成功させたのだから論外だ。


 自分の出番が終わり、退屈していたところへ程よい刺激だった。

 今感じている苦痛さえも忘れさせてくれる。

 さあミネ、無理を道理に変えてくれ。レールはすでに敷いてある。

 ここまで来るのだ、早く。

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