ウィンチ、罠をはる
ミネに闘技場の見える位置まで連れてきて、あとは自分で行ってもらうことにした。
さすがに襲撃されたこともあって、その意図は察してくれたと思う。
「今日はありがとうございました。面白い? 体験もさせてもらって」
面白いだろう。これが俺の日常だ。
「ええ。いつでも連絡してください」
いつでも対応できるほど暇じゃあないんだがな。
道すがら、彼女が自らを初心者だと明かしたことで、放っておけなくなったのだろう。
闘技場の方向を眺めていたミネが何かに気づいたようだ。
「あ、彼です。おーい! こっちこっち!」
今いるのは闘技場の正面にある大きな通りである。待ち合わせが闘技場前だということで、通りがかりに待ち合わせ相手がいたのだろう。
俺は待ち合わせ相手に目を向ける。
鈍く光を反射する青い鎧は、この街の自治ギルドのトレードマークである。
それを確認した時点で逃げる準備をする。
さらに顔をよく見れば見覚えがある。より詳しく見れば大きな背中には戦斧ときた。間違いなく彼はブライアンだった。
俺はミネに気取られないようにそっと姿を消す。
自治ギルドに目をつけられている俺は、少なくともミネといるところを見られたくなかった。それは彼女のためでもあるし、俺自身が彼女の進路選択に必要以上に干渉したくなかったからだ。
これからミネはブライアンの所属する自治ギルドのひとつ、SOEに入るかもしれない。その場合、俺とのつながりは障害になる可能性があった。
あるいはありえないかもしれないが、俺の影響を受けて俺と同じ道を行くかもしれない。
このプレイスタイルを確立するきっかけも、ミネが経験したような出来事と似ていた。
その点で彼女に自分を重ねているが、無言の内に他人に過度な期待をするのはフェアではないだろう。
敵になるか、味方になるか。どちらにせよ俺を手負いにした分だけ楽しませてくれればそれでよいのだ。
俺はそこで自らが手負いであったことを思い出す。
この街の中では落ち着ける場所はなく、消費したアイテムを補充する必要があった。帰り道とは逆方向になるものの、このまま街から出てむざむざやられるわけにはいかない。
知り合いの商人系プレイヤーのいる街の北東へ向かう。道中に自治ギルドの者を見かけたが、目で追うだけで許してもらえた。
市場の中で入っていく。取引の確実性のためにここもしっかりと警備されている。
いつもの顔ぶれ、商売人プレイを好むプレイヤーというのはいつだってここにいる。数字がひたすら増えていくのが楽しいんだそうで。
俺には理解はできないが、そういった意識を知ってやることはできた。
知り合いはこの市場の外れに店屋を構える。
適当に辺りの露店で買うことが可能であれば、こんなはずれまで来なくてよかったものを。それでも、HOにおける取引は常に相互の合意が必要である。
俺はあらゆるところから、かき集めるように恨みを買っている。代わりにアイテムは売ってもらえないのだ。
よって、買い物をするためには知り合いのもとへ行くしかない。
窓がなく、全体がのっぺりとした冷たい印象を受けるその建物こそが奴の店である。
俺は戸を叩き、押し入る。
中も物置のような埃っぽい雰囲気であった。
「おっす。今日は何をご所望だ」
声が頭上から降ってくる。一瞬間があってすぐに俺も対応する。
「見てほしいものがある。あと、細かいのをくれ。とりあえずは回復薬を」
こいつとは俺が一般的なプレイヤーだった頃からの知り合いであるから気兼ねなく話せる。
「回復薬? どうした。負けたのか」
右の階段から降りるウィンチの長い髪は左右に揺れる。大きな布の中央に穴を開けて首を通しただけのポンチョのような服は、着用者に裾を踏ませ階段から突き落とさないか不安にさせる。
「ダメージ受けたら負けってルールだったら負けかもな」
俺はカウンターに座りながら彼女を待つ。
「これな」
どこに収納スペースがあるのかわからないポンチョの中から取り出した、紫色の透明な薬剤が入った瓶をカウンターにのせてくる。
いつ見ても気味の悪い液体だ。俺が回復薬を持ち歩かない理由のひとつだ。
向かいに座ったウィンチは、胸もカウンターにのせ、息をつく。コンプレックスがあるのか、かなり大きく設定されたそれが俺には理解できない。
俺自身ですべてを設定した愛奈は両手にわずかにこぼれる程度だ。間違いなくこれが正しいと思う。いや、正しいのだ。
反感を抱くが、多くの借りがある友に噛み付くわけにもいかず。
紫の液をあおりながら本題に入る。
「それで、闘技場では勝ったんだが……」
「勝った!? 4年守られ続けたあの殿堂入りを果たしたのかい」
負傷の理由を答えようと思ったのに、そこを強くつっこまれては説明せざるを得ない。
「ああ、そうだよ。全部、ウィンチの作戦どおりだったよ」
彼女は俺の出資者であり作戦担当だ。
先ほどの敵をトラップにかけるやり方などは、完全に彼女の助言によるものである。
彼女も俺と同じく手の込んだ搦め手を好むが、彼女の場合俺にアイテムの消費をさせるための方便である場合がほとんどだ。それでもその効果は間違いないので文句はない。
「そうだろう? 過去の戦績から考えてブライアンがお前とあたるのはわかりきっていた。……ってお前これキューエスの装備じゃないか! 仕留めたのか」
ウィンチは俺の提出した装備類を見て言う。白銀に光り輝く胸当てに、それと対照的な反射防止加工の施された真っ黒な精密クロスボウがそこにはあった。
ミネといたときに襲撃してきた奴の装備だ。身ぐるみ全部剥がしてもよかったのだが、移動制限がかかりそうだったので一番値打ちのありそうな物だけにした。
「キューエスって誰だ? 有名ではないだろ。俺知らないし」
俺が足を組かえながら言うとウィンチは見咎める。
「お前、それ座り方気をつけな。その裾の長さだとまくれ上がっちゃうんだから」
「ああ? いいんだよ、普段はちゃんとしてるから。というより俺が外で隙を見せると思ってんのか」
俺が隙を見せるとすればそれは罠だ。そこへつけこもうとした馬鹿な獲物にカウンターを決めるためのものであり、意図しない隙などない。
「本当かねえ。それより、キューエスを知らないんだってね」
「知らないね。そもそも名前なのか?」
キューエスだけでは、9とSと書いてクエストの名前かもしれないし、新しい魔物の略称だとしたらもっとわからない。それほどまでに、俺と一般プレイヤーとの格差は広がっていると自覚しているのだ。
「英字のQとSだよ。ちなみにプレイヤーだよ」
妙な名前だがプレイヤーならそんなものだろう。
「ふーん。それでどんな奴だったの」
「やりあったのにわかんなかったのかい」
お前の目は節穴かと言われたような気がした。
「そういえばクロスボウの割に連射が早かったような」
クロスボウがメインのプレイヤーとあたったことはなかったし、俺もめったに使うことはないから詳しくはないから、名前の印象からなんとなくで山を張った。
「いや、そうじゃなくてさ。キューエスの持ち味は狙いの正確さだよ」
勘ははずれたようだ。「そーかい。そりゃ珍しいや」と適当に投げ返す。
「お前とは相性が悪いと思ったんだけどね」
たしかに悪いと言えば悪い。だがそれは開けた場所からの狙撃だった場合だ。遮蔽物が無ければこちらからは弱い攻撃しかできない。距離を縮める前に仕留められてしまう。
それが今回に限ってはそうではなかった。
「場所がよかったんだよ。西の路地裏でやられてな」
西の路地はあまりに入り組んだ地形で有名だ。土地勘が無ければ3日は彷徨うところほどである。
「西か。だったらあのやり方で仕留めたんだろう?」
褒めなければならない面倒な流れだ。
「ああそうだよ。ウィンチのおかげ。ありがとありがと」
俺の感謝の言葉は、窮地を救う名案を教えてくれた恩人に対して投げやりにかけられる。
「だろう? だからいつも私は言っているんだ。お前は近距離戦ばっかりで遠距離からの攻撃を気にしなさすぎる」
その後も、独自の戦術理論を小言をまじえながら並べ立てるので、俺はそれを遮る。
「そんなに言うならさ、自分で戦えばいいだろ」
恩はあるが、言いたいことは言わせてもらう。それが彼女と俺の仲だ。
「前から言っているじゃないか。私はステータスの伸びが悪くて攻撃力が皆無なんだ。無駄に豊富な体力だけで何ができるっていうんだ」
ランダムに上昇するステータスの仕様のせいか、たまにこういった使えないのにやたら尖ったビルドが存在する。
しかし俺は使えないとは思わない。
「例えば俺の肉壁になるとかだな……」
肉。まさに彼女にぴったりだと俺は思う。特に胸のあたり。
今はゆるゆるポンチョで隠されているが、腹回りもどうなっているかわかったものではない。
「だれがお前のために犠牲になんかなるもんか」
「まあそうなんだが、やりようがなんかあるだろってことだよ」
例えば俺と同じ毒を主軸に持ってくれば相手が弱るまで耐えればいいわけだ。豊富な体力は時間稼ぎにもってこいなわけだし。
「ないからこうしてるのさ」
絶対に嘘だ。ウィンチは自分に有利な情報を包み隠す癖がある。
そうこないだも。
「そうだウィンチ。俺が水属性に弱いこと流しただろ? ネタはあがってんだ」
俺の装備で唯一の欠陥だ。
今まではバレてなかったから、こっそり無対策で避けてきたというのに、最近になって水属性の襲撃者が増えた。あまりに不自然だったので、別の筋に調査を依頼したところ、この女が犯人として浮上してきたのだ。
「だから言ったじゃないか。常に対策は考えておけと。それも二重三重にね」
悪びれもせず、否定もせずに彼女は言う。
たしかに弱点を放置していたのは俺の失敗だろう。しかし問題はそこではないのだ。
「ふざけんじゃねえ。人の秘密漏らしといて何が商売人だ」
闘技場で優勝できたのは彼女のおかげでもあるが、一方で潰されかけているのだ。何がしたいのがまったく理解できない。
「情報も売り物だからねえ。それよりも、お前は私を止めようとしているのかい?」
結局、私利私欲じゃないか。手前で勝手にして、巻き込まないでほしい。
「ああ。できるならやめてくれ」
「おっと。言ったな?」
あの話か。そう思ったが言わせてやることにして目をとじる。
「神殺しの丘、規則。『仲間のやりたいことを邪魔しないこと』」
神殺しの丘、そんな名前のギルドが昔あった。というよりウィンチと俺はそこに所属していたのだ。しかし今はない。
それに規則と言ったって子供に言って聞かせる『みんなのおやくそく』レベルのちゃちな代物だ。
「またそんな昔のギルドの話かよ。後半はほとんど初心者狩りばっかりの最低なとこだっただろ」
あまりしたくない話だ。俺は伏し目がちに言う。
「お前だって当時は『大先生!』って言いながら、マスターの後追っかけてただろう?」
大先生は今だって俺の大先生だ。でも今は関係ない。
「昔の話だろ。それにしたって俺の邪魔をしておいて、自分の商売を優先させるのかよ」
「お前は負けずに相手を煽り続けれれば満足なんだろう。お前が弱点突かれたぐらいで負けないことはわかっていたし、私だってお前のせいでたくさんの常連をなくしたんだ。お互い様だろう?」
そうだったのか。想像力を働かせればわかった事かもしれない。
「もういいよ。それじゃあまた今度な」
真偽はともかくとしてこの場では結論が出なそうだったため帰り支度をする。
「まちな。これが無かったら、お前はどうやって戦うんだい」
そう呼び止める彼女が俺に渡してきたのは、まきびしをはじめとする罠一式だった。
やはり彼女は俺のことを考えてくれているのだなと、俺は少し認識を改める。
「ありがとう……」
俺はただ礼を言うと、ウィンチも微笑み返す。
「またきなよ」「ああ」
油断のならない女だが、その時だけは通じ合えた気がした。