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変わってしまったもの

 結局オウカと一日中取り締まりに駆けずり回って潰れてしまった。

 リーダーことクズキリと話をつけるのが先決だというのにだ。


 SOEに提供された寝床に着いて、大先生にオウカの言っていたことを問いただした。

「抵抗できない状態で放っておいたんだから何があっても不思議ではないね。システム上できないと言ったところで、数値が減っただの増えただのなんてのはただの誤作動、いわゆるバグとかなんじゃないかな」

 などと言ってわかったようわからないような説明しかしない。


 そして明け方、今度は昨日よりも早い時間にクズキリを訪ねた。

 彼の言う順番が大事ならば、こちらもより早く用事を申し出てやろうというつもりだ。


「なんだね君は。俺は起床時間にならないと仕事はしないと決めているんだ」

「昨日合った顔も忘れたんですか。あんたが呼び出したんでしょう」

「昨日……? 呼び出し……か」

 反応が鈍いが、それが寝ぼけているからか本当に覚えていないからかは判断できなかった。


「ああ、あれか。新人面接という話だったな、たしか」

 彼は合点がいったという調子で言う。

「面接? 私はすでに入ったことになってると聞いたんですが」

「それは半分だ。議会が決めたことであって、最終決定権は俺が持っている。と言っても形だけだがな」

 なんともややこしい組織関係になっているようだが、入ってしまえば末端の俺には関係ない。


「では、面接を始めましょう。形だけなんですからここで十分でしょう」

 普通なら宿舎の一室の扉越しでの面接などありえないだろうが。

「形が大事なのだ。面倒だな……。10分後に下の応接間に来てくれ」

 面倒はこっちのセリフだ。


 扉を勢い良く締め切られてしまった俺は疎らに出入りが行われる宿舎で呆然としていた。

 早朝だというのにそれなりの人数だ。

 ここに寝起きの悪い者も含めればそれなりの規模であることがわかるだろう。


 そんな中にまさか思いもしない人物がいた。

「おい! イチゼン!」

 人目もはばからず、つい大声で呼んでしまった。


「え……?」

 声だけでは気づかなかったのかイチゼンは周囲を見回していた。

 こちらから近づいてようやく気づいたようだ。


「マナか。久しぶりだな」

「他の奴らとは会ってたんだけどイチゼンだけは見つからなくてさ。まだHOにいたとはね」


 神殺しの丘のメンバー、生産担当にして鍛冶屋の一日一善との再会に心躍らせずにいられようか。

 こいつがいたからあのギルドは物資にも困らなかった。武具の調達にもウィンチと共に一役買っていた。


「そりゃこっちのセリフだ。お前が置き手紙とともに抜けたんだろ」

 そういえばそうだった。

「イチゼンにも連絡ぐらい入れればよかったな」

「他のやつには連絡してたんだろ。綺麗に忘れ去られていたわけだ」

 さっぱりと言うイチゼンに申し訳ない気持ちがわいてくる。


「支援系は影の薄さが寿命の長さと直結するからな。それでいいんだ」

 そういう彼の目はどこか憂いを帯びていた。

 自分の選んだ支援系の宿命に真っ向からぶち当たったようなものだ。


「あ、それはそうと」

 思い出したように切り出す。

「お前もSOE入りらしいな。上から聞いてるぜ」

「まだリーダー様からの許可が出てないが、ほとんど確定らしいな」


 周囲を見回しながらイチゼンは言う。

「お前も来るとなると、これはひと波乱ありそうだ」

「そんなに嫌われてるか?」

「そりゃそうだ。自分がどれだけ嫌われてるかわかってるか?」


 彼にならって俺も周囲を見るとどこか棘のある視線をそこここから感じられた。

「そうだな。昨日はオウカに再会したよ。先にイチゼンと会っとけばよかったよ」

 彼はすぐにわかったらしく苦笑する。

「ああ、オウカはあれからずっとだからな。絶対会わせてはいけないなんて言われててさ。こないだお前闘技場出ただろ? あのときオウカだけ海まで遠征させて事無きを得たんだ。あれがもし本土にいたら命令を無視してでも殴りこみに行ってただろうからな」


「ほーん。海か。SOEって遠征も結構あるのか?」

 丸一日付き合わされてオウカへの興味は昨日の時点でほとんど尽きた。

「大規模なのはここんところないな。その時は海賊が大暴れしてたからそれの制圧だ」

 なるほど。その都度動く感じか。


「いちいち上からの指示で移動させられるのは面倒だな」

「お前はずっと一人でやってたらしいし、よりそう思うのかもな」

 森の引きこもりは元神殺しの丘メンバーの共通認識のようだ。


 森にこもっていたころを思い出していると。

「そういえば、SOEに大きな動きがあるって匿名希望が言ってたな」

「誰だよそれ」

「俺の機能しないメーラーが役に立ったときの話だ」

 ファンレターをちらちらと横目にしながら保護をかけておいた一文を引き出す。


 爆破予告文のような片言の一文を見ながら。

「派閥争いが表面化するから準備しろってさ。意味わかるか?」

 俺が問うた一瞬、戸惑いのようなものが垣間見える。

 すぐに取り直して言う。

「いや、それは俺からじゃなくてクズキリから聞いたほうがいい。あの人もお前のファンらしいから」


 あの俺への無関心さだ。

「あいつがファンだったら全員ファンだろ」

 笑いながら言った俺の言葉を無視して続ける。

「たぶんお前をSOEに入れたのはその件でだと思うしな」


「急場しのぎの即戦力ってところか」

「だろうな。扱いづらいのは目に見えているわけだし」

 オウカのような者もいるのだ。それこそ派閥争いの火種となる可能性さえある。


 なんとなく、時間の経過を感じる。

 そろそろ準備もできただろう。

「それじゃもういくよ」

「ああ、クズキリによろしく」


 俺が足を進めようとしたところで。

「やっぱり待ってくれ」

 その時の声は迫るものがあってどうしても無視できなかった。

「なんだ。これから同じギルドなわけだし、急ぎじゃないならまた今度にしてくれないか」


「悪いな。だけどおそらくこれからは部署も違うだろうし、しばらく会えない。だからそれ」

 俺の腰を指している。

「これが気になるのか。あの時からかえてないんだが」

 真実の短剣は大先生からもらった一級品だ。

 いくらイチゼンといってもこれ以上鍛え直すなどということは難しいはずだ。


「変わってない? そいつは時代遅れな話だ。当時の理論値はクリアーしているが、今はまた新しい理論が提唱されていてな」

 お互い離れていても腕は磨き続けていたということか。

 他のメンバーもそうなのだろうか。


 知らぬ間に磨いた技術を再会とともに見せつけたいのはわかる。しかしだ。

「俺も最近はあまり使っていなくてな。たぶん今のままの性能で問題ないと思うんだが」

 これからの生活を考えると金が心もとない。

 鍛え直しを頼むなど到底考えられないほどだ。

 それに、かつての仲間とあって羽振りのいいところを見せたいというのが俺の情けない見栄だ。


「何言ってるんだ。いつだってお前たちを支えてきたのは俺だろ。任せておいてくれよ」

 恥を忍んで言うしかないようだ。

「実は……」と憂いをちらつかせて切り出す。


「あ、わかってるから。お前みたいな暴れ馬をSOEに入れようと思ったら、何かしらの圧力がかかってるんだろ。無償でいいから早く出せよ」

 圧力かかっているのはそこではないのだが、単純に戦力で負けているなどとは言いたくなかった。


「じゃあ頼む。いいか、絶対壊すなよ?」

「おいおい、俺の人格はともかく腕は信用してくれよ。これだけは誰にも負けないんだぜ。だって俺たち元神殺しの丘だろ」

 ウィンチに続いてイチゼンまであのギルドのことを想っているのか。


 これについてはにこやかに言いのける。

「初心者殺しなんてしてた、しょうもないギルドだろ」

 聞いてるか大先生。


「そうだったな。お前はそういうやつだったよ、マナ」

「今度こそ、じゃあな」

「ああ」


 剣を受け渡してすぐに背を向ける。

 今度は呼び止められたって止まらない。そう心に決めて。



「それで、何を話してくれるんですか?」

 最初に呑まれてはいけない。

 そう思った俺は逆面接スタイルで臨むことにした。


「議会で決まった以上、俺が説明することになるとは思ったがな」

 はあ。とため息を吐くクズキリ。

 昨日とは違ってどこか元気がない。


「よりによってこの話を俺からしないといけないとは」

「この話もその話も、私にはわからないんですが」

「まあそう急くな」

 腕組みをして考えこんでしまった。


 ここで時間をくうわけにはいかない。少しせかさねば。

「このあとって朝礼があるんじゃないんですか?」

「……わかっている。わかっているが……」

 一国のリーダーがこれでいいのだろうか。


「……強襲作戦には興味あるか?」

 顔にかぶせられた手のひら。その指の間から覗き込みながら言う。


「強襲作戦というと大型の魔物を大勢で囲い込んで倒すっていう数ゲーのことですよね」

 一人で倒せないからといって、大勢で一体を倒して楽しいのだろうか。

 俺には理解のできない部分での話だった。


「あれで重要なのは数ではなくてだな……。とそんな話をしている場合ではない。

 その口ぶりから言ってそれほど興味も無さそうだな。せっかくだ。興味の湧きそうな話から先にしよう」


 俺の経歴を知っていれば予想はつくはずなのだが。

 それほどまでに彼は個人に興味がないのだろう。


「あれは二週間ほど前の話だ」

 二週間というとログアウトできなくなってからよりも以前の話になる。

「最北端が軍備増強中なのは聞いたか?」

「ええ。要塞だの城壁だのと聞いてますけど」

 逆に言えばそれだけだ。

 彼の語り口から考えるにそことなにか関係がありそうだがまったく思い当たるフシがない。


 思い切ったように言う。

「その中にやつらはドラゴンを飼っていたのだ」

「ドラゴン……?」

 というのはそんなはずがないからだ。


 そもそもHOには実在の動物、生き物をベースとした魔物しかいないとされている。

 なかにはキメラのような混成的な魔物もいるため、龍もトカゲとなにかを合わせればできるのかもしれない。


 ただし、場所が問題だ。

 最北端の土地としての性質は『魔物がいない、鉄鋼資源に恵まれた』ものだからだ。

 金に困った者が無資本に金策したいというと真っ先に挙げられるような。そんな場所だった。


「あんなところに魔物が湧くんですか」

「潜入した者たちによるとそうらしい」

「それで規模は」

「わからん。大きさはサンドスコーピオンの倍はある、とだけだな」

「そんなのを囲っておけるんですか」

「事実できてるようだな」


 しばらく考えて自分がここへ連れてこられた理由を述べる。

「それを倒すために人手を集めていると。しかしそれで私の興味を引けるとお思いで?」

 新たな利権の習得などそちらで勝手にしてほしいものだ。

 どうせ末端にまで届くはずもないのだから。


「話はそう簡単ではない」

「というと?」

「あれを囲っているのは野菜主義の連中だ。さらに俺たちは連中と敵対関係にある」

 野菜主義と聞いて頭が痛くなる。

 マダラメと一緒に戦った時、主力がいなかったのはそういうことか。


 それにしても同じ自治ギルド同士にもかかわらずいがみ合うことがあるのか。

「なぜ敵対関係に?」

 机を指で叩きながら考えた後、重く口を開く。

「かつては連合体制にあって大型の魔物と戦ったりしていた。それが今年に入って突然野心が芽生えたのか、反抗的になったのだ。最初は小さな予算隠しだった。それが徐々に大きくなっていって最後は多額の連合資金を持って独立。最北端の要塞に立てこもったというところだ」


「人が集まるとろくなことがないですね」

 独り身の無責任な立場だから言えることだ。

「ああたしかに。連合などという適当な運営を許していた俺のミスだ」

「それで今度は許さないと」

「そうだ。交渉決裂、ならば徹底的に叩きのめす」


 俺の好きなやり方だ。よくわかっている。

「話が見えてきました。それで強襲作戦というのは?」

 半ば置いて行かれてしまったこの話題。


「ここまで来てなぜわからない。最北端にいる勢力全体を相手にした大規模強襲作戦だ」

 SOE、大きく出たな。

「勢力全体となるとその規模は?」

 サンドスコーピオンの倍の規模の魔物だ。少数の野菜主義だけではないだろう。


「本土に存在するSOE以外の勢力すべて集まっていると見ていい」


 絶句しかなかった。

 国家間チャットを見るに11の勢力があるHOにおいて、本土に拠点がある勢力は9つだ。

 そのうちSOEだけが敵対するとはどういうことかわかっているのだろうか。

 他2勢力と違い、地形の利のないSOEに何ができるというのか。


「すべての勢力が集まるなんてことがあるはずがない。だったらHOは早い段階で統一されていたはず」

 ギルドを別にするメリットは無い以上、ドラゴン程度の餌で意思をともにできるたなら統一さえできるではないか。


「簡単に言ってくれる。だが、全勢力が集まっていることは調べから明らかだ。なぜSOEだけお呼ばれされないのか甚だ疑問だがね」

「それで決死の覚悟で挑むということですか。ですが、そんなの……」

「勝ち目が無いと言うか」


 一瞬クズキリは笑ったように見せた。

「昔、理解されないことを受け入れろって言ってくれた奴がいたな」

 直剣を抜いてこちらへ向ける。

「改めて言おう。SOEに入って玉砕覚悟で俺についてこい。嫌ならここで死んでもらう」


 そんなの断るはずもない。

「わかりました。クズキリ先輩」

「SOEでは先輩も後輩も無いからそういうのはいらん」

「いいんです。先輩は先輩だから」

「わからんな」


 わかっていた意思確認をしたところで本題だ。

「それはそうとして、どうやって戦うつもりで? 無策なわけないでしょう」

「話の流れを汲んでくれないかねアイナ君」

 あんたもそう呼んでたのか。とどうでもいいことに感心する。


「ドラゴンと君の得意技が鍵だ。作戦は追って連絡する。あとは事務に従って適当に過ごしていてくれ」

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