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雨降り2

 知っているこの村は


 ミネに連れて来られたそこは、ぽつぽつと家とも呼べない小さな小屋が点在するNPCの村だった。

 プレイヤーでない以上、話かけても反応は淡白でどこか的外れな返答も多い。


 聞けばミネはずっとここにいたらしい。

 さぞ退屈な日々だったことだろう。

 と、俺の感想とは別にミネは良好な関係をNPCと築いていたようだ。


「こちらのおじいさんが村長さんです」

 俺はいいと言ったのに、ここへ滞在するため挨拶は欠かせないのだと言って聞かなかった。

 ミネが言うには名前を覚えてプレイヤーごとに違う反応があるそうなのだが。

「これはまた小さな旅人さんじゃ。何歳くらいかのお」

 人を小人のようにいってくださる。


「マナといいます。よろしく……」

 手を差し伸べ握手をかわすが、このじいさん見上げるほど背が高い。成人男性の1.5倍はあるのではないかと思わせる。

 当然手のひらも俺の二倍はあるように感じられる。

 まるで指先で握手をされたような、壊れ物を扱う手つきで握手をされるという経験は初めてだ。


 じいさんは周囲を見回す。

「さて、何をしてもらおうかの」

 俺をみて言うものだから目的をはっきりとさせなければならないと思った。

「あ、いや、ちょっと滞在するだけなので……」

 NPCが相手だ。

 はっきり用件を伝えなければ自動的に会話が進んでしまう。


「おお、ちょうどよい」

 俺の言葉は届かなかった。

「あそこのー、あれじゃ、あれ。あれを採ってきて欲しいんじゃ」

「木の実ですよね! おじいさん」

 ミネが割って入る。忘れたままにしておけばよいものを。


「そう、それじゃ! マナよ、この村に滞在したければ行ってまいれい!」

 はあ、そういうことか。

「わかりました……」

 ミネをこっそり睨みつけたつもりが、すでに外で準備を始めていた。

「お気楽なことで」


 この村を俺は知っている。

 だが来たのは初めてだ。


 通称地獄めぐりとも言われるこの村。

 理由は簡単で、一度そこのNPCと会話をしてしまうと強制的に連続的な依頼を受けてしまうはめになる。

 クエストといったか。とにかく、おつかいを絶え間なく押し付けられる。

 その数、数百はくだらない。


 これだけならば地獄までは言われないだろう。

 その先に待ち受ける報酬の価値によっては数百などなんとも思わない。

 事実、刀匠に弟子入りするクエストなら総数は千を超えるとも言われる。


 そう、結論から言ってこの連続クエストには報酬がない。

 完全な時間の浪費だ。

 せめて遂行のために必要な物と同等の何かを得られるならば価値はあっただろう。それさえないのだ。


 依頼を断ったり、遅滞が生じれば相応の違約金が発生する。一方的な約束なのにだ。

 現在、金に余裕はない。

 森でやんちゃしていた頃ならばらくらく払えた額も、今見るとため息がでてしまうほどに高額に感じられた。

 よって今、依頼をこなさなければこの村から出られないということになる。


 この村のことを思い出すのがほんのわずかに早ければ、こんなことにはならなかっただろう。


 後悔とともに村長の家から出てきた俺にミネが話しかける。

「さて、今日も一日人助け。がんばりましょう」


 どうするべきか。

 知識としてこの場所を知っていた以上、ミネに連れてこられるままにされていたというのはこちらの落ち度だ。

 さらに、追われている身で解毒がされなければ数日の命だということもこちらの都合だ。


 頭を抱えながらうわ言のようにこれからの予定を考える。

「ええと、ひとまずミネさんに依頼を進めておいてもらって……」

 二人同時に受けた依頼だ。代理で進めておいて貰えば遅滞にはならないはず。

 その間に俺が解毒をしに北の街へ。


「どうしたんですか?」

 心配そうに顔を覗き込むミネ。

「ちょっと急ぎの用事がありまして」

 俺のプレイスタイルを知っているとはいえ全ては伝えられない。


「そうですか……。よくわかりませんが、とりあえずこれでも飲んで落ち着いてはどうですか?」

 そうして彼女が差し出してきたのは紅い色をした水だった。

「紅茶? なかなか手に入らないのに」


 現実では馴染みのある紅茶だが、現実にあるものをHO内で再現しようとすると実物と比べられがちである。

 そのため求められる通りに再現した結果、大量の情報通信リソースを割くことになってしまった。


 いわくのついてしまった物はお蔵入り、つまり削除が当然の措置だ。

 ナのにもかかわらず当時のプレイヤーの声を参考にして、希少なアイテムとして残存してしまっている。

 それがHOの紅茶だ。


「すごく珍しいとは言われました。だけどマナさんつかれてるみたいですし、一息にどうぞ!」

 いつぞやのお礼ですとも言いたげに全力で差し出してくる。

「こうなると弱いんですよね」

 貸し借りは極力無い方が今後のためでもある。


「わかりました。ありがたくいただきます!」

 俺はミネの手からそれをひったくると言葉どおり一息に飲み干す。

 体に体力がもどるのを感じる。

 もともと実用的な物ではないため回復効果は低いものの、弱っている今にはちょうどよかった。


「他にも疲れに効く物もありますし、おじいさんのおつかいしながら紹介しますね」

 なるほど、解毒のことばかり考えていたが減りはとても緩やかで、まともに回復薬を飲めば気にならない程度だ。

 さらにいえばこの村は近寄るだけで時間か金を消費するはめになる地獄めぐりの名所だ。

 この村で休養をとるのが一番安全かもしれない。


「紹介してもらいますね、ミネさん」

「はい!」



 この村のクエスト、いや、クエストというのも生ぬるい。命令だ。

 じいさんの言っていた木の実といっても大雑把な命令だ。

 ももかぶどうかりんごか。まったくはっきりしない。

 つまるところなんでもいいんだろうが、違約金をとるくらいならはっきりしてほしいものだ。


 そうして移動してき先には木が等間隔に並ぶ畑があった。

「ここには何がなってるんですか」

 と俺が尋ねるのも無視して、彼女は木に駆け寄り背伸びをして実をもぎ取る。

「見てください」

 ミネの手の中には黄色い球があった。


 拳より二回りほど大きく、表面は小さな産毛が生えている。

 俺がしげしげと観察していると「触ってもいいですよ」と許可がおりる。

 人差し指で真ん中あたりを突っつく。

 すると赤ん坊の柔肌のようにへこみ、すぐに芯のような固い層にぶつかる。


「ふむ。見たことないですね。ミネさんは知ってるんですか?」

 どの地域にも特産品があるものだ。

 知らずのうちにこれを原料とした物も使ったことがあるのだろうが、加工品の原料などあらためようなどと考えたことはなかった。


「ふふん。これはバナナです!」

「それで本当は?」

「バナナ味のなにかです」

 そんなことだろうと思った。


 ミネとは知り合ってわずかな時間しかともにしていない。

 にもかかわらずどこか通じ合える部分があるような気がした。


「ちょっと貸してください」

「え?」

 なぞの実を彼女から奪う。

「皮はいらないですよね」

 俺はあるのかもわからない衛生上の理由で新品の投げナイフを使って皮をむく。


 取っ掛かりがなく、表面の小さな毛に刃先が滑るのを確認してから薄皮一枚を目指してスライスする。

 刃先が柔らかい層を行ったり来たりしながらするすると皮を脱がしていく。


「うわっ、はやいですね。料理とかしてたんですか?」

「ステータス補正だと思ってるんだけど、これでどうかな」

 真っ白な実を半分にして渡す。

 ミネが受け取ったのを見届けてから、もう半分を口にする。


 チーズ程度の歯ごたえとそれに加えて汁気のある舌触り。

 ミネはバナナと言うが、どちらかと言えばライチに近い独特の甘さ。


「悪くない」

 歯の奥で噛み締めながら感想を述べる。

「ですよね。だけど最近こればっかりで飽きてるんです」


「だから」

 だからと言われても。

「上級者が教える、とっておきレシピとかないですか?」

 燦然と目を輝かせる。


 まずは明かしておかねばならない。

「味覚にはあまり自信がないんです」

 事実ろくなものは食べていないのだから。

「おお! ということは味を変える方法自体はあるんですね?」

「あるにはあります。ただしー」


 村の外に長居はできない。

「帰ってからです! 村まで競争です」

 俺は頭上の実をとって走りだす。

「あっ、待ってくださいよー」



 さて、ここからが楽しいたらい回しの刑だ。


「おじいさん。これですね」

 土足同然で家に上がり込んで約束のブツを渡す。

 当然のようにじいさんは受け取る。


「んもう! 早いですよ」

 遅れてきたミネが文句を垂れる。

「あはは、すいません」

「そのちょっと意地悪い感じ、それがいつもでしょ」

「そうですよ。ブライアンさんから聞きませんでした?」

 どこまで聞いたかは知らないが、大事なことだけ伝わっていればこんなものだろう。


 ミネはため息をして肩から力を抜く。

「でも、よかったです」

「え?」

 彼女に良いことをしてやったつもりはないが。

 もしや、彼女もいじめられたい体質というやつだろうか。マガトなんかがよく言ってたような。


「顔色もすごくよくなって、自分を取り戻したんじゃないですか?」

「は、はあ……」

 といまいち意味がわからず力なく返す。


 一瞬の間を後にして気づく。

「あ。顔色?」

 ふと自分の体調に意識をやる。

 一定時間ごとにほんのわずかだが減り続けていた体力。それが計算よりも遅いのだ。


 遅いどころではない。

 紅茶と木の実、合わせてもここまでの効果は無かった。それは確認済みだ。

 であるとすればそれらに解毒作用があったと考えるべきだ。

 だが、解毒剤を作るためには非常に複雑な手順を踏むしかない。

 それがただの木の実ごときに。


 新発見などもう無いと思っていた。

 プレイヤーに食いつくされ、知り尽くされてしまっているものだとばかり思っていた。

 それがこんな辺鄙な村のはずれに堂々と自生しているとは。


「ね? マナさんが知らないこと、知ってるでしょ?」

 ふふふと不敵に笑うミネは知ってて言っているのか。

 俺にはもう判断できなかった。

「まったく、何が起こるかわからないものです」

 お手上げだ。


 短期間での成長を果たしたミネに手放しで拍手を送りたい気持ちにある。

 だが、やられっぱなしも癪だ。

「私よりもこの村について詳しいんですよね?」

「は、はい」

 俺の視線にあてられてか少し怖気づいた様子だ。


「では、こうしましょう。これから私はこの村で依頼と称した命令によって、あちらこちらへ村人を尋ねなければなりません」

「あ、それ私もやりました。すごく長いですよね」


「話が早くて助かります。そこで、私の行く先々で先回りしてください」

「それって、足の速いマナさんのほうが有利なんじゃ……」

「おや、できないとは言わせませんよ。村に詳しいミネさんなんですから」

 満面の笑みで言い放つ。


「それでは……」と呼吸音を段階的に鎮める。

 その次の瞬間には足が動いていた。


 後ろからミネの声が聞こえる。

「また変なことして! ずるいですよー!」

 声が遠くなっていく。

 くくくと邪悪な笑みが零れそうになる。

 俺はもとからこうだった。


 始めは気乗りしないのか遅れてやってくるミネ。

「遅いですよー。待ちくたびれちゃいました」

 床から起き上がり、ミネを迎える。

「あなたが速いんです!」


 しばらく炊きつけてやると次第にやる気が出てきたらしい。

「また私の勝ちですねーっと」

 扉を開けて中の村人に話しかけようとしたその時。

「マナさん」

「うわっ、びっくりした」

 机に突っ伏して寝こけていたのはミネだった。


「それよりも、私みました」

「な、なにを」

 俺はへへっと愛想笑いしかできない。

 心当たりがあるからだ。


「このあたり、3軒しか家がないのに2回間違えますか? 6分の1の確率ですよ?」

 この小娘、痛いところをついてくる。

「何かの見間違えでしょう」

「いえ、見ました」

 これはつらい戦いになりそうだ。


 このクエストは一周では終わらないのだ。

 あいさつ回りと称して村人全員を渡り歩いたかと思えば、見回りと称して再びまったく同じ順番に回らされる。

 同じように理由を変え、品を変え何周も何周も。


 普段こんなことをやらされるとすれば裸足で逃げ出すだろうが、今回はそんな情けないことはできない。

 ミネとの意地の対決だからだ。


 二周目とあって、俺はうろ覚えながらルートを構築しつつあった。

 だが一方で彼女はさらに手ごわかった。


 スタートの合図とともに最短距離で向かうミネ。

 それを見てから移動を始める俺に気づいたのか、あえて真逆へ走るミネ。

 騙された俺はひどい足止めをくらうはめになった。


「ミネさん、ちょっとずるくないですか?」

「え? なにがですか」

 すました顔で言うものだからたちが悪い。


 上級者の意地を見せねばと思った俺はある一手にでる。

「ちょっと、休憩しましょう。これどうぞ」

「ありがとうございます」

 ドリンクに混ぜ物は神殺しの丘時代からの常套手段だ。


 ミネが口をつけたのを見てから

「よーし、じゃあいきましょう」

「え、まだ飲んでるんですけど……」

「そんなの置いといて早く!」


 死角から彼女の動向を伺う。

「もう姿が見えない……。マナさん早すぎ……」

 そしてこちらから目を離したところで動く。


 飲ませたのは影潜りへの耐性を弱める薬だ。

 相手に気付かれずに盗聴窃視できてしまうという特質上、特定のアイテムを使わなければ使えない技術なのだ。


 さっとミネの影に潜り込んだ俺は息を潜めて移動を待つ。

 そして行き先が分かった瞬間、影から離れて先回りだ。

 当然、彼女に気付かれないように慎重に物陰から物陰へ移動し、数瞬早く目的の村人に接触する。


「おっとミネさん、惜しかったですね」

 自分でも白々しいと思う。

「えらく遠回りしたんですね」

 驚いた様子もなく彼女は言う。

「その涼しげな顔がいつまでできるかやってみましょう」


 首尾よく影に潜り込んだ俺はミネのアクションを待つ。

 今度は迷いなく一点を目指す。

 しかしそれもフェイントである可能性がある。できれば戸を開く瞬間まで待ちたい。


 足が扉に伸びる。手が取っ手に。

 今かと影を抜け出す。

 大丈夫だ。この家には開きっぱなしの窓がある。

 移動する時間も急げば。


「待った」

 窓枠に手をかけた俺に声がかかる。

 誰だこんなときに。


「見てましたよ。コレで」

 ミネの手には光輝く板。鏡があった。

「そんなことができるなんて思ってもみませんでした。けど、それも無しでお願いしますね?」


 いかさま師が手の内を知られたらすべきこと。それは

「すいませんでした!」

 土下座の一手だった。


「あからさまなずるはやめましょうね」

 彼女はそう言ってそっと肩に手をおく。

 どこからか暖かい気持ちが湧き上がる。



 俺の大人げないやり方に頭脳で対等かそれ以上に渡り合ってくるミネ。

 ひとまず村人周回を終え村の外へ行く依頼を受けたところで、日も落ちたので宿をとろうという段になった。


「いつもどうしてるんですか?」と俺が尋ねれば。

「ここです」と紹介してくれる。

 仲良くなってしまったものだとつくづく思う。


「どうせ誰も来ないですし、部屋は空いてるんですよ」

 それもそうかと当たり前のように考える。

 しかし、彼女はずっと誰も来ないこの村でNPCたちと過ごしているのかと思うとどこか切なくなる。


「宿賃はどうしてるんですか?」

「兄が向こう半年分くらい持たせてくれてるんです」

 だろうと思ったが半年は予想外だった。

「過保護ですなあ」とつぶやくにとどめておいた。


 同じ宿、同じ部屋に寝泊まりするとは思ってもみないことだった。

「その、いいんですか」

「なにがですか」

 珍しく面倒くさそうな様子をみせる。寝るときは機嫌が悪いタイプなのだろうか。


「私といっしょで」

 柄にもない、どこか照れくさい気がして声が小さくなってしまう。聞こえただろうか。

「いいですよー。なんならずっと一緒でも」

 跳ね上がるような動機。


 この村に滞在することを考えよう。

 まず、外敵はよりつきにくい。来たとしても隠れ場所はいくらでもある。

 さらに、衣食住すべて整っている。彼女の言う木の実の味に不満がなければだが。

 あるいは……。


「ミネさん。私とずっとここで暮らしましょう」

「え? それってどういう……」

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