表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/46

夜明け2

 柵を乗り越え、路地へ入る。

 大自然を目の当たりにした後だからか、家々がまるで高層ビルの立ち並ぶ大都会のように感じられる。

 舗装された道の上に暗い夜道を明るく照らす街頭が白銀に輝く。


 そんな連中の建てたであろう外灯を破壊して道を行く。

 追手が街の変化に敏感なやつならば、行き先を告げているようなものだ。

 それでも明るいところで戦うよりはこちらに分があると考えて、マダラメと協力しながら素早く仕事をこなす。


 レンガ造りの建物と建物の間に、壁を背に座り込んで眠っているプレイヤーを発見する。

 見れば毛布のように包まっているのはボロ布。いや、これは風の外套だ。

 プレイヤーメイドの中堅装備がこのような使われ方をしていると思うと涙が出てくる。


 そうして観察していると、わずかに首が傾く。

 目を覚ましたようだ。

 伏せていた顔を上げると、無精髭の生えたあごを撫でてあくびをする。

 そうして開口一番に

「誰だ……。何を見ている。あっちへいけ」と手を振る。

 いきなり邪険にされてたじろいでしまう。


「何を見ようと私たちの勝手でしょ。それより、なんでここで寝てるの?」

 横柄な態度がマダラメの興味を引いてしまったようだ。

 裏道に入ったとはいえ、壊れた外灯の道標も残している。

 いつ追手がくるか恐々とする俺とは対照的にマダラメは目を輝かせる。

「早めに終わらせてくださいね」と声をかけるのがやっとだ。


 しげしげと俺たちを値踏みするようにしてから言う。

「そうだな。見るのは認めよう。その代わり、ここで寝ることも俺の勝手として認めるんだな」

 男は頭まで外套をかぶって、再び眠りに入ろうとする。

 それをマダラメが許すはずもなかった。

「そんな後出し許されるわけないでしょ! さあ起きて」

「大きな声は控えてください!」


 俺の訴えは聞き入れられなかったようで、彼女の暴走は止まらない。

「なんで宿に泊まらないの? どうしてここなの? 友達はいないの?」

 起き抜け一番にこんな質問攻めをされてはたまったものじゃないなと、俺は男に同情しながらも傍観していた。


「なぜ見ず知らずの者にそんなことを……」

 俺でもそう言うと思った。

「あれ、答えないんだ。ふーん。たしかに見ず知らずかもね。

 じゃあ、名前くらいは言えるでしょ。私は斑目、こっちはマナちゃんね」

 彼女は俺をを指さす。

 マダラメに指されるとなぜだか生きた心地がしない。


 男はため息とともに名をはく。

「仁吉だ。わかったらあっちへいけ」

 言ってしまったか。名乗られた手前邪険にはできないということなのだろう。

 その点ではマダラメが上手だったようだ。

 俺の経験上、この手のやりとりは先に要求を飲んだほうが籠絡されるのだ。


「それではジンキチさん? 本題に入るけれども」

「な、なんだ」

 突然かしこまったように仕切りなおすマダラメにジンキチは狼狽する。

 この切り替えの早さが彼女との付き合いづらさの一因だと俺は思う。


「コレ、どこでとったのかな?」

 マダラメがコレと摘み出した外套の裾。一瞬見た外套の中はろくなものではなかった。

 対魔物戦を想定するならば裸同然と言ってよいだろう。

 その基準ではこの風の外套だけが浮いている。非常に高価値なのだ。


「その、そうだ、友達からもらったんだよ」

 明らかに目が泳いでいる。わかりやすい嘘だ。

「タダで?」

「ああ、あいつと俺は親友だ」

 苦し紛れなのは見え見えであるのにもかかわらず、自身ありげに胸をはる。


 しかし、現実から言って、風の外套をタダで譲るというのは考えづらい。

 まず、入手難度の高さとして、これを手に入れるためには南東の平原まで行かなくてはならない。この街からまったく真逆の方角だ。それこそ三日三晩歩き通しに、魔物ともそれなりに戦闘を重ねなければならない。


 さらに、風の外套はつぶしが利くのだ。

 効果の高い肥料になるし、上級者向けの装備としても差別化されており、ごく限定的ながら最大の効果を発揮する場面もある。

 したがって、要らなくなったからと言って簡単に手放せないのだ。


 それらの理由を無視して譲るような友達がいるのならば。

「なぜその親友は今ジンキチさんが道端で寝込んでるのを助けてくれないんだろ。上げるくらいなら、コレを売って何泊かさせられると思うんだよね」

 マダラメが俺の気持ちを代弁するように言う。


「む、むう……」

 押し黙る彼に、マダラメは追い打ちをかける。

「端的に言って、あなたはコレを盗んできた。で、合ってるよね?」

 俺の顔を見て確認する。


 だが俺はそこまで考えていなかった。

 盗むなどということが可能なのだろうか。


 昔は取引中に羽交い締めにして物を奪ったりもした。

 だがそれは第三者による協力によって不意をついたからできることである。

 彼ひとりでは見た目のみすぼらしさも含めて信頼ある取引にはならないため、不意をつくなどというのは不可能なのだ。


 マダラメがジンキチに視線を戻したのを確認してから、俺はそっと彼女の首元に触れる。

 手の甲に感じる彼女の肌はぬるく汗ばんでいた。

 ゲームならではの、五感すべてが快あるいは美の感覚に包まれているのとは違う。

 飾り気の無い触れ心地にこれ以上ない現実味を感じる。


「えっ?」

 驚愕の表情で振り返るマダラメだが、すぐに俺の意図に気づく。

「ほんとだ。ってことは所有権は失われたも同然ってことね」

 俺の手にはマダラメのペンダントがぶら下がる。

 厳密には護符だかお守りだかネックレスだか知らないが、そこは重要ではない。


「つまりこうです」

 今まで直接ジンキチとはやりとりしていなかった俺が声を上げたので、彼は一瞬驚いたようにしていたがすぐに諦めたように聞き入る。


「あなたはゲームの知識、資産、腕前を身に付けることのできないままこの事態に陥った。路頭に迷ったあなたはそれはひもじい生活を送ったことでしょう」

 あえて憐憫を込めた視線を送ってみたが、嫌そうな素振りも見せずに言われるがままでいる。

 もう諦めたのか、それとも何か別のことを考えているのか。


「続けます。ゲームの知識の浅いあなたは、知識が無いからこそある結論に達しました。それが、泥棒です」

 最後の一言に力を込めて返答を促す。

「そうだな……。自分でもなぜこうなったかわからん。だが、それはただ俺のやったことに名前をつけたに過ぎないんじゃないか?」


「そのとおりです。だから、私はそれを責めているのではなく、賞賛しているのです」

 彼のような境遇でしか見つけ得なかった方法といえるかもしれない。

 良いか悪いかを越えた、新たな可能性を切り開くきっかけだ。

「やけに嫌な言い方をしておいてそれか。んで、どうしてくれるんだ。家にでも泊めてくれんのかい」

 俺の言葉に不服そうに彼は吐き捨てた。


「それに近いようなことですが……」

 マダラメの方に一瞬目をやると、それだけで通じたようだ。

「私はもう行くね。こんなところでもたもたしてられないし」

 すべては任せたという意思表示。


 マダラメが背を向けたところで彼が言う。

「おい、どこへ……」

 先ほどまで嫌がっていたとは思えないような言葉だが、俺は任された通りにやるしかない。


 腰に下げた獲物の一番上を抜く。

「情報ありがとうございました。後は私に任せて下さい」

 行き場を失い、こんなところへ流れ着くしかなかった彼からこそ、任されなければならない。



 合流してマダラメが言う。

「あのまま置いてたら誰か拾っちゃうんじゃない?」

 肩からゆっくり力が抜けるのを感じながら返答する。

「それでいいよ。案外、持ち主が拾ったりするもんだ」

 そんなことは無いとわかっている。

 彼と同じく、街もなくなるのだから。


「それはそうと、サナタのとこ寄っていかない? 時間もありそうだし」

 何をもって時間があるとしているのかわからないのだが。

「怒られそうだけど、冷やかしがてら行ってもよさそうか」

 戦力の不足もうすうす意識し始めた頃だった。


「でも、あの中に入れるのか? かなり厳重そうだったが……」

 地下を経由した二重ロックという非常識な厳重さを思い出す。

「大丈夫、入り方知ってるから」

 俺の知らないところでサナタとマダラメの信頼関係が構築されていたようだ。


 どこか、仲間はずれにされた気分だが、普段の自分の態度を思い出す。

 それを言うのは理不尽かと考えなおしながらサナタ宅に着く。


 円錐型の屋根の家。街の風景を大雑把に見通した今ならわかる。

 この家はこの街に似つかわしくない。

 サナタもまた、この街においてははみ出し者なのかもしれない。


 マダラメは裏手にまわり、草の根かき分けながら手慣れた様子で床の扉を開く。

「ね? わかってるでしょ」

 俺はそれを無視しながら背中を押して先を促す。


 二枚の厳つい扉も難なく開け放ち、地上に位置する屋内へ入る。

「……サナター帰りましたよーと」

 マダラメは外にいるかもしれない敵に気取られないために小声でサナタを呼ぶ。


 部屋を見た時それは一変していた。

 いや、元の姿に戻ったと言うべきだった。

 新築同然に物がない。壁に貼ってあった地図はもちろん、味気ない事務椅子もなくなったそこは、真白の只中だ。


「これは、いないね」

 驚く様子もなくマダラメが言う。

「知ってたのか?」

「勘だけどね」

 しきりにここへ来たがっていたのはそういうことだったのか。


「おはよう。そして、じゃまするぜ」

 そうして背後から土足で上がり込んでくるのはまたも見覚えがあった。

「ギュウヒさん、女性の家に無断で入ってくるなんて趣味が悪いですね」

 よりによって今か。つけられていることにも気づかなかったとはヤキが回ったものだ。

 厄介だが、それを悟られまいと強がってみる。


「挨拶するだけ礼儀ただしいと思うけどなー」

 マダラメの的外れなお褒めの言葉に気をよくしたのかギュウヒが饒舌に話す。

「この家になにかあるのは前から知ってたんだ。だが、正面からは入れないようでな」

 知っているがあえて聞こう。

「正面から入ろうとするとどうなるんですか?」

「床が落ちて串刺しだ。あれも何人犠牲になったかわからない過剰防衛な代物だ」


 ああサナタらしいと思う反面、自分たちのミスに気づく。

「それで私たちを泳がせたと」

「ありがたいことだが、それは買いかぶりすぎだ。お前たちを見失った俺はめぼしい場所のいくつかを探知させた」

 使用が限定的な探知魔法で探すことができたということは、相当の精度で目星はついていたということだ。


「いやーこれは一本取られた!」

 のんきにマダラメが言うので、うかつすぎだとたしなめる。

「不利を明かしてどうするんですか……」

「いや、これでいいんだよ。大丈夫だから」

 俺の注意に対して反抗しているだけなのか、本当に策があるのか定かではない。

 どちらかと言えば前者のような気がしてならない。


 周囲を気にしながらギュウヒが続ける。

「さて、もう一人はどこへ行った?」

「それは私たちも知りたいところです」

 これは本音だ。サナタはどこへ行ったのか。


 不利がさらに押し寄せてくる。

 ギュウヒの奥から武装した野菜主義のメンバーが顔をのぞかせていた。

 マダラメの一撃を知っているギュウヒの命令からか、防御面をかなり意識しているように感じられた。


「できれば生け捕りにして事情を聞きたいところだが、簡単にはいかなそうだ。手が滑ってうっかり、ということもあるかもしれないな」

 ギュウヒがさも嬉しそうにその想像を語る。


 この家に対して相手の人数が多すぎる。

 俺にはもう打てる手は無い。


「これはしょうがないなあ」

 マダラメは肩を回して準備運動しながら、しぶしぶといった口ぶりで何かしようとしている。

「策があるなら出し惜しみは勘弁してほしいのですが」

「そんな心配そうな顔しないで。マナちゃんはタイミング合わせて走るだけだから」


「聞いたか?」

 ギュウヒが腰を落として受けの構えをしながら、背後のメンバーにも抜けさせないよう指示を送る。


 マダラメに任せて大丈夫だろうか。俺の知らないなにかが彼女には見えているのだろうか。

 そうした思いで彼女を見ていた。

「大丈夫、私が簡単には死なないこと、わかってるでしょ」


 にらみ合いがしばらく辺りを包む。


「いつものやつ、できる?」

 隣の彼女はそれだけ言うと、俺の背中を押す。

「今、行って!」

 俺はギュウヒに向かって、無策にも走りだす。


 瞬間、自分の足から影が伸びるのが見える。

 いつものやつか。


 目を閉じ、ギュウヒの肩をかすめるように飛び越える。

 地響きとともにマダラメが得意とする例の大技が発揮される。


 目の眩んだ敵を押しのけるように地面に着地する。

 中には階段を転げ落ちる者もいた。

 そんな最中、マダラメからパーティー回線で最後の指示が耳に入る。

「そのまま、逃げて」



 地上に上がり背の高いトウモロコシをかきわけると、赤い空が広がっていた。

 彼女は夜の終わりを告げたのか。

 いや、彼女にそれは似合わない。


 仲間を見捨てるなんてひとでなしと呼ばれるかもしれない。

 それでも俺は無様にも駆けずり、何の爪あとも残せないままに街を後にするしかなかった。

 俺には何かを守れる気がしなかったから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ