最高の居場所4
処理を終えた俺とマダラメは帰ろうかと話していたところだった。
背後から声をかけられ振り返る。
「君たちは何がしたかったんだ」
コレハルだった。
彼が立ち尽くしてたその場所はマダラメの攻撃の射程外だったようで、ほぼ無傷でそこにいた。
「まだ生きてたんですか? そのまま息を潜めていれば見逃してあげたんですが」
やる気になるにも遅すぎる。今更声をかけるぐらいならば、ギュウヒたちに加勢してやればよかった。
「そうかもしれない。だけど、君たちをこのまま見逃すわけにはいかない」
「だったらどうするんです? こちらはあれだけの人数相手に勝利をおさめてるんですよ。そして、あなたは一人。なにができると言うんですか」
ここまでの道のり、コレハルとは一緒に戦ってきて腕前は知っている。俺たち二人がかりなら決して負けることはないだろう。
そう思っていた。
「いやいや、マナちゃん何言ってるの? 一人相手に二人がかりなんて卑怯なことできないよ」
味方殺しのマダラメが卑怯とは。
「見逃すわけには……」
「一対一に決まってるでしょ。もちろん、マナちゃんとコレハルくんでね」
これまた、効率の悪い提案だ。
そうだとしても、なぜ俺なのだ。
「マダラメが出るのではだめなの?」
「ほら、コレハルくん術師だからさ。私とは相性が悪いでしょ。マナちゃんとならいい試合になるんじゃないかなー」
やはり、こいつは自分の楽しみだけを優先しているようだ。
「はあ……。せっっかくですし、ダメ元で教えておきましょうか」
「なにを」とコレハルはうめくように言うが、それでも奇襲をかけてやろうといった気概は見受けられなかった。
ああ、こいつもか。
「この世界、唯一の脱出手段は死ぬことなんですよ。知ってました?」
「何をもって言っているんだ」
「私の大先生が教えてくれたんです。私もあまり信じてないんですけどね」
「そんな無責任な理由で、なぜ……」
コレハルの言葉はすでに形を失いつつあった。
「……強いて言えば、私がそうであることを望んだから、でしょうか」
「君は誰かを殺したかもしれないということに罪悪感を抱かないのか!」
一般的な理解ではそうなのかもしれない。だが、それでもだ。
「自分の過去を、信じるしかないんですよ!」
俺は走りだす。
腰に下げた鞘から抜き出す、真実の短剣。俺は常にこいつに己を問い続けた。答えは出たのかもしれないし、出なかったのかもしれない。
ただ、今はこの男を倒すため、真実を、俺がなすべき真実を照らしてくれることを期待して。
まずは腹部を狙った突き。
みえみえの攻撃であるから、当然のごとくかわされる。
「君は、君自身は帰らなくてもいいのか?」
つまり、その身をもって証明しろと。
あるいは、帰るべき場所がないことを揶揄しているのかもしれない。
「私だけは、最後まで残ってなければならないみたいでしてね!」
肩口を狙った急角度からの切込み。
死角からであったにも関わらず、皮一枚切らせるにとどまる。
「それは君の先生の言葉か」
コレハルは防戦一方であるにも関わらず、むしろ冷静さを取り戻しつつあるように見えた。
「大先生です。間違えないでくれませんか」
「そうして、君にも大切な人がいるように、君が葬ってきた人たちにも大切に思っていた人がいるんだよ」
そういう問題なのだろうか。大先生がいなくなったとき、多少なりとも動揺したのは事実だ。だがそれは、別れが悲しかったからではなかったように思える。
俺は大先生がいなくとも、行動し続けることができた。少なくとも依存していたわけではない。
「大切な人に会えないからどうと言うのです」
一振り毎に、刃は鋭さを増しているように思えた。
「君には、わからないか……」
コレハルの表情が諦観に満ちたそのとき、渾身の力で腕を振り上げる。
力は速度となり、コレハルの認識の隙をも突いたかのように思えた。
「なぜ、そんな方法しかとれないんだ!」
気づけば、ダガーを握っていた腕をとられていた。
差し腕をとられた俺は、掴みの弱かった剣を落としてしまう。
一見すれば、俺が不利なのかもしれない。だが、それを言葉にまでする必要はない。
「やる気がないなら、尻尾巻いて逃げればよかったんです。そうしたら、背中からやれたのに」
あくまでも悪態を貫く。
「一度よく考えるんだ。別の方法か、そうでなくとも君の先生が信用できると証明することを!」
耳をつんざくような彼の声は耳もとで変換され、ただの雑音として処理される。
脇に他の武器たちと同じように携えられた一本を左手に抜く。
右腕を取られた無理な体勢でのことだ。
得意ではない逆手の刃が彼の右脇腹を裂く。
ひるんだのをみて、俺は3歩ほど距離をとる。
詠唱を始めればすぐにキャンセルを仕掛けられ、単調な攻撃ならばかわせる。俺にとって有利な距離だ。
コレハルの方はそれに気づいているのかはわからない。
それでも、俺に付き合うようににらみ合いの姿勢だった。
「こんな世界になってしまって、ナンパとは。平和ボケもいいところですよね。自らの行動の結果だとは思いませんか?」
どいつもこいつそうだ。真剣に生きようとなんてしていない。
「俺は……! ただ、ここで行きていたかった」
一瞬、力強く反論しようとしたが、途中で諦めた様子で語り始める。
「生きていくだけなのに女性が必要なのですか」
ああ、なんと下世話な話だ。
「そうじゃあない。単に助けあっていたかったんだ」
彼の場合そうかもしれない。マダラメによって仲間を失い、路頭に迷っていたところへ見知らぬ顔の俺がいた。
それにしてもだ。
「自立できないでいるあなたが、協力関係を築いたところでなんの意味もありません」
「ここまで、この下水道を進んでこれたのだって、君たちと俺の協力があったからじゃないか!」
冗談でいっているのだろうか。
「一人前以上の力を持った人が集まり、協力すれば相乗効果も生まれます。ですが、半人前のあなたがそれをしたところで、他の協力者が割を食うだけです。正直、お荷物なんですよ、あなたは」
「違う! 一緒にいるだけで喜びを分かち合える、協力者ではない本当の仲間がほしかったんだ……」
そんな人間関係を、俺は経験したことがあったか。
記憶を精査する。そしていくつかの共同戦線を思い出す。
それでも、それは協力以上の関係だとは思えない。
「それが、助け合いだと。それが、生きる術だと」
「そうでしか、居場所を見つけられなかった」
彼は吐き捨てるように言う。
彼なりのやり方だったのだろう。
新世界へ放り込まれた、その時、適応の違いがでた。そういうことなのだろう。
「それは、私には遅すぎた課題です」
焦点がコレハルの首に定まる。
手足に力を込め、重心を強引に引きずり回す。
手のひらにいつもの手応えがした。
「私も、悩む時間がほしかった……」
「かっこつけるねえ。それがマナブの素なわけ?」
俺は息を大きく吸い込み、ゆっくりとはく。
「どちらも素なんじゃないかな? よくわからないけれど」
背景に溶けこむように、コレハルの抜け殻は他の亡骸に混じる。
その中を歩きながら目のやり場を迷う。
一種の虚無感に襲われた俺は、無意識的に口走っていた。
「今日でもうこの街を終わらせようか」
「さっきと違ってやる気だねえ。んじゃ早速」
そういいながら、段取りをマダラメと決めていく。
俺にとってこうしているのが、一番の居場所を感じられるひとときだった。