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最高の居場所3

 コレハルが被害にあったという下水道。なぜそこへ行ったのかと言えば、最奥部にあるというアイテムを持ってこいというおつかいだったらしい。

 よりゲームらしい形式に則って言えばクエストだ。


 コレハルの目的は大きく分けてふたつ。

 ひとつは、リアリティを伴った現実化という大異変に対して、ゲームだった頃のシステムが有効に働くのかを調べたかった。

 ひとつは、現在乏しくなりつつある物資が報酬であること。


 前者について、大先生によると有効だそうだ。

 知覚が現実的になっただけであって、その本質は異界と化したゲームなのだ。ゲームという世界観、物理法則に沿った異界を形成し、そこへ人間を放り込んだだけなのだと。


 大先生を信じるとするならばという条件付きではあるが、俺は答えを得た。

 だがそれを誰かに伝えるためには証拠も根拠も弱い。


 マダラメと俺を連れたコレハルは、その下水道へ訪れる。

 自分を襲った犯人を伴っているとは思いもしないだろう。


「本当、いい臭いだね」

「まったくです」

 鼻の奥をつく刺激臭をともなったガスを吸いながら歩みを進める。


 俺からしてみればゲーム時代から感じていた臭気であるために、対策は知っている。

 気にしないことだ。

 常に別の事を考えて鼻を意識しないのだ。


「そんなこと言ってないで、右から3匹来てるよー」

 マダラメが親指で指差す方向から、ネズミ型の魔物が走り寄ってくる。

 それをマダラメは左手に装備した盾で防ぐ。

 こんな臭気の中でも冷静を保っていられる彼女の集中力は、俺の折り紙つきだ。


 そのマダラメが選んだ今回の戦闘スタイルは、盾を軸にしたタンカー型のようだった。

 敵の攻撃を一身に受け、味方が自由に動けるようにする。

 俺もコレハルも装甲が薄いため、ちょうどいい選択ではある。


 彼女は、他にもいくつかの戦闘スタイルを使い分けることができる。

 そのため魔法も、強くはないがある程度は扱うことができる。


 魔物をいなし、時には撃破しながら、下水道を行く。

「マナちゃんはあの森にいるくらいだから、虫も得意だし、薄暗い場所も好きなんでしょ?」

 マダラメが言う。

「別に好きなわけでは……。まあ、苦手ではないね」

「ああいうのも、そのリーチの短い武器で相手しなきゃいけないんだろう?」

 そうしてコレハルが指差す先には、黒光りする台所に出るアレ。


 それだけならまだしも、半分溶けかけた穴だらけの翼。足も関節が侵食されており、こくりこくりと全身を揺らしながら近づいてくる。ある種ゾンビと言える外見のソレだったのだ。

「あー、いや。あれはコレハルさん、お願いします」

「得意なんじゃ?」

「アレは規格外でしょう……」


「私から見れば大差ないんだけどね」

 そう言いながら、マダラメはざくざくとソレらを切り伏せ、なぎ倒しながら進んでいく。

 俺とコレハルがあっけにとられていると「はやくいくよー」と、我らが切り込み隊長は先へ先へ行ってしまう。


「もう彼女に任せとけばいいのかな」

「いえ、ちょっとは手伝いましょうよ」

 俺たち二人はマダラメの切り開いた道をおそるおそる進んだ。


 しばらく無理に進み続けたため、疲労に音を上げるコレハルのために休憩を設ける。


 彼のためにつくってやった休憩時間だというのに、減らず口は絶好調だった。

「ミカヅキさん、マナちゃんが森に居るとか言ってたけど、森の妖精とかエルフとかそういう意味かな?」

 幻想的な想像だことで。

 しかし現実はそう華やかではない。


 ミカヅキことマダラメが答える。

「そういうことにしたいんだけどね。本当のところを言うと毒樹の森っていうところで、陰気で寂れた誰も立ち寄らないような、ハチだのムカデだの気味の悪い魔物がわんさかいる森だよ」

 ああ、夢も感動も無い。


「それで……」とコレハルがこちらを伺うが、なんだろうか。顔になにか付いているだろうか。


「いいんですよ。私は、どこでなにをしようとも、何を成したかを重視しているので」

 自分に地の利があるとはいえ、30人規模のプレイヤーも退けた。闘技場でも殿堂入りを果たした。


「まーまー。すねないでよ。私は評価してるんだよ? 他のみんなはどう思ってるのか知らないけど」

 誰かに評価されたくて成したのではない。と、思う。


「まだらっ……ミカヅキも目立たたがりやだからね」

 マダラメと呼んでしまっても問題はなかったのだが、本人が隠したがっている以上は倣っておこう。

「目立ちたがりやと言うよりは彷徨える戦士と呼んで欲しい」

 どこか格好つけたがるのもいつものことだ。


 不意に、雰囲気が変わるのを感じた。

 何かを予期したかのように、俺の意識は澄まされていく。


「ふたりか。まあいい。よく連れてきたよハル」

 アーチ状の橋の影から見知らぬ男が姿を現す。

 さらに、その奥からもぞろぞろと10人ほど軽装のプレイヤーが見える。

 彼らの装備を見るに、遠距離に特化しているように見えた。


「ギュウヒ! もうクエストは終わったのか?」

 コレハルが声を上げる。そして、ギュウヒと呼ばれた男は応える。

「クエスト? ああ、お前にはそう教えてたか」


 きな臭いやり取りだ。

 して、コレハルはどう動くのか見ものだ。


「じゃあなんでそんなに大所帯なんだ?」

 ただの狩りにしては多すぎる。その通りだが、察しはつくというものだ。

「お前を自由にしたのには、ふたつの理由がある」

 ギュウヒは理路整然と語る。


「ひとつは、あの事件の犯人がこの街で見かけない新顔の女であること。

 ひとつは、お前が女好きであること。

 以上から、お前が例の事件の犯人を連れてくる可能性が高いと判断したんだ」


 良い判断だ。結果としてまったく正しい犯人を連れてきたのだから。

 心中、ギュウヒを褒める反面、最低限の抗弁を述べておく。

「事件って、昨日あったというプレイヤー殺しのことですよね? 私、実は今日この街に着いたところなので、その犯人とは関係ないと思うんですが……」


 マダラメが『見捨てないで!?』といった表情だが、それどころではない。

 この直線的な通路で隠れる場所も無い。相手は弓と魔法の準備がある。この条件下で真っ向から勝負を挑むというのは正気の沙汰ではない。

 もっとも、マダラメなら望むところなのだろうが、少なくとも俺のスタイルとは大きく異なる。


「仮にそうだとして、俺にそれを確かめる手段は無い。それに、ハルによると犯人は顔覆うマスクをしていたそうじゃないか。ならば、見かけない顔のお前らふたりを犯人と断定して排除してしまえば一件落着だ」

 飛んだ濡れ衣だ。やってもいない罪を追求されるとは。

 罪が無いとはいえないのかもしれないが、それはまた別件だ。


「何もやっていないのに……」

 あくまでも、しおらしく。慎重に話を進めるのだ。

「それは災難だったな。だが、こっちも6人も失ってるんだ。悪いが消えてもらう」

 ギュウヒが号令をかけると、後ろに控えていた連中が射撃体勢に入る。


「いや、待ってくれ! 彼女らが犯人だとして、何も殺すことないじゃないか。犯人と同じことを繰り返すのか? 拘束するだけでいいじゃないか」

 コレハルがいいことを言った。


 しかし、もう手遅れを感じた俺は

「はあ。コレハルさん、もういいですよ。犯人はそこのミカヅキとかいう偽名を名乗ってる人です。これからもそうした活動は続けていくそうですし、私はそれを手伝う予定の、未来の共犯です」

 もうマダラメの方は見ない。未練がましくこちらを睨んでいるのが想像できたからだ。


 弓部隊はギュウヒを越えて横にVの字に広がり、通路を塞ぐように整列する。その後ろには術師が3人、ギュウヒを取り囲むようにして待機する。

 彼らの矛先は間違いなく俺とマダラメを向いていた。

 ゆっくりと弓部隊がにじり寄ってくる。


 こちらも隠れるところが無いとはいえ、飛距離による威力減衰を期待して距離を取らざるをえないため、相手よりもわずかに早く後退する。

 背を向ければ一斉射撃が来る。かといって、体勢の崩れやすい後ろ歩きを続けるのも苦しい。


 そうしている内に、失意に動けなくなったコレハルが、弓部隊に飲み込まれるようにして姿が見えなくなる。

 それを確認して、すぐにコレハルをパーティーから除外する。


 そして、パーティー回線からマダラメと交信する。

「なあ、おい。お望みの熱い戦いだぞ。どうするんだ?」

 俺はこんな戦い望まない。丸投げしてみることにした。

「そうねー。マナちゃんとのペアで挑むとすれば……」

 マダラメは思考の沼に落ち込んでいく。


 作戦会議の間も敵の寄せは緩まない。

 弓部隊の間から見え隠れする、ギュウヒの真っ直ぐな視線が俺を射抜く。

 何を考えているのだろうか。このまま攻め落とす算段がついているのだろうか。


「これ、進むしかないよ。だって……」

 この矢と魔法が飛び交う寸前の戦場に飛び込むだと。蜂の巣になる自らが脳裏をよぎる。

「なぜそうなる! いくらマダラメでも、あの数相手の矢を防ぎきれるはずがない。俺でも避けきれるとは……」

「いいから聞いて。このまま押され続けたら後ろは崖なの忘れたの?」


 俺は、今まで進んできた道を思い出す。

 急な階段を降りて通路を右へ、左へ。降りて、登って。

 梯子を上がってしばらくのところに俺たちは今居る。

 したがって、崖というのは事実ではない。


 だが、梯子に順番で手をかけるのは難しい。一人ならばまだしも、ふたりともとなると、まごついている間に射たれてしまう。助かるのは不可能だ。

 梯子で降りることを諦めて、飛び降りるとしよう。物理法則の有効なこのHOにおいて、即死は免れないだろう。

 現状はまさに断崖絶壁に追いやられていると表現するに正しかったのだ。


 それを踏まえた上で、『進むしか無い』と決断したマダラメ。

 消去法で選んだのならば、勝てる見込みが少なくとも、それしか選びようがない。

 どちらだ。


「大丈夫。私とマナちゃんなら」

「思い出すな。大先生に無理難題を押し付けられた時を」

「あれは、私たちがぎりぎり可能なラインを見極めて指示してたんじゃない?」

 だったら。そこまで大先生が完璧なら。あの時負けはしなかっただろう。


 それでも。

「勝つしかないな」

「うん」


 きっかけの一打はマダラメからだった。

 右へ大きく駆け出す。

 俺もそれを見て左へ。


 一瞬、敵に迷いが生じたのか、攻撃はすべてあさっての方向へ。

 唯一撃たれた必中の魔法さえ、運悪く俺を捉えていた。

 マダラメだったならば多少は堪えただろうが、魔法対策済みの俺の装備の前では、威力減衰の激しい必中魔法などそよ風にすぎない。


「先に左のでかい方の女だ! 小さいのは後でいい」

 ギュウヒの指示が飛ぶ。

 この大所帯ではパーティーの枠が足りないのだろう。その指示は俺たちにも聞こえる一般帯域で行う。

 しかし既に遅い。俺とマダラメが接近した時点で勝負は決まったも同然だ。


「マダラメ! もちこたえられるか?」

「あたり、まえ、でしょ!」

 右側を任せ、俺は反対側から強襲をかける。

 たったふたりの挟撃だ。どれだけの効果があるかはわからないが、重要なのはそれを行うのが俺とマダラメだということだ。


 先ほどのタンカー的な立ち回りとは打って変わって、派手で大振りな攻撃を軸とした大立ち回り。そこに隙は無く、敵も攻めあぐねているようだ。


 敵陣の中へ潜り込んだ俺は、マダラメにとって辛い相手である術師を優先的に狙う。

 少なくとも、詠唱さえさせなければ痛手になることはない。


「小さいのは俺が相手をする。お前らは詠唱に専念しろ」

 この陣営でただ一人の近接型、ギュウヒが俺と対峙しようとする。

 指示と同時に術師は散って詠唱を始める。


 この状況は俺にとって好ましくない。

 スペルキャンセルに術師を狙っていると、ギュウヒの手斧が頬をかすめる。

 常にギュウヒは術師の反対側を位置取る。術師を狙いながら、背後から襲う斧をかわさなければならないのだ。

 目は二つ付いているが、それは立体視のためだ。決して、二つのものを同時に見るためではない。


 ギュウヒの攻撃を紙一重でかわし、カウンターで顎を狙う。

 当然、そるようにしてかわされるが、本当の狙いは左のダガーだ。

 俺は空振りした勢いのまま、本命の左で刺す。

「小細工か! だがもう遅い!」


 厳しい戦いの中で、詠唱をひとつ通してしまう。

 矢の一本たりとも食らわなかったマダラメに、初めてのダメージだ。

 その表情は苦悶に満ち、短期決戦を要求していた。


 俺の視線に気づいたのか、マダラメと目が合う。

「今だ!」と、どちらともなく合図が交わされる。

 視線だけが通り抜けることのできる、針の穴ほどの敵の合間を縫って俺とマダラメはスイッチする。


 強引なスイッチングによって、瞬間的に4分割された敵陣に叩きの一手を施す。

 マダラメは、敵陣中央に陣取っていつものやつを発動する。

 彼女の背中の龍が輝き、地鳴りに辺りが包まれる。

 地鳴りが強くなるにつれて輝きも増す。

 俺もまた、いつものように回避行動をとる。


 浮遊感と振動。

 そして、目を開ける。

 血の池ぐらいは覚悟していたが、その視界は想像よりもやさしかった。

 死屍累々、ただのモノと化したそれらは、人とは到底呼べない物に成り果てていた。


「それ、本当どうなってるんだ」

「ヒントは避け方にあるんだけどね」

 要領を得ないが、仕方がない。


 マダラメの攻撃、発動条件は範囲内にいる体力を持つ存在が、その体力の30%を失っている事だと聞いている。

 射程範囲にも細かい指定があるようなのだが、やはり教えてくれない。

 マダラメはこれを使いたくてパーティーの崩壊を専門とした、プレイスタイルを続けている。


 それを知っていた俺は、まんべんなくダメージを与えることができた。


 マダラメの強力な攻撃でも、全損までいかなかった者がうめいている。

 体力10%を割った時に生じる瀕死状態だ。

 これを俺たちは、消化試合のように、後片付けのように収集する。


「わりと苦戦したな」

「マナちゃんがスペルキャンセルもらさなければもっと楽だったんだけどなー」

「まてまて、俺の攻撃がなかったら最後のやつできないだろ」

「いやー割合で言えば私の方が攻撃量多いんだよねえ」

 いつもの感想戦だが、俺が褒められることは滅多にない。

 なぜだ。

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