最高の居場所1
通称西の街と呼ばれるここは、あの女にも言った通り人の多い街だ。
人の多いと聞いて、活気のある街のように感じられるが、実際はなんというか影のある雰囲気のアングラなところだ。
そのため危ない情報やら噂話に健全な情報まであらゆる情報がここへ集まる。
あの女はここで新しい恋探そうだなんて夢見がちなことを言っていたが、この街の雰囲気を知っていたらそんなことは思わなかっただろう。
そうした夢を壊したいのもあって連れて来たかったのだが、居ないもののことを考えても仕方がない。彼女は元の世界で楽しくやっていると考えよう。
あれから俺の過去を聞いた大先生は興味も無さそうに消えてしまった。
大先生はHOに起こったこの現象を収拾させるために来ているのだと考えれば、その対応も当然かもしれない。
HOの異変から3日経った今ならば、何か情報が集まっていると踏んでここへやってきたわけだが。
「ねえねえ、君どこいくの? 一緒に遊ぼうよ」
男につきまとわれている。
こういうときの対応はいつも決まっている。
「アー。エット、ニホンノカタデスカ?」
こんな時のために死ぬほど練習した自然な片言の日本語だ。
これを看破できる軟派野郎がいるならば、もはや着いて行ってもいいほどだ。
「おっ、外人さんかー。じゃあ何語だったらわかる?」
そういいながら男は3つ4つほどの言語で俺に話しかける。
どれだけ語学が堪能な軟派だよ。よもや、こんなことのために勉強したのではなかろうかと思わせるほど、滑らかに出る彼の音に目を回してしまう。
彼の知らない言語だということにして、片言を続けてもよかった。
「ああ、もういいですよ。日本語しゃべれます」
降参だ、お手上げだ。
「そうなんだ。ま、よくいるから気にしなくていいよ! それよりも……」
キャッチセールスのようにべらべらと、聞いても居ない自己PRを俺に押し付けてくる。
これは犠牲になった女がたくさんいることだろう。
よし、ここはあの手でいこう。
「大先生! ちょっと出てきてください! 緊急です!」
見えない誰かと会話をする不思議ちゃん作戦だ。
大先生が他人に見えないことを証明する機会にもなる。
「ん? どうしたの? 友達でもいるのかな」
ええい、お前にいってるんじゃない。
しばらく呼んでみたが、大先生は姿を現さなかった。
大きな声を出してめまいし、バランスを崩しそうになった俺を男がさっと受け止める。
「大丈夫かい? なんなら一緒に……」
「結構です」
振り払って歩き出す。
このまま知り合いのところまで行くのは不都合だ。
なにか方法はないかと歩いていたら、無意味に街を三周もしてしまった。
何度もつきまとうのをやめろと促し、説得したが、聞く耳は持たなかった。
もういい加減にしてくれ。そう思って言った一言。
「もういいです。付き合いますから、それが終わったら開放してください」
だめだそれは。なんなら最悪手だ。
「え、いいの? やった! じゃ行こう。そこに美味しい店があってさあ」
案の定である。
連れて来られたのはプレイヤーメイドの喫茶店だった。
暗いこんな街でも、客をいれることを前提とした店屋に関しては明るい雰囲気だ。
HOが大変なことになってもこういった店だけは放棄されずにいた。それはむしろ、大変で皆の心が沈みやすいこんなときだからこそなのかもしれない。
木製のまるいテーブルに着き、これまたシックな椅子に腰掛ける。
ふと意識を耳に向ければおしゃれな音楽。
なるほど。女を口説くにはもってこいなのかもしれない。
「ああ、名前を言ってなかったね。俺は是春、魔法がメインだ」
通りで頭がお花畑なわけだ。ついでにこの優男な感じも魔法使いとなれば納得できる。
「君は?」と聞かれて本当のところを答えようか迷う。
別に愛奈の名前がそこまで知名度のあるものだとは思ってはいない。更に言えば、マナと発音すれば悪名高いアイナの方で認識している者にとって別人に映ることだろう。
しかし、最後まで名前を聞きそびれてしまったあの女のことを思い出し、やはり正直に答えとくべきだろうと判断する。
「マナです。そう変わった読み方じゃないんですから、見ればわかりますよね」
嫌味たっぷりに言ったつもりなのに、コレハルとかいう男はまったく気にした様子もなかった。
「はーん。なるほど。いい名前だね!」
この許容感だ。慣れているのだろうが、今までしていた会話の押し付けから考えてかなりの話し好きと見える。近所のおばさんか。
最低限情報だけ出して、しゃべらせておけば満足するだろう。
そうとわかれば対応は簡単だ。
「コレハルさんってこの辺のこと詳しいんですか?」
サービスだ。若干笑みを浮かべながらに尋ねる。
「まあそうだね。ずっとここにいるよ」
「でしたら、ここしばらく変わったことはありませんでしたか?」
「それで言ったら当然……」
「ログアウトできなくなってからで」
「そうだなあ……。あれはどうだろ。大勢が一度に殺された集団キル。知ってる?」
心臓が跳ねる。もしや、俺のことか。もしそうならあの場に生き残りが居たということになるが、しかし。
「パーティーに誘った仲間に殺されるなんて、嫌な話だよね」
パーティー内での仲間割れか、あるいは。と見当をつけつ。
「え? 待ってください。それってこの近くで起こった事件ですか?」
「そうだよ。この街の下水道パーティーでさ。その時、俺もいたんだけど本当にひどい目にあったよ」
野良パーティーだとすれば。
「それ、犯人は誰だったんですか?」
「わからないんだ。アバターから名前まですべて偽装されたものだったのが後になってわかってね」
あいつに間違いない。
答えはわかったが、戯れだ。今まで押し込められた分、こっちからも少し攻めてみよう。
「そうなんですか……。ふむ。だとすればコレハルさんが犯人だったりして」
「それは無いよ。俺たちは固定パーティーの穴埋めでその子を誘ったんだ。こんな拠り所のない世界になってしまったHOだ。協力しあって行きたかったんだけどね」
「その子、ということは犯人は女性ですね」
「なんでそうなるんだい? 子って言葉で女の子を連想するのは先入観じゃないかい」
目が泳いでいる。わかりやすい男だ。
だが、言っていることは理にかなっている。
彼の性格上、野郎を子だなんて呼ぶはずはないが、先入観という言葉の魔力か。
この言葉の魔力圏から外れるためには。
「あの方、実は女性なんですよ。知ってました?」
コレハルの斜め後ろでクリームソーダを飲んでいる少年を顎で示した。
あどけない顔立ちは女だと言われても納得できるほどだったが、よくよくみれば装備が男専用の有名なものであることから男だとわかる。
迷うことはない。辺りに見える人影はその少年だけなのだから。
「え、どこどこ。ってあれ男じゃん。マナちゃん何いってんの?」
よし。かかった。
「いえ、中身は女性ですよ」
あの少年のことなど一切知らないが、そういうことにしておこう。
ごく小さな声で「たぶん」と付け加えながら。
「それよりも、あのくらいの子なら、男の子と呼んでもいいはずですよね。それをあなたは男と無意識に区別していた。まあ、不自然ではないでしょう。ただ、先ほどどちらととることもできると言ったあなたの言葉とは思えませんね」
根拠としては弱いが、彼のようなノリで生きている人間を流れに乗せることはたやすい。
「あははー。ちょっとトイレ」
コレハルは奥へ消えていく。
さて、これで抜け出せば、と考えて席を立とうとした。
「ちわっすー。相変わらずだねえ」
声が背後からする。
見上げれば彼女が衝立の上から体を乗り出していた。
探していた知り合い。サナタだった。
「どうも。探してたよ」
こう、ちょっとでも他人の視線のある場所だと態度が決めきれなくなる。
どうしても柔らかめの言葉遣いになってしまう。サナタなんかは特に適当に接してやってもよいのだが。
「それで」
サナタは回ってきて俺の正面に座る。
「何の用かな?」
「あの男が言っていたこと聞いてた?」
「ああ、あれね」
さすが同輩、話が早い。
「その件について犯人と話したいんだけど……」
「犯人って何の話? コレハルくんが言ってたのはあの子が男って話でしょ?」
サナタのいつものやつだ。頭がいたい。
できるだけ周りに聞こえないようにささやく。
「下水での殺しだっつの」
理解したのか、ぽんと手を叩く。
「あー。そっちか。マナちゃんまた殺しとか怖い話題が好きだねえ」
「何いってんの。サナタの方が昔はもっとえぐいやり方だったでしょ」
あれから俺は回復薬を飲もうとしただけで、いちいち躊躇しなければならなくなった。
絶対に許せない。
「あれねー。最近は別のことが楽しいからやってないね」
自分の手は汚さない、汚い手が好きな彼女のことだ。ろくでもないことはわかりきっている。
「して、それは?」
「ま、いいでしょ。それより事件の話しよ?」
あくまでもはぐらかすか。何かありそうだが、追求よりもこっちの話題を片付けておこう。
「犯人はまだこの街に?」
「うん。昨日来てすぐにその事件。あとはずっと……」
手振りと口唇で『私のホーム』と言っている。
「そっか……」と声に出しながらも『あとで案内よろしく』『おっけ』のやりとりを済ませる。
「それで、サナタ。最近は何して……」
先ほどの疑問の答えを出そうとしようとすると邪魔が入る。
「いや、待たせたね。この子はさっき言ってたお友達?」
ああ、本当にタイミングが悪い。
コレハルはいいながらサナタの横にかける。
「そんなとこです」
澄まして冷たい目を向けておく。
もうこの男と関わる必要は無くなったわけで、適当にあしらっておかなくてはならない。
それにしても、サナタと仲良くしているところを見られるのはあまり良くなかった。
「どうも。サナタアトっていいまーす」
いつもの敬礼のようなポーズだ。
「是春です」
思ったより大人しいコレハルに違和感を覚える。
飄々とした態度は変えないまでも、どこか怯えたような目の色をしている気がする。
「ふーん。なんか二人とも真逆な感じだね」
「そうですか?」
「マナちゃんはやる気ない感じ」
ああ、そりゃそうだ。お前とやることはなにもないからな。
「そうですよね! マナちゃん本当にいっつもやる気無いんです。何ならいろいろ教えて上げてくれませんか?」
サナタ、頼むからいらないことを言わないでくれと懇願の視線を送るが、こちらを見ようともしない。
「だね。じゃあこれは知ってるかな? サナタさんってこの街で有名なんだよ」
たぶんそんなことだろうとは思った。神殺しの丘解散後から、サナタはずっとこの西の街に入り浸っていた。
「やだなー。ただずっと居るってだけですよー」
「いやいや、何を言ってるんだ。あの時サナタさんがいなかったらこの街はどうなっていたことか」
これはまた根の深そうな話だ。それにしてもサナタが人助けとは、丸くなったものだ。
「その話詳しくお願いします」
「マナちゃんも気になるかー」
「話してもいいですよね?」
殊勝な態度でサナタにお伺いをたてるコレハルを見て、彼女が今どれだけの地位にあるのか気になってしまう。
「いいよー。調べようと思ったら調べられることだしね」
「それは最北端との抗争のまっただ中の頃の話」
サイホクタンってなんだ。と一瞬思うが、北には街がふたつ連なっているために、北の街と最北端というふうに呼び分けられている。
して、抗争となるとかなり大きな話になる。
たしかここ、西の街の担当は自治ギルドの野菜主義だったはずだ。その防衛力の高さから情報の基点となっている。
対して、最北端となると、俺のいた毒樹の森から最も遠い位置にある街のため、あまり詳しくない。うわさでは食料に乏しく、代わりに鉱物資源に富むといったところ。
飢餓の苦痛はもちろん制限が付いているが、それでも長時間にわたるとなればそれなりにしんどい。
食料に困らない対策を立てられる金持ちプレイヤーか、あるいは飢餓の苦痛に耐えられる効率主義プレイヤーのどちらかがその地に適応できる。
最北端が侵略行為におよぶのはわかるとして、なぜ西の街なのだろうか。
侵略戦争をしかけるには地理的に遠い。それに、西の街も土地は痩せ、食料事情はそれほど良くない。
「それは何がきっかけで?」
たまらず聞いてしまった。この手の問題は一言で言い表しづらく、裏に潜む権利関係も複雑なのにだ。
「西の街が最北端の機密を漏らしたって因縁をつけられてね」
よくある話だ。人の口に戸は立てられないというやつだろうか。
「最北端が要塞を建ててるって話聞いたことないかな」
「どこかが強力な基地を作っているという話は聞いたことありますね」
「まあそんな風に断片的でもHO全体に広がってて、その出処が西の街じゃないか、とね」
「ということはその問題を解消したのが、サナタ?」
驚いてサナタを見ると、鼻高々といった表情だ。
「そうなんだ。ひとりひとり誤解を解いて回って、最終的には最北端から謝罪まで引き出した」
話はわかった。おおかた、サナタ本人か知り合いの誰かの後始末をさせられたのだろう。
彼女自身、事態を収拾させられるだけの十分な能力がある。だが、俺の知っているサナタが、それを西の街のためだけに行使するとは考えられなかった。
丸くなっただけでは説明しきれない、何か別の動機があるはずだ。
「なんのためにそんな……」
「街のためですよね? サナタさん」
「う、うん……」
負荷がかかると言葉が濁るいつもの癖だ。
「じゃあなんでサナタはこの街にいるの?」
「あー。そうだよね。うーん。それを説明するためにも、一回家いこっか」
「ま、まあまあ。もうちょっとここでも」
コレハルがすがるように言うが、逃がさないためだろう。さすがに女の家に一緒についていくほど豪胆ではなかったようだ。
「あ、コレハルくんも来ていいよ。マナちゃんにいろいろ教えてくれるんでしょ?」
おいおい、だったらなんで先ほどホームに行くだのとジェスチャーしたんだ。
「サナタさんの話も聞いてみたいし……。それではお言葉に甘えて」
お前も少しは遠慮したらどうだ。
流れができてしまえば乗ってしまうこの男らしく、三人組でサナタのホーム行きが決定してしまった。