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いわば志願者3

 そっと部屋を出る。

 既に女を起こすつもりはない。むしろ動き回られては邪魔だ。


 どう戦うべきか。俺は脳内会議を始める。


「現状報告。四方八方を敵に囲まれ、敵数は推定20。現在位置は街の北西、三階建ての二階。

 正直、そうとうだるい」

 俺の声を聞くのは、今の俺と全く同じ見た目の少女。


「すぐ西に出て山に登るのはどうですか?」

 俺の半身は可愛らしく小首を傾げるが、言っていることは外道もいいところだ。

「あんた、本当最低だよな。女を置いていくということが、どういうことかわかって言ってるんだろ?」

「当然です。同一人物なんですから認識は共有しているに決まっているでしょう」


 リアルになり、ゲームの仕様外のことでもなんでも有りになってしまったこの世界だ。

 ただの女がこんな田舎に住む無法者の集団に捕まったなら、どうなるかわかったものではない。

 想像するだけでもおぞましい。

 苦痛を極端に嫌う彼女のことだ。死ぬよりも嫌だろう。

 俺は、それを見逃してもよいのか。


「あるいは、北へ向かっていく予定だったトンネルに入りましょう。そうすれば追手が来ても相手がしやすいでしょうし」

 我が半身はなおも逃走する方向で計画を進めようとする。


 それも正しいのかもしれない。

 一度戦いが始まってしまえば、どちらかが潰れるまで終わらない。

 なぜなら俺は諦めない。相手も俺一人相手に恐れることはないだろう。


 どれだけ味方が倒れようとも、相手は消耗しているはずだ。そう思い込んで俺に向かって来るのをやめない。

 ギャンブルと同じだ。ここまで来たなら引き返せないといった、非合理的判断。


 いや、それは俺の被害妄想なのではないか。そもそも情報が少ないのだ。必ずしも俺の想定通りに相手が動くとは限らない。


 そう例えば、

「相手が敵意ある者だとなぜわかる? ここを拠点とする小規模ギルドが帰ってきただけかも知れない」


「話せばわかる、ですか? 笑わせないでください。それがどれだけ無意味なことかわかっているでしょう」


 半身は記憶から証拠を引っ張り出してくる。

「んしょんしょ」と大した労力もかけていないのに、あざといまでの演技をする。

 その仕草も、一生懸命で献身的な女性像を思わせる。

 だが、その魅力は蠱惑的な悪魔の魅了だ。こいつに魅入られたが最後、骨の髄までしゃぶられ、魂さえ奪われるだろう。


 それも俺という人格の一部なのだと思うと立ちくらみがする。


 荒れた室内、明らかに俺たちの方向へ向かってきている対人マーカー。

 つきつけられたそれらの証拠に、俺は閉口せざるを得なかった。


「それに、どうやって話すんですか? これだけの罠をはっておいて。未だ死人は出てないようですが、十分に宣戦布告ととられても仕方ないですよね」


「では、女を連れて……」

「だから、それも無理に決まってますよね。脱出ルートを決めた時から『女を背負っては逃げられない』と認識していたんですから。あなた、本当に私ですか?」


 いちいちむかつく言葉選びをする奴だ。


「あんたは本当にあの女のことをなんとも思っていないのか? 俺ならわかるだろ」

「あのうるさい馬鹿女ですよね。遠回りまでさせられて、足手まといもいいところです」


 突如、視界が揺れ、その端で真っ二つに割れる地面。

 どこで生まれたのか、その亀裂は心心乖離の甚だしさを物語っていた。


「小うるさいのがそんなにだめなのかよ。足手まといもだ。自分に不都合なら見殺しにしてもいいのかよ。

 俺もたくさんの人の心を引き裂いてきた。それでも、自分の決めたことを曲げるほど落ちぶれたつもりは無い。

 ミネの時だってそうだっただろう。あいつらは成長途中の雛なんだよ。なんでそれを自分の都合で殺すんだよ。

 昔の俺だってそうだった。大先生に助けられ、仲間のみんなに助けられ、それで俺はここにいるんだよ。過去を否定するなよ」


 矢継ぎ早に言って、酸欠気味だが一呼吸置いてから、

「なにより自分を否定するなよ」


 肩で息をする俺に対し、わずかに口角が上げ不気味な笑顔を浮かべながら半身は言う。

「どうしようもないうえ、しようもない自己投影ですね。今まで勝ち抜けてきたのは狡猾にやってきたからですよ。

 自分で決めたことを曲げないですって? 冗談でしょう。

 今まで自分で決めてきたことがどれだけあると思ってるんですか? ミネさんの件は頼まれるがまま、毒樹の森をとったのだって過去を引きずって諦めきれなくて執着してただけじゃないですか。

 そんなの、流されてるのと変わらないんですよ。ださくて恰好悪い。誰にも認められないから人を困らせて。

 ですから、今、決断するんですよ」


「……何をだ」

 俺は恐る恐る尋ねる。


「わかんないかなあ。連れであるあの女の人を、囮にしてでも逃げる最低な悪役に、振り切ってしまえばいいんですよ」


 お前は中途半端だったのだと。


「そうしたら、大先生の指示にも従いやすいでしょう。まともなままで、憎まれながら誰かを殺し続けるのはつらいでしょう?」

 とてもやさしく。まるで天使の囁きのような甘美な言葉。

 だが、その中身は醜穢で反吐がでる。


「今更何を……」

 気づけば口の中が乾いて言葉が詰まる。

 生唾を呑んで続ける。


「俺は楽しいからやっていた。ただそれだけだ。今更意味づけなんかいらない。だから、楽しくない見殺しはしない。多勢に無勢を楽しめばいいだろ」


「そうですね。魔道を行くのも一つの決断でしょう。しかし、その裏には必ず自己欺瞞があることをお忘れなきよう……」


 半身は消える。

 おかげで作戦会議にならなかったが決心は固まった。


 そうして正気に戻る。

 扉を抜け、階段を降りた。

 まだここまでは来ていないはずだ。


 俺は周囲を見回しながら先へ進む。

 脱出ルートの半ばまで来て、絶好の接敵ポイントにつく。


 仕掛けた罠がひとつづつ外されていく。

 罠を外せるということは俺と同じ軽装型である可能性が高いが、その分一人で行動している可能性は低い。

 俺は軽装型ながらに一人であるが、悲しくなるのであまり考えないようにする。


 俺の脇にある5つ目の罠を視界に収め、影に隠れながら敵を待つ。

 屈んで解除しているところで首の付け根を狙う。


 まずはひとり。

 そう思ったが、俺の攻撃ははずれ、肩を切り裂くにとどまった。


「つうっ!」

 そいつはわずかに声を上げるがすぐに俺から距離をとる。さすがに冷静だ。

 追って攻撃を二三度ほど交わすが、うまく当たらない。


 俺の攻撃をかわせるとは只者ではない。

「あなたは何者ですか」

 大声を出して他の敵に気づかれたくない。できるだけ小声で尋ねる。

 ただ、対人マーカーの動きから言って、感付かれている気がするが。


「さてね!」

 答える気はなさそうだ。

 そうして敵は口を動かすが、声が出ていない。パーティー回線で仲間を呼んでいるのだろう。


「仲間を呼ばないと勝てないんですか。情けないですね」

 応えは返ってこないが、それでいい。

 別の者に相手をしてもらうまでだ。幸いここにはいくらでも相手がいる。


 先ほどから足元に矢が何本か飛んできているが、まったく当たる気配がしない。それほど意識しなくとも、回避できてしまっている。

「そこにいるスナイパーさん。ちゃんと狙わないと当たらないですよ!」

 そう叫んでホームラン宣言のように指先をつきつける。


 罠を解除しようとしていた方の敵は、既に2回目の攻撃で毒を付与済みだ。

 このまま気づかずに死んでくれることを祈って、放って置いてもいいだろう。

 目の前の敵を蹴っ飛ばしてから、狙撃手を目指してやや大きな道路をはさんだ向こう側の建物に飛び込む。


 階段が奥に見えるが、その前に3人控えていた。

 俺は予想外の増員に一瞬ひるんでしまうが、歩みを止めるわけにはいかない。


「ちっこい方かよ。貧乏くじ引いちまったな」

 曲がった幅広で薄い刀のような武器、シミターを持った男が大振りで襲ってくる。

 それを見てソードブレイカーで受けながら応答する。

「運がいいですね。当たりです」


 ゲーム時代ではいくら硬い武器でも、コツさえつかめれば損傷させることができた。

 今この世界で、鉄の材質が正確に再現されていたら難しいかもしれない。

 なぜこんなものを持っているかと言えば、プレイヤーの中には愛用の武器を我が子のようにかわいがっている者がいる。そういったやからの心をへし折るためだ。


 最初に声をかけてきた男と小競り合いをしていると、右に控えていた敵が椅子を投げてきた。

 こちらもゲーム時代、椅子は動かせないオブジェのような扱いだったのが使えるようになっている。

 視界には入っていたのもあって、余裕をもってかわせるものと思っていた。

 それが鼻頭をかすめて涙のでる寸前のような痛みが襲う。


 鼻血が心配だが、今はそれどころではない。すぐに応戦するが、体がうまく動かない。

 俺にとって不必要な現実感が邪魔をする。


 右に、左に、攻撃をかわしながら反撃の機会を伺う。避けきらなかった攻撃が肩をかすめ、ダメージが蓄積しているようだが、機能不全には陥っていない。

 部位欠損が生じた場合どうなるか予想がつかないため、大振りの攻撃には注意をはらって確実にかわす。


 そうやってしながら、相手に毒を与え、体力の半分ほどにした。

 敵の合間を縫って二階へ向かう。


 階段の踊り場に来たところで早速矢が物前の壁に突き刺さる。

「この距離でもはずしてしまうんですね。本当にやめたほうがいいですよ?」

 軽く言っておくが、それでも後ろから追ってくる3人組もいて余裕ではない。


 二射目を準備している狙撃手をすれ違いざまに毒攻撃をしてから、階段へ突き落とす。

 追手の3人組と絡まっているのを見届け、俺は窓から飛び降りる。

 着地に失敗して転げまわり、壁にあたって止まる。


 目の前にはさきほど罠を解除していた敵が倒れていた。

 わずかに蓄積されたダメージを回復するため、そいつの懐をあさって回復薬を取り出す。

 やはり気持ち悪い。が、このまま戦い続けるためにも、一気に飲み干す。


 女の悲鳴。


 まずい。情報量が多すぎて対人マーカーの動きに気づけなかった。

 だが、それほど遠い距離ではない。すぐに殺すとは考えられないため、今から行けば間に合うはずだ。

 俺はここまで来た道を戻って女のもとへ向かう。


 二階を一瞥して、そのまま三階へ上がる。


 引きつけるためのちょっとした一言、かかってこいよぐらいを言おうと思った。

「人が温めておいた獲物を横取りするだなんてひどい人たちですね。覚悟はできてるんですか?」

 獲物とは何だ。

 心臓の音が痛いほどよく聞こえる。


 暴走気味の自分の口から出ている言葉だと気づいたのは次の発声の後だった。

「お荷物女でしてね、どこで殺してやろうか考えてたんですよ。いやあ、手間が省けてよかった。あとはあなたたちを殺ればいいんですからよほど簡単な仕事です」

 そんなことが言いたかったんじゃない。

 俺は彼女のことをお荷物だと思っていたのか。

 わからない。


 暴走した俺の口がかってに言っていることだ。

 そう思いたかった。


 三階へ上がってくる敵襲。俺は窓を閉めきった完全な暗闇の中で迎撃にあたる。

 何故か感覚は研ぎ澄まされ、相手の足音と呼吸音まで聞こえる。


 右に二歩、前に三歩。頬に敵の動きから生まれる空気の乱れを感じる。

 俺は今、避けているのだと自覚させる。そのまま毒を部屋にいる5人に付与する。


 部屋の外、階段の途中で待機している3人に気を配りながら、適度な攻撃を加えていく。

 敵の疲れが見え始めたころ、ダガーに持ち替えてとどめを刺す。

 そして、扉をわずかに開いて出来た隙間に向かって言う。


「お待ちの三名様、どうぞ中へ」


 騒がしい足音を聞き送ったあと、扉を全開にする。

 誰もいなかった。

 二階へむかい、女を確認する。

 女は既に事切れていた。


 ちかちかといつもの感覚がする。吐き気のする極彩色が瞼の裏に。

 いつもの合図だ。大体わかっている。


 俺に誰かを守ることなどということはできないのだ。

 俺という人間がそれをできないようにできているのだ。それは自然の摂理と言ってもいい。

 何者にも逆らえないルール。



 殲滅戦は終わった。

 女の亡骸を目の前にして、壁を背に座り込む。

「合計31人。よくやってくれたものだ。がんばったね、アイナ君」

 この内臓を引っ掻き回すような声は敵ではない。もっと厄介な者だ。


「一番出てきてほしくない時に限って出てくるんだな。大先生」

 初めて大先生と呼んだ時と同じだ。俺にとっての失敗が、この女にとって好都合な任務成功だったのだ。


 31人の中には俺の理解者になったであろう、あの女も含まれているのだろう。

 なぜ守れなかった。現実な世界になってしまったからだ。そう考えるしかない。

 その人数にしてもそうだ。なにが約20人だ。見当違いもいいとこだ。

 まともに敵数も把握できず、想定外の一手でミスを犯した。


 大先生は手のひらサイズで妖精のように俺のまわりを漂う。

「その姿は?」

「省エネだよ。ずっと姿を見せているのも簡単じゃないんだ。監視はしているがね」

 見ていたのか。少し気恥ずかしくなるが、もうどうでもいい。


「それで、その31人は本当に帰れたんだろうな」

 せめて、あの悲恋の世界へ彼女が帰っていれば、それだけで俺は救われるものだと思っていた。

「そうみたいだ。一応、元の世界にいる部下たちから連絡はきている」


「連絡がとれるのか?」

「ああ、データがきている」

 大先生は俺の肩でメニューを開いて操作する。


 俺はそのホロディスプレイを覗きこむ。

 大先生がリンクを選択すると、集合写真のような画像がディスプレイいっぱいにひろがる。

「これが今回の帰還者だそうだ」


 手のひらサイズになった大先生に合わせたディスプレイのため、かなり小さいものの見えないほどではない。

 男だらけだ。皆寝起きのように呆けた顔で写っている。

 集合の端に人ひとり分の空間をあけて、申し訳無さそうに立つ紅一点がそこにいた。


「この女!」

 俺はたまらず大先生ごとディスプレイを掴もうとした。

 当然のことながら手応えは無く、避けられてしまった。


「何を興奮してるんだい」

 反対の肩で大先生は怪訝そうに俺を見る。

「そこのアバターの持ち主かわからないか?」

 どうしても気になってしまう。彼女の正体を知りたくて。


「さて、わからないね。そういった情報は無いけれど、アバターが女性だからといって元の世界でも女性だとは限らないと思うよ、アイナ君」


「生きてれば、それでいいのさ。できれば確認とっといてもらえないか、大先生」

 あえて間違った名前を呼んだ大先生に対して、呼応するように呼んでやる。

「そんなに彼女が大事だったのかい。通りで……」

「んなことはいいんだよ」

 大先生には弱みを握られたくない俺はぶっきらぼうに振舞う。


「君にとっては負けたようなものなのだね。だから私は言っていたのだよ。

 神殺しの丘、規則。『なにかを守ろうとしてはいけない』とね」

「それそういう意味だったのか?」


 たしかにそういったお達しはあった。

 しかしそれはあくまでルール破り、型破りなギルドのあり方を指すものだと、俺たちは思っていた。


「個人の強さで成り立っていた私のギルドに、守るべきものがあってはどこかでつまずくとわかっていたからね」

 と、大先生は言うが、あんたがそれを言うのは間違っている。そんな矛盾からも彼女が大先生であると、俺に確信を持たせる。


「だからあんたはあのとき負けたってわけか」

「あのときっていつのことかな。私の記憶の限り、負けたことは一度もないはずだ」

「そういうことにしたいんだろ。わかるよ」

 大先生が追い詰められたあのとき、俺に帰れと命じた。

 俺が足手まといだったのも事実だが、結果としてそれは間違いだった。


「俺を守ろうとしたのはあんたのミスだよ。唯一のね」

「君はアイナ君になってからやたらと強気だね」

「俺はもともとこうだよ」

 俺が変わったんじゃない、あんたが逃げただけだ。


「では、私のミスとやらをお聞かせ願おうか」

「ある意味、今日と一緒さ……」

 そう前置きをして、あの日大先生が知り得なかったその後を語る。

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