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禍徒の美学

「え? あんたアイナちゃんを知らないのかよ」

 俺は驚いて隣のローブ姿の女に声をかけた。

 顔を隠すように深めに被ったローブ姿でなぜ女だとわかったかと言えば、それがウエストで絞られた女性らしいボディラインを思わせるローブだったからだ。


「お前は知っているのか」

 なんということだろうか。俺のことまで知らないときている。

 それも当然だろう。あの有名なアイナちゃんを知らないのだから。

「あたりまえだ。俺は禍徒。アイナちゃんファンクラブ一号だ」

「そうか。じゃあそのマガト君、あの子の名前はアイナで合っているのか?」


 このすり鉢状の闘技場の真ん中で大男と対峙する少女、それは間違いなく俺の愛するアイナちゃんだった。

 髪は後ろで一本にまとめられた長めのポニーテール。着ているのは可愛らしいミニスカート風でありながら忍者を思わせる着物だ。

 その可愛らしい見た目に反して、手した得物は緑と黒と赤の絵の具が混じる過程のような禍々しい宝玉のついたダガー。この落差がファン心を揺さぶる。


 しみじみアイナちゃんを眺めていると、隣の無知な女が「はやく答えろ」と急かすものだから仕方なく答えてやることにする。

「間違いなくアイナちゃんだよ。あんたも彼女を見に来たんだろう? そうだろうそうだろう」

 返事を聞かなくとも俺にはわかる。この女もアイナちゃんの魅力に当てられてしまったのだと。

「いやそうでは……まあ似たようなものか。それで彼女はなぜあんなところにいるんだ?」


 この闘技場にいるのになぜそれを知らないのかは気になったが、同好の士を得て気分が良いから教えてやることにする。

 なんたってアイナちゃんファンクラブは俺一人で構成されている。俺が答えずして誰が答えようか。


「ここではレベルをシステム的に同じに調節してトーナメントを行っているんだよ。んでもって今回、アイナちゃんは決勝だけ出るとんでもシードだ。どうだ、すごいだろう」

 アイナちゃんは既に2回優勝している。それもすべて圧勝だ。

 それでも殿堂入りするには3回の優勝が義務付けられている以上、試合に出なきゃならない。

「となると相応に強いのか?」

「あたりまえだろ。ほら、始まるぞ」

 俺はこの試合のために今まで面白くもない試合を見てきたんだ。ここで見逃すわけにはいかない。なんでこの闘技場はトーナメントが始まったら出入りできなくなるのか運営を問い詰めてやりたい。


 試合はやかましい司会の声で始まる。

 今回のカードはバトルアックスのブライアンだ。

 上半身裸の大男だが、本来HOでは上衣の一枚であっても装備をはずすメリットはない。


 ではなぜ男は半裸かといえば、闘技場の重量制限にひっかかったのだろう。レベル差はシステム的に埋められても装備差までは簡単には埋められない。

 そこで重量制限なんだがブライアンの場合、自慢の戦斧がその重量のほとんどを占めているとみて間違いない。その上で鉄の重い鎧などはブライアンのアバターが許しても闘技場の運営が許さないといったところか。


 対して我らがアイナちゃん。大振りなブライアンの斧など当たる気配すらない。余裕の表情で避け続けている。

「マガト君、これはどうなったら勝負がつくんだい」

「あんた今までの試合観てなかったのか?」

 一度トーナメントが始まったら出入りできない以上、少なくとも女もいままでの試合の最中闘技場内にはいたはずだ。一試合も目にすることなくこの場にいたというのだろうか。


 まあいい。これもアイナちゃんのための布教活動の一環だ。

「どちらかの体力が尽きるか、どちらかがリタイアしたら終わり。というかゲーム性を考えたらあたりまえだろ」

 考えればわかるだろ。という批判をこめた言葉だったんだが女にはあまり効き目がなかったようだ。


「あの子はずっと逃げてばかりだがあれで勝てるのか?」

 よくぞ聞いてくれた。しかし俺は説明したくてはやる気持ちを抑えながら返答する。

「あたりまえなんだよなあ。まあ見とけって」

「さっきからその『あたりまえ』ってなんなのだ……」


 そして迎える今日の大一番。今まで俊敏に動いていたアイナちゃんが徐々に足を鈍らせていく。

「おい、あんたここだぞ。見逃すなよ」

 俺は一番の見せ場が来ることを女に教えてやる。


 ブライアンとアイナちゃんの距離はどんどん縮まっていく。射程に入り、ブライアンの斧が横薙ぎに振りぬかれるが、それを滑り込みでかわす。

 そして二人の距離がゼロに限りなく近づいた時だ。アイナちゃんの愛刀がブライアンの脇腹に突き刺さる。

 そのまま背後に回って二度浅く斬りつけ、バックステップから距離をとる。


 途端に闘技場内の空気は冷め、ブーイングに包まれる。

「やったぜー! さすがアイナちゃん、ナイスファイト!」

 俺は周囲の空気に負けじと大声で声援を送る。

「どういうことだ? 一撃目は相当に堪えただろうが、その後の二発も浅いし決定打とまでは言えないだろう。それなのにまるで勝負が決まったように」

「アイナちゃんの主力はあの毒入りダガーなんだ」


 あとは防戦に集中するだけだ。逃げに徹したアイナちゃんを捕まえられるのはHO広しといえど片手で数えられるほどもいないだろう。

 まずはまきびしで行く手を阻む。

 次に牽制の飛び道具。これに関しては諸説ある。

 俺が思うに発射状態にしたクロスボウをいくつもインベントリに仕舞っていて、必要なときにその都度装備して再びしまっているのだと思う。魔法だって言う奴もいるがあれだけ移動して攻撃も回避しながら素早い詠唱ができるとは思えない。

 まあアイナちゃんならなんでもできるのはわかっているんだけどな。


 闘技場の観客は既に興味を失ったようで帰り支度をしているものも少なくない。アイナちゃんがまだ戦っているというのにどういうことだ。

 とはいえ見当はつく。アイナちゃんの試合は毎回毒による泥試合だ。盛り上がりに欠け、観客としてはつまらないというのもまったく理解できないわけではない。


 だが、今回が彼女にとって最後の公開PvPだ。

 帰り支度をしている観客に代わって俺だけはアイナちゃんの試合を最後まで見届けるんだ。


「あれがあいつのやり方か……」

 などと言ってほくそ笑んでいるつもりの女のつぶやきは俺の耳に届いてたが、格好つけたい年頃なのだろうと考え、優しい俺は見逃しながら聞き逃してやることにした。


 ブライアンは肩で息をするほどに消耗が目に見えていた。

 距離は離れきってしまい、今から追っても体力の衰えたブライアンでは迎撃されて勝負が決してしまうだろう。

 かといってリタイアするのはプライドが邪魔をしてできないのか、動けないでいる。


 そしてそれに気づいたアイナちゃんは腹を抱えて大笑いしている。観客席からでもわかるほどにだ。声が聞こえていればどれだけ耳が幸せだっただろうか。

 ああ、アイナちゃんは笑っても可愛いなあ。

 相手に屈辱を与え、晒し者にする。これこそがアイナちゃんのスタイルだ。


 司会のやかましい声が終了の時間を知らせる。1分前、30秒前と言った具合に時間は迫る。

 体力が本人以外に見えないこのゲームの仕様上の理由で、制限時間を迎えると引き分けとされるのだ。

 毒が回り切るのが先か試合終了が先か。観客はブライアンが毒を受けた時の盛り下がりも忘れて祈っていることだろう。

 だが俺は知っている。アイナちゃんが相手の体力をはかり間違えたことはない。必ずブライアンは制限時間までに倒れる。


 先ほどまでうるさかったローブの女も見入っている。この試合が終わったらファンクラブに誘ってやろう。


 毒のダメージにまきびしと飛び道具による微調整で見せ場を作る。計算されつくした美しい勝ちすじ。まさにエンターティナーの鏡だ。

 そして司会が偽りの終了時間である5秒前を刻んだ瞬間、真の終了時間が訪れる。

 ブライアンは白く光る粒子となり、次第にその姿は霧散していく。むさい男だったが散り際はかくも美しい。


 闘技場中央の巨大ビジョンにアイナちゃんが大写しになり、その声も闘技場全体に響きわたる。

 この演出にだけ、俺は闘技場運営に賞賛を送りたい。

『みんなーみてるー? 最後まで見てくれてどうもありがとう!』

 アイナちゃんは手を振って観客にアピールする。


 観客からはため息だけが漏れる。

 今まで何試合とトーナメントを勝ち抜いてきたブライアンの熱い決勝戦を期待していたいたのに、毒の搦め手で停滞した試合展開を見せられてはため息も出よう。

 だがそれこそがアイナちゃんの真骨頂だ。観客にさえ喧嘩を売っていく斜に構えたパフォーマー、それがアイナちゃんなのだ。


 彼女は咳払いをしていつもの調子で語り始める。

『ざこばっかりで私みたいなか弱い女の子が殿堂入りしてしまいました。とても不甲斐ないことだと思います。このような低レベルな催しなど、無くして運営リソースの有効活用を願います』

 観客のブーイングは野次になり「表にでろ」だとか「有利な条件で勝っただけだろ」に、後は単純な罵倒、罵声である。


 神聖な戦いに泥を塗って、おまけに煽り文句まで付けるものだからその感情も当然だろう。

 さらに言えば4年にわたるHOの歴史上、初の殿堂入りをぽっと出の新顔がここまで泥を塗ったのだ。その怒りは計り知れない。


 観客は自らの感情からだけで野次をしているのであって、運営に対する不満はある意味でアイナちゃんと合意点となっているはずなのだ。

 同調がアイナちゃんへの苛立ちをさらに加速させる。

 そこまで計算してアイナちゃんは言っているに違いない。


 観客の野次はアイナちゃんに斬りつけるような敵意、殺意を伝える。

 それもアイナちゃんを高揚させる材料となっているとは彼らには想像もつかないだろう。

 アイナちゃんはそれらをブライアンの斧のようにかわし、いなすように言う。

『それで宣伝なんですけれど、私の拠点としている毒樹の森って知ってますか? この街から南西にあるんですけど、文句のある人はそこへお願いします。24時間いつでも待ってるのでファンメールから果たし状はもちろん、アポ無し突撃も大歓迎ですのでよろしくお願いします』

 上品で気品のある、しかしそれでいてキャッチーな可愛らしさも持ち合わせたその美声は、まさにこの世に降り立った天使としか言いようがなかった。


「アイナちゃんの演説はしびれるな! あんたもそう思うだろ?」

 そう言いながら隣にいた女に話しかけたつもりが、既にそこにはいなかった。

 感極まって出場者控えにでも行ったのだろう。やれやれ、直接的な接触を求めるファンは嫌われるとわからないかな。

 節度を持ったファンを自負する俺だったら、絶対にそんなことはしないね。


 アイナちゃんはその後も延々と観客、運営を問わず煽り倒していたが、とうとう締めくくりの言葉に入る。これは毎度おなじみの決め台詞だ。

『それでは愛すべき無能で矮小な皆様に幸運を』

 そう言ってからアイナちゃんはスカートの端をもってお辞儀をし、観客に礼を尽くす。

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