表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

悪妻のトドメの一撃

作者: げんたろう

架空の日本としてお読みください。

『旦那のどこが気に入らなかったのかね?』

「どこって・・・」

『甲斐性があって、浮気もしない、顔も男前だ』

「そうですね・・・」



完璧だった。



男としても夫としても人間としても。



欠けたところのない完璧な人物だった。



少しでも欠点があれば、ほほえましかったかもしれない。



だが、欠点は見当たらなかった。



なんでこんな人が私の夫なの?



不釣り合いすぎて、目も合わせられない。



うつむく私の頭に、暖かくて大きな手がポンと添えられる。



『僕が大きいから首が疲れてしまったんですね』



なんたる善良。

違う。あなたを見たくないの。だって、私はあなたの目に映る価値なんてない。

ヒビと欠けだらけの人間なんだもの。





目の前の方がさらに夫を語る。



『妻だけを愛し、浮気もしない。同性からも慕われ、お茶目な趣味がアクセント』

「・・・お茶目?」



あのひとにお茶目な趣味?



好んで集めていた舶来ものの食器のこと?

それともギッシリと本棚にならんだ題目も読めない異国の本のこと?



『なんじゃ、おぬし、知らんままじゃったのか』

「?」

『ならば納得。あの趣味を知らんままなら、近寄りがたくも感じるじゃろう』



あの、趣味?



なにをおっしゃっているの、この方は。



『百聞は一見にしかず、じゃ。ちょっと過去を覗いてまいれ。そのくらいの時間は与えよう』

「―――――」




***




ああ、まさしく『上から見ても』美しすぎる夫が、私の下に居る。

どうやら私は宙に浮いた状態で過去のあのひとを見てるようだ。



夫は居間を箒で掃いている。

・・・・・・母から『アンタ、嫁ぎ先で箒を丸く掃いたりしないでよね』と口をすっぱく言われて嫁いできた。

居間の隅に埃がたまらないから、ちゃんと掃除できていると思っていたのだけど・・・・・・夫が掃除をし直ししていたのね。



今頃わかる過去の悪妻ぶり。



その後、夫は庭先に出て、しわくちゃのまま干されている洗濯物をきれいに伸ばして欲しなおしていた。

ああ、母から『アンタに洗濯干させるとしわくちゃ!』と言われていたことを思い出した。



今頃わかる過去の(以下略)



あのひとはそのあとちゃぶ台をきれいに拭いて(上から見ると丸く拭いていることがよくわかった)、それから居間を出た。


この時間の私はいったいなにをしているのだろう?


彼は居間から出ると、子供部屋に入った。

ああ、もう子供が生まれている時期なのね。



子供部屋には・・・・・・・・赤ん坊と一緒にベビィベッドで眠る私が居た。



赤ん坊が落ちないように柵のつけられたベッドは赤ん坊用だから当然、小さい。

なぜ私はこんな小さなベッドに赤ん坊を押しのけるようにして眠っているのだ。

ああ、赤ん坊がむずがっている。なのに私は眠ったまま…!



彼は『よしよし。お母さんは育児疲れで眠ってしまったんだから、眠らせてあげようね』と言って、赤ん坊を抱きかかえた。


夜泣きの世話もあの人がしているというのに、なんで私はのんきに昼寝なんかしているの!




あのおかたは私に過去の悪妻ぶりを見せ、反省を促していらっしゃるのだろうか。というか、それしか考えられない。

彼が満点なら、私は赤点だ。




夫は赤ん坊を抱きかかえたまま、書斎に入り。

大きな揺り椅子に座り赤ん坊を膝に乗せると、机に乗せてあったカバァのついた大きな本を手にとった。



あんな辞書のような本を赤ん坊に読み聞かせるのだろうか?



『菫子はテニスコォトで優美にボォルを返球する義昭をボォっと見つめた。【ああ、あの人が私の運命の相手ならいいのに…!】』



・・・・・・・・・・・・・・え?



いま、夫は何て言ったの?



私はふよふよと視点を変え、彼の背後に回った。

上から見ても完璧な夫は、後姿も完璧だった。



そして背後から彼が赤ん坊に読み聞かせている本を覗く。



!!!



字はほんの少し。

あとは絵ばかり。

これは・・・・・・・・女学生が好んで読んでいた雑誌?

でも表紙が・・・・・・もしや、洋書のカバーで偽装を?



夫は声色を操り本を読み聞かせる。

男性の声のときは、うっとりするほどの美声だけれど、女性の声マネはあまり宜しくなかった。

そして一つの短編を読み終わった夫は、赤ん坊に言った。



『おまえもこんな素敵な恋が出来るといいね』



あの・・・・・・赤ん坊は男なんですけど。

菫子みたいな子と一緒になれればいいね、ってことなの?

その逆は違うわよね?

でも、あまりにも菫子は夢見がちで、こんなお嫁さん私嫌かも…。






視点が揺らいで、私は別の場所に居た。


それでもわかる。

ここは我が家だ。


夫が家を新築したのだ。

畳がなくなり、すべて木の床になってしまい、スリッパがとても面倒だった。




夫は・・・・・・・木の床にモップを掛けたり、洗濯物を畳んだりしていた。

年月が経ってもやっぱり私は悪妻なのだ。

夫は少し老けたが、それでも美しかった。



『ただ今帰りました。・・・お母様は?」

『お帰り。先ほど部屋を覗いたらお昼寝をしているようだったよ』



また寝ているのか、私は!



『父上、洗濯は僕が畳みます』

『あと少しだから構わないよ。お前はお米を研いできてくれるかい?』

『はい。いつものように三合でよろしいですね』

『ああ』



子供に米研がせていたのか、私!

ああ、そういえば私はお米を研いだ記憶がない。なのに、毎食米を食べていた。

なぜ気づかなかったのだ。



美しい夫と、彼に似た美しい息子は家事を手慣れた様子でこなしてしまうと、二人して書斎に入った。

・・・・・・まさかまだあの読み聞かせを?

いえ、もう息子は中学生。そんなことは・・・。



息子は書斎の開き戸から手慣れた様子でコードのついた何かを取り出した。

夫は、書斎の大きなテレビの電源をつけている。



【うきうきメモリアル】



しばらくすると、可愛らしい音楽と一緒に、可愛らしい字体がテレビに出てきた。



『昨日はどこまでだったかな?』

『生徒会長の2年6月までです、父上』

『ということは…雨のイベントが起こる可能性があるね』

『そうですね、生徒会長は雨の日は憂鬱になると言っていましたし』




・・・・・・・・・・・・なに、これ?

これは・・・若い子に人気のゲームよね。それは私だって知っているわ。

でも、ゲームってこんな内容なの? 男子もこのように『可愛らしい女の子になって、好ましい男子を<攻略>』するものなの?




再び視点が揺らいで、私はもとの場所――あのかたの御前に居た。





『どうじゃ、お茶目じゃったろう』

『・・・・・・・・・・・』



お茶目…というのだろうか、あれは。

良くわからないが、夫に私の知らぬ一面があったのはわかった。

ついでに、『この子は本当に私が産んだ子なのだろうか?』と訝しるほど出来た息子の知らぬ一面まで知ってしまったが。



『おまえの夫は『完璧な夫』であると思っていたお前にがっかりさせないように、あの一面を隠していたのじゃな』

『・・・・・・・・・・・・』



がっかりというか。

気が、抜けた。



私は、父親が『これ以上の良縁は無い!』との一言で、夫に見合いで嫁いだ。

軍学校を首席で卒業し、戦歴を立て、勲章を授与された元将校だった。

嫁いだときにはもう引退していたが、退役軍人しかも英雄ということで、生活は悠々自適で、夫は先祖代々の不動産を経営する会社を立ち上げた…らしい(よくわからない)。

で、結婚生活が始まって。

子供が生まれて。

色々あり。

私が死にそうなわけだが。




あ、今私が居るのはあの世というやつです。

目の前に居るのは、閻魔様的なお方だと思われます。




『さ、過去視を踏まえて、辞世の句でも読んでくるが良い』

『はあ…』

 


私はまだ虫の息らしい。

最後に一言くらいならしゃべれるから、しゃべって来いと言われたので、私は目も開けるのが億劫なほど辛い死にかけのる身体に戻ってきた。



目の前には、涙をためて私を見つめる、老いても美しい夫がいた。



こっちはあなたと嫁いで以来『ちんくしゃ』『なんでこんな女性と』『え?本当に社長の奥さんですか?』『お母さんと似ていないね』『お前のかーちゃん、義理ってやつだろ』などと言われ続け・・・・・・いや全部他人からであり、夫の一族はまさしく夫の一族にふさわしく上品で善良な方々ばかりだったけど。あとそういう風に言われたら、夫も息子も本気で怒って、場合によってはその方々と縁切りをなさったりしたけれど。…話はズレたが、夫は美しく老い、私はちんくしゃに老いたと言いたかったわけだ。



美はさておき。

夫は明らかに悪妻である私を本気で愛し、愛しぬいてくれた。

なんで私を、と思うが、夫は趣味が悪かったのだろう。それでいいじゃないか。



「ああ、しっかりしてくれ! お前を失ったら私は光を失ってしまう…!」



この人はどこでこんな台詞を・・・・・・ゲームか? 漫画か?




さて、私はこのひとになんと返そう。

この人生で最期のセリフだ。

うんと気の利いたセリフがいい。

が、ダメだ…死にそうということは、脳も死にそうということで、思考がはっきりしない。



私は言った。



『後添え貰ったら呪う。でも・・・・・・男なら許す』





インパクトはあったと思うが、最期のセリフとしては如何なものだろう。

やっぱり私は悪妻だ。






『座右の銘は~』の前世編のようなものですが、あちらを読むと色々イメージが崩れます(断言)。

夫視点は『座右の銘は~』で少々語られておりますが、上記等の理由により読む人を選びます。


架空の日本である理由

 古臭い少女漫画を読んでいる時期とTVゲーム機で遊ぶ時期の間隔が明らかに短い。

 夫が軍人だが、大きな戦争には行ってない。

 ようするにご都合主義のため。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 男だったら許すだなんて(*´艸`) 最後までお茶目←ですね!(。-∀-) ニヒ
2014/02/02 01:54 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ