プロローグと言う名の戯言。 7
存在自体が疑問な変態を、軽く処置した。奴は呆気なく虚空に消滅したから心身ともスッキリした。
ついでだから、創造神の全ての権能を奪い取ってやった。純粋に権能と創造神としての記憶だけを吸収した。意思とカスのような身体は不要だ。ドス黒い欲望と怠惰の感情なんか不要だし、個人を特定できる記憶もまとめて消去だ。
どうでもいいことだが奴の名前は結局、分からず終いだった。あんなバカは記憶から消したいし知りたくもない。
やれると思ったら実に簡単にやれるのだからたいしたものだ。後のことなんか知ったことか。奴は俺を怒らせた。自業自得だ。
そもそも、なんであんなのが創造神なのか問いめたい。問い尽くしたいが、誰もいない。この俺が消してやったからだ。短絡的な行動は慎まないといけないな。
あの野郎の眷属どもが報復してくるかもと、期待して待っていたが現れる気配がない。どうやら俺に消されるのを恐れているようだ。ふん。腰抜けどもが……どうせあの野郎が創った眷属どもだ。それ以上の情報なんか知らないだろうな。
もう止めた。済んだことだ。理由を知ったところで、奴の処遇が変わることはない。あの野郎を消したことについて後悔は微塵もない。ないったらない。
これで放置プレイの復讐は終わった。とても長い時間を無駄にしたが、過ぎ去ってしまえばこれに尽きる。喉元過ぎればなんとやらだ。既に終わったことだ。今は前を見るのみ。
う~ん……達観してるね。俺様は。
暫く呆けた後、地上に戻るか、別の世界に行くかを選択した。結論としては別の世界に行くことに特に否はない。理由は考えるまでもなかった。
今の地球は、創造神の気まぐれで創った軟体生物が主な支配者だ。地球に戻ったとしても、軟体生物とはとても暮らしてはいけない。別に種族差別とか人権とか、ややこしく難しい問題じゃない。これは至極単純な話だ。
全長35メートル、重量130トン。
いきなりこんな数字を出したが、恐竜か、それとも怪獣の話ではない。
これが現在の地球に住む主な住民の平均的な体格なのだ。子供はもう少し小さいが、大人になれば大体この大きさだ。現在は、ウミウシとホヤが合体したような巨大化した生物が45億匹も人間と入れ替わる形で生活を営んでいる。
こんな巨大な生物が繁栄する世界。
人種も国も領土も関係なく差別も区別もない世界。
喜びも怒りも悲しみも楽しみもない。そもそも、そんな思考すらない。
互いに関わることがないから、対人的ストレスが堪らない。
互いに無関心だから、負の感情がないし、恨みの感情もない。
互いに情がないから、敬愛することもないし、愛情もない。
真の平和とはこんなことを言うのだろうか?まるで仏教の悟りの境地だ。執着がこれっぽっちもない。精神的に絶対の無だ。まさに涅槃の境地だな。どこぞの平和主義者の理想を追求した、平和で争いのない世界だ。
自主性も、積極性もない。余計なことは一切考えない。ただ生きて、生活して、繁殖して、死ぬだけだ。彼らは極めて単純で、原始的な本能のみで生活していた。
話が通じる……多分、無理か。
意識レベルが違い過ぎて、お話にならないだろう。
例えば蟻が人間と意思の疎通ができるか?人間が蟻と意思の疎通ができるか? 考えるまでもない。無理な話だ。そんなレベルだからお話にならない。
我慢すれば生活できるかもしれない。しかし、他の選択があるのなら自ら進んで共に生活する必要を感じない。
あの野郎は、俺が眠っている間に、何度も何度も生態系を創り直していたみたいだ。ちやっかりしているのは、新たな生態系にとって住みやすい環境に創り直しているから始末に悪い。
それが善意なのか悪意なのか大胆に環境を整えているし、その生態系からしたら完璧と言ってもいい。
大気は硫化水素と、シアン化合物が混じった混合物。
半減期もクソもない、放射性物質が蓄積する大地。
塩酸と硫酸が混じった王水に限りなく近い海と河川。
太陽からは、強力な紫外線と放射線が地表に直撃だ。
平均気温は摂氏200度を超えているのに激しく蒸し暑い。
常に風速300キロ以上の暴風が吹き荒れている激烈な環境。
今の地球は灼熱と猛毒、そして暴風の死の惑星だ。しかしこれが軟体動物達には住みよい空気と光と温度なのだ。もちろん他の生物もこの環境に充分適応している。生態系も完璧で、自然に当たり前のように生活を営んでいた。
今の地球に人間を入れたらどうなるかだって?
そんなもん決まっている。一瞬の内に死ぬ。猛毒に侵され、ズタズタに切り裂かれて、干からびて即死だ。老若男女問わず等しく平等にあの世に間違いなく直行するだろうな。
何故こんな環境にしたのか創造神から奪った記憶から探ってみた。
面倒くさくなった。それだけの話だった。
奴の立場からしたら無理からぬことかも知れない。創造神の管轄は地球だけではない。数限りなくあるそうだ。地球は創造神の管轄する惑星の一つにしか過ぎないのだ。
例えるなら、地球とは大きな袋の中の大量の胡麻の一粒だ。数限りなくあり、無数に分岐する平行世界まで管理しなくてはならない。裏も表も無限にあって、現在進行形で分岐する……それが一世界だ。
たしか、仏教だったけ?三千世界とはよく言ったものだ。実際は、それ以上あるのだから。創造神が管轄する世界とはそれだけ広大なわけだ。だからいちいち構ってやれるほど呑気でもないわけだ。理屈としては分かるが、果たしてそれでいいのだろうか?
俺としては、軟体動物が這い回る現在の地球に未練はない。人間という種は既に絶滅し滅んでいるのだ。数えるのもアホらしい遥か過去の話なのだから。
現在の地球は軟体動物が支配する世界だ。
乱暴な言い方になるが、俺の知ってる地球ではない。地殻もすっかり変わっていて、日本なんか影も形もない。俺との共存は不可能だろうし、試す気にもならない。
創造神の権能を奪い取り、知識も経験も全て吸収した。この創造神は一度死んだ者を完全に生き返らせることはできないみたいだ。抜け道としては、別の身体を創って魂を入れ擬似的に復活させることは可能だそうだ。
しかし、これでは複雑で難解で怪奇な因果律の関係で、創造神の創った別の世界に転生させなければならない……という話だ。
そもそも、一度死んだ者を生き返らせることは禁止されているようだ。いったい何者に禁止されているかは知らないが禁止されているものは仕方がない。生き返らせるより創った方が早いと、奴の記憶が教えてくれた。
これはどうなんだろうか?
あの野郎は創造神のくせに俺のように、なにからなにまで同じにはできないみたいだ。因果律の改変はいくら創造神でも無理みたいだ。
けれど、創造神にできなくても俺にはできる。
俺は創造神より遥かに偉い存在だそうだ。俺の知っている人類を全て、あの時、あのまま蘇らせることは容易くできる。根拠のない確信だが、そこはなんとなく分かった。複雑で難解で怪奇な因果律の改変を、なんの矛盾もなく改変できるのが俺だ。それだけは何故か自覚できた。
俺が意識を失くして、2億年以上。気が付いて、とんでもない放置プレイを満喫した1億年。
地上の1000万年が、あの世では1年だそうだ。
つまり3000億年以上!あ、端数は省略ね。きっと、ものすごい端数だから。
それだけの時が地上で経過したのが分かった。あの創造神はその間に1000回も地球をリセットしたようだ。なかったことにしてやり直す。まるでゲームみたいだ。
世界は俺の知るものとは全く違うものになっていた。
俺には無限の可能性があるかも知れない。けれど、俺自身が経験しなければ間違いなく、デタラメな状況になる。知識や経験は自ら掴み取らないと物にはならない。なにがどうなって、どうしたと言う理屈を知らなければ駄目だと思った。
実のところ、そう思っているだけで面倒臭いことは後回しにしたいだけだ。我ながら身も蓋もない話である。そんな考えだから、直ちに今の地球を俺の知る地球に戻す必要性を感じない。
もしかしたら軟体動物だって意思があるのかも知れない。ひょっとしたら過去の生物の転生した姿があの軟体動物かも知れない。まさかと思って、あの野郎の記憶を探ってみたら正にその通りだった。
魂は有限で数が決まっているらしく、増えもしないし減りもしない。全ての生物は、死ねば魂を循環して生まれ変わりの転生を経験するのだそうだ。
だから前世が人間でも次も人間とは限らない。虫かも知れないし、微生物かも知れない。
いったい、なんのために?なんでそんな面倒なことをするんだ?
生まれて、生きて、増えて、死ぬ。それを繰り返す。
考えてみればおかしな話だ。喜びと苦しみと悲しみを繰り返してどうするんだ?生まれる時に消されてしまう前世の記憶が、いったいなんの経験になると言うんだ?
まあ、俺の疑問は置いといて。
こうなったら、ますます勝手にするわけにはいかない。現在の地球の住民を、俺の都合で勝手に全滅させていいのだろうか?あれはあれで、幸せな生活を営んでいるとしたらどうする?
その疑問が解決しない限り、なにもしない方がいいと判断した。特に未練があるわけじゃない。この世はあまりいい思い出がないから。
ここで気がついた。
俺も、あの野郎と同じだと気付いたのだ。面倒くさいことは放置プレイだ。少し自己嫌悪になったが、それはそれ、割り切るしかない。
方針は決まった。ぼちぼちやればいい。だから保留。この話はこれで終わり。保留ったら保留だな。
気持ちを切り替えて、別の世界に行く為にノブを掴み、ゆっくりと回す。すると、扉は簡単に開いた。外開きのドアの奥は暗く、中を覗いたら真っ暗だ。
奥行きも分からない。反射する物がないから室内の全貌は分からない。完全に真っ黒で、まるで完全な黒とでも表現するしかない。
「これは部屋なのか?あの野郎!なにが異世界の扉だ!」
一般常識に疎い俺でも、扉を開けると別の世界があるものだと思っていた。それが、深淵の黒だ。部屋であるかも怪しい。これをどうしろというのか?
事の真意を問いただそうにも、あの野郎は既に消してしまった。あの野郎の記憶を探っても、この件に関してはスッポリ抜けている。ただ、異世界の扉として認識していない。この扉は奴が創ったのではないのか?
こうなれば、あの野郎を生き返らせて……と、思ったけど、やっぱり止めた。
あの野郎を消したことについて後悔はない。あるわけがない。例え、奴がどうにかできるとしてもご免被る。あんな無責任な野郎に金輪際関わりあいたくない。 あいつは存在してはならない変態野郎だ。もういい。部屋だろうがなんだろうが入ってやるぞ!
そんな勇ましいことを言ってはみても……
未知の領域に入るのに躊躇するのは仕方がない。真っ暗闇で、とてもヤバそうな空間に好き好んで入る奇特な奴はいないと思う。
も、もしかして……お化けとか出るかも……あ……ついさっきまで俺がお化けのようなものだったな。
くだらない心配に急激な脱力感に見舞われてしまった。お化けのような者だった俺が、お化けを恐れてどうするんだ?
入らないとなにも始まらない。半ばヤケクソ気味に、思い切って部屋に侵入を試みる。中に入った瞬間、突然光の奔流が目の前に展開された。
まったくの不意打ちだ。眩しくて目を開けていられないが、この場で目を瞑るのは状況的に危険だ。とにかく目を開ける努力をした。
そんな俺の抵抗をあざ笑うかのように、更に光が強くなってきた。
おいおい、このままじゃ網膜が焼けてしまうぞ!?うん?この身体って網膜なんかあるのか?そもそも人間の身体じゃ……こらっ!なにを冷静になっているんだよ!い、今はそんな場合じゃないぞっ!
更に激しく強烈な光が俺に照射された。物凄い圧力を感じる!
そういえば、電気は目に見えないが、あれも不思議な話だ。目に見えないなにかが、色々と便利な物になるのだが、もちろんこれは電気ではない。 ビシバシと、強烈な光が俺に突き刺さる。
あれだけの光が突き刺さるのに、特にこれと言った痛みはない。不快感よりも爽快感が大きい。活力というか言葉では説明し辛いが、この光は害ではないと思った。
さらに光が増していく。とても眩しくて思わず目を瞑ってしまった。