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プロローグと言う名の戯言。 2

 最近は瞑想に凝ってしまって、これがなかなか奥が深い。


 瞑想中の俺の思考は、不安や絶望なんて皆無である。ただ、心を無にしてひたすら自己を探求している。


 そこには、かつての俺が存在し、当たり前の生活を営んでいた。


 当たり前に起床し、顔を洗って歯磨きをし、学生服を着る。当たり前に朝食を作り、昼に備えて弁当を作り朝食を食べる。


 当たり前に学校に行き、級友と語らい勉強する。当たり前に帰宅し、掃除などをし、洗濯をする。


 当たり前に夕食の支度をし、食事をし、風呂に入る。当たり前に本を読み、調べ物をし、趣味に没頭する。


 そして、当たり前の確実な明日の為に、当たり前に寝る。


 当たり前の生活をしている俺が極めて普通の生活を営んでいた。それがたまらなく愛おしく、本当に当たり前が大切だと思った。

 

 しかし、それも飽きてしまった。


 体感的には人の一生を、1000回は繰り返していた。ありとあらゆる願望を瞑想の中の俺に託してはみた。だが、決まりきった行動パターンでは満足ができなくなってしまった。


 なにしろ変化がない。


 五感で感じ、この身で感じたいのだ。俺の都合通りに動くロボットを操縦している気分だった。そんなものは只の妄想であり、やはり現実(リアル)には敵わない。何時だって瞑想から覚めた俺は、虚しさだけが残ってしまうのだ。


「……もう駄目だ。もう限界だ……」


 心が疲弊し、なにもかもが嫌になってきた。


 俺がどうしてこんな目に合わなくてはならないのだ?理不尽も甚だしい。俺のこの怒りをどうすればいいんだ!


 ふん。どうすることもできなければ……もう……いいや。


 正気を保つのが難しいと判断し、自我を手放そうかと思ったその時。この途方もない放置プレイにも終わりの時がきた。待ちに待った待望の変化の時が来たのだ。


 それは突然だった。



『ふははは……』


 唐突に何者かの笑い声が聞こえたのだ。


『ぐひひひひ……』


 気のせいではない。確かにあれは笑い声だ!

 

 なにもない空間で妙な声。人の声だと思ったら笑い声だ。あれほど待ち焦がれた変化がこれなのか?何者かが俺を笑っているのだ。察するに、俺を拉致し、監禁した奴なのか?


「笑い声だと?おいっ!誰かいるのか!」


 思いっきり狼狽えたりもしたし、激しく泣いたりもした。喚き散らしたり、ブツブツと独り言を言ったりもした。


 必死で楽しいことを考える努力をしたから瞑想力が強化してしまった。あんなことや、こんなことを思い出したりもした。自家発電をしようにも、すり抜けるばかりで激しく無念を感じたりもした。


 この笑い声の主は、そんな無様な俺を観察していたというのか?そんな情けない俺を見て、俺をバカにしていたのか?それで俺を笑ったっていうことなのか?


 何様だか知らないが俺が笑われる言われはないはずだ。怒りの感情がとんでもなく湧いてきたが今は抑える。


 こんなチャンスを逃すなんて愚かなことはしない。冷静になる訓練を呆れる程してきたのだ。忍耐の成果を試すのにもってこいの状況だな。


 この笑い声の主が俺をこんな状況にした奴なのか分からない。笑ったということは当事者に間違いないと断定した。積年の怨みを晴らせるかと、期待するのは仕方がない。


 さっそく分析してみる。


 笑い声が聞こえたということは何処かに何者かがいるわけだ。笑うということは、なにかしらの知性があると考えてもいいはずだ。尤も、こんな妙な空間にいるのだから、まともな奴ではないと断言できる。よって、謎の存在を警戒する必要があると確信した。


 狼狽えている暇はないぞ。極めて冷静に次の変化を待つべきだ。


 謎の存在を探してみたが、大事なことを忘れていた。俺は自分の身体を認識できないのではなかったのか?仕方がない。最大限の注意力で謎の存在の気配を探ってみた。


 これが見事なぐらい気配を感じることができなかった。ほとほと困っていたら遂に笑い声の主に話しかけられたのだ。


『ふはは……永遠とも思える放置プレイは満喫して貰えたかの?ところでの、お主がなんでここにおるのか知りたいじゃろ?うん?』


 それは実に奇妙な声だった。


 男でもなく女でもない。少年でもなく少女でもない。

 幼い子供の声でもない。老齢な老人の声でもない。


 俺の数少ない人生経験上、こんな奇妙な声は聞いたことがない。なんとも妙で頭に響く……そんな感じの不思議な声だ。


 声の主はどう考えても今の状況を作り出した奴に違いない。思い込みかも知れないが何故か確信してしまった。何者か知らないが放置プレイの御礼をしなくては気が済まない!


 おっと、今は怒りの感情を抑えなければならない。極めて冷静に対応することに注意する必要がある。ついつい焦りが生まれるな。久しぶりに他人と話をするからかな?


「……放置プレイか、それなら堪能したよ。たっぷりとね」


 こんな妙な奴に下手に狼狽えるのは悪手だ。本能的にそう思った。何しろ相手は正体不明の怪人だ。絶対、普通ではない。


 相手の出方を伺う為には、こちらも冷静に対応する必要がある。何もこちらの情報を相手に曝け出す必要はない。できるだけ情報を引き出すことに注意するべきだと思う。


『ほう。やけに冷静じゃな?もう少し慌てるかと思ったがのう。なんじゃ、つまらんのう。実につまらん……』


 妙な感心のされ方をしてくれた謎の声の主。見下しているような喋り方が気に入らない。しかしせっかくの手掛かりだ。断じて無駄にはできない。今は冷静になるべきだ。この怪人から情報を聞き出したい。


「それはすまないな。期待外れで申しわけない。ところで俺の質問に答えてくれないか?アンタは誰で、ここは何処で、俺をどうするつもりなんだ?」


 俺は注意深く淡々と質問した。単純にそれだけを知りたいと思った。


『うむ、よかろう。質問は一つ一つ答えてやろうぞい』


 謎の声は何処となく偉そうでその喋り方が鼻に付く。言動からして、上から目線で傲慢な性質の持ち主なのが予想できた。


 そう判断したのには理由がある。


 俺を拉致監禁しておいて謝罪の言葉がないのだ。まともな道徳観があるのなら罪悪感もあるものだ。それが微塵も感じられない。つまりこいつはまともではない。


 この段階でこの偉そうな声の主は俺の敵と認定した。機会があったら必ず酷い目に合わせてやると心に誓った。俺の味わった放置プレイのお礼をしなければ気が済まない。


 そうは思ってはみても相手は情報を握っているのだ。どちらにしても主導権(アドバンテージ)を握っているのはこの怪人だ。


 せっかくの手掛かりを逃すほど俺もバカじゃない。だから、ここは丁寧に対応することにして様子を見るべきだ。こう言う手合いは気持ち良く持ち上げた方が情報が聞き出しやすい。話しぶりから、かなりのお調子者と判断した。


 そんな確信ができるほど今の俺は余裕があるのかも知れない。放置プレイでの思考の研鑽は伊達ではないのだ。


 心を落ち着かせて冷静に丁寧にするんだ。無性に腹が立つし、殴ってやりたいが我慢しろ。それは情報を得てからでも遅くはないのだから。


 今更焦っても仕方がない。放置プレイより遥かにマシだ。時間は有限のようで無限にある。じっくり取り組むべきだ。俺の貴重な時間を使っても決して無駄ではないはずだ。


 今は我慢、我慢……


「……で、アンタは誰だ?」


 怒りを押し殺し、極めて冷静になるように心がけて尋ねてみた。


『儂が誰じゃと?黙秘するぞい~♪ムハハ』


 黙秘だと?最初からまともに話す気がないようだな。さんざん期待させといてこれはないだろう!


 永遠とも呼べる放置プレイの時間よりもこの一瞬がもどかしい。喉元過ぎればなんとやらで、放置プレイの時間よりも一瞬のこの間がどうしようもなくイラつくのだ。


 ふ~……、ああ、もう駄目だ。この野郎をブチ殺してやりたい。人をバカにした態度に激しく腹が立つ。撲殺したくなる……殺意がどうしようもなく湧いてくる……


 おっと、落ち着くんだ、俺様。動ける身体さえあれば、即実行してもおかしくない勢いだ。


「……黙秘か?それなら仕方がない。れだけは教えてくれ。ここは何処なんだ?」


『どこって?お主も鈍いのう。あの世じゃよ。あの世。正確に言うと、あの世と、この世の境の幽冥界ってところじゃな。気付いているかと思ったがのう。儂の見込み違いかの?』


「あの世……か。なるほどね」


 謎の怪人のあっさりとした言葉を、表向きには冷静に受け止める。実は内心はとてつもなく狼狽えていた。俺に血の気があるのなら全力で引いたと思う。


 そうか。そうだったのか。ここはあの世だったのか……俺って死んだのか?そうか、そうなのか。


 散々考えた中で、最初に考えた可能性が当たってしまった。とてつもなくショックだが、それは置いといて質問を続ける。ここで取り乱すわけにはいかない。冷静に。冷静にだ。


「いや、そうなんだろうと予想はしていたけど、確信が持てなかったんだ。そうか、ここはあの世か。で、アンタは俺をどうしたいんだ?目的はなんだ?」


 チッ……冷静に対応と決めたのに、つい焦りが出てしまった。落ち着いて冷静にだ。焦ることはないのだから。


『……お主、なかなか豪胆な奴じゃのう。死んだと言われたのに動じないとは頼もしい奴じゃのう。それにじゃ、よい質問をするのう。儂はその質問を待っとったのじゃよ』


 謎の声は機嫌よく答えた。

 

 けれど、俺には奴がどうして上機嫌か分からない。俺としては、盛大に狼狽えて発狂しそうなのに。しかし、情報を引き出すチャンスだ。それは間違いない。


『その前に身体をくれてやろうかの。お主も不便じゃろ?ついでに次元幽閉も解くとしようかの。多分、上手くいくじゃろうて。多分な……』


「身体?身体だって?次元幽閉ってなんだ?」


 謎の声は妙なことを言った。身体。確かにそう言った。やはり俺は魂だけの存在なのだ。身動きできない理由がやっと分かった。


 次元幽閉という言葉も気になるが、身体がないから動けない。なるほど、理由が分かれば大した問題じゃない。身体がないのだから。


 気分的な問題なのか、物理的な問題なのか分からない。突然、自分の身体を認識できてしまった。


 思わず手足を確認する。確認できた。

 動かしてみる。バタバタ動けた。


 無意味に手足を動かしてみた。

 空気をかき回すのにとても忙しい。


 思う存分に身体を動かす喜びを堪能してしまった。無限とも思える放置プレイだったから夢中になってしまった。


 そんな感動に水を差す、焦れたように話しかける謎の声。


『もういいかの?話しても?』


「あ、はい。どうぞ、どうぞ」


『うむ、儂も姿を現すぞい』


 謎の声の主を認識できた。しかし、目の前に現れたのは想像を絶する怪人だった。第一印象は、この変態はなんだ?それと、見ているだけで殺意が湧いてしまう。


 三頭身のデフォルメした漫画のような姿をお見舞される。確かに、漫画ならそれもアリだ。しかし、現実にこんな化け物が現れたら誰だって悲鳴を上げることだろう。


 俺?うん。実は喉元まで出かかっているのを必死で止めてるから。


 顔の中で目の面積が異様に大きく、とんでもなく不気味でしかない。しかも、瞳孔が開いた死んだ魚のような目をしているのだ。それがキラキラと、何故か輝いていた。


 不気味さを通り越して本当に気味が悪く、猛烈な吐き気がする。俺はその不気味に輝く目に、全力パンチをお見舞いするのを必死で抑えている。


 鼻は団子鼻で信じられないことだが口は洗面器が入るぐらいの大きさなのだ。 髪の毛はない。見事な光沢のスキンヘッドで眩しく輝いてさえいる。


 俺は思いっきり大声で、ハゲっ!と叫び、その大口にドロップキックを食らわしたい衝動を必死で抑える。


 おいおい……髭だよ。口の周りに髭が生えているよ……尋常じゃない髭が足もとまで伸びていた。鼻毛も含めてだ。


 俺は半狂乱になって叫びながら、力一杯引髭を掴み、高速スピンでスイングしながら引き抜く衝動を必死で抑えている。


 身体の印象は、完全な幼児体型に、小さな子供のような手足だ。


 多分、たいした理由はないのだろう。もしかして俺の価値観が間違っているのかな?なんでアイツは手足をピコピコと、小刻みに動かしているのだろうか?


 俺はもう、なにもいうことはない。見ているだけで、ありとあらゆる殺意の感情だけが湧いてくるのだから。


 その右手には妙な物が握られていた。気のせいではなかった。アレはどう見てもピコピコハンマーだ。見間違えではない。ピコピコハンマーを握っているのだ!


 髭に隠れていたが、よく見たら裸で赤い(ふんどし)姿だった。その首には妙な首飾りを付けていた。


 あれは骸骨なのか?いったい、なんの骸骨なんだろうか?それにしても悪趣味な奴だ。まるで古い漫画に出て来る、ステレオタイプの未開の原住民みたいだ。


 異様に突き出た腹をせり出し、俺を見上げている。自分が妙なところに居たよりも、妙な怪人に呆気に取られてしまった。


 俺の中に眠る原始の本能が警告する。頭の中で危険信号がやたらと連発している。こいつは危険な奴だ!ク、クレイジーだ!クレイジーすぎる!


「うっわ~!変態だ!危ない!危な過ぎる……」


 うっかり声に出してしまった。声に出さずにいられなかった。俺の悲鳴にも似た声に、奴はまったく動じない。自慢のように、その丸い腹をせり出し踏ん反り返っていた。


 当然のように自信に満ち溢れて、死んだ魚のような目で俺を見ている。その目が大変気色悪い。奴は究極のナルシストなのか?


 その自信を思いっきり叩き潰したい衝動に駆られた。もし、機会があれば思いっきり思いの丈をブチかましたい。


 奴の身体をサッカーボールのように蹴飛ばしたイメージが浮かんだ。その突き出た腹に、思いっきり力を込めて正拳突きをブチかましたい。きっと、今までのストレスがたちまち吹き飛ぶに違いない。とても気持ちがいいだろうな。ああ、そうだ。そうに違いない。



 いかん、いかん!冷静にならなければならないのだった。



 奴は完全に主導権(アドバンテージ)を握っているのだ。冷静になり、確実に情報をもぎ取る勢いで収集する事に集中するべきだ。

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