008 「力ずくで吐かせてみ?」
翌朝の出来事だった。
そういえば、と。なんで今まで気付かなかったのかと。
あまりにも濃い毎日のせいで僕は失念していた。
「ぶっ殺してやる」
今僕の目の前には道の幅いっぱいに陣取ってる不良の皆様が見えております。
ああ、でも狙いは僕じゃなくて。というか、僕のいる位置は不良さん方の後方であって前方じゃない。
じゃあ、誰が狙いなのかというと。
「なんとか言えよ! 不破ァ!!」
――そう。魔王君である。
何故、魔王君が狙われているのかと言うと……まあ、説明はいらないと思う。
以前フルボッコにしてしまった先輩達の逆恨みというやつだ。
あの時、どうやら魔王君は魔法というものを使って先輩達を倒した筈なのだが、あれは魔王君が起こしたものではなく自然現象と片付け。しかし、怖い存在という事は素直に認めているみたいで数によるゴリ押し作戦に出たらしい。まあ、魔法とは思えないよな普通。
というわけで相当な人数である。というか、制服を見る限り他校の生徒が多すぎる。……一応、うちの学校優秀な学校だからそこまで不良いないしね。
と、何故僕はこんなのんびりと危機感の欠片もない感じにのんびりしているのかと言うと、簡単である。
だって、負ける筈ないじゃん。
とりあえず、隙間から見えた魔王君と目が合ったので魔法を使わずに倒してしまえとアイコンタクトを送ってみる。さあ、この難解なアイコンタクトは伝わるのだろうか。
結論、伝わりました。僕達すげー。
「ば、化け物か……」
がくり、とまるで漫画のワンシーンのような言葉を残し最後の一人が意識を手放した。
まあ、気持ちは分かるよ。ざっと見た感じ三十くらいはいそうな人数を一人でボッコボッコにしちゃうんだもん。最近仲良くなったとは言え、僕も薄寒いものを感じざるを得ない。
「これで満足か?」
対して何事もなかったかのような表情で魔王君はこちらに振り返って言ってきた。汗さえ掻いていない。
「満足、って。なんか語弊があるような気もするけど概ね」
「そうか」
そう言ってにっと笑う魔王君はやっぱり男前である。
所有時間、僅か十分足らずで終了した朝の一幕だった。
――筈なのだが。
「おー。兄ちゃん強いな」
「!」
僕と魔王君は咄嗟に声のしたほうを振り返った。
「こんだけの人数ひとりで倒すなんてなァ。いやいや、なかなか出来るモンやないで?」
そこには男が立っていた。
僕達と同じ制服で、頭髪は綺麗な金色。髪型はツンツンに立っていて如何にも不良って感じの雰囲気を醸し出している。耳にはピアスもしているし、顔はなかなかに整っている。袖と裾を捲り上げているのが彼なりのファッションセンスなのだろう。
僕達は彼を驚きの表情で見ていた。
何故。
別に服装が、とかではない。
「何者だ?」
魔王君が警戒しながら問う。纏う雰囲気は穏やかではない。
「神成信二郎、兄ちゃん達と一緒で国府宮学園の一年生や」
ほら、と肌蹴たYシャツにだらしなく巻かれている赤いネクタイをこちらに見せてにやりと笑った。
だけど、僕等が聞いてるのはそんな事じゃない。
「いつからそこにいた?」
「ついさっきやけど」
「……いつから見ていた?」
「最初からや」
「そうか」
魔王君の質問に素直に答えるところ別段敵対するような意思は感じられない。
魔王君の言葉にへらへら締まらない笑みを浮かべているし。
だけど。
「誠」
「うん?」
「気付いてたか?」
「僕が? 笑っちゃうね。気配を探れる人間じゃないよ」
「……そうだな。だが、俺様も気付かなかった」
そう。問題はそこだ。
僕だけなら何も問題はない。けど、魔王君も気付けなかったのは問題だ。
詳しくは分からないけど、少なくとも魔王君は漫画のキャラクターといっても過言じゃないスペックの持ち主である。つまり、人の気配を感じる事くらい簡単に出来る。
その魔王君が気付かずに彼の登場に驚いたのだ。これは普通じゃない。
「もう一度聞こう」
だからか。
魔王君は鋭い視線を相手に向けて。
「何者だ?」
もう一度同じ事を問い掛ける。
すると、神成と名乗った男は苦笑を浮かべて。
「あらら。やっぱり、分かる人間なんやな」
と、頭を掻きながら言い放った。
「……まあ、何者かって問われて簡単に答える、なーんておもんないよな?」
「何?」
「知りたいんやったら、……力ずくで吐かせてみ?」
笑みを消し、クイクイと手招きしてくる神成。……明らかな挑発だが、無謀としか言いようがない。
先程の一方的な喧嘩を見て挑発するなんて、気が狂ってるとしか思えない。
でも、だからこそ、とも考えられる。
もしかしたら、彼は魔王君が脅威に感じられないのかもしれない。
そんな一抹の不安を感じながら僕は魔王君のほうを見た。
魔王君は少し考えるような仕草を見せている。
「……行くぞ」
暫く、考えていたのだろう。返答まで間を置き、魔王君は一言返すと地面を蹴り出した。
ほんの一瞬で神成との間合いを詰め、僕が気付いた時には既に魔王君のアッパーが神成の顎を打ち抜く寸前だ。
決まった、とその瞬間に僕は思った。だけど、それは甘かった。
「やっぱ、速いな」
それをヒョイと、簡単に、だけど紙一重で神成は避ける。同じ人間とは思えない速さだ。
「お前もな」
目標を失った魔王君の右手が中を切った時、魔王君も後ろへと下がった。
何故? と疑問に思う間もなく、神成の頭突きが魔王君を襲っていくところが見えた。この攻撃を避けたのだろう。
とてもじゃないけれど、目で追うにはあまりにも速くて追いつかない。
攻撃をしたと思った瞬間に、何故か次の瞬間には回避体勢を取っていて、何かを避けたと気付く頃には次の攻撃が繰り出されている。
勇者ちゃん以外に魔王君と互角に戦っている人間を見たのは初めてだ。
となると、神成という人間が何者なのか俄然気になっていく。
「てゆーか、何者か? って俺の台詞でもあるんやけど」
「なんでだ?」
「兄ちゃんと同じや。俺とここまで戦える奴なんて殆どおらんて」
「なら、お前が勝ったら教えてやろう」
「ほんまか! ……なら、本気出すで」
そう言うと、ギアを代えた車のように速度が上がった。
それこそさっきとは段違いの速さである。拳がかすっただけで切り傷みたいな傷が出来るなんて、どんなスピードのパンチなのだろう。
少なくとも僕は受けたくないと思った。
「案外避けるなー。自分」
「お前も速いな」
そんな軽く言い合ってる二人だが、やってる事は凄まじいの一言に尽きる。
一言喋ってる間に拳が何発繰り出されているのだろうか。
というか、よく見てみると魔王君の動きが尋常じゃない。
先程まで五分五分のように見えていた戦況だが、ここにきて差が付きはじめている。
「くっ!」
「どうした? 俺様はまだいけるぞ?」
そう言った途端に神成の防戦一方になった。既に避ける事が出来ずに腕でガードするしか出来ていない。
しかし、その動きは最早ボクシングの世界チャンピオンより早く見える。見えるとか言ってるけど、僕の目にはほとんど見えていない。
見る見るうちに神成の腕がボロボロになっていった。
「どうだ? 降参するか?」
「くっ……、こうなったら」
その声が聞こえた瞬間、神成の周りに風が集まる。
強烈な突風だ。
それこそ神成を中心に竜巻が巻き起こっているようである。
魔王君の手が止まったいた。その表情は驚きの顔で固まっている。
僕は神成を見た。
竜巻の中心で右手の人差し指と中指を立てて、まるで忍者の格好のように立っている。
そう、まるで忍者のように、だ。
「忍、者……」
僕は気付いたら呟いてしまっていた。
「忍者か」
魔王君が僕の言葉にそう返す。
そして、一歩前へと足を進める。
「面白い」
口元を吊り上げて笑う――否、嗤う。
それは久しぶりに魔王だと再確認させる表情だ。
「なら、俺様も本気を出そう」
右手を前に突き出す。
掌を広げて神成へと向けて。
ゴウッ!!
暴音、そういうに相応しい盛大な風が打ち出される音。
反動でこちら側にも風の余波が襲い掛かってきたが、神成の被害は尋常じゃない。
地面を抉って後ろへと風によって押し出されていく。まるで風の弾丸を食らったかのような、そんな光景だ。
「この技、……あの顔……っ!!」
神成はそんな言葉を叫びながら飛ばされていく。距離にすれば三十メートルほどだろうか。
ある程度風の威力が弱まったところで神成は開放された。かなり手酷いダメージが目に見える。
「兄ちゃん、どこかで」
最後まで言えずに力尽きたのか、ばたりとその場に倒れこんでしまった。
どこかで。
その言葉の続きはなんだろう?
僕には分からなかったが、ひとつだけ、ひとつだけ思い浮かんだ言葉はある。
――逢わなかったか?
最近よく耳にする言葉である。僕は確信に近い感情でその言葉を思い浮かべていた。