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隣の席の魔王君と近所の勇者ちゃん  作者: きょーすけ
学生生活編
3/18

003 「差が広まったとは思えない」

 僕はあの後、すぐにその場から離れた。

 あの状況について誰かに説明を求められたら、応えられる答えを僕は持ち合わせていなかったからだ。

 見たままの事を素直に言えるはずが無い。故に、僕は出来る限り急いで、腰の抜けた体で這って、その場から逃げ出した。

 家に着いたのは午後の三時を過ぎた頃だった。学校から家までの距離は徒歩で十五分ほど。相当な時間を掛けてしまった。

 家に帰ってリビングに置いてある座椅子に腰掛ける。同時に溜息も漏れたがそれに関しては仕方がない。

 座った瞬間に込み上げてくる疲れ。まさか、初日の学校でここまで疲れるとは思いもしなかった。

 僕は誰もいない自分の家を見渡す。

 何故、僕の家に誰もいないのかというと僕は一人暮らしだからである。

 別に家族の仲が悪いとか、身内の不幸とか、そういった類の話ではない。

 僕の通っている高校は中高大、のエスカレーター式の学園で、全国有数の進学校なのだ。僕はどうしてもそこに通いたかった。しかし実家から通えるような距離ではない。だから、この学園が行っている特殊な進学制度をネタに無理矢理一人暮らしをさせてもらっているのだ。

 その進学制度、というのは高校時代に大学側から「是非この子を我が大学に」と思わせるような、優秀な成績を修めた者は学費を免除する、というものだ。

 それは別に学業に限った話ではない。あらゆる方向からのアプローチが可能な特殊な制度なのである。

 つまり、学業は乏しくともスポーツなどの面で優秀な評価を得られれば、その候補者に該当される事もある。

 僕はその制度を親には話し「絶対に学費免除で僕は大学に行く」旨を伝えると渋々ながら承諾してくれた。

 だが、勿論条件はある。

 学費を免除出来なかった場合は、高校時代に一人暮らし用に支払ったお金は親に返済すること。大学の学生生活では奨学金をもらい、極力親の負担は減らすこと。これを条件とされた。

 勿論、しっかりと受かった場合は、高校、大学生活の生活の保障は親が全額負担してくれるとの事だ。

 というわけで、僕は今、一人暮らしにしてはなかなかいい1LDKの家でのびのびと生活しているのである。

「とはいえ」

 僕は疲れで休みを欲している体に無理矢理鞭を打って体を起こす。

「のんきに高校生活を送るつもりは無いんだけどね」

 そう呟いて、僕は薄い求人情報誌を開いた。

 学費免除が駄目だった時に備えて比較的、時間に余裕がある今の時期にアルバイトをしようと思っているのだ。

 だが、学費免除の条件として優秀な成績を修めなければならない。だから本末転倒にはならないよう程々に行うつもりだ。

 ちなみに僕はスポーツでの選考を狙っている。得意なスポーツはバスケで、これでも中学の時はレギュラーとして二度の全国大会に出場経験があるのだ。

 だが、それだけでは恐らく難しいので学業のほうも主席に近い位置をキープしていたいとも考えている。文武両道、これが僕の目指すスタイルだ。

 なので、部活動に所属するのは当たり前。勉学に割く時間を作るのも必須項目。つまり、それ以外の貴重な時間をバイトに割こうという魂胆である。

 そうなると必然とバイトの時間は夜がメインとなる。部活が終わってから二十二時までの間。そんな時間に働かせてくれる場所はあるのだろうか。

 多くて三時間ほどしか働く事が出来ないという、使い勝手の悪さを未成年ながらも感じている僕は、軽いはずの求人誌を、重たそうに開いていく。

「……おろ」

 だが、そんな迷いは一瞬で吹き飛んだ。

「二十時から二十二時までの二時間」

 僕は急いでその応募先に電話しようと携帯を開いた。

 そこは全国にチェーン展開している有名なファミレス店である。僕も何度か足を運んだ事がある。

 今しかない! とでも言うかのように焦る自分に苦笑を漏らしながら僕は番号を押していく。

 Prururu――

 最後に通話ボタンを押すと、すぐに呼び出し音が鳴り響いた。

 初めてのバイト面接の電話。それでなくとも、電話という行為はどこか緊張する。

 ドキドキ、と自分の鼓動が早まっていくのを感じながら音は鳴り続いた。

「――お待たせしました」

 胸の高まりが一際高く、跳ね上がる。

「あ、すみません。え、と。あの、その。……バイトの面接で電話を」

 なんて言ったらいいのか分からず、しどろもどろに用件のみをどうにか伝える。僕、大丈夫なのかな。

 大丈夫なのか、と不安に思っている僕だったが電話越しに聞こえる女性の声に僕は癒された。

「あ、バイトの面接ですねー。今担当の者に変わりますので、少々お待ちください」

 そして、保留の音楽に切り替わる。

「ふー」

 緊張の糸が切れたのか少し長めに僕は息を吐いた。

 電話に出てくれた女性は、電話越しでも笑顔だと分かるくらい明るい声で喋ってくれた。それが救いである。

 そして、少しの間を置いて保留の音楽は終わった。

「あ、もしもし。お電話変わりました」

 きっと、そこそこに身分のある偉い人なのだろう。僕はそう意識するとさっきよりも幾らか緊張して強張ってしまった。

「す、すみません。バイトの、面接で」

「ああ、バイトの面接ですねー。それじゃあ、お名前と連絡先を」

 だけど、緊張するのは最初だけだった。後は、相手の質問に答えるだけでいい。難しいことを聞かれているわけでもないので、僕は難なく答える事が出来た。

 結果、二日後の二十一時に面接を行うという事で、電話は終わった。

「……緊張した」

 ぽふん、とそのまま座椅子に深々と腰掛ける。慣れない事をするのは本当に力がいる。

 今日は色々あったし、疲れるのは仕方が無いか。

「よいしょっと」

 でも、疲れたからといってぐーたらしてるわけにもいかない。

 僕は椅子から立ち上がると、タンスの中からお気に入りのジャージを取り出した。

 黒を基調に赤いラインの入ったデザインがいいお気に入りのジャージである。

 それに着替えると、玄関の靴箱の上に置いてあるバスケットボールを手に取って外へと出た。

 春と言えでも夜は少し寒い。だけど、これから体を動かすには最適な温度だと僕は思った。

 外に出て入念にストレッチを行う。運動する前のストレッチは疎かにしてはいけない。

 十分体が解れたと感じた僕は、ボールを持ったまま夜道を走り出した。

 僕の住んでいる場所は住宅街である。そんなところでボールをついて動き回ったら近所迷惑だ。ボールが跳ねる音というのは案外良く響くものである。

 なので、引っ越す前に下調べをして見付けた、近くにある大きい広場を目指す。そこなら近所迷惑にはならないだろう。幸運にもそこにはストリートバスケ用のコートが存在していたし。


 走って十分もしないうちに広場へ辿り着いた。明かりは街灯だけという薄暗い空間ではあるけど、見えないわけじゃないので問題はなさそうだった。

 走ってきたおかげで十分温まった体をすぐに動かす。

 初めは軽いドリブルでボールを手に馴染ませる。次にゴールとの距離感を測るためにいくつかシュートを放つ。……ゴールに吸い込まれる量から今日は調子がいいらしい。

 ――タン、と一度ボールを地面に落として両手でボールを掴む。ここからが本番である。

「っ」

 目は右に向けて体とボールは左側へ、瞬時に体を動かす。――だが、想定している敵役(、、)はこれくらいじゃ抜かれない。

 ボールを一度股の下へ潜らせ進行方向を右へ。――しかし、これも読まれている。

 ならば――

 股の下を潜って右手に吸い込まれたボールを、その勢いのまま背中の後ろを通し、再び方向転換。――これは予想外だったのだろうか。多少姿勢を崩しながらも強引に詰め寄ってくる。だが――

王手(チェックメイト)――」

 左手で掴んだボールを、一度ドリブルしながら後ろへと下がって――スリーポイントラインより外からのシュート。相手は反応も出来ずに見送るだけ。

 パスッ――

 そして、綺麗にゴールへと吸い込まれていった。

「……体のキレ、よくなった」

 僕は感想を零す。

 全中大会の準決勝で戦った、中学生最高のプレイヤー。あの時は少しの差で僕は勝つ事が出来なかった。少なくとも当時はフリーでシュートを打たせてもらう事が出来なかった。相手は何度も僕のマークを振り切ってフリーでシュートを打っていたというのに。

 それが悔しくて毎日、今日のようにあの時の彼の動きを想像して、何度も一対一で戦った。その結果、差は縮まった。

「まあ、あいつも強くなってるんだろうけど」

 だけど、あくまで想像の中の相手は全中の準決勝の時の相手だ。今はきっとあの頃よりも強くなっているはずである。

 しかし、だからと言って――

「差が広まったとは思えない」

 そう、縮んでいるはずだ。

 これだけやったんだ。広がってるはずがない。

 これ以上、広げさせない。

 そして、僕はもう一度両手でボールを持つ。目の前には腰を落として構えるあいつ。

 あの時は抜く事さえ出来なかったけど、次こそは――

 僕は一瞬で右のスペースへと走りこんでいった。

すみません、今回は短めです。


今回は主人公と高校について説明させてもらう回でございました。

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