002 「また、明日」
「あーっはっはっはっは!」
上機嫌で満面の笑みを浮かべ豪快に笑い声を上げている男。
それを中心に竜巻によってグルグルと回され続けている男達。
そして、それを口を開かせたまま眺めている僕。
この状況は、どう説明したら良いのだろう。
とりあえず、竜巻の規模はそんなに大きくもないし危険もそこまで大きくないのだろう。
人間を中に浮かすほどの風力ではあるみたいだが、意外にも周りの被害はさほどない。
これほどの風力を前にしたら相当な風圧が僕らを襲っているはずなのだがそれがない。
――だが、それが分かると次いで疑問に思う事がある。
何故、僕は無事なのか。
人が飛ばされる竜巻が目の前にあるのに僕はおろか周りの影響がほとんどないのは異常すぎる。
すると、最終的に僕の行き着く場所はひとつしかなかった。
魔法だ、と。
そうだとしか言いようがないと僕は思った。
夢の中に出ていた魔王にそっくりな男がその中心で笑っている。これが何よりの証拠に見えてならない。
と、そこまで推測してしまうと僕は込み上げてくる感情に抗えなくなった。
ガクガク、と急激に足が震えだす。
ガチガチッと歯が噛み合わないほどに口も震えだす。
まだ春だというのに極寒の地にいるほどの寒さを感じる。
そして、その場で僕は腰を抜かして倒れこんだ。意識が飛びそうなのをそれだけはなんとか耐えた。
魔王、それはイメージとして最悪である。
恐怖の化身。破滅の化け物。世界中の敵。――ゲームではそんなのばかりだ。
稀に良い魔王が存在する作品もあるが、大まか、そこを外す事はない。
故の恐怖。
人間の敵――しかも、ただの人間じゃ倒せないほどの強大な。
確かにあの先輩たちは人間の屑だ。あの人達が殺されようが僕はなんとも思わない。
だけど、僕は、僕はまだ死にたくない。
でも、ただの好奇心でこの場にいただけで僕は殺されてしまうかもしれない。
そう思うと情けない体勢でありながらも四つん這いになって無理矢理その場から逃げようと這い出す。
後ろでは上機嫌に高笑いを続ける声と回され続けている先輩達の微かな悲鳴が聞こえる。
その事に罪悪感を感じながらも僕は一歩ずつ前へと前進した。
しかし、
「…………っ!? なんでっ、なんで!!」
ある一定の距離まで進むと僕の行く道を見えない壁が邪魔をする。触れば確かにそこに存在する壁の感触。しかし、目には見えない。
見えないが故に僕は焦りながら、その壁を叩く。これが魔法なんだと信じたくなかったからだ。
「――ああ、お前。今この場は俺様の力で隔離されてるから逃げられんぞ」
それは最早死刑申告に近かった。
ガクリ、と僕は力が抜けてその場に倒れ込む。
もう、終わったんだ。走馬灯まで見える始末だ。
ごめんなさい、お父さんお母さん。
と、全てを諦めていたその時だった。
パリン、と何かが割れる音がして誰かが目の前からこの場に飛び込んできた。
その瞬間、竜巻と高笑いが止まる。ドサドサ、と先輩達が地面に落ちる音もした。だが、誰も声を出さない。――肩が動いてるところを見ると死んではいないみたいだけど。
しかし、僕の興味はそっちではなく飛び込んできた女のほうが大きかった。
後ろで括ってある綺麗なポニーテールの金髪。スタイルが良い事が背後からでも分かる綺麗な立ち姿。そして青と白の縞々の某コンビニの制服。
「……ん? コンビニ店員?」
僕は思わず声に出してしまった。
すると女性は慌てた素振りでこっちに振り返って、
「ああ! いやその、仕事中にいきなり魔法の力を感じたから……その」
恥ずかしいのだろうか、頬を染めながら後半はもじもじっと説明してくれた。
だけど、僕はその話よりも驚いた事がある。
振り返った彼女の顔はまさに夢の勇者そのものだった。
僕は顔を見た瞬間に目を見開いて驚いてしまった。
そして、彼女も僕と同じく目が合った瞬間に驚きの表情を浮かべている。
「貴方、何処かで……?」
それは奇しくも魔王君と同じ言葉だった。
「……ええ。夢の中で」
そして、僕は魔王君の時と同じ過ちを繰り返した。
ノォォォォォオオオオオオオオ!!
さっき魔王君の時はナンパ!? とか驚いたけどこれじゃあ、僕がこのべっぴんさんを口説いてるみたいだよぉぉぉおおおおお!?
ほらほらっ、変なこと言ってるこの人……みたいな表情でこっち見てるよ! うわ、その表情僕立ち直れないかも……。
ずーん、と自分の失言に落ち込む僕をよそに魔王君は口を開いた。ちなみに女性は命名勇者ちゃんにしておく。
「なんだ、お前もこっちに来てたのか」
魔王君が実に面白そうな笑顔を浮かべて勇者ちゃんに問い掛けてきた。
「それはあたしの台詞」
対する勇者ちゃんはつまらなさそうな顔で応対している。
服装が服装だけに不良と不良店員のタイマンにしか見えない。
だが、勇者ちゃんは右手を前に差し出すと物騒な物を取り出した。
それは夢に見たあの大剣。何も無い空間から、まるで元からそこにあったかのように取り出すその姿は、今この場が映画のワンシーンなんじゃ、と現実を疑うには十分な威力があった。
だけど、これは現実。
それは今僕が感じているこの空気が、それは違うと否定してくるからだ。
「数年前の決着を」
「――ここで着けるのも悪くは無いな」
魔王君の口元がニィと吊り上った瞬間、勇者ちゃんは大剣を両手で振り被りながら魔王君へと突進していく。この速さは僕の目なんかじゃとても追い付かなかった。
だが、魔王君はその行動が見えていたのだろう。右手を前に差し出し、あの蒼い火の玉を数個勇者ちゃんへ打ち出す。
「はぁっ!」
だが、それを気合一閃。たった一振りで全てを消し飛ばす。そして、その威力を殺さぬよう華麗な体捌きで、そのまま突きへと移行した。
「ふっ」
鼻先を掠めたかと思うような至近距離で魔王君はそれをかわす。
見た感じ紙一重に近いギリギリの避け方にも見えたが、表情を見るとまだまだ余裕がありそうな表情だった。
そして勇者ちゃんの右側へと回り込むと、――僕は初めて見る。魔王君の右拳によるストレート。
体術も出来るのか、と既に第三者的な関心を己の中で零すと、その行動は勇者ちゃんにとっても予想外だったのか右の脇に綺麗に決まった。
――ように見えた。
「む!?」
初めに違和感を感じたのは突然ながら魔王君だった。
次いで見えたのは魔王君の拳で左に吹っ飛ばされたように見えた勇者ちゃんの意味深な笑み。
……あれか。左に飛んで威力を削いだのか。
僕は漫画とかでよく見る、威力を削る方法を思い出し、今の光景にそれを当てはめた。
そして、それはどうやら当たっているようだった。
「……横に飛んで威力を殺すとは。しかも、あの体勢から……意外に器用だな」
「それもあたしの台詞。まさか、魔法以外も使えるとは思わなかった」
「それはお前にも言えることだろう?」
魔王君は確信している――所謂ドヤ顔で勇者ちゃんにそう言った。
勇者ちゃんは魔王君の言葉に一瞬、間を置いたが鼻で軽く笑い、
「やっぱりバレてた訳ね」
なんて笑顔で言ってる。
この時、僕は既に自分の危機感とかそうゆうものは感じていなかった。
もう次元が違いすぎて身近の出来事だと脳が処理してくれないようだった。
そう、ゲームやアニメと同じものなんだと、僕はきっとそう思っているんだ。
「じゃあ、あたしの本気、見せてあげる」
そう言うや刹那、勇者ちゃんの大剣が光りだす。
僕は眩しくて目を覆った。
そして、光が消え目の前の状況が視界に入ると、そこには――
「……雷?」
紫電を纏ってる大剣の姿があった。
それにはさすがの魔王君も驚いた様子で目を見開いている。
「ふふん、驚いた?」
得意げに胸を張って言う勇者ちゃん。
「……付加魔法とはね。俺様以外に出来る人間がいるとは思わなかった」
「あたしもそうよ。自分以外に出来る奴がいるなんて思わなかったわ」
そう言うと魔王君は右手に蒼い炎を纏わせる。これが付加魔法というやつなんだろう。
ここで勇者ちゃんも魔王君も口元を吊り上げて笑う。
――なんだろう。僕にはそれがとっても暖かくて楽しそうで、幸せそうに見えてしまった。
「それじゃあ」
「決着を着けよう」
そう言って二人はほとんど同時に走り出した。
だけど、僕はその時、自分の取っていた行動に驚く。
「な!?」
「え!?」
「あれ」
僕を含め、三人が驚きで動きを止める。気が付いたら僕は二人の真ん中に走りこんでいた。
「な、何してるの?」
驚いた声で勇者ちゃんは僕に聞いてくる。
ちなみに僕だって自分の行動に驚いてる答えを知っているなら是非とも教えていただきたいところなのだ。
だって、走り出したタイミングを考えると二人が笑った瞬間辺りの筈なのだから。
「お前」
僕と勇者ちゃんが困っていると魔王君がずい、と前に出てきた。
僕はビビって後ろに下がり、庇う様に勇者ちゃんは僕の前に出てきてくれた。それを見て魔王君はチッと小さく舌打ちをした。
だが、話は止めないらしい。そのままの状態で魔王君は言葉を続けた。
「隣の席に座ってた和田誠だろ?」
あ、覚えていたんですね。というか、聞いていたんですね自己紹介。
僕は聞いていてくれた事による喜びと、覚えられてしまった恐怖になんとも複雑な心境を胸の中で渦巻かせてしまった。
しかし、悶々とどうしようと悩む僕をよそに、魔王君は勇者ちゃんに視線を移して、
「というか、お前バイト中なんだろ?」
時間は大丈夫なのか? という事を言ってきた。
え? なに? 勇者ちゃんこのままバイトに戻ったりしないよね?
恐怖で引き攣って蒼い顔になっているであろう僕は、そんな事を構いもせずカッコ悪いとも思わず、その表情のまま勇者ちゃんを見た。
勇者ちゃんはチラッと僕のほうを見たがすぐに魔王君のほうへ視線を戻し。
「まあ、確かに。休憩そろそろ終わるし」
と、救いも何も無い事を言い放ってくれた。ああ、神よ。あなたは僕を見放したのですか。
およよよよ、と泣き崩れる僕を二人は華麗にスルーしてくれて勇者ちゃんは、
「それじゃあ、バイトに戻る」
と、右手を軽く上げてその場を去っていった。
え、なんでそんなに軽いノリなの? ねえ?
去り行く勇者ちゃんに僕は右手を突き出して縋ろうとするが、体は動いてくれず、ただ見送るしかなかった。
俯く僕。
そして、急に肩をトントンと叩かれた。ビクッとなって恐る恐る振り返ると、そこにはこれまた非常に良い笑顔を向けて立っている魔王君の姿があった。
その瞬間、富士の樹海の真ん中に放り出された気分になったことは言うまでもない。
とりあえず、穏便に済ませようと僕は引き攣った笑みを浮かべて魔王君を見上げた。
「お前、なんで此処にいるんだ」
ニッコリ、とした笑顔で問い掛けてくるが目が笑ってないし、腹の中が物凄く黒そうだ。笑顔だけで気分が悪くなる。
しかし、ここは素直に好奇心で、なんて言う選択肢を選んではいけない。僕は本能的にそう悟った。
つまり、
「……不破君が心配で」
心配で見に来ちゃった、というのが正しい。僕はそう思った。
「ふむ。……なら、何故隠れてた?」
なぬ!?
僕は意外な方向からの切り返しに驚いてしまった。
けど、顔には決して出さない。引き攣った笑顔で誤魔化す。
「え、と……本当に危ないようだったら誰かを呼ぼうと」
これは最初思ったとおりの答えだ。
危ないと思えば誰かを呼ぶつもりだった。
だけど、その答えに魔王君は満足してくれなかった。
「だとしたら手遅れになるだろう? 誰かを呼んで戻ってくるまでの数分間。少なくともその間は事が起こっているはずだ」
「う」
痛いところを付かれ思わず声が漏れてしまう。笑顔の仮面も剥がれてしまった。
じー、と魔王君に見られる視線が痛い。
思わず僕は俯いてしまう。
「……とはいえ、まあ、いい。ああいう時は勘違いでもいいから誰か頼りになる奴を呼んで数人で観察すべきだ。それならば手遅れになる事は少ないだろう」
……へ?
僕は正論を言われ、再び驚いた。今日は数え切れないほど驚いている。
きょとん、とした顔で魔王君を見ると魔王君は僕の脇を通ってその場を離れていった。
「また、明日」
魔王君はそれだけ言い残してその場を後にする。
残ったのは力が出せずに地面に座り込んだまま起き上がれない僕と、竜巻によって心身ともに甚大なダメージを受けた先輩たちだけだ。
この状況どうしよう。
それと同時に僕は魔王君に対するイメージが掴めなくて困ってしまった。
最後に言った、あの言葉。
あれは、なんだったのだろう?
僕はその場でその事について考えたのだが、それに対する答えを見付ける事は出来なかった。